マーク・ロスコ 「赤の中の黒」 東京都現代美術館

東京都現代美術館
MOTコレクション(常設展示室)
「マーク・ロスコ - 赤の中の黒 - 」

著名な作品ですが、そう頻繁に展示されているわけでもないようです。MOTの常設展示より、マーク・ロスコ(1903-1970)の「赤の中の黒」(1958)です。



関東近辺にて拝見出来る充実したロスコのコレクションと言えば、やはり川村記念美術館の「ロスコ・ルーム」が挙げられるかと思います。川村のロスコが、照明の抑えられた暗がりにて、やや不気味にも赤く灯っているのに対し、MOTのそれはもっと明るい真っ白な展示室にて、燦然と赤と黒が輝く作品です。その印象はかなり異なります。

やや白みを帯びた軽やかな赤の上に、どっしりとのしかかる黒と、眩しいほど煌めく赤が殆ど対照的(やや黒の部分が広いようです。)になって描かれています。この作品は、どちらかと言えば赤よりも黒に良さがあるのかもしれません。背景の赤より溶け出してきたような気配を漂わせながらも、全体を押さえつけるかのような重々しい存在感を誇示しています。川村のロスコ・ルームで見る『窓』の印象はここにはあまりなく、色の対比は明快であるのに、こちらへズシリと迫り来るような一種の閉塞感すら感じさせていました。

霧がかかるように赤と黒が交錯する様子も美しい作品です。一見、極めて静的な姿を見せていますが、そのせめぎ合いには緩やかな動きも感じられます。

*関連エントリ
「ロスコ・ルーム」 川村記念美術館から
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「MOTアニュアル2007 等身大の約束」 東京都現代美術館

東京都現代美術館江東区三好4-1-1
「MOTアニュアル2007 等身大の約束」
1/20-4/1



毎年楽しみにしている展覧会ですが、今回はややインパクトに欠ける印象も受けました。「日本の新しい美術の成果を紹介するグループ展」(パンフレットより。)という、「MOTアニュアル2007」です。秋山さやか、加藤泉、しばたゆり、千葉奈穂子、中山ダイスケの計5名が紹介されています。皆、1960年から70年代前半生まれの、比較的若いアーティストたちです。

一番好感を持てたのは、展示室に伸びやかな空間を作り出していた中山ダイスケのインスタレーションでした。宮島のカウンターならぬ1~9の数字を用いて、花畑の上に建つ一軒の家をアクリルの質感で表現した「private house for sale」(2006)は美しい作品です。赤い屋根の上にはいくつものパラボラアンテナが描かれていましたが、さらにそれを立体にしたオブジェ「personal apple」(2007)や、宙に浮かぶ衛星までが展開されています。この緩く繋がった田園の光景に、何か懐かしい思いを投影するような感覚で楽しみました。



以前、谷中のSCAIで個展を拝見した加藤泉も登場しています。赤に青、それに緑色にも光る目を付けたまるで異星人のような木彫が、床に寝そべっていたり、折重なっていたりして佇んでいました。その不気味な面持ちはあまり惹かれるものではありませんが、彫刻としてのクオリティーの高さには魅入るものがあります。奇怪な人形の動物たちの群がる、何やら異様な雰囲気です。

「等身大の約束」というテーマと、その長々しい趣旨(高度情報化に違和感を覚え、プリミティブな関係を求める云々…。)にもあまり共感出来ませんでした。それぞれの作家が、日本画という括りで真っ向勝負した去年の印象が強過ぎたようです。来月1日まで開催されています。(3/4鑑賞)

*関連エントリ
「MOTアニュアル2006 No Border」 東京都現代美術館
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群馬交響楽団 「マーラー:交響曲第7番」

地方都市オーケストラ・フェスティバル2007 群馬交響楽団東京公演

マーラー 交響曲第7番

指揮 高関健
演奏 群馬交響楽団

2007/3/11 15:00 すみだトリフォニーホール1階

群響のマーラーを聴くのは、2003年の東京公演(第3番)以来のことです。地方都市オーケストラ・フェスティバルより、マーラーの大作、交響曲第7番を楽しんできました。



