公開中 燃やしてはならない「消せない火」を私たちは燃やしてしまった ・その24

2019-09-15 05:44:18 | 日記

   

                                                                   

  2011年4月15日

いずれは国民的な論議の課題とすべきです

「自衛隊の災害支援」と「日米共同支援」

 

 「ナマズの暴れ過ぎだ」。なんとか原発が「現状維持であれ」と願い、異常が無いという報告の度にホッとします。そして信頼のおけない「東電の記者会見」であれ、そこにしか情報源がないとするなら信頼するしかないとなります。

 そして災害発生から1ケ月が過ぎると、目は別な角度を見るようになります。それは自衛隊の震災支援と、自衛隊と米軍の共同行動です。今回の場合は『トモダチ作戦』と銘うって展開されました。現に復旧までは3週間が必要とされた仙台空港も、4日後の16日には物資や機材を積んだ輸送機を着陸させています。それ以来展開された日米の共同作戦は、「日米安保を絵に描いたような作戦」であったと、現地の自衛隊幹部の発言となって表れました。〈毎日新聞〉

 日米安保の成果という。それが「自衛隊幹部の発言」となると「待てよ」となります。しかし、自衛隊の支援なくして物資も運び込めなかったし、捜索もできなかった。米軍の敏速な支援活動はすばらしいものがあったことは事実です。 

 いずれ「原発」に対する国策の変更も含めて、自衛隊の災害支援と外国からの支援〈軍隊・民間支援〉については今後の課題となるでしょう。そのためにも、今のこの事実をしっかりと見極め、記憶にとどめることが大切であると考えました。

 さて、現地で見てのもう一つの具体的な事実を上げてみます。それは自衛隊が原発現場を前にして、現地の放射能物質の異常な数値を見た司令部が隊員の生命を守ると称して撤退しました。

 自民党は、憲法改定草案の中で、自衛隊を「軍隊」へ改組することを提起しています。軍隊とはまさに「有事において命を賭して前に進む」武力集団です。我が命を守るためには「敵より早く引き金を引く」というのが軍隊です。原発の現状はまさに有事であり、敵は「原発」です。厳しい言い方をすれば、その司令部の姿勢に「自衛隊の限界」を目のあたりに見た思いでした。しかし、誤解してもらっては困ります。若き自衛隊の命を落とせと言っているのではありません。自衛隊を「平和建設隊」に改組する運動に火をつける、格好の材料を今回の惨事は与えてくれたと考えるべきです。

 そこで自衛隊法を見ました。自衛隊の主たる任務は「平和と独立を守り、国の安全を保つため、我が国を防衛することを主たる任務」とすると書かれています。そして「必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする」と規定しています。私は、「災害支援と復興にあたることを主たる任務」と付け加え、その役割の比重を高め、強めていくべきと考えたのが今回の自衛隊員の姿でした。若い命を戦争によって失わせてはならないということです。そして国内に限らず、海外への災害支援に積極的に係る「平和建設体」の役割を強めることだと考えました。

 だから「マスコミよ、もっともっと自衛隊の活動を宣伝しろ」と言いたい。日米安保も「軍事安保ではなく、平和、経済、文化同盟の確立のための生きた材料を提起」したものと記憶しておこうというのが私の意見です。

 さて「原発の収束に向けてどうするのか」です。以前にも述べましたが「消火作業」は現地に任せるしかありませんが「核先進国の支援」をもっと求めるべきと思います。そのことを躊躇する一つに、企業秘密〈技術秘密〉を守るという企業の本質があるとするなら政府はそれを破るべきである。なぜなら何を犠牲にしても「火は消さなければならない」からです。そのために取りえること、考えられること、あらゆる手段をめぐらして欲しいと念じるからです。