goo blog サービス終了のお知らせ 

はりさんの旅日記

気分は芭蕉か司馬遼太郎。時々、宮本常一。まあぼちぼちいこか。
     

近鉄電車はおもしろい(田原本線の巻)

2016-02-09 19:20:16 | 鉄道の旅
去年の12月18日のブログに「近鉄南大阪線はおもしろい」という題名で近鉄電車のことを書いたのですが、今回も近鉄田原本線(たわらもとせん)の話題です。

太子道(筋違道)を歩き終わって、田原本町から近鉄電車に乗ろうとしたら、駅を間違ってしまいました。私が乗りたかったのは、「近鉄田原本線」の「田原本駅」でしたが、それは私の勘違いだったのです。「近鉄田原本線」の田原本にある駅は、「西田原本駅」だったのです。それを知らずに「田原本駅」に行ってしまいました。すぐに間違いに気がついて、改札で「イコカ」を修正してもらい、駅員さんに「王寺の方に行く電車はどこから出てますか?」と聞くと「すぐそこですよ」と言われ、見れば目の前に駅があるじゃないですか!?
実は、ちょっと急いでいて手前の駅に気がつかず、駅名も「田原本駅」と思い込んでいたのでこんなことになりました。(お粗末な話ですね。とても鉄ちゃんとは言えません。)
 (間違えた近鉄橿原線の田原本駅)

急いでいたので、西田原本駅の写真はありません。(残念!)

「田原本駅」と「西田原本駅」は、150メートルほどしか離れていません。しかも並行して駅が並んでいます。それなら一つの駅にしてくれれば、今回のような間違いはしなくてすんだのですが…。ここが、近鉄電車のおもしろいところなんですよね。
 (田原本線の西田原本駅)

「西田原本駅」は1918年(大正7年)に大和鉄道が、新王寺~田原本で開業した時に「田原本駅」として開業した駅です。片や、今の「田原本駅」は1923年(大正12年)に大阪電気軌道畝傍線(現在の橿原線)平端~橿原神宮前が開通した時に「大軌田原本駅」として開業しました。近鉄の母体は、この大阪電気軌道(大軌)です。大軌はやがて大和鉄道を買収します。(このあたり、複雑な事情もあったようです)そして、1964年(昭和39年)近鉄と統合して、今の駅名になったというわけです。駅にも路線にも歴史があったのですね。でも、なぜ一つの駅にならなかったんだろうね?
 (新王寺に向かう列車)

ところが、この「田原本線」これでおわりではありません。終点の「新王寺駅」がある王寺(おうじ)が、これまたおもしろいのです。
 (田原本線終点の新王寺)

 (新王寺駅)

さて、ここからです。「新王寺駅」を出て200メートルほど先に、もう一つの近鉄の駅があります。この二つの近鉄の間にはJR「王寺駅」があり、駅前広場を歩いて乗り換えます。
 (つきあたりが近鉄王寺駅)

ここが、「近鉄生駒線」の「王寺駅」です。田原本と同じように、ここでも「田原本線」は、近鉄どうしなのに、つながっていなかったのです。「田原本線」って孤独なんですよ。
 (近鉄生駒線王寺駅)

ここにも、両線の歴史があります。最終的には近鉄に買収される運命をたどった鉄道物語があるのですが、これが二つの駅が別々に残ってしまった訳です。それにしても、利用している人には不便だと思うのですが…。
 (生駒に向かう列車)


※おまけです。県道14号線というのがあります。桜井から田原本あたりまで見事なぐらい斜め道(45度ですよ!)になっています。ここが太子道(筋違道)かと思ったほどですが、実はこの道は、大和鉄道の廃線あとにできた道だったのです。新王寺から田原本の次に、大正12年には桜井まで延伸されたようです。残念ながら昭和33年に廃線となりました。