開演前の高関のプレトーク(最後の5、6分だけ拝聴しました。)によれば、今回の第7番は、現在、国際マーラー協会にて策定中の新校訂版から、彼自身が楽譜をいくつか修正したいわゆる「高関版」によって演奏されたのだそうです。ただしご本人曰く、それは決して学術的な研究に基づくわけではなく、演奏をより効果的にするための校訂なので、聴いても修正点等が分からないのが望ましいとのことでした。私は非常に楽譜に疎く、案の定、実演に接しても全く分かりませんでしたが、ともかくもその入念な準備は、公演にかける高関の並々ならぬ意欲を感じさせます。ちなみにその新校訂版の試演は、何と本公演の僅か数日前、ヤンソンスとバイエルン放送響が行ったばかりだそうです。

さて演奏についてですが、マーラーの音楽より湧き上がる激しい情念こそ聴かれなかったものの、力強いティンパニをはじめとした各パートのソロもくっきりと浮き上がる、見通しの良い、構成感にも優れた内容だったと思います。高関は、主題の交錯し、やや目まぐるしく曲想が入れ替わる部分においても無理をせず、幾分テンポを落として丁寧にオーケストラを鳴らしていきました。また彼の言う、マイスタージンガーの主題をオリジナルとする高らかな第5楽章のファンファーレも、前後より切り離してその部分だけ明確に提示するような表現で、非常に強く印象付けられます。それに順序は逆転しますが、第4楽章での弦を大胆に抑制してのマンドリン、また第2楽章でのオーボエの印象的なフレーズ、さらには第1楽章でのホルンの咆哮なども、その音色の美しさはともあれ、地に足を着けてどっしりと構えるような安定感を見せていました。この曲の持つ多様な情景や心情を、一本の太い音楽の潮流に示すというよりも、場面場面を一つずつ分けて描くような、半ば分析的な演奏であったとも言えるかもしれません。この演奏からマーラーのモノローグを聞くことは出来なかったとは言え、一つのスタイルとして確立していた演奏だったと思います。

群響は、総じて細かい部分の精度に欠けていました。全体としては在京オケと比べても遜色ない地位にいるかと思いますが、金管群や一部の木管などは、幾分デリカシーのない、とても危うい音を奏でています。また、フォルテッシモでのざわついた、まとまりのない表現も気になりました。臨界点に達した時の一糸乱れぬアンサンブルも実現しません。それに、夜曲などにおいて、弦にもっとしっとりとした温もりがあれば、この曲に独特な夜の気配を醸し出せていたかとも思います。

今月は二週に渡って高関の指揮に接してきましたが、全くの思い込みながら、この方はブルックナーと一番相性が良いような気もします。6月には東京シティ・フィルとの第8番が予定されているようです。出来ればそちらも聴いてみたいです。
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「ストリート!展 2007 part.2」 JR上野駅Breakステーションギャラリー

JR上野駅Breakステーションギャラリー(台東区上野7丁目
「東京芸大 ストリート!展 2007 Part.2」
3/3-29

JR上野駅正面玄関口「ガレリア」(改札外)2階の小スペースを利用したミニ企画展です。芸大生の作品が6、7点ほど展示されています。



非常に小規模な企画なので、どちらかと言うと「見に行く。」よりも「立ち寄って見る。」内容かと思います。残念ながら強く印象に残る作品と出会うことはありませんでしたが、今回は全体的に彫刻風の立体作品が目立っていました。線をシャープな切れ味の膜に置き換え、ゆらゆらと靡く煙の様態を立体に示したような照沼絢子の「Lily」はやや印象的です。線が面となり、揺らぎを見せながら一つのオブジェとなる様子が、漆の質感と相まって美しく表現されていたと思います。

