・・・太い煙突の立った竈に赤い火が静かに燃えて、
何か粗末な食べ物が鍋で煮え、薬缶の湯が沸いている。
壁には、フライパンが三本、まるで台所の魂が眼を見開いたような様子で懸っている。
傍らの椅子に、男が一人腰をかけ、横を向いて、考え事をしている。
頭上に塗かれた背光めいた色から見て、キリストに違いないのである。
裸にされた人間の暮らしの跫音に聞き入っているのであろうか。
絵に現れた驚くべき沈着な色調が、折にふれ甦って来る毎に、
あの「フライパン」は、今、何処にあるのかと思わざるを得なかった。(小林秀雄/ルオーの事)
画家は誰が好きかと聞かれたら、クレーもシャガールも好きだけど、やっぱりルオーかな・・と思う。
どの「画壇」にも、どこの「流派」にも属せず、20世紀最後(唯一)の宗教画家と言われたルオー。
その中でもこの絵はアタシのお気に入りで、ここはマルタがせっせこと働いていたベタニアの台所ではないかという説もあるそうだが、
ナニゲに台所にポツンと座っている姿が、ハタと日常生活に現れたキリストという感じがして、なかなか良いのである。(中世画の青白きインテリ的タッチはどーも好きではない)
「台所のキリスト」というのは、アタシが勝手にそう呼んでるだけで、本当は、「古びた町外れにて または台所」という、ルオー1937年の作品。
小林秀雄が最初にこの絵を見たのは、何と小さな料亭の二階の小座敷(勿論本物!)だったそうだが、今は東京・新橋にある『パナソニック汐留ミュージアム』が保有している。
ご興味のある方はこちら! http://panasonic.co.jp/es/museum/collection/rouault/