目が覚めた。もう8時を過ぎている。リビングからは、靖子さんが台所に立って昨夜の片付けをしている音が聞こえる。大型の液晶テレビが、朝のニュースを伝えている。ときおり、清君と靖子さんが軽く言葉を交わしている。
見慣れない天井を眺めながら、ここは浜田であり、清君の家であることを再確認する。昨夜はかぺ君も入れて、靖子さんお手製のご馳走を食べ、四人でおおいに盛り上がった。そのことが、まだ少し信じられない。その前の晩、あの東京の無人島部屋で、ほとんど寝ることもできずに仕事に追われていたのが嘘のようだ。浜田に行くことはわかっていた。清君の家でみんなと食事をし、お酒を飲み、泊めてもらうこともわかっていた。だからこそ、ドタバタしながら準備をしてきたのだ。だけど、今回の旅には決定的にリアリティが欠けていた。それはまるでファンタジーの世界への旅立ちのようだった。でも昨夜、乾杯して話始めたとたんに、それまでのいろんな不安は消えていった。不思議な感覚はずっと残っていたけど、それはあって当然であることに気づいた。誰だってあれだけ久しぶりに旧友に会えば、戸惑わないわけがない。そうでなければおかしい。そんな特殊な状況のなかで、あんなにも楽しく話をすることができた僕たちは幸せ者だ。清君、かぺ君とは小さい頃、すごく気が合った。だから何十年かぶりに会っても、すぐに打ち解けることができたのかもしれない。ふたりが大人で、僕という宇宙人に上手くリズムを合わせてくれたということもあるのだろうけど。
あれだけ飲んだわりには、お酒はまったく残っていない。柔らかい布団でぐっすり寝たので、疲れも完全に取れている。昨日とは別人になった気分だ。昨夜の宴は、幻だったのか。やっぱり僕は、浦島太郎なのだろうか。網戸越しに入ってくる、ひんやりとした朝の空気が美味しい。空気が異常に濃い。東京から来て、「やっぱり田舎の空気は美味しいなあ」なんて言うのはあまりにも紋切り型なテレビドラマのワンシーンみたいで嫌なんだけど、実際に美味しいんだからしょうがない。そもそも、僕は田舎で育った田舎人間なのだ。別に都会人でもなんでもないのだ。東京にいて、これだけ洗練されていない人間も珍しい。僕は珍種なのだ。
家の前に広がる深い緑の森が、充満した美味しい空気を生み出している。森の味を味覚として感じてしまえるくらいに濃い。10才の頃にこの土地で迎えた日の朝も、今朝と同じような顔をしていたのだろうか。当時の記憶がかすかによみがえる。どこにいても朝は朝だという気もするけど、どうしても特別な何かを心に抱いてしまう。
起き上がって窓の外をみると、真っ青な空には雲ひとつない。昨日は一日中ずっと曇りでときどき小雨が降ったりしていたので、今日はどうなるかと心配していたのだ。ラッキーだ。小学校でお昼にマキちゃんや由美ちゃんと会う約束をしている。そんな大切な日に、晴れてよかった。安堵すると同時に、さすがにこの日は晴れて当然だろ、という気もする。天気の神様も、さすがに今日は特別な日だということをわかってくれていたようだ。
身支度をして、リビングにそろりと入った。おはようございます。キッチンの靖子さんがさわやかに挨拶してくれた。ソファに座ってテレビを見ていた清君もにっこり笑っておはようと言った。ふたりがいることで自然と生まれてくるような、暖かい雰囲気が溢れている。「こっちゃん」という異次元からの闖入者がいなければ、たぶんここはいつもと同じような幸福な金曜の朝。ああ、この生活感! 逆にその場の空気があまりにも自然すぎて、なぜオレがここに? という不思議な気分にあらためて襲われる。『バックトゥーザーフューチャー』な気分。清君、昨日まで10才だったのに、なんで39才になって新聞読んでるの? おはよう! よく眠れた? うん、おかげさまですっかり元気になったよ。昨日は本当にありがとう。かぺ君は代行運転の車で帰ったんだよね? あんまり覚えてないんだ。かぺが帰ったのは、もう一時を回ってたな。今日はわし仕事なんよ。清君はもう、会社にいく服装をしていた。お盆だけど、交代で出勤しているのだそうだ。次の日仕事なのに、昨夜は遅くまで付き合ってくれたのだ。軽い興奮状態にあったためか、あまり眠れなかっよと言って笑った。かぺ君は今頃、まだ夢のなかかもしれない。
「今日はわし仕事やけぇ学校にはいけんけど、夜はいくけぇね」
「うん、僕は正午に長浜小の前でみんなと待ち合わせして、校舎を見学して、その後で景山先生の家に行く。夕方また合流しよう」
「午前中はどうするん?」
