謙のわがまま日記

マナイゲルをつくる会・手稲会・船橋歩こう会・大和山の参加記録。旅先の感想・記録。その他気楽な手記。

YOSAKOIのこと

2005年06月21日 | ウオーキング
 6月10日、札幌へ行く飛行機内で埼玉県のYOSAKOIチームと会う。チーム名は「いぶき組」、
キャプテンの新井伊吹さんの名前からつけたとのこと。女性6人、男性1人の小人数ながら大張り切りの面々。キャプテンの新井伊吹さんは、息子さんが京成船橋駅の近くに勤めていたと言うから小泉先生と同じくらいだろうか。足首を捻挫して包帯をまきながらもファイト満々、頭が下がります。何ごとも一生懸命は見ていて気持ちが良い。

そこでYOSAKOIだが、私たちがクラス会を終えて大通りに到着したのが12日の16時30分頃。大通りはYOSAKOIの踊り子と見物人で溢れかえっていた。運良く桟敷席に上がれたが、もういい所は終っていた。「学生」と書いた大きな幕を持った人を先頭に全部が学生だろうか、数え切れないような大人数で続々と続く。
人数の多いのは結構だが、この人達は「鳴子」を持っていなかった。もう疲れてしまったのか、動きが小さく、それも単純で小学生の遊戯を見ているようで迫力も感動もなかった。「参加することに意義あり」ならそれでもいいか。それが、人数が多すぎてなかなか終らないので困った。
しかし、大通り8丁目の特設舞台でのコンテストは大迫力で目を見張る。ただ残念なことに見物席の観覧券は売り切れ。「立ち止まらないで下さいー」と叫ばれながら周囲を廻る。
審査会の会場を「立ち止まらないで下さいー」と言われながらぐるぐる廻っている中に、所沢の「武蔵滝風」と云うチームが出てきた。ここでその名前を聞くとなんとなくなつかしい。それでも足を止めるわけにはいかない。同じ関東という贔屓目なしにこのチームの踊りは素晴らしいと思った。CHIよREN北天魁を探したが見当たらない。そうこうしている中にオカミが疲れてきたので、見物をやめて帰った。
最初にYOSAKOIを見たのは同じ札幌で6年前。年々盛んになっているのは分かっていたが、凄かった。が、もう少し見物人にたいして配慮が欲しい。見物人も踊り子と同じ位にYOSAKOIが好きなのだから。