2月中に開催されていたpart.1は見逃してしまいましたが、毎年この時期に開催されている展覧会です。普段、あまり「イキの良い」(パンフレットより。)芸大生の作品を見る機会がないので、これからも追っかけてみたいと思います。

一応、それなりのスペースが確保されているとは言え、おおよそ目立たない場所での展示です。(むしろ、上野駅にこのような場所があったのかと思うほどです。)上野の美術館などへ行く際にでも少し寄っていただければ、出品されている学生さんの励みになるのではないでしょうか。もちろん無料です。



会場地図はこちらをご参照下さい。今月29日までの開催です。(正面玄関口横のエスカレーターを、二階のレストラン街へとあがったすぐの場所です。)

(3/11鑑賞)
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「フンデルトヴァッサー展」 日本橋三越本店ギャラリー

日本橋三越本店新館7階ギャラリー(中央区日本橋室町1-4-1
「人と自然の共生 - ある芸術家の理念と挑戦 - フンデルトヴァッサー展」
2/27-3/11(会期終了)



京都国立近代美術館及び、メルシャン軽井沢美術館より巡回の展覧会です。絵画や建築などの幅広いジャンルに活躍したオーストリアの芸術家、フリーデンスライヒ・フンダートヴァッサー(1928-2000。以下、フンデルトヴァッサー。)の回顧展を拝見してきました。内容は、主に氏の絵画面での業績を辿っていくものです。



いわゆる「渦巻き」以前の風景水彩画は、どれも素朴な面持ちで良い印象を受けました。デッサンにも長けた湖や都市の描写からは、淡い暖色系の水彩が美しいグラデーションを見せて、あたかもその風景を愛する彼の気持ちが伝わるような温もりも感じられます。素直に魅入ることの出来る作品ばかりです。



率直に申し上げて、私は「渦巻き」以降のフンデルトヴァッサーが苦手かもしれません。とぐろを巻く渦から拡散された赤や青などのカラフルな原色が、忙しなく家々などを直線から解放し、ひたすらに歪んだ空間を連続して繋げています。直線を否定し、その曲線に独自の価値を見出した氏の絵画は、私の不理解を棚に上げるとしても、むしろ逆に執拗に円を追っているかのような、殆ど病的な気配を漂わせているように思いました。その濃密な色と線で埋め尽くされた画面からは、一種の閉塞感すら感じてしまいます。目眩がするかのようです。



展示は軽く触れているのみではありますが、フンデルトヴァッサーと建築との関連も紹介されています。ここでは建設当時より現在まで、別の側面からの批判も多いと聞く「大阪市舞洲工場」(1998)が圧倒的です。オリエンタルな王宮を思わせるような尖塔に連なる、曲線と円によって象られた清掃工場は、おおよそこの種の建造物に付きまといがちな一般通念を完全に粉砕しています。私は氏の絵画同様、少なくとも外観や写真から判断する限りにおいて愛着を感じませんが、まるでアメーバのように膨張してゴミを食らいつづける生き物のようにも見えました。奇妙に生々しい建物です。

隔絶した異才の思いを汲み取るところまではいきませんでした。また時間をおいて、彼の作品を見ることが出来ればと思います。(3/4鑑賞)
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「山口理一 - A sense of de・touch・ment - 」 東京画廊

東京画廊中央区銀座8-10-5 7階)
「山口理一 - A sense of de・touch・ment - 」
2/28-3/24

魂の失われた人間の裸体が、無機質な感触をさらけ出しながら、時に詩的な情景を匂わせて乱れています。主に写真と、一部のインスタレーションよって構成された展覧会です。かの杉本博司に6年間ほど師事した経験もあるという、山口理一の個展を見てきました。



白いシーツの敷かれたベットの上に転がるのは、完全に全裸となった無数の男女です。彼らは手足を絡み合わせ、上下も無関係に折重なりながら群がっています。胸も肩も、そして髪も振り乱すように投げ出して、全ての生気を失ったかのように横たわっていました。ここに死体に美意識を見い出すような、一種の錯綜したエロスを思います。禁断の美の世界を垣間みる心持ちです。

