イワシの翻訳LOVE

はしくれトランスレータ「イワシ」が、翻訳への愛をつれづれなるままに記します。

Need some help?

2009年06月12日 23時49分34秒 | 翻訳について
原文を読んでいると、日本語にうまく訳しにくい表現にたびたび遭遇する(そう感じるのは僕のスキルが足りないからでもあるわけなのだけど)。あまりにも頻出するので、逐一それを何らの言葉に置き換えてしまうと、「翻訳調」という名の香水の匂いが、訳文からプ~ンと漂ってきてしまう(「お前の場合は、香水じゃなくて異臭だろ」というツッコミが聞こえてくるようですが…)。

たとえば"help"は、マーケティング資料などにやたらと出てくる単語だ。こんな感じ。

...to help determine the xx for your environment,..

...can help simplify the assessment, implementation, design...

To help reduce xx while increasing...

helpと言えば、「助ける」がもっとも一般的だと思うけど、実務翻訳の場合は、「~に役立つ」、「~を促す、促進する」、「~を支援する」という風に訳すことが多い。数回ならこの処理で問題ない。だけど、下手をすると一つの文書で数十回も出てくるので、いちいち訳出しているとくどくなる。too much helpになってしまうのだ。

このような状況で有効なのは、「このhelpたちをどう訳せばいいのか」と悩む前に、「原文には、(あるいはそもそも英語には)なぜこんなにたくさんhelpが出てくるのか」ということについて思いを巡らせてみることである。

私見としては、一般論として「すべて訳出すると日本語としてくどくなる頻出表現は、そもそもそれに相当する日本語表現が存在しない」と考えることができると思う。双方の言語に等価な意味が包含されているにしても、片方の言語にはそれを表出するという意識が薄い、あるいは表出させなくても意味を表せる機能を持っていると思うのだ。

helpの場合はどうか。原文を読み、同じ意味のことを日本語で書くとしたら、こんなに「役立つ」とか、「支援する」とか、「促進する」とか、は使わないのではないかと考える。つまり日本語ではhelpを使わなくても、同じことを言い表せるのではないかと。

だから、ここで「訳さない」という選択肢が強く意識されることになる。逐語的にhelpに対応する語を使わず、訳文のなかにhelpを溶け込ませるのだ。

だが、この方法は諸刃の剣でもある。うまく溶け込ませることに成功しなければ、その語が包含していた意味まで「消して」しまうことになる。それに、実務翻訳の場合では、ある語に相当する言葉を訳文に入れないことは、少々勇気の要ることでもある。

だからhelpを訳語のなかに入れるべきかどうかの判断が、大きな問題になってくるわけなのだけど、こういう時によい判断材料になるのは、英→日の視点を、いったん日→英に切り替えてみることだ。自分が作った訳文を今度は逆に日英翻訳したときに、そこにhelpが復活するかどうかを考えてみるのだ。もしそこに自然な形でhelpが蘇ったのであるならば、英日においてhelpを訳出しなかったという判断はある意味正しかったと言える。つまりその場合には、helpは消されたのではなく、うまく訳文に溶け込んでいたわけだ。だからこそ日英翻訳でhelpの力を借りる、まさに翻訳におけるヘルプが必要になったというわけなのである。


英日翻訳「ねえ、help。申し訳ないけど、どうもここには君の居場所がないみたいなんだ。席を外してくれないかな」

help、しぶしぶ退席する。

日英翻訳「helpがいないと、いまいち盛り上がらないな~。よ~し、電話してここに来てもらう」

help、嬉しそうに戻ってくる。


と、そんなことを考えてしまったのは、たまたま観ていた格闘技の動画で、まさにそのhelpの「復活祭」の現場を目撃してしまったからなのである。

「五味隆典vs川尻達也」の試合前のインタビューで、両選手の日本語のしゃべりに英語の翻訳がナレーションで挿入されている。

五味選手が、

「『PRIDE武士道(格闘技のイベント)』を盛り上げたい」

みたいなことを言っているときの英語の訳が、

“I wanna help PRIDE Bushido become more populer.”

だった。つまり、五味選手が言っていないhelpが、英語では付け加えられているのだ。たしかに、日本語ではひとりの選手が「(自分が)イベントを盛り上げたい」と言うことはよくあるが、それはイベントを、彼一人が盛り上げるのか、それともその一助を担いたいのか、その当たりは曖昧である。明確に表現しなくても、聞いている人にニュアンスは伝わる。しかし、英語の感覚からすると、そこら辺を曖昧にやりすごすことはできない。やはりいくら五味選手がPRIDEを代表する人気選手であるにしても、彼一人でイベントをやっているわけではないし、PRIDE武士道に関わる多くの人たちがイベントを盛り上げようと頑張っているわけだから、そこにhelpを加えたくなったのではないかと思うのである。たとえ五味選手の「オレが武士道を盛り上げる」というニュアンスを表すにしても、である。

だから、“I wanna help PRIDE Bushido become more populer.”の訳としては、

「PRIDE武士道を盛り上げるのを手伝いたいんです」

じゃなくて、素直に

「PRIDE武士道を盛り上げたいんです」

の方がこの場合は訳として相応しいと考えられると思うのだ。




そういうわけで、原文の語を訳語として表すか表さないか迷うときには、翻訳方向を逆にして考えてみることが有効ではないかと思ったのでした。逆に言えば、英訳時にカットされる場合が多い語は、和訳のときに付け足してもよいものであるとも考えられます。

ちなみに、件の五味隆典vs川尻達也の動画はこれです。いい試合です。僕は、どちらの選手も大好きです。



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2 コメント

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今日の授業で(^0^) (Natsume)
2009-06-13 23:00:04
ちょうど、そういうhelpの用法が出てきたので、引用させていただきました。
(^0^)/
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Help! (iwashi)
2009-06-13 23:46:18
夏目さん

おお、光栄です! ありがとうございます。helpはとにかくたくさん出てくるので、これからも悩みながらよい訳を考えていきたいと思います!
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