最近、息子とよく話をするようになりました。
この日は、セレッソ大阪を退団した乾選手の話から始まりました。
乾選手は、4月のJリーグ柏戦、途中交代の際に暴言を吐いて、6試合の出場停止処分を受けました。
処分が明けても乾選手は全体練習に合流せず、クラブと色々話し合った末、クラブとの関係が修復不可能な状況から契約解除となったそうです。
「あんなにセレッソ好きやったのに・・・。
スペインから帰ってきて、セレッソ優勝させるのが夢やって言ってたのに・・・。」
と、息子の中ではまだ納得がいかない様子。
暴言を吐いたことは悪いことだけれど、退団に追い込んだクラブにも非があるはずだと息子は思っているようで、
「どう考えたらいいと思う?」
と、私に聞いてきました。
「どうもこうも、詳しいことが分かれへんのに何とも言われへん。
話し合って、お互いが一番いい方法をとったんと違う?」
と、私は言いましたが、息子は、
「乾は、日本的な考え方には合えへんかったってことやろか。」
と、言いました。
海外では、自分のことを強く主張しなければやっていけないところがあるのでしょう。
一方、日本では、和を乱すな!上の物に従え!的なことがあるということでしょうか?
「日本じゃ、話し合いになったら終わり!
勝つか負けるかや!
そうじゃなくて、意見をぶつけ合っていい方向に持っていかなあかんのに・・・。」
と・・・。
乾選手も、クラブも、セレッソ大阪を良くしたいという思いはきっと同じだったと思います。
そんな話から、今は学校でもディスカッションの授業が重要になっているとか、学校では、先生の言うことに従えみたいになってるけど、先生の言動におかしなことがあったとか、そういう話になりました。
息子は、数人の中学校の先生に今でも不信感を持っているようでした。
「ママは、中学、高校の頃、おかしいと思えへんかったの?」
と、聞かれ、
「中学、高校って、あんまり先生と関わった記憶ないなぁ。
授業を教えてもらってるって感覚だけで、クラブも入ってなかったし、なんか相談したってこともないし・・・。」
と、言うと、
「授業や集会で話してるときに、『普段あんなこと言うお前がそれ言うか?』みたいに思えへんかった?」
と、息子は聞いてきました。
「30年以上も前の話やし、全然記憶に残ってないわ。
だいたいの話は聞き流してたしなぁ・・・。
通級の先生が言ってたやろ。
100%じゃなくて、状況に応じて60%ぐらいで聞いたらいいって。」
「話の半分ぐらい聞かんでもいいってこと?」
「聞かんでいいっていうか、大事なことだけ覚えといたらいいというか、話の中には、前振りとか、建て前とかあるし、冗談入れる先生もおるやん。
○○はどれが大事か分かれへんから、全部聞こうとして疲れるんやな。」
「俺は、普段言ってることと違うこと言う先生にすごい違和感感じる。
授業の中の話でも、この考え方どうなん?とかいちいち考える。」
「話し方の好き嫌いはあったで。」
「話し方じゃなくて、内容。」
「う~ん、ねちねち話す先生は嫌やったけど・・・。」
「それは、嫌かもしれんけど。」
「基本、『先生は正論を言う』って思ってたからなぁ。
ほとんど聞き流してた気がする。」
そんな感じの話の流れの中で、
「聞き流してしまって、大事なこと気付かへんかったらどうするん?」
と、息子が涙目になりながら聞いてきました。
「中学の卒業式で、クラスに一人、卒業式に出られへんかった子おったやろ。
『席には座られへんけど、証書はみんなと一緒のようにもらいたい』
って、言っててんて。
学校来られへんかっても、最後にこれだけは頑張りたいって思ってるのに、何で認められへんかったんやろ?
俺は自分のことで精一杯で、自分だけみんなと一緒に卒業式出られたって、喜んでた。」
「○○は、あのとき本当に頑張ったもん。
自分のことでもう精一杯やったやん。」
「でも、あのとき気付いてたら、何か出来たかもしれへん。
誰にも気づかれへんくて困ってる人のこと、俺は気付いて助けたいと思ってる。
人だけじゃなくて、鳩とかも・・・。
そうは言っても、自分のことしか考えられてないって言われればそれまでやけど・・・。」
息子は、駅のホームに鳩がいるのを見て、列車にひかれないかを何度も確認しに行ったり、道路に落ちているゴミを、動物じゃないかと確認しに戻ったりすることがあります。
「きっと、ママには気付かへんことも、○○だから気付けることがたくさんあるんやと思う。
○○は、そういう人を助けるような人になるんやろなぁ。
そのためにも、思ってることを言語化する力とか、いろんなことを身に付けてほしい。
いくら能力があっても、そういうことを思ってない人に人は助けられへんけど、○○にはきっと助けられる!」
自分のこともままならない息子ですが、そんなことを考えたり、人を思って涙するのだと驚きました。
高校生の頃、自分のことで精一杯だった私は、「困っている人を助けたい」なんて思いもしませんでした。
十代の私は、息子に完敗です。
今でも、その優しさや純粋さの足元にも及びませんが・・・。