大きなカゴや、まるで牢獄のような狭いスペースに押し込まれた男女たちからは、肉体だけが持つ、一切の不純を見せない力強さを感じました。個や性の意味から解放された、ある意味でもはや人間とは言えない肉だけが持つ、何やら原初的なエネルギーです。

畳と和服の女性、そして群がる全裸の人間の登場する作品からは、アラーキーの醸し出すエロスの感覚を見る思いもしました。

今月24日までの開催です。(3/3鑑賞)

*関連リンク
「第10回岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)」展(入賞)@川崎市岡本太郎美術館 2/3 - 4/8
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「樋口佳絵 - 耳鳴り - 」 西村画廊

西村画廊中央区日本橋2-10-8 日本橋日光ビル3階)
「樋口佳絵 - 耳鳴り - 」
2/20-3/17

今年のVOCA展、大原美術館賞にも輝いた樋口佳絵の個展です。特に「テンペラ・油彩の混合技法」(画廊HPより。)によって生まれた、淡い感触でありながらも瑞々しい画肌の感触が印象的でした。



どれも奇異なほど小さな目をした子どもたちがモチーフです。彼らが、白やグレーを基調としたシンプルな背景の前で、さながら無邪気に遊んでいるかのように集っています。椅子に一人座ってぼんやりと佇んでいたり、まさに名前を呼ばれた(作品名「名前を呼ぶ」)のか、ふと上を振り返るように眺める男の子などたちと、ほのぼのとした、半ばありふれた子どもの日常が描かれていました。半ズボンを履いてあちこちを歩き回るような光景は、どこか懐かしいイメージをも喚起させています。

大胆に用いられた余白の効果かもしれません。画面からは、そんな子どもたちの無垢な行動に隠れた、やや空疎で寂し気な雰囲気も感じられました。また、なで肩で細身の子どもたちは、一部、例えば童話の世界から飛び出してきたかのような、非リアルな幻影のような気配をも持ち合わせています。

画面はとてもフラットな感覚ですが、細部には実に丁寧な彩色が施されています。ズボンの模様などには、その冴えた筆の業を思わせる表現も見られました。

今月17日までの開催です。(3/3鑑賞)

*関連リンク
「VOCA展2007 - 現代美術の展望 - 」@上野の森美術館 3/15 - 30
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東京交響楽団 「ショスタコーヴィチ:交響曲第5番」他

ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 名曲全集第25回

ショスタコーヴィチ 劇場オーケストラのための組曲(旧名「ジャズ組曲第2番」)
ラフマニノフ パガニーニの主題による狂詩曲
ショスタコーヴィチ 交響曲第5番

指揮 高関健
ピアノ 小山実稚恵
演奏 東京交響楽団

2007/3/3 18:00 ミューザ川崎シンフォニーホール3階

別名、「聴かず嫌いのためのショスタコーヴィチ入門」と題された名曲プロです。高関健の率いる東響の演奏会を聴いてきました。



ショスタコーヴィチは「聴かず嫌い。」と言うよりも、むしろ実演に接してその不可解な音楽に距離を置いてしまうことが多いのではないかと思いますが、メロディアスで愉快な一曲目の「劇場オーケストラのための組曲」は、そんな距離を微塵も感じさせない優れた通俗名曲でした。伸びやかに歌うサクソフォンや、小気味良くフレーズを奏でるフルートやクラリネットは、時に哀愁を漂わせながらも楽し気な行進曲のリズムを刻んでいきます。この曲からは、少なくとも表面的に、あの苦虫を噛み潰したようなショスタコーヴィチの顔が全く浮かんできません。さながら軽めのポップスを聴くような気持ちで楽しめました。(ただし演奏には、もう一歩のハメを外すような遊び心があっても良かったと思います。)

