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やっぱり幸せ♪

日常の色んなこと、特に発達障害を持つ息子との素晴らしき日々を綴っていきたいと思います。

通信制高校卒業

2025年03月26日 | 日記(息子・高校生)

息子、卒業式には出席せず、卒業証書を学校まで取りに行かなければならないのですが、「電車に乗るのが怖い」と、ずるずると先延ばしにしていました。

 

学校から連絡があり、覚悟を決めて登校。

もちろん、私も同行しました。

 

学校はすでに春休みに入っているので、先生方だけで閑散としていて、せっかくだからと、職員室で卒業証書を読み上げ授与していただきました。

先生方の温かい拍手とたくさんの「おめでとう」に包まれ、息子はまんざらでもなさそうでした。

 

職員室兼事務室は学校の入り口にあり、透明なガラス戸から、親子で通ってくる私達は嫌でも目立っていたことでしょう。

息子が1年生のときには、パニックになって、備品を投げつけたこともありました。

 

「よく頑張りましたね。」

「お母さんも、本当におめでとうございます!」

ねぎらいとお祝いの言葉が胸にしみます。

 

サッカー部の顧問の先生の、

「よく頑張りました。

正直、続けられないと思ったこともありました。

『やめる』と言ったこともありましたし、けれど、そこから頑張って、全国大会にまで行って、本当によく頑張りました!」

との言葉に、

「先生が、

『出来ることをやればいい!』

って、ずっと言い続けてくれたので、やり続けることが出来ました。」

と、息子は言いました。

 

「ここに、成功例として一つの道を作ってくれたと思うしね。

自信を持って、これからの人生を歩んでいってください。」

との言葉をくださいました。

 

「卒業」も「全国大会」も息子にとっては偉業だけれど、息子がもがいてもがきながらそこに存在し続けたことで、何かを残せたのかもしれません。

 

先生は、「成功例」と言い、「道を作った」と言ってくださいました。

 

私までなんだか誇らしい思いを胸に、息子、通信制高校を卒業しました。

 

 

 

 


やり切った!

2025年03月07日 | 日記(息子・高校生)

昨日、最後のサッカー部の練習がありました。

 

鶴見緑地まで車で1時間50分ぐらい。

1時からの練習なので、そろそろ出発だという11時頃、

「マッサージするやつがない!」

と、息子が騒ぎ出しました。

 

ヤーマンの電動頭皮マッサージ器で頭をわしゃわしゃすると、気持ちが落ち着くらしく、息子は出かける前によく使っています。

それが、見当たらなくて、息子は半ばパニック状態になり、

「もう、休む!」

と、言い出しました。

 

出かける準備万端だった私は、ため息つきつつも、

「〇〇の好きなようにしたらいいよ。」

と、部屋着に着替え直しました。

 

そして、いつもマッサージ器が置いている場所を探すと、すぐ近くのぬいぐるみの間にあるではありませんか!

なぜこれが息子に見えないのか不思議ですが、この時点で出発時間を10分程過ぎてしまいました。

 

「遅れても行きたっから、行ったらいいんやで。」

と、声をかけると、

「行きたい!」

と、息子。

 

突然のアクシデントで、息子の調子が悪くなっていると思うので、最後の部活に行った方がいいのか、休んだ方がいいのか、私には分かりません。

なので、息子の言う通りにするまでです。

 

息子は無事にマッサージをし、頓服のエチゾラム錠を飲んで、20分遅れての出発となりました。

 

鶴見緑地の第2球技場は観戦席がなく、外からも見えにくいので、私は車の中でゆっくり待っていました。

 

この日は練習後に打ち上げがあるようでしたが、息子は人と話をするのが苦手なので、今までそうした集まりには一度も参加したことがありません。

 

サッカー部を、息子が楽しんで続けていたようには、私には見えませんでした。

 

辛そうだったし、月に1~3回ぐらいの練習なのでなんとか続けられたように思いますが、息子にとっては、小学生、中学生の時にやりとげられなかったサッカーへのリベンジの意味があったのかもしれません。

 

練習を終え、車に戻って来た息子は、

「しんどくて、ゲームに参加できへんかった。

ボール拾いしてた。」

と、言いました。

 

「そう。

ちょっとは体、動かせた?」

と、聞くと、

「うん。」

と。

 

「なら、良かった!

