太陽光発電シニア

太陽光発電一筋、40年をはるかに過ぎたが何時までも興味のつきない厄介なものに関わってしまった。

居なきゃ居ないで寂しさも

2019-07-26 07:42:21 | 日記

昨日は久し振りの晴で釣りに出掛けた。この季節は砂浜の小穴を掘って砂ガニを捕まえて餌にし、クロダイ狙いである。クロダイ狙いは1年振りであり少しは期待したが残念ながら坊主だった。それよりも残念と言うか物足りなかったのは顔馴染みが一人も居なかったことだ。折角の晴れ間なのできっと居ると思ったがいない。釣り人自体も少なく、肩透かしでサーファーだけが賑わっていた。顔馴染みの連中は暫く見ないと思ったら病気か悪くすれば死んでしまった可能性がある。実際何人かは入院したとか亡くなったという噂を聞いた。最後の知り合いが釣り場に集う他愛のない連中というのもどうかと思うが年が行ってから特別懇意になるような友達を作るのもどうかと思っている。何となく勝手に集まり散って行くというのが自然のような気がする。仕事も友人も静かにフェードアウトすることが性に合っている。

見かけない若者二人がいたので声を掛けた。一人は流行りのモヒカンカット(頭の中央に髪を残し両サイドはツルツルに刈り上げ)である。街で出会うと絶対に声など掛けない相手である。モヒカンの彼は初めてここに釣りに来たという。初めてなので100円のルアーだけどヤッパリ安物では釣れないですかねえという。明らかにこちらが年上と分かっての事だろうが敬語で話してくる。魚は値段を知らないから大丈夫だよ。居れば釣れるよ。道具で差が出るのは相当上級者になってからでそれもちょっとした差だよと言うと、安心しましたと応える仕草も頗る子供っぽく可愛いものである。釣り場で初対面のひとでも時々物凄くぞんざいな喋り方をする人がいる。偉そうに、あるいは乱暴な口にききかたである。こういう人はさっさと切り上げて雑談までは進まない。大概は丁寧語で返ってくるがあの若者達はきっと近くの工場で働き先輩連中から普段扱かれているのだろう。自転車で1時間以上かけてきたとのこと。折角の休みに仲良し二人が気晴らしに釣りにでもと思って来たのだろう。遠くから見ているとルアーがまともに投げられていない。確かに初心者である。こちらが早く納竿したので帰り際に、何度か来ればきっと釣れるよと声を掛けると、ありがとうございますと返事した。人を見掛けで判断してはいけない。別に私有の釣り場でもないのにちょっと上から目線で言ってしまったが、それでも帰路運転中は爽やかな感じがした。年よりの顔馴染みは段々減っていくから新人獲得も必要である。どういうタイプが一番嫌いかというと、偉そうに喋る人である。これは外観や肩書の問題ではない。浅い人間性を感じてしまう。


株は冷酷である

2019-07-25 07:57:19 | 社会観察

ネットのニュース画面を開くとペインに株式チャートが表示されている。株など持っていないので興味がある訳でもないが自然と目に入る。何回か見ていると株価は前日ダウに連動しているように思えるがそれほど単純でもないのだろう。一つ言えるのは世の中でどんなに悲惨な事件、事故が起ころうと株価は平然としていることである。FRB議長の発言には敏感に反応するが、利権の絡む中東は別にして世界の片隅で起きた紛争などには素知らぬ顔である。当たり前だと思うが考えようによっては株は冷酷である。株価に影響すること以外には無関心である。これも投資家にとっては当然であろうが機関投資家以外にも個人投資家は沢山いるはずである。その個人は取引パソコンに向かう時、世の中の出来事に対して無関心でいられるのではないだろうか。一晩で何百万円も損失を出せば大概の事より不幸を感じるだろう。その逆もある。悲しみや喜びの感情は株価に置き換えられて平坦なものになってしまう。財務省が老後に2000万円不足するから個人に投資を促すような報告書を作成し物議を醸したがあながち間違いではない。投資先が気になって生活の憂さなど吹き飛んでしまう。年金だけ生活できないなどと冷静には考えられない。自ら選んだ投資先を悔いるばかりである。茶漬けを啜ってでも株価チャートに見入る。NHKでも毎日為替と株価は報道する。これは投資家向けの情報なのか経済指標なのか。株価が業績の実態を反映しているとはとても思えない。何時だっかか芸人が、為替よりも今日は東京の大根は大阪より何円安いとかいう情報の方が役立つと言ったことがある。今大阪の人は大根買いだよ、明日は東京のように高くなるよという情報である。

