石造美術紀行

石造美術の探訪記

奈良県 奈良市登大路町 奈良国立博物館(本館東池内)宝篋印塔

2010-06-14 01:10:42 | 奈良県

奈良県 奈良市登大路町 奈良国立博物館(本館東池内)宝篋印塔

奈良国立博物館の本館(旧館)の東側、藤棚が畔にあり鯉が泳ぐ小さな池がある。池の中島の芝生の上に非常に立派な宝篋印塔が置かれている。03_2池の中にあるため近づけないが一見して古い大和系のものとわかる。各側面無地の基礎は低く安定感があり、基礎上は反花式だが一段を挟んでおり段形式との折衷型のようである。基礎上を反花式の別石にする例は和歌山青岸渡寺塔や京都誠心院塔のように大型塔にしばしばみられるが、別石にしない点で滋賀県竜王町鏡山塔や野洲市錦織寺基礎と似ている(2009年9月2日記事参照)。池外からの観察でははっきりしないが反花は小花付き複弁5葉で隅弁が小花になる大和系のものらしい。また、反花の上にあるべき塔身受座部はほとんど確認できないが塔身との接合に違和感はない。量感のあるどっしりとした塔身は側面いっぱいの陰刻月輪内に雄渾な金剛界四仏の種子を薬研彫している。笠は上下2石からなり、笠下二段、笠上六段、笠下と軒が同石となっている。隅飾は笠全体の大きさに比して小さめで、3つは笠上段形と同石となっており東側2箇所が残り、南西側は笠上1段目より少し上のところで折れ亡失している。02_2北西隅飾は亡失しているが、これだけはどういうわけか別石になっており、載っていた部分の軒上端面に枘穴らしいものがあるという。その部分に接する笠上段形の隅の破損がやや大きいように見えることから、当初から北西隅飾だけを別石に仕立てていたかどうかは慎重に判断する余地がある。もっとも隅飾の1つだけを別石にする手法は滋賀県野洲市西養寺塔に例があり(2007年1月17日記事参照)、また、段形の隅部分を粗く打ち欠いたままで別石隅飾を置く例も少なくないことも考えると、やはり当初から別石だった可能性が高い。隅飾は別石ながら軒とほとんど同一面から真っすぐ立ち上がり、上にいくに従って微妙に弧を描いて外反している。こうした緩く弧を描いて外反する隅飾の手法は大和系宝篋印塔の隅飾にしばしばみられるものである。隅飾は輪郭のない素面でよく見ると三弧になっている。大和の宝篋印塔で隅飾三弧というのは極めて珍しい。各段形や種子の薬研彫など細部の彫成が非常にシャープな出来を示しているのが池外からでも見て取れるが、相輪だけは彫成が全体に甘く別物の疑いがある。伏鉢を失って下請花が低く、九輪は沈線で水煙があり竜車や宝珠は亡失している。水煙付の相輪は層塔に多く宝篋印塔に例が少ないことも別物説を裏付けるようである。相輪を除く笠上までの高さ205.5cm、基礎幅105cm、基礎側面高49.5cmで塔身は高さ60.2cm、幅約61cm、軒幅は100cmというから、かなりの大型塔で、元は11尺塔と推定されている。本塔は博物館から南西約1㎞程、市内某氏宅の庭にあったものが昭和61年に博物館に寄託移建されたとのことである。そのお宅の場所は元興寺の西門跡付近に当たるとされるようだが、どういう経緯でそのお宅の庭にあったのか不詳。ただ、そこが原位置とは考えにくい。それでもあまり遠くない場所に本来建てられていたものと思われる。なお、造立時期について福澤邦夫氏は鎌倉時代中期後半、文永年間後半頃(13世紀後半)のものと推定されている。構造・形式、細部の手法、規模など総合的にみて妥当な年代観と考えられる。どっしりとした存在感がある一方で細部の手法にも優れ、大和でも屈指の優品に数えることができる。

参考: 福澤邦夫「奈良国立博物館所在無銘石造宝篋印塔」『史迹と美術』594号 平成元年

   清水俊明『奈良県史』第7巻石造美術 名著出版 昭和59年

現地には特段詳しい解説板などはありません。池の中の中島にあるので近づけないこともあって博物館を訪ねるたびずっと気になっていましたところ、少し前『史迹と美術』誌のバックナンバーをめくっていて福澤邦夫先生の詳しい紹介記事と実測図があることに気づきました。これを読んで長年の溜飲が下がる思いでした。福澤先生の学恩に深く感謝するとともに、庭内に死蔵されることなく広く我々の目に触れるようにしてくださった寄託者の某氏並びに博物館当局に感謝したいと思います。なお、文中法量値は福澤先生の報文に拠ります。地元の方や一部の研究者はともかく、博物館を訪れてあの宝篋印塔は何なんだろう?というモヤモヤ感のあった石造マニアの皆さん多いんじゃないでしょうかと思い記事を起こした次第です。ちなみに同博物館には新館裏の庭園内にも九州方面から来た石造美術があります。

 

 最近、池のほとりに立派な説明板が設けられました。一石造ファンとして喜びにたえません。博物館当局のご高配に拍手。

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