休憩を挟まずに演奏されたのは、ピアノに小山実稚恵を迎えての「パガニーニの主題による狂詩曲」でした。これは、計24もの変奏曲がめまぐるしく展開していく色彩の豊かな音楽ですが、ここではやや冷めた感触の小山が比較的冴えていたと思います。強く響き渡る高音のトリルから、やや弱めでありながらも勢いのある中音域まで、もう一歩突き抜けた部分があればと感じたのも事実ですが、曲の面白さはしっかりと示していました。こちらこそ私にとってはやや「聴かず嫌い。」のラフマニノフでしたが、オーケストラの好サポートにも助けられて、緊張感を削がれることなく、じっくりと聴くことが出来たと思います。

メインは、ショスタコーヴィチの一連の交響曲の中で、殆ど唯一、いわゆるこの手の名曲プロに登場する交響曲第5番です。高関は指揮台に置かれた譜面をパタンと閉じて、全編暗譜にて次々と明快な指示を出していきます。彼のアプローチは、ともかく音楽の全体像を極めて堅牢な形で提示することです。真面目過ぎるという批判も聞こえてきそうなほど、実に律儀に、そして端正に音を揃えていきます。その縦の線へのこだわりは相当なものです。リズムの激しい第一楽章の主題よりクライマックスにかけても、ひたすら音の輪郭を鋭角的にまとめあげ、淡々と音の塊をホールへと投げつけていきます。第三楽章よりしばしの時間をおいて進んだ最終楽章は、東響の力強い表現が、高関のやや抑制された指揮と上手く調和していました。熱くなり過ぎず、かと言って冷め過ぎることもなく、バランス感に長けた、終始安定感のある演奏だったとも言えるかもしれません。また、各パートの響きを一つずつ丁寧に積み上げて全体を構築する様子は、何やらブルックナーの音楽をもイメージさせました。(静謐で透明感に満ちた第三楽章が、まるでブルックナーの緩徐楽章のように聴こえてきたのは初めてです。)奇を衒わないながらも、鋼のような芯が一本通った、密度の濃い演奏です。キタエンコで味わった凄みこそなけれども、楷書体の優れたショスタコーヴィチでした。

指揮の高関は、次の日曜日に群響のコンサートでも楽しむ予定です。(地方都市オーケストラフェスティバル)マーラーの中でも不思議とあまり演奏されない「夜の歌」を、どれだけまとめあげるかに注目したいと思います。
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新国立劇場 「さまよえるオランダ人」

新国立劇場 2006/2007シーズン
ワーグナー「さまよえるオランダ人」

指揮 ミヒャエル・ボーダー
演出 マティアス・フォン・シュテークマン
合唱 新国立劇場合唱団
管弦楽 東京交響楽団
キャスト
 ダーラント 松位浩
 ゼンタ アニヤ・カンペ
 エリック エンドリック・ヴォトリッヒ
 マリー 竹本節子
 舵手 高橋淳
 オランダ人 ユハ・ウーシタロ

2007/2/25 14:00- 新国立劇場オペラ劇場 4階

プレミエ公演を拝見してきました。新国立劇場の「さまよえるオランダ人」(休憩のある三幕版です。)です。歌にオーケストラ、共に充実していた公演だったと思います。何かとスロースターターな同劇場の初日としては、上々とも言える出来でした。



ともかく目立っていたのは、ゼンタを力強く歌ったアニヤ・カンペです。彼女が登場するのは第二幕以降ですが、それ以前の印象が薄くなってしまうほどの存在感を見せていました。オランダ人のバラードから、殆ど呪われるかのように宿命付けられた救済への道程を指し示し、その狂信的なオランダ人への気高き愛も、終始高らかに歌われていきます。ゼンタの神々しい救済愛を打ち出すには、このようなカンペの熱唱がピッタリです。まずは彼女の歌を聴く為だけでも、この公演に接する価値は十分にあると思います。

