最初にナオミを部屋に迎えたのは暑い夜だった。隆志は20歳。大学2年生の夏休みを引っ越したばかりのアパートで過ごしていた。
コンコンと窓を叩く音がする。アパートは一階、窓は表通りに抜ける路地に面している。人一人がやっと通れるくらいの狭い路地で、野良猫が入り込んできたことはあったが、もちろん野良猫が窓を叩くはずもない。
時間は夜10時。絞っていたラジカセの音量をさらに絞り窓を開けた。するとそこには . . . 本文を読む
隆志は鼻先をくすぐるフローラルな香りで目覚める。なじみ深く懐かしい香りだった。
薄く目を開ける。ベランダ側のサッシに下りたブラインドの隙間からリビングの床に陽が差し込んでいる。正午は過ぎているようだ。
休日の遅い朝。隣には妻の紗栄子がいて、隣室では小学校に入ったばかりの娘由香がミニコンポで好きなアイドルのCDを……。なんて懐かしく穏やかな朝…&hell . . . 本文を読む
一人暮らしを始め、直後に厄介な嫉妬という感情と向き合わざるを得なかった希子は、女子大でさらに面倒な感情の交錯を経験する。
学業成績という数値化された評価基準で互いの優劣を認識するという方策を失った同級生たちは、解き放たれたかのように明るく自由に見える一方で、自分の価値と居場所を見出せない心許なさを感じさせていた。学生同士の何気ない日常会話は通りがかりの挨拶の領域を出るものではなく、学食やカフェで . . . 本文を読む
タクシー乗り場に向かう。
立ち上がった希子は思いの外、背が高い。170cm近くありそうだ。青のワンピースと思っていたが、実はレイヤード。ワンピースの下にジーンズと長袖Tシャツを身に付けている。キャリーバッグを手にして前を行く姿は、郊外の新興住宅街を闊歩するヤンママに見えなくもない。
希子の後ろからガード下を抜け出ると、そこは異世界。メグを膝にした希子と共にした空間が本来の居場所のように思える。 . . . 本文を読む
「質問していいかな」
「どうぞ」
「君、大学では何を学んだの?」
「そうきたか。聞きたいのね、それを。いいわよ。でも、その前に。“君”は止めよう。“希子”にして。いい?」
「了解」
「私が行った女子大は仏教系で、私が専攻したのは東洋哲学。納得できた?」
「納得というか、少し理解が深まったという……」
「嘘!納 . . . 本文を読む
希子は3歳の頃、父親を亡くした。死出の旅へ旅立つ父親の白い横顔を覚えている。
小学校3年生になった春、母親が再婚。同時に、母親の実家から新居に引っ越す。
新しい学校と新しい父親に慣れることはできたが、新しい住まいの匂いには馴染めなかった。
「ほら、希子の部屋よ」
母親が嬉々として開けたドアの向こうから襲い掛かってきた匂いは、特に我慢ならなかった。
その部屋で中学、高校を過ごし、父親の強い . . . 本文を読む
梅雨寒の翌日、日曜日の朝だった。
隆志は瞼の裏を白く照らす朝の光にベッドを転々として何にも行きつかず、ベッドの広さに不意を突かれたように目を開けた。首を右へ回すと、東の窓のカーテンは開け放ったまま。足元では扇風機が虚しくスレ音を立てている。首を起こしダイニングの方に目をやると、開かれ壁に貼りついたドアに朝の光が届き、ドアノブをテカらせていた。
希子が抜け出た綿毛布の端には小さな丸い窪みがある。 . . . 本文を読む
8月7日(月)から、新作の連載を開始します。
基本的には二日おきでの掲載を予定していますが、書きあがっているわけではなく、書いては掲載、ということになるので、不定期になる可能性があります。ご容赦ください。
よろしく~~~。
Kakky . . . 本文を読む