燃やしてはならない「消せない火」を私たちは燃やしてしまった ・その16

2019-09-07 05:08:20 | 日記

 2011年3月29日

 ここにきて、ようやくガソリンが給油できるようになりました

前記しましたガソリンは本日から給油ができるようになりました。スタンドの前の行列も苦になりません。

灯油も給油車が回るようになりました。

そして「被爆」の件です。1時間おきに観測している「放射線量」の数値は間違いなく下降をたどっています。当初は、毎時10マイクロシーベルトであった福島市は3・0マイクロシーベルトを割りました。郡山市も同様です。いわき市や相馬市も0.9前後となっています。

確かに、原発現地は大変な状況にありますが、そのことと、被ばく線量とは「世界を別」にして考えてよいというのが大方の常識となっています。よって現地の状況が、これ以上悪化しないようなあらゆる手を打つことに成功すれば現状を維持することができます。 

しかし、それとて未知の課題です。いわゆる「積算線量」というものです。これも数ヶ月経たなければわかりません。その積算は無視できなくなるでしょう。

是非とも外国の支援も含め「世界の知恵」を切に求めるものです。

もうひとつは避難者の生活です。すでに4回も避難所を渡り歩くという状況が出ています。今日は暖かい日差しの一日となりましたが、夜は別です。大きな体育館でのダンボールの上に毛布では十分な睡眠はとれないでしょう。一方で旅館や民宿、ホテルなどはガラ空きです。閉館に追い込まれている旅館もあります。 

このことについて、私はかなり早い時期に提起しています。例えば、一日の宿泊費を3食込みで「2500~3000円位(セルフ)」で賄うことを、がら空きの旅館やホテルが検討しても良いのではないでしょうか。さらに詳細に述べれば、本人負担は1000円前後、残りは、国・東電・自治体・義援金で賄う長期戦の方針を考える時期になっていると判断します。富岡町に住んでいた知人が、市内のホテルにおられることを知り訪ねました。その方は82歳と79歳の老夫婦です。とても避難所には住めないのでこのホテルを選択したと述べていました。それでもそのような選択を高齢者の誰でもと言うわけにはいきません。

そしてこれも提案てすが、その旅館での炊事、掃除などの仕事を、宿泊者の有志に委託し時給で働くということもあっても良いのではないでしょうか。避難された皆さんは、パートでもなんでして働くという意欲を持つことも必要だと思います。「動物は食べることに全てを費やします。食べられなくなったら死を待つだけです」。私たち人間も、まず食べることに全てを注ぎますが、いつまでも「ボランテァの炊き出し・配膳」に頼ることには反対です。しかも長期戦であるとすればなおの事生活のリズムを変えるべきです。

さらに郡山市内を例にとれば、雇用促進住宅に空き室があります。また元郵政・社会保険庁・元国鉄などのアパートにも空きがあります。また古くなっているとしても公営住宅もしかりです。まずそこに移転させるべきです。

また悲しいことがありました。隣の須賀川市で農業を営む男性が自殺をしました。学校給食の素材ため、低農薬で育てたキャベツ3500株の収穫を前にして出荷停止となりました。その畑で命を絶ったのです。