やり切ったな~。

ほんまにお疲れ様!」

 

これで、最後。

最後まで、本当によく頑張りました!

 

実は、先月の練習のときに、大阪高体連の「優秀選手賞」の盾をもらいました。

名前入りの立派なものです。

 

 

息子は、実力的にも気力、体力的にもないでしょうと思いましたが、顧問の先生の推薦枠とかでいただくことができました。

 

不器用でも、調子を崩しながらでも、息子が頑張り続けてきたことが認められて嬉しいです。

 

おめでとう!

本当によく頑張ったね!!

 

 

 

 


今日で最後

2025年01月30日 | 日記(息子・高校生)

息子の通う通信制高校は、今週月曜日から単位認定試験が始まりました。

 

息子は、4日連続で登校して受験し、今日、全ての試験が終わりました!

 

結果は一週間後ですが、ほぼ合格できると思います。

あとは、サッカー部の練習があるだけ。

ほっとしたせいか、先ほどから少し頭痛がしています。

 

なんとしても受験させなくては!

と、私の方が気負っていたのかもしれません。

 

週に一度か二度の登校がやっとだった息子。

4日連続の登校で疲労もピークになり、

「もう無理、限界!」

「途中で退席するかもしれへん。」

と、弱音を吐く息子を、

「どうしても無理やと思ったら、出て来たらいいから!

30点以上取れて合格出来たらラッキー、

あかんかっても、試験受けるだけ受けといたら、追試受けられるし・・・。」

と、なだめ励まし、なんとか教室へと連れて行きました。

 

そうです!

受験しなければ、追試は受けられません。

そうなると、高校卒業が延期になるし、しかも1科目だけ受講し直すことは出来ず、最低4科目受講することになってしまいます。

 

1時間目からの試験もあったので、朝起きられるか、満員電車に乗ることが出来るのか、とても不安でしたが、息子は頑張りました!

 

中学生時代は家でも学校でもほとんど勉強することなく卒業した息子が、通信制高校の決められた課題を全てこなして卒業するのです。

 

親子で通い続けた通学路も今日でおしまい。

 

帰りの車窓から見る景色が、ちょっとだけ滲んで見えました。

 

とはいえ、卒業式はひと月以上先。

(息子は、卒業式には出ないそうですが・・・。)

その間に、息子と一緒にこれからのことを考えていこうと思います。

 

 


最後の授業終了!

2024年12月19日 | 日記(息子・高校生)

息子、後期の授業が終了しました。

ということは、高校最後の授業が終了したということです。

 

あとは、1月下中から始まる単位認定試験に合格すれば晴れて高校卒業です!

 

一人で宝塚市まで自主練習に行った後、一週間程調子が悪くなってしまったので、残りの授業に出席できるかやきもきしました。

 

宝塚まで一人で行けたのだから、これからは高校も・・・。

なんて思っていられる状況ではなく、ここまで来て留年は嫌なので、半ば強引に息子を連れて行った感じもありますが、昨日、無事に全ての授業が終了しました。

 

頑張った!頑張った!!

私も頑張った!

 

授業終了のチャイムが鳴った後、(試験は残っているけれど)いよいよ終わりだなぁ~と感慨にふけっていたら、息子が、

「一緒に帰ることになったから、駅で待ってて!」

と、言いに来て、すぐどこかに行ってしまいました。

 

えっ!? 友達と一緒に(駅まで)帰るの?

どこかに寄るの?