カンペの他には、外国人キャストの2名、エリックのヴォトリッヒ、それにオランダ人のユハ・ウーシタロが充実していました。ウーシタロはやや力押しに過ぎるようにも感じられましたが、両者共に声量は豊かで、ホールいっぱいにその美声を響かせています。また日本人キャストでは、ダーラントの松位が立派です。宝石類にたぶらかされて娘を手放してしまう父親というよりも、この救済劇をしっかりとお膳立てするような、半ば人格者的な人間像を作り上げていました。やや発声に違和感を覚えた舵手の高橋淳がもう一歩優れていれば、ほぼ文句の付けようのないキャスティングであったのかもしれません。

ボーダーのエネルギッシュな指揮に引っ張られた東響も大健闘です。冒頭より金管が不安定だったのはご愛嬌と言う他ありませんが、荒々しくうねり、時には不気味な夜の静寂の支配するこの劇の音楽を器用に表現していました。ボーダーの指揮は総じてテンポが早く、非常にキビキビとしたスタイルです。ピアニッシモの方向に更なる呼吸感があればとも感じましたが、合唱のともなう劇的なシーン(特に第三幕の第一場。)では、一線を越えたような修羅場を見事に描き切っていました。いつも以上に瑞々しい歌を聴かせてくれた合唱団のサポートも得て、終始緊張感を削ぐことなく音楽をまとめていたと思います。

さて、この公演にマイナスの要素があったとしたら、それはシュテークマンの演出だったと言えるのではないでしょうか。ラストでオランダ人が一人取り残されながら救済を迎えるというコンセプトにはある程度納得出来るものの、もっと基礎的な部分、例えば群衆やキャストの動きに冴えが見られません。重唱は終始棒立ちで歌う箇所が多く、所々で驚くほど説明的(オランダ人の肖像画の扱いなど。)だったかと思うと、ゼンタの心理には殆ど立ち入ることなく、奇妙な糸車などで舞台をごまかしてしまいます。この作品自体に心理劇が乏しいにしろ、ストーリーを抉るような伏線も欲しいところでした。(だだし舞台に破綻はありません。歌を邪魔しないスムーズな進行です。)

劇中のゼンタ像にはあまり共感するところがありませんが、カンペの歌唱と役づくりには強く惹かれました。ワーグナーの音楽に一部酔うことも出来る、満足感の高い公演だったと思います。
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「ニルス・ウド展」 かねこ・あーとギャラリー

かねこ・あーとギャラリー中央区京橋3-1-2 片倉ビル1階)
「ニルス・ウド展 - カラーの作品より - 」
2/23-3/10

現代ドイツの造形作家、ニルス・ウド(1937-)の個展です。とある自然に自らの手を携え、その構成素材を用いながら、さらに自然を美しい姿へと飾り立てます。自然と行為の間で揺れる詩心も楽しめる展覧会です。



展示作品の全ては、彼が手を加えた自然の写真です。ひび割れた氷に沿って置かれた緑の筋や、ぽっかりと空いた木の穴にクリを詰めたもの、さらには横たわる木へまるで寝そべるかのように並べられた枯れ葉などが捉えられていました。一見、何ら作為のない美しい自然そのものが提示されているような世界の中に、その色の選択にも冴えた感性を思わせるウドのスパイスが利いているのです。

ウドの行為によって創造された新たな美は、元の自然への敬意がハッキリと示されています。場を生み出しているようで、あくまでも自然のお手伝いをしているような、彼の控えめな創作もまた興味深く感じられました。主役はあくまでも自然のようです。

2002年には、彼の日本で初めて回顧展(「ニルス・ウド展 - 自然へ」)が、北海道や群馬、それに岩手の美術館を巡回したようです。ご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。

東京オペラシティアートギャラリーで開催中の「土から生まれるもの」展でも、ウドの作品が展示されています。合わせて見るのも一興です。

私にとっては殆ど未知の作家でしたが、もっと早くから見知っていればとも思いました。今週の土曜日までの開催です。(3/3鑑賞)
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「水越香重子『DELIRIUM』」 資生堂ギャラリー