今日は1か月ぶりくらいに天気が回復しそうである。週末にはまた崩れるようだから久し振りに釣りに出掛けてみよう。釣果は二の次で久し振りに太陽を浴びないと庭の野菜のように萎れてしまう。避けられない老いであろうと1日でも動ける日は伸ばしたいものである。人に迷惑を掛けないために。


カリブの海で

2019-07-24 08:52:35 | 旅行

毎年夏のこの時期はこの別訴にやってくる。海に近いという事だけで友人から譲り受けたものだ。海の家のように砂浜に突き出た白いウッドデッキがお気に入りだ。珍しく朝早く起きたので潮風を浴びるためデッキに出た。太陽は既に水平線から離れ、デッキの庇の影が足元にくっきりと映っている。その向こうには夏の海が小さな白波を立てて打ち寄せている。その上には真っ白い積乱雲と真っ青な空のコントラストが美しい。デッキには無造作に置かれたブラジルヒメヤシの葉が海風に揺られている。ロッキングチェアには昨日海で泳いだ時に使ったバスタオルが掛けられたままである。小さなテーブルに乗った花瓶にはピンクのバラが添えられている。管理をお願いしている近所のおばさんが持ってきてくれたものだ。デッキもそれを囲む手摺も庇を支える柱も潮風によって白いペンキがだいぶ剥がれてきている今年の秋はペンキを塗り直さなければ。おばさんが昼飯を作りに来てくれる前に小舟を漕ぎ出し近くの入江に釣りにでも行ってみよう。若い時のように目の前の海でちょっとサーフィンというわけには行かない。年がいったものである。目の前に広がる白い砂浜には誰もいない。ヘミングウェイのカリブの海にあこがれて九十九里にやってきた。

窓の外に目をやると3週間目くらいだろうか夏の青空が白い雲の隙間からのぞいている。梅雨寒も治まり卓上の温度計は28.9度と少し蒸し暑さも感じる。ブログを書こうとパソコンに向かい目の前のカレンダーを見ると7月の絵は明るい陽射しが差し込む白いウッドデッキと目の前に広がる人っ子一人いない海である。車のディーラーから貰ったカレンダーであるがどうみてもヘミングウェイの描く美しいカリブの海である。妄想逞しくこれが良く出掛ける九十九里の海だったら、何をして1日を過ごそうかと。ロックチェアでB級読書をしながらつい居眠りをしてしまい、お手伝いさんが、旦那さんお茶でもと言ってガラスのティーカップに冷えた紅茶を持ってきたところで目が覚める。そんな1日などありはしない。案の定書き終わりに外を見るといつの間にか空全面を雲が覆ってしまった。明けそうであけない梅雨である。


どうして私はいつも少数派

2019-07-23 08:33:44 | 社会観察

参院選も少数派に同調してしまった。吉本興行の社長の会見後、街の人に感想をインタビューしても会社や社長が悪者で芸人が可哀そうという意見が多数だった。一人だけ中年のおばさんが、会社が悪者になって行く流れがありますけど、会社の問題と芸人が犯した過ちは別問題でしょう。本来は反社会的勢力から闇営業で金銭を受け取り嘘をついて貰っていないというところから出た話でしょうと答えていた。少数派の最たるものであるがそうだと思う。多くの芸人が社長の会見を批判しているが、少なからず日頃の会社に対する鬱憤が含まれているように思えてならない。会社として改めるべき問題と今回の事件の本質を混同してはならない。

ダラダラと5時間半の会見などのネット見出しもあるが、質問を3問で切り上げたら別の見出しになっていただろう。質問する側も問題の本質からずれて社長の発言や言った言わない論に終始していたが普段社長と芸人の間の会話の雰囲気を知らなければ言葉尻を捉えて追及することにどれほどの意味があるのかと思う。社長が奥の院に居て偶に出てきて特定の社員にお前はクビだと言われたらパワハラだろうがさて普段はどうなんだろう。私は社長から100回以上クビだと言われましたが未だに働いていますと元気に答えていたサラリーマンが居た。その会社の雰囲気が分かるというもの。サラリーマンでは黙ってクビを切られるほど恐ろしいものはない。

