はりさんの旅日記

気分は芭蕉か司馬遼太郎。時々、宮本常一。まあぼちぼちいこか。
     

せせらぎ街道を走りました

2018-05-26 19:30:00 | 分水嶺の旅
奥飛騨二日目は雨だったので、釣りはやめてゆっくりと帰ることにしました。昔なら雨の中でも平気で釣っていたのですが、そんな根性はなくなりました(笑)
今回、帰り道に選んだのは「せせらぎ街道」です。この道も何回も通りましたが、一番思い出に残っているのが、スカイラインで紅葉の中を走ったことです。紅葉の道路をぶっ飛ばす予定だったのですが、渋滞でノロノロ運転になってしまいました(笑)おかげで紅葉をゆっくりと楽しむことができましたが。

今回は緑の中を走ります。雨が降っているのでしっとりとした山の緑が楽しめました。渓流に沿って道がつけられているので、車窓から見える渓流が気になります。調べたら川上川という川でした。


お昼も近くなった頃、ちょうどお蕎麦屋さんがありました。


天ぷらのお蕎麦をいただきました。山菜の天ぷらが美味しかったです。


お蕎麦屋さんのお庭では、地下から汲んだ水が飲めます。



そして、やって来たのが「西ウレ峠」です。ここは、私の好きな分水嶺です。


分水嶺の碑が立っています。


こちらの流れは、川上川ー宮川ー神通川となって日本海に注ぎます。


こちらの流れは、馬瀬川ー飛騨川ー木曽川となって太平洋に注ぎます。


このあとも「せせらぎ街道」は、馬背川、そして吉田川に沿いながら、郡上八幡へと続きます。郡上八幡の吉田川もアマゴ釣りでよく訪れた想い出の川です。


今回のお土産は高山で買った「氷室」です。


※訪問日 5月23日
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権兵衛峠(分水嶺)を越えて

2017-12-28 12:50:00 | 分水嶺の旅
先日の信州旅のつづきです。本命の後立山連峰の写真は1枚もありませんが、その道中での写真で細々とつないでいます。
権兵衛峠は伊那谷と木曽谷を結ぶ峠です。今は立派な道路とトンネルで越えるのですが、昔は細い道をクネクネと走った記憶があります。もう、30年以上も前の話です。

伊那市から権兵衛峠に向かいました。なだらかな上り坂をどんどんと上っていきます。やがて、後方には南アルプスの展望が広がります。


前日に駒ヶ根市から見た南アルプスとはちがう景色です。少し霞がかかったような天気です。


適当な所に車を停めて写真を撮りました。


大きな山は仙丈ヶ岳でしょうか。


少しアップで見ると仙丈ヶ岳のようです。


こちらの山はわかりません。甲斐駒ケ岳でしょうか?


やがて権兵衛峠にやって来ました。昔の細いクネクネ道の面影はありません。しかし、山は昔のままなんでしょう。


この辺りの山の稜線が、実は大分水界なんです。片や天竜川から太平洋に、片や奈良井川からやがて信濃川となって日本海に流れていきます。


昔の峠道は、山と山の間を縫うように通っていたのでしょう。今はトンネルであっという間に越えてしまいました。


今度は、木曽街道を走ります。福島宿を過ぎると御嶽山が見える所があります。道の駅になっているのでわかりやすいです。そこから見た御嶽山です。


足元には木曽川が流れ左手には御嶽山が望めます。昔から中山道を旅する人が御嶽山を眺めることができる唯一の場所で、御嶽山の遥拝所があります。


少し歩くと、中央アルプスの高峰が見えました。名前はわかりません。


中央アルプスと言っていますが、木曽山脈というのが正しい表現です。


大きな橋の上から眼下の木曽川を俯瞰しました。



こうして信州の旅も終わりました。お酒の話は前にしましたが、実は野菜も買って来たのです。安曇野に行った時に、時間があれば立ち寄る「ほりがね物産センター」という野菜の直売所にも行って来ました。長峰山から下りてきて、8時半の開店に少し並んで新鮮野菜を購入しました。これで3千円でした。


お目当の後立山連峰の写真は撮れませんでしたが、なんやかんやとけっこう楽しい旅になりました。
これでおしまいです。

※訪問日 12月23日
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広島県向原の分水嶺を訪ねて

2017-08-17 20:06:29 | 分水嶺の旅
以前、木次線沿いの分水嶺を紹介したことがあります。(2015.5.6)そこは、広島県と島根県の県境を通っているので、分かりやすい分水嶺でした。ところが、今回訪れた分水嶺は、標高210mにある平地分水界と言われるところで、「ここが分水嶺?」と考えてしまうような場所でした。(低いところにある分水界は、兵庫県にある石生の「日本一低い分水嶺に」17.5.8でも紹介しました。)
訪れたところは、広島県安芸高田市にある向原というところです。今回も分水嶺巡りのバイブル「日本の分水嶺」(堀公俊著ヤマケイ文庫)が頼りです。しかし、「向原駅の線路脇にある」と書かれていた分水界標柱がなかなか見つかりません。
芸備線に沿ってずいぶん歩いてきました。芸備線の列車がやってきました。


そして、ずいぶんと探し回ってやっと見つけた「泣き別れ」の案内板です。


こんなところが分水嶺とは信じがたいですが‥。しかし、確かに川の流れが、この辺りを境に違う方向に流れていました。


芸備線の横に立つ「泣き別れ」の標柱です。


芸備線の右前に爪楊枝のように見えます。


分水嶺の話はこれでお終いなのですが、これではあまりにも面白くないので、もう少しつづけます。
翌日、広島に行く用事があったので列車から分水界標柱を見ることにしました。芸備線に乗ったのはJR甲立駅です。