「昔住んでた家にいってみたいんだ」
「靖子が車で好きなところまでおくるけぇ、何でも言ってね」
「わかった。ありがとう」
「わしはそろそろ会社にいくけぇね、靖子に送ってもらうけ、こっちゃんちょっとだけ留守番しとってね」
「うん」
靖子さんの車で、清君は仕事場に向かった。「うん」と言ったものの、ひとりで家にいてもいいの? とちょっとびっくりした。こんなに久しぶりに会った友達を何の疑いもなく家に残していくなんて、清君夫妻はやっぱり人間の器が大きい。浜っ子はやっぱりええ人や。う~ん、田舎ってええな~(と、いつものように紋切り型な三段論法で導かれる結論)。
いよいよ今日は再会の日、学校に集まるのは、マキちゃん、由美ちゃん、エイコちゃん、そしてカメラマンとしてマキちゃんとエイコちゃんの親友のタバサさんも来てくれる。そのあと、景山先生の自宅に行く。ついこの四月までは、遠い夢でしかなかった恩師との再会。緊張だ。ドキドキする。仕事の都合で男子は僕だけしか来れなくなってしまったけど、夜にはたくさん集結してくれる。駅前のお店で同窓会だ。浜田の新鮮な海の幸のような、具たくさん、盛りだくさんの一日が始まる。ついにきたハレの日。天気は快晴。
だけどその前に、個人的にとても楽しみにしていたことを実行する。長浜小から昔住んでいた家までの通学路の、ひとり歩き。この瞬間をどれだけ待ち望んでいたことだろう。僕はこれから、あの頃の自分に会いに行く――。靖子さんが帰ってくるまでの30分ほどの間に、僕は再び、ヒョードルとの世紀の大一番を目前に控えた、ミルコ・クロコップに変身していたのだった。
(続く)
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見慣れない天井を眺めながら、ここは浜田であり、清君の家であることを再確認する。昨夜はかぺ君も入れて、靖子さんお手製のご馳走を食べ、四人でおおいに盛り上がった。そのことが、まだ少し信じられない。その前の晩、あの東京の無人島部屋で、ほとんど寝ることもできずに仕事に追われていたのが嘘のようだ。浜田に行くことはわかっていた。清君の家でみんなと食事をし、お酒を飲み、泊めてもらうこともわかっていた。だからこそ、ドタバタしながら準備をしてきたのだ。だけど、今回の旅には決定的にリアリティが欠けていた。それはまるでファンタジーの世界への旅立ちのようだった。でも昨夜、乾杯して話始めたとたんに、それまでのいろんな不安は消えていった。不思議な感覚はずっと残っていたけど、それはあって当然であることに気づいた。誰だってあれだけ久しぶりに旧友に会えば、戸惑わないわけがない。そうでなければおかしい。そんな特殊な状況のなかで、あんなにも楽しく話をすることができた僕たちは幸せ者だ。清君、かぺ君とは小さい頃、すごく気が合った。だから何十年かぶりに会っても、すぐに打ち解けることができたのかもしれない。ふたりが大人で、僕という宇宙人に上手くリズムを合わせてくれたということもあるのだろうけど。
あれだけ飲んだわりには、お酒はまったく残っていない。柔らかい布団でぐっすり寝たので、疲れも完全に取れている。昨日とは別人になった気分だ。昨夜の宴は、幻だったのか。やっぱり僕は、浦島太郎なのだろうか。網戸越しに入ってくる、ひんやりとした朝の空気が美味しい。空気が異常に濃い。東京から来て、「やっぱり田舎の空気は美味しいなあ」なんて言うのはあまりにも紋切り型なテレビドラマのワンシーンみたいで嫌なんだけど、実際に美味しいんだからしょうがない。そもそも、僕は田舎で育った田舎人間なのだ。別に都会人でもなんでもないのだ。東京にいて、これだけ洗練されていない人間も珍しい。僕は珍種なのだ。
家の前に広がる深い緑の森が、充満した美味しい空気を生み出している。森の味を味覚として感じてしまえるくらいに濃い。10才の頃にこの土地で迎えた日の朝も、今朝と同じような顔をしていたのだろうか。当時の記憶がかすかによみがえる。どこにいても朝は朝だという気もするけど、どうしても特別な何かを心に抱いてしまう。
起き上がって窓の外をみると、真っ青な空には雲ひとつない。昨日は一日中ずっと曇りでときどき小雨が降ったりしていたので、今日はどうなるかと心配していたのだ。ラッキーだ。小学校でお昼にマキちゃんや由美ちゃんと会う約束をしている。そんな大切な日に、晴れてよかった。安堵すると同時に、さすがにこの日は晴れて当然だろ、という気もする。天気の神様も、さすがに今日は特別な日だということをわかってくれていたようだ。