 

初めてのことで私もドキドキして、駅に着いてから、どこでお茶でも飲んで時間を潰そうかと駅構内を歩いていたら、

「3番線の電車の前まで行くわ」

とLINEメッセージが来ました。

 

本当に駅まで一緒に帰ってきただけなのね・・・。

 

友達と一緒に帰って、どこかに寄って、他愛ない話をしたり・・・。

私が思い描いていた高校生活とは全く違ったけれど、これもかけがえのない高校生活だったと、きっと思い返すときがくるのでしょう。

 

息子の通信制高校では、今日は特別活動で「劇団四季の観劇」があるそうです。

単位認定試験が終われば、「ディズニーランドへの修学旅行」や「スキー合宿」などもあります。

 

簡単に参加できる「映画鑑賞」など様々な特別活動が用意されていましたが、息子がサッカー部の活動以外に参加したのは、1年生の時に参加した「薬物乱用防止講習会」だけでした。

 

あと、進路関係の活動を1時間以上しなくてはなりませんが、それは、「進路懇談会」でOKでした。

 

特別活動必須30時間のほとんどとなったサッカー部。

それだって、息子にとって大変だったことは、私がよく知っています。

 

強迫性障害の症状なのか、前のプレーが気になって気になって、今現在のプレーに集中できず、思うように動けないことに悩んでいました。

頭と体がばらばらで、疲れて疲れて・・・。

 

3年生は自由参加ですが、2月に定時制高校との練習試合があるとかで、サッカー部の活動はもう少し続くようです。

 

息子が続けるつもりなら、最後の最後まで応援します!

 

 

 


19歳になりました!

2024年12月08日 | 日記(息子・高校生)

息子、19歳になりました!

 

息子が18歳になってからの一年は、義母の病気もあり、特にあっという間だった気がします。

 

無事にこの日を迎えられて、本当に良かった!

 

昨日の誕生日、息子にリクエストを聞くと、

「お寿司を食べたい。」

ということでした。

 

ケーキは、サッカー部の最後の試合が15日にあるので、それまでに体重を落としたいと、試合が終わってから食べることになりました。

誕生日のプレゼントは、特に欲しいものがないそうです。

 

この日は主人が仕事だったので、義母は呼ばずに、夜に親子3人だけでお祝いをしました。

 

目先の目標としている高校卒業まで、あともうひと踏ん張りです。

息子なりに歩み続け、一人で宝塚市のグラウンドに行って利用申請をするなど、その成長ぶりに驚かされました。

 

思い描いていた子育てとは違っているものの、息子の誕生日が来るたびに大きな幸せをかみしめています。

 

息子への誕生日プレゼントは、「サッカー観戦旅行券」

 

来年、セレッソ大阪を応援しに、どこかのスタジアムへ行ってきます。

 

 

 

 

息子らしく一歩一歩・・・

 

元気に二十歳を迎えられますように!!

 

 


必要とされたから

2024年12月03日 | 日記(息子・高校生)

息子、昨日は、兵庫県の宝塚市立花屋敷グラウンドに一人で行ってきました。

 

グラウンド使用の予約を取るために8時に到着するよう、家を出たのは5時40分。

最寄りの駅まで車で送っていきましたが、そこから息子の一人旅です。

 

そもそも、この日は出席しなくてはならない授業があり、後期レポートを提出する予定日でもあり、さらに卒業アルバム用の写真を撮影する日でもありました。

 

なので、サッカー部の自主練習の声がかかったときに、息子は参加しないことにしていました。

 

それが、前日に、18歳以上でないとグラウンドの予約が取れないのに、3年生が誰も出席しないので来てほしいと、後輩に頼まれたようです。

 

いやいや無理でしょう。

と、私の心の声。

 

通学するのでさえ調子が悪くなるのに、2倍以上の時間がかかる、しかも初めての場所です。

大阪の南の端っこを出発するときは電車もすいているでしょうが、梅田に着く頃、さらに阪急電車に乗り換える頃は、通勤通学のラッシュ時。

川西能勢口駅に着いたらバスに乗って、降車してからも10分ぐらいは歩くようです。

 

「学校があるのに、無理せんと断ったらいいんやで。」

と、私は言いましたが、

「行きたいねん!