資生堂ギャラリー中央区銀座8-8-3 東京銀座資生堂ビル地下1階)
「第1回 shiseido art egg 水越香重子『DELIRIUM』」
2/9-3/4(会期終了)

「第1回 shiseido art egg」の第2弾です。水越香重子のビデオ・インスタレーションを拝見してきました。



「DELIRIUM」とは、「高熱などで引き起こされるたわごとや幻覚をともなう、一時的な精神錯乱状態」(パンフレットより。)を意味します。赤い絨毯が印象的な古びた洋館で、一人の少女が、殆ど自らの意思を持っていないかのように彷徨い、そして奇妙な動物や白いテープと戯れていました。まるで亡霊のようです。見知らぬ洋館で繰り広げられる、夢心地とも彼岸とも言える世界が展開されています。

ストーリーは提示されません。少女の意識やその外界が、揺らいだ時間にのって次々とスクリーンに映し出されます。ここにその意味を見出すこと自体が、極めて無意味なのかもしれません。さながら夢に一定の論理を求められないのと同じです。

いよいよ次回は、色とりどりのドットによって鮮やかな色彩世界を見せる内海聖史が登場します。「銀座地区で最大の天井高を持つ」(HPより。)という同ギャラリーにて、内海がどのように空間を飾り立てるのかが楽しみです。(3/3鑑賞)

「第1回 shiseido art egg」
平野薫(1/12-2/4)
水越香重子(2/9-3/4)
内海聖史(3/9-4/1)
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「田幡浩一 『no lemon, no melon』」 ギャラリー小柳

ギャラリー小柳中央区銀座1-7-5 小柳ビル8階)
「田幡浩一 『no lemon, no melon』」
2/6-3/3(会期終了)

パステル調の可愛らしいモチーフも印象的な、とても和やかなアニメーションが展開されていました。つい先日まで開催されていた田幡浩一の個展です。

黄色と黒の斑模様の小さなハチが登場する「bee」が魅力的です。白い画面の中にハチが一匹、羽を微かに震わせながら、ほぼ同じ場所にて静止しています。それが時間の進行とともに、まず黒の部分が消え、その後黄色の残像だけが描かれたと思うと、次の瞬間には全てが消えてしまうのです。その間、僅か十数秒。まさしくあっという間にハチが白みに溶けてしまいます。紙に描かれたハチのスケッチをまるで消しゴムで消したかのような、映像らしからぬアナログな気配も感ずる作品でした。

うずたかく積まれた書類が、そのまま上へとグングン伸びていく様だけが表現されたアニメーションにも惹かれます。ほぼ同じ大きさの紙が、その底面積を変化させることなく高さだけ変化していくのです。

「bee」は、「ペンのインクがなくなるまで、一枚一枚同じ位置に書いた」(タグボートより。インタビュー記事や作品画像もあります。)ものだそうです。ほぼ空間を動かさずに、時間だけを進行させた感覚かもしれません。

以前、渋谷のワンダーサイトで拝見した際にも印象に残りました。これからも少し追っかけてみたいと思います。(3/3鑑賞)
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3月の予定と2月の記録

先月、思っていたほど美術館へ行くことが出来なかったせいか、会期末の近い展覧会ばかりが挙がってしまいました。毎月恒例の「予定と振り返り」です。

3月の予定

展覧会
「フンデルトヴァッサー展」 日本橋三越本店ギャラリー (2/27 - 3/11)
「花鳥画展」 大倉集古館 ( - 3/18)
「20世紀美術探検/黒川紀章展」 国立新美術館 ( - 3/19)
「シュルレアルスム展 - 謎をめぐる不思議な旅 - 」 埼玉県立近代美術館 ( - 3/25)
「VOCA展2007」 上野の森美術館 (3/15 - 30)
「アルフレッド・ウォリス展」 東京都庭園美術館 ( - 3/31)
「アドリアナ・ヴァレジョン展」 原美術館 ( - 3/31)
「