5時前に店に辿り着き、入り口を開けた時には、一旦乾いたシャツが汗に濡れていた。
「お~~~!どやった?楽しかったか?」
コックの迎える声に店内を見回すと、奥のテーブルで入口の方を向いている一人の客と目が合った。
「いらっしゃいませ~~」と声を掛ける。しっとりと生暖かく下半身をくるんでいるジーンズが気持ち悪い。
「ちょっと着替えて来ますわ」
カウンター越しにコックに小声で告げる。調理台の上 . . . 本文を読む
三枝君と京子がいそいそと帰っていくのを、僕はバスタオルを腰に見送った。後には、睦言の余韻が残った。
窓から路上を見下ろすと、肩を寄せ合うようにして急ぐ二人の後ろ姿が光っていた。
「アイロン借りてきたから、ちょっと待っててね~~」
声に振り向くと、和恵が古そうなアイロンをかざしていた。彼女が寝ていた掛け布団の上には、僕のジーンズが置かれている。
「悪いね」
ぴょこりと頭を下げて、気付いた。 . . . 本文を読む
小杉さんへの怒りがどこから生まれたものなのか。それもクリアになったような気がした。「“庶民”とはなんだ!!そこに選民意識はないか?!って、俺は君にも言いたい!」
そんな怒りの言葉を三枝君に吐きながら、僕ははっきりと思い出した。吉田山の山頂で僕の頭に血を上らせたのは、“一般大衆”という言葉だった。
「組織の運営は、一般大衆を操作するのに似ている」
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三枝君の声に、その隣でうつ伏せになっていた女の子が、身体を反転させる。
「大変やったんから、本当に~~。柿本君」
京子だった。酒のせいか、声がしわがれている。口の端を気にしながら起き上がる。
「自分が何を言い、何をしでかしたか。柿本君、覚えてないでしょう?」
思い出そうとした瞬間、頭頂部に痛みがあることに、僕は気付いた。高校生の時、教師に拳骨でグリグリされた後に似ていた。何をしたというのだ . . . 本文を読む
僕の大きな叫び声に三枝君は僕の頭を抱え込み、「気付かれたやないか~~!」と潜めた声に力を込めた。
「何しとんねん!」
その姿を諍いと見た小杉さんたちが近付いてくる。三枝君は慌てて僕の頭から腕を放した。が、遅かった。
「こんなとこでエネルギー無駄にせんでもええやろ~~」
一升瓶を持った影も駆け寄って来て、瞬く間に僕と三枝君の周りに全員が集合することになった。
「なんでもないですから。心配せ . . . 本文を読む
「京子、君のアパートに行ったんやろ?何しに行ったんや?泊まったんか?」
三枝君の畳みかけるような質問にたじろぎながら、僕は紙コップの酒をあおった。目を小杉さんの方へ向けると、小杉さんに寄り添うようにしている二人の女性が見えた。一人は、京子のようだった。
「あの人、あの小杉さんの隣にいてはんのが、夏美さんや。小杉さんの彼女や。ナンバー2や。京子が気い使うてんの、わかるやろ?立ち位置で」
三枝君 . . . 本文を読む
吉田山山頂の広場は月の光に照らされ、表情が読み取れるほどの明るさだった。遠く嵐山の花火を臨みながら、大文字や街並みをひと通り眺め終わると、改めてお互いの顔を確認しながら、自己紹介をした。
京子の友人は一美といい、やはり一度京子の部屋で会っていた。目を伏せがちに話す姿に、初対面の時の印象をはっきりと思い出した。
僕から西瓜を奪い取るようにした三枝君にも、見覚えがあった。その旨を告げると、
「一 . . . 本文を読む
東大路をゆっくりと北上。東山一条を右折すると、緩やかな坂道になる。平坦だと思っていた京都の街に、初めて起伏を感じる。
「もう山登り始まってるみたいやねえ」
いつの間にか前を行く京子に声を掛けると、「山言うても、丘みたいなもんやからねえ」と笑顔で振りむいた。彼女は初めてではないようだ。
鬱蒼とした一角を目指して数分。吉田神社の鳥居に着くと、10人ばかりの男女が群れていた。顔の識別の出来ない距離 . . . 本文を読む