レポートは簡易書留で送るし、授業は別の日に出る!」

と、息子。

 

別の日とは、サッカーの試合の翌日で、疲れているだろうからと授業の予定を入れなかった日です。

 

「だいじょうぶ!

俺が行かんと、グラウンド使われへんねん!」

 

「だいじょうぶ!」と息子が言っているのに、無理だと決め付けるわけにはいきません。

もう後は、ただただ祈るしかありません。

 

息子が寝てから持ち物をチェックすると、リュックに入っていたのは、半袖、半パンの体操服。

鶴見緑地での練習でも、この季節は長袖のジャージなのになぜ???

ちなみにレガースやソックス、スパイクはきちんと準備していました。

 

翌朝、長袖のアンダーシャツを何枚か持って行って、汗をかいたら着替えるように息子に言いました。

 

息子は、言わば大人の代表者として、グラウンドの申請に行くのです。

グラウンドを使用するのは9時から11時なのに、8時に行くのは順番待ちのため?

みんなはその時間に来るの?

 

高校生ともなれば一人でどこにでも行って、あれこれ好きなことが出来るのでしょうが、息子は、サッカー部以外の他の行事には全く参加できず、遊びに行ったこともありません。

そもそも、人が怖くて、電車や教室にいるということが苦痛だという息子。

 

私は心配で夜も眠れなかったし、息子を駅まで送っていくときも胸が押し潰されそうでした。

 

けれど、

「〇〇ならだいじょうぶ!

何かあったら連絡しいや。」

と、送り出しました。

 

バスを降りてから道に迷ったらしく、息子がグラウンドに着いたのは8時半頃だったようです。

でも、予約の手続きは8時45分からで、その頃には3年生が他にも2人来たそうです。

 

8人のメンバーが集まって、4対4のゲームをしたようですが、

「グラウンド着くまでに歩き回って疲れたから、全然サッカー出来んかった。」

と、息子。

 

帰ってくるなり見せてくれた「利用登録決定通知書」や「グラウンド利用許可証」の代表者名には息子の名前が書いてありました。

 

必要とされ、誰かのために頑張った息子!

 

とても誇らしいです。

 

 


目標は卒業

2024年10月22日 | 日記(息子・高校生)

10月になって、通信制高校の後期の授業が始まりました。

 

学校へ行くということが、息子にとってはものすごくハードルが高くて、後期の授業が始まる随分前から緊張状態になり、すでにぐったり疲れてしまっていました。

 

何をそんなに緊張するのか、息子に聞くと、

「何かが起こりそうな気がする。」

と、言うのです。

 

「高校は、自分なんかが行くところじゃない。」

「みんなの目が怖い。」

と・・・。

 

不安そうな息子を見ると、「今はまだ高校に通う時期じゃないのかな?」と思うこともあるのですが、せっかくここまで頑張ってきたのだから、なんとか卒業して、成功体験を積んでほしいです。

 

私も付き添っての登校。

初日の1時間はなんとか受講できましたが、その後2週間程調子が悪くなり、授業もサッカー部の練習さえも行くことが出来ませんでした。

もちろん、レポートをやろうという気力もありません。

 

とにかく疲れてしんどくて、頭が動かないのだそうです。

 

昨日、

「頑張ってみる。」

と、息子が言うので、再び登校。

 

高校に着くまでの最後の信号を渡る直前、

「やっぱり無理!」

と、息子の足が動かなくなりました。

 

「だいじょうぶやで!

せっかくここまで来たんやから・・・。

座ってるだけでいいし、本当に無理やと思ったら、すぐ出といで。」

そう言って、信号を渡ろうと息子を促しました。

 

授業は、世界史の1時間だけ。

息子は、最後まで授業を受けて、疲れ切ってはいましたが、一言、

「世界史は面白いからまだいいねん。」

と・・・。

 

面白かったんや!

そう思えただけ良かった!!

 

またもや前途多難な予感はしますが、一歩また一歩、二人三脚で進んでいくしかありません。

 

目標は卒業です!