そもそも所属タレントを干そうと思えば仕事を回さなければ済む話なのでわざわざ裁判沙汰になる覚悟でクビを切る社長は居ないだろう。勤めていた会社で人事の人から、あとあとの事を考えると懲戒免職というのは相当慎重にならざるを得ない。退職金を払ってでも辞めて貰う方法を取らざるを得ない、と聞いたことがある。いみじくもエンタメの大手事務所の内部問題が露呈してしまったが一旦闇営業問題から離れて今度は組合でも作って会社と戦う芸人さんが出て来るのを期待する。

ついでだがこれから就職する若い人たちに。家族的だとかアットホーム経営を標榜している会社には注意をした方が良い。裏返せば家族以外に対して排他的である。家族の一員のように馴染めれば良いがなれなければ地獄である。一方こういう会社はある規模までは恐ろしく急成長する。家族だから同じ方向を向き、家族だから多少の事は我慢する。これこそが前近代的急成長の秘訣である。ところが会社がある程度大きくなると家族としての求心力は働きにくくなる。吉本興行もその類ではないだろうか。何を隠そう自身も家族的な会社であると散々教育を受けてきた。功を奏し会社が大企業になって行く段階で様々な社会的非常識が露呈するようになり、辞めて行く人も随分増えた。経営者がそのことにに気付いたのであろう、家族的経営という言葉は聞こえなくなり今や押しも押されもしない大企業になっている。吉本の社長、今ですよ本当に一流企業になれるかどうかは。こんなエールを送るのは少数派の中でさらに少数だろう。子供の頃、土曜の午後に吉本新喜劇で大いに笑わせてもらったお礼のエールである。


太陽を知らない子供たち

2019-07-22 08:56:06 | 社会観察

赤ちゃんがハッキリ物が見え始めるのは生後3~4か月と言われている。そうなると20日くらい曇りや雨が続いているので折角見え始めたのに相当数の赤ちゃんが太陽を見たことがない、日差しというものを知らない。梅雨が明けると違う星にやってきたと思うのではないだろうか。カゲロウは平均寿命は24時間と言われている。太陽を知らないで死んでいくやつはなんと多い事だろうか。何ともすっきりしない天気である。

スッキリしないと言えば昨日の参院選だろう。一体何処が勝ったのか負けたのか。何れの党首もそれなりに健闘を称えているがそれほど明確な根拠があるとは思えない。もっと驚くのは予想していた通り投票率が50%を切っている。二人に一人は選挙にいったいない。信じられないことである。これでは政治がどうだとか口にするのは憚られるだろう。行っても何も変わらないというのは理由にならない。何もしなかったら悪い方に変わることはあっても思いのほか政治が良い方向に向かうなどということはあり得ない。それほど全幅の信頼を寄せられる政治家はいない。投票に行かないもっと大きな要因は参院であるということだろう。政権選択でもなく参院に期待することは一体何だろう。当選すれば6年間の安定生活である。それだけの報酬を与えるのだからこれ位はやって欲しいと思う事があって当然である。参院不要論が本格化する前に自らの役割を真剣に考える人達が当選したと信じるが、どうかな。

もっとスッキリしないのが吉本興行の芸人の問題である。何と今朝のワイドショーは選挙結果よりこちらを多く取り上げている。色んなコメンテーターが発言しているが大勢は謝罪会見をした芸人が可哀そうで会社は冷酷であるというものだ。会社を辞めてでも謝罪会見を開きたいと亮君が言ったのにそれなら全員クビだと言われたとか涙ながらに訴えていたがこれは本音だろう。宮迫君の方はどうだろう。ただただ謝罪会見をしたいということだけでクビなど想像もしていなかったようだ。言い方はパワハラに近いかもしれないがどのような組織でも社員として抱えたままで事件当事者本人の謝罪会見を認めるところはないだろう。芸人個人である前に組織に属する人間であるという意識はないのだろか。本来は辞職願を出した後個人的会見を開くべきだろう。こういう事を指摘するコメンテーターは居ない。あなたが社長で社員が不祥事を起こしたとする。謝罪会見をしたいと言ってきたら社長のあなたはどうする。最低限Q&Aくらいは確認するだろう。それもないなら辞めてからしてくれと言うだろう。午後は会社側の記者会見があるようだ。今の流れでは何を言っても悪者になるだろう。それとも芸人イジメの謝罪会見にするのだろうか。この度は所属芸人の不祥事にあたってパワハラと取られる発言をして芸人本人に不快な思いをさせて誠に申し訳ありませんと。