パオと高床

あこがれの移動と定住

長谷川四郎『鶴』(講談社文芸文庫)

2010-01-23 08:52:22 | 国内・小説
戦争文学の傑作である。しかも、「戦争文学」という言葉から連想される小説の枠内にはない小説である。

敗戦の直前に、「私」と矢野はソ連との国境線の国境監視哨に配属になる。その監視哨の望遠鏡から国境線を監視し続ける日々が描かれた小説である。

望遠鏡から覗く世界という設定が、すでに望遠鏡の内部の世界とそれを覗く主人公たちの時間とを対比させる。戦争中でありながら、望遠鏡の中の世界は、それを感じさせないのどかな日常の風景を見せる。だが、例えば移動する農民のトラックを、上官は武器弾薬の移送であると思ったりするというように、覗く側の日常は戦時下の時間に覆われている。平原の監視哨は広大な平原の中にありながら、そののどかさの周囲は戦争の悲惨な時に包まれているのだ。この構図に、閉塞と自由への希求という思いが象徴されている。そして、「私」の友人である矢野は、ある日から望遠鏡に釘付けになる。彼は、「私」に、彼が見た望遠鏡の中の風景を示す。それは一羽の鶴であった。

「それまで、鶴がこの風景の何処かに棲息していることを,私は知らなかった。それは望遠鏡をもうそれ以上動かぬくらい極端に廻転させた方向にあり、敵陣地見取図の圏外にあって、いまだかつて誰もみたことのないような地点で、非常に遠方であり、望遠鏡で見ても物の形は漠然としか見えなかったが、鶴はそこに真白く浮き上がって静かに立っていた」

この鶴との距離が、そのまま自由や開放との距離である。そして、この「圏外」に「浮き上がって」いる鶴の姿が、そのままこの小説の位置である。

望遠鏡の中の鶴は男に狙われる。静かに死が歩み寄る。

「私は一瞬、鶴が射たれて、その場に倒れるのを見たように思った。が、次の瞬間、鶴は羽搏いたかと思うと、不思議なくらいの賢明さを以て、悠々と飛び立った」

この鶴に込められた象徴性は鮮やかで、深く美しい。飛び立った鶴は、もう望遠鏡では追えなくなってしまう。

「その時、私はひそかに、だが正確に、私の背後から迫って来る死神の黒い影を感じた。そして逃亡の考えがちらりと私の心をかすめたのだった」

戦時状況の悲惨さを緊張感のある文章で描き出す戦争文学とは違う。だが、この小説には緩急を使い分ける描写の持つ形象力の強さがある。そこから溢れ出す鮮烈さは、一級の青春小説のようでもある。



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