 

 


今年も全国大会に行ってきました!その2

2024年08月10日 | 日記(息子・高校生)

二回戦、キックオフは10時でしたが、1時間ぐらい前にナショナルトレーニングセンターに到着して、ウォーミングアップする様子を見学していました。

 

対戦するのは、強豪がひしめく東京で1位になって2回戦から出てきたシード校。

 

「この試合で勝てたら、優勝もあるかもしれない!」

と、息子は言っていました。

 

彼らは一回戦を戦っていないので、うちとは疲れ具合が違います。

登録メンバーもしっかり18人。

 

うちは肉離れを起こした子がいたそうですが、11人しかメンバーがいないので代わりはいません。

先生や親御さんが無理をしないように言われても、存分に走ることは無理でも出来ることをする覚悟で出場されたようです。

 

息子も、「疲れた」なんて言ってられないのでしょう。

覚悟と緊張感を持ったいい顔をしていました。

 

今日の試合は、20分ハーフ。

10分試合して飲水タイムで、さらに10分試合してハーフタイム。

このハーフタイムが20分になり、いったんクーラーの効いた建物の中に入ってクールダウンします。

後半も10分試合して飲水タイムとなり、暑さを配慮した10分×4本の合計40分の試合となりました。

 

試合は、圧倒的に攻められる展開でした。

でも、キーパーの好セーブもあって、得点は許しません。

粘って、守って、守り抜いて、0-0のまま試合を終えました。

 

勝負はPK戦で決着を付けることになりました。

 

PK戦で、4人目のキッカーとして息子が出てきたときは驚きました。

自分が外せば試合が終わる場面で、息子は、ど真ん中、キーパー真上のゴールネットにボールを突き刺しました。

後から、自分から志願して蹴ったと聞いて、ますます驚きました!

 

結果は、PK3-5で二回戦敗退。

 

PKは運だと思いますし、格上相手にPK戦まで持ちこんだことこそ、実力以上の戦いをしたと思います。

 

息子の全国大会が終わり、エネルギーを使い果たして、去年と同じように父親の車で一足先に帰るかと思っていたのですが、

「最後まで頑張る!」

と、息子は言いました。

 

もう一泊して、最後までみんなと一緒に新大阪まで帰ると言うのです。

 

主人の車で帰ったら、交通費と宿泊費が浮くのになと思いつつ、

「じゃあ、明日、新大阪まで迎えに行こか?」

と、聞くと、

「一人で置いていかれるのは困る。」

と・・・。

 

息子が「頑張る!」って言ってるのに、応援しないわけにはいきません。

その日は、息子と同じホテルに泊まり、翌朝、私は30分早く大阪に向かいました。

 

新大阪駅の待ち合わせ場所は、中央口を出てすぐ左の「千成びょうたん」前にしたのですが、なかなか息子は現れません。

 

通りがかった先生が私に声をかけてくださり、

「まだ来ませんか?」

と・・・。

帰る電車がそれぞれ違うので、改札内で解散したとのことでした。

 

息子にLINEで、

「今どこ」

と、連絡すると、

「自分でも分からん」

と、返信。

 

電話をかけて、何口から出たのか聞きましたが、それも分からないようでした。

「千成びょうたん」がサッカー部の待ち合わせ場所だともう一度伝えると、

「分かった!」

と言って、電話が切れました。

 

もう一度こちらから電話しようとしても、楽天モバイルの電波が悪いのか、私のスマホが悪いのか、なかなか繋がりません。

不安な中、ただ待つことしか出来ずに30分余り。

 

「地図見て来れたわ!」

と、息子がやってきました!

 

息子が人が苦手じゃなかったら、こんなに心配はしないのだけれど、本当にほっとしました!

 

ここから自宅までさらに2時間。

 

家にたどり着いたときには、私も完全燃焼して、3泊4日でエネルギーを使い果たしてしまいました。

 

今回、我愛羅は、ほぼペットカメラのtapoに映っていて、吐いた痕跡もなく、おりこうさんでお留守番をしていてくれました。

 

 

 

 


今年も全国大会に行ってきました!その1

2024年08月09日 | 日記(息子・高校生)

令和6年度全国高等学校定時制通信制体育大会第34回サッカー大会!

 

 

今年も、息子達の学校が大阪代表として参加することになりました。

 

8月2日から、静岡県清水市へ。

 

息子の場合、大会に参加する前から不安が強かったので、長い期間、私も少なからず緊張していたのか、無事に帰宅後は、ほっとして疲れが出てしまい、親子共々しばらく動けずにいました。

やっとブログに記録する気力が戻ってきました!

 

息子達のチームは、大会前の練習でケガ人が出るなどして、11人ぎりぎりで参加することになりました。

 

息子も、フル出場を覚悟して、毎日、少しでも走る、リフティングをするなど、無理しない程度に暑さに慣らす練習をしていました。

 

本当に暑くて暑くて、身の危険を感じる程の暑さの中での大会でした。

 

新大阪駅の待ち合わせ場所までは息子と一緒に、その後、私は別の新幹線(こだま)でゆっくり静岡に向かいました。

 

開会式の最寄り駅である清水駅を出た所で、息子が一人佇んでスマホを見ていました。

自由時間なので、みんなはどこかへ行ってしまったと・・・。

 

集合時間までまだ30分以上もあったし、とにかく外は暑いので、カフェで一緒にお茶することにしました。

 

「喋りかけられたら、うんとかそうとか一言ぐらいは返事するけど、あとは何喋っていいか分からへんから、みんなとおるのがしんどい。」

と、息子。

 

「一人が気楽やったら、それでいいやん。

そういう人も多いよ。」

と、私。

 

今回、息子達は、静岡ナショナルトレーニングセンターで試合をするグループに入ったので、宿泊も清水駅すぐ近くのホテルになり、私も開会式の日と3日目は同じホテルに泊まることができました。

 

息子は一人部屋でしたが、私から息子の部屋に行くことはありません。

息子が不安なときに、私の部屋に来るという感じです。

 

顔を見るだけで安心するのか、ちょくちょく私の部屋に来ていましたが、食事やミーティングなど集団行動の時間はみんなと過ごしていました。

 

翌日、一回戦は9時半キックオフなので、息子達は7時半にホテルを出発しました。

私は、8時半頃、車で来た主人と合流して、静岡ナショナルトレーニングセンターに向かいました。

 

試合は、飲水タイムありの30分ハーフで60分

 

アスリートの尊厳を守るためとかで、この大会は撮影許可が下りていないらしく、「写真も動画も撮影禁止です」と、何度も大会スタッフさんに念を押されました。

息子の雄姿を写真に残しておきたいという気持ちはありましたが、集中して試合を観ることができ、これはこれで良かったのかもしれません。

 

日陰がなくて、日傘をさして観戦していても暑いのに、選手は激しいプレーをしているのです。

前半で相手チームの選手の一人が熱中症で倒れ、首や脇などを氷で冷やされながら、救護室に運ばれて行きました。

 

後半が始まり、終盤にもなると、息子は苦しそうで全然走れていませんでしたが、それでも最後まで戦おうとしていました。

 

1-0で勝利した後、ピッチから引き上げると、一気に息子の具合が悪くなってしまいました。

横になったまま起き上がることができず、息が苦しそうで、氷をいただいて、息子の首や脇、足の付け根などを冷やしました。

 

息子は、少しパニックになっていましたが、しっかり意識はあり、しばらく日陰で休むとだんだん落ち着いてきました。

ただ、これから宿舎に帰って昼食をとるなど、みんなと同じペースで行動するのは無理だと判断し、親子で過ごすことにしました。

 

息子のペースで行動するようにし、落ち着いてからスーパー銭湯に行って汗を流し、昼食を食べて、仮眠部屋で休むことにしました。

そんなに時間が経たないうちに、息子が、

「もうだいじょうぶやから、ホテルへ戻る!」

と、言い出しました。

 