階段を登らないといけないので年寄りや障害者には大変な駅の構造ですが、エレベーターをつけるわけにもいかないでしょう。(地方の多くの駅がこのような状況です。)


甲立駅は無人駅ではありませんが‥。切符は委託された方?が売っていました。


甲立駅に芸備線の快速「みよしライナー」が入ってきました。


そして、向原駅の手前で分水界標柱をゲットです。


久しぶりに列車にも乗りましたが、独特のディーゼル音がなんとも心地よかったです。
鉄道ファンとしては、芸備線の広島駅の車止めもゲットしておきました。


三江線を訪れたり、分水嶺を訪れたり、そして芸備線に乗ったりと、楽しいお盆を過ごしてきました。

※今年も広島カープの勢いは止まりません。広島出身の連れ合いさんは余裕で応援しています。京セラドームの対戦もタイガースはええとこなしです。ということで広島に完敗です。いや、乾杯です。

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日本一低い分水嶺に

2017-05-08 21:31:18 | 分水嶺の旅
大型連休が終わり、道路も観光地も落ち着いたと思われる今日(8日)、丹波方面へ旅しました。行き先は、藤の花が見頃を迎えた丹波の白毫寺と、柴桜が美しい三田の永沢寺です。
その前に、今回は大好きな「分水嶺」にも寄ってきたので、今日はそのお話です。
分水嶺は北海道から九州まで、日本の背骨のように日本を横切っているので、太平洋側から日本海側に旅する時には(その逆も)、知らないうちに分水嶺を越えているのです。それを知って旅をすると、旅が一段と楽しくなりますよ。以前にも紹介しましたが、私の分水嶺めぐりのバイブルは、『日本の分水嶺』(掘公俊著 ヤマケイ文庫)という文庫本です。

今回、立ち寄ったのはJR福知山線石生駅の近くにある「水分れ公園」です。この道が分水嶺なんです。普通は、山の稜線を想像するのですが、ここは日本一低い谷中分水界なんです。


この道路の右側は日本海側へ、左側が瀬戸内海側へと水が分かれていくのです。只それだけのことですが、分水嶺ファンにとっては、たまらないことなのです。


こんな標識も立っていました。ここに降った雨は、太平洋側と日本海側に泣き別れしていくのです。(そんな大袈裟なことではありませんが…。)


「水分れ公園」は、訪れる人も少なかったですが、きれいに整備されていました。まだまだ、分水嶺ファンは少数派ですね。


町の中にあった標識も、ずばり「水分れ」でした。


今回は、藤と芝桜がメインの旅でしたが、やはり寄り道はおもしろいものです。
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分水嶺を越えて石徹白(いとしろ)へ

2015-10-02 15:00:08 | 分水嶺の旅
9月30日に、20年ぶりに石徹白を訪れました。
石徹白には、旅館や民宿はありますが、コンビニはありません。わかりやすく言えば、そんな集落です。

石徹白地区は、現在は岐阜県ですが、昭和33年までは、福井県でした。分水嶺的には、福井県なんですが…。なぜなら石徹白の集落を流れる石徹白川は、下流で九頭竜川となり、やがて日本海にそそぐからです。
ところが、石徹白から下流に向かう道は、豪雪のため度々通行止めになりました。それよりは、5キロ上流の桧峠を越えて、岐阜県の白鳥に出る方が便利だったため、陳情の末、岐阜県となったということです。

桧峠から流れ出る川は、石徹白に向かって流れる峠川が石徹白川、九頭竜川となって日本海に、その反対に白鳥に向かって流れる前谷川が長良川となって太平洋側へと、まさに桧峠は分水嶺なのです。
(石徹白川の清流はやがて日本海へ)

前回に紹介した「満天の湯」は、分水嶺にある温泉なのです。この温泉の湯船から溢れたお湯は、どちらに流れていくのか気になるところです。

さて、今では釣り人しか訪れないようなところですが、石徹白は、古代から白山中居神社を中心とする白山信仰の重要な拠点だったようです。平安時代から鎌倉時代にかけて、白山信仰が盛んだった時代には「上り千人、下り千人、泊り千人」と言われたということです。
(白山中居神社の鳥居を内側から)

(りっぱな杉の間を通って本殿へ)

(宮川を渡ります。ここは禁漁区です)

(本殿が見えてきました)

(本殿です)

(自然石を積んだ石垣)

今は静かな境内ですが、往時はたくさんの人が参詣していたのでしょう。そんなことを得意のタイムトリップしながら考えていました。

白山信仰と言えば、白山への登山ですが、今も7キロほど上流に登山口があります。もちろん現在も、ここから白山へ登山する人はいるようです。ただし、室堂まで19キロと書いてありました。
(美濃禅定道の登山口です)

(石段を登っていきます)

ここを10分上れば、有名な「石徹白の大杉」があったのですが、3分上ったところで諦めました。(なかなかきつい石段です)

釣りで訪れた石徹白ですが、少し歴史にもふれることができた旅でした。
(秋の石徹白川)


※石徹白に向かうには、大阪からは東海北陸道の白鳥インターで下りて、長良川に沿って、国道を少し走ったら前川で峠道に入っていきます。これがなかなかの峠道です。今は峠にスキー場や温泉施設が出来て、道も良くなりましたが、クネクネ度は昔と変わっていません。上りきったところが分水嶺の桧峠です。石徹白には、5キロ下っていきます。(もちろん、福井県側からもいけますよ)
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