身支度をして、リビングにそろりと入った。おはようございます。キッチンの靖子さんがさわやかに挨拶してくれた。ソファに座ってテレビを見ていた清君もにっこり笑っておはようと言った。ふたりがいることで自然と生まれてくるような、暖かい雰囲気が溢れている。「こっちゃん」という異次元からの闖入者がいなければ、たぶんここはいつもと同じような幸福な金曜の朝。ああ、この生活感! 逆にその場の空気があまりにも自然すぎて、なぜオレがここに? という不思議な気分にあらためて襲われる。『バックトゥーザーフューチャー』な気分。清君、昨日まで10才だったのに、なんで39才になって新聞読んでるの? おはよう! よく眠れた? うん、おかげさまですっかり元気になったよ。昨日は本当にありがとう。かぺ君は代行運転の車で帰ったんだよね? あんまり覚えてないんだ。かぺが帰ったのは、もう一時を回ってたな。今日はわし仕事なんよ。清君はもう、会社にいく服装をしていた。お盆だけど、交代で出勤しているのだそうだ。次の日仕事なのに、昨夜は遅くまで付き合ってくれたのだ。軽い興奮状態にあったためか、あまり眠れなかっよと言って笑った。かぺ君は今頃、まだ夢のなかかもしれない。
「今日はわし仕事やけぇ学校にはいけんけど、夜はいくけぇね」
「うん、僕は正午に長浜小の前でみんなと待ち合わせして、校舎を見学して、その後で景山先生の家に行く。夕方また合流しよう」
「午前中はどうするん?」
「昔住んでた家にいってみたいんだ」
「靖子が車で好きなところまでおくるけぇ、何でも言ってね」
「わかった。ありがとう」
「わしはそろそろ会社にいくけぇね、靖子に送ってもらうけ、こっちゃんちょっとだけ留守番しとってね」
「うん」
靖子さんの車で、清君は仕事場に向かった。「うん」と言ったものの、ひとりで家にいてもいいの? とちょっとびっくりした。こんなに久しぶりに会った友達を何の疑いもなく家に残していくなんて、清君夫妻はやっぱり人間の器が大きい。浜っ子はやっぱりええ人や。う~ん、田舎ってええな~(と、いつものように紋切り型な三段論法で導かれる結論)。
いよいよ今日は再会の日、学校に集まるのは、マキちゃん、由美ちゃん、エイコちゃん、そしてカメラマンとしてマキちゃんとエイコちゃんの親友のタバサさんも来てくれる。そのあと、景山先生の自宅に行く。ついこの四月までは、遠い夢でしかなかった恩師との再会。緊張だ。ドキドキする。仕事の都合で男子は僕だけしか来れなくなってしまったけど、夜にはたくさん集結してくれる。駅前のお店で同窓会だ。浜田の新鮮な海の幸のような、具たくさん、盛りだくさんの一日が始まる。ついにきたハレの日。天気は快晴。
だけどその前に、個人的にとても楽しみにしていたことを実行する。長浜小から昔住んでいた家までの通学路の、ひとり歩き。この瞬間をどれだけ待ち望んでいたことだろう。僕はこれから、あの頃の自分に会いに行く――。靖子さんが帰ってくるまでの30分ほどの間に、僕は再び、ヒョードルとの世紀の大一番を目前に控えた、ミルコ・クロコップに変身していたのだった。
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次の日の朝は6時起きでこっちゃんが目覚めた頃にはすでに仕事をしとりましたぞ!
一部のちびっ子に「加瀬さん酒臭いよ!」などと言われながらね。
夜のBBQに体力を温存しながら、楽しかった昨夜を思い出して汗を流しました。
照れますね~
ハードルあがってるかんじです~
カペ君もちびっ子に酒臭いと言われながら汗ながしながら働いてたんだねー!よーやったな。
あの日は朝から仕事だったんだね。それなのに夜遅くまで付き合ってくれてありがとう!そしてさらにかぺ君を勝手に眠っていることにしてしまった(笑)ごめんよ~
それにしてもかぺ君はタフだな!ハードボイルドな人生だよ~!かぺ君のアゴ事件は思いがけずかなり話題を呼んだね~30年以上前の事件がこれだけ話題になるなんてすごい!もう完全に主役を食われてます~(笑)
コメントありがとうございます!
いえいえ、僕は思った通りに書いているだけですよ~ 料理の写真はもっと上手く撮っていればよかった!つくづく残念です。ごめんなさ~い
やすきよ邸はほんまにええ雰囲気やったで~
でもエイコちゃんとマキちゃんのコンビも最強タッグだよ!
かぺ君はあれだけ飲んで朝6時おきなんて、鉄人だわ! 信じられない!