「ママ達は別のホテルやで。

今日は一緒に泊まって、明日の朝のミーティング前にホテルに戻ってきてもいいって、先生に言われてるで!」

と、言いましたが、

「疲れて、すぐ寝れると思うからだいじょうぶ!」

と、息子。

 

息子がしっかりとした顔つきをしていたので、これはだいじょうぶだなと思い、息子をホテルまで送っていきました。

 

 

 


意味があるものに

2024年07月05日 | 日記(息子・高校生)

息子、メンタルクリニックのカウンセリング後、ずっと調子が悪そうです。

 

初めて会う心理士さんなので、

「一から話さなあかんから、疲れた・・・。」

息子はそう言って、一日の半分以上眠っています。

 

ユーロやコパアメリカなどの放送が目白押しで、サッカーの試合が観たいはずなのに、息子はすぐに疲れてしまって最後まで観られないでいます。

そして、相変わらず不安でぐるぐる部屋の中を歩き回っています。

 

そんな中、昨日はサッカー部の練習に行ってきました。

電車に乗るのが苦痛な息子のために、鶴見緑地まで車で送っていきます。

というのも、電車で行くより車の方が私も楽!

片道1時間4~50分ぐらいで行けるし、炎天下で待たずとも、車で待機することができます。

 

息子は、この暑さのせいもあり、思うように動けなかったようですが、「運動は中止しましょう」って、危険指標が出ている中で運動していることがすごい!

 

8月の静岡はもっと暑くなります。

こまめに給水タイムを取るとはいえ、全国大会をこの時期にするのは酷で、そろそろ開催時期を考え直すべきではないでしょうか?

 

さて、6月中に通信制高校の前期の授業とレポートをなんとか終わらせた息子は、単位認定試験が始まる22日まで登校する必要がありません。

週に1回、サッカー部の練習があるだけです。

 

高校では、息子が教室で授業を受けるのを不安がるので、相変わらず私が一緒に登校して別室で待機しています。

最近では少人数で静かな環境だと授業の内容が頭に入ってくるようですが、教室に座っているだけで精一杯という授業も多いようです。

 

教室では、周りが気にならないよう、息子は一番前の席に座るようにしています。

それでも人の話し声などざわざわしていると、授業に集中できなくなり、さらに気持ちが悪くなってしまうそうです。

 

聴覚過敏があるのでイヤーマフを持たせていますが、電車では付けているものの、授業中は抵抗があるみたいで付けません。

たった1時間、多くても2時間の授業が苦痛そうです。

 

時々、こんな形で授業を受けていて、意味があるのかと思うことがあります。

 

人のいるところに出かけることが苦痛で、2年半経った今でも、息子は、友達どころか、学校内でほとんど喋ったことがないらしいです。

(同じ高校に転校してきた幼なじみと会ったときには、少し言葉を交わしたようですが・・・。)

 

私が付き添わなかったら、おそらく息子は登校できないでしょう。

半分は、私が無理やり通わせているようなものです。

もう半分は、サッカー部。

 

運動が苦手でも、コミュニケーションが苦手でも、サッカーがしたいと、息子はこの通信制高校に通うことを選びました。

 

なのに、息子はサッカー部のみんなとも、どうコミュニケーションを取ったらいいのか戸惑って考えすぎるあまり、話しかけられてもうまく返せないと悩んでいます。

 

苦しそうで、全然キラキラしていない息子の高校生活。

 

「高校卒業」の資格がどれほどのものか分かりませんが、不安と闘いながら積み重ねていく毎日は、きっと意味のあるものになっていくと信じたいです。

 

私以外の人と関わること、社会の中で悩んだりすること、今の自分に出来ないことを知ること、色んな人がいることを知って、ありのままの自分自身を受け入れること。

 

もちろん、通信制高校のこの3年間だけで手に入れられるものではありません。

 

もうだめだと、何度も退部を考えながら、それでもサッカーがやりたいと、最低限の高校の課題をこなしながらやってきた毎日は、今しか経験できないもので、後々息子の人生の力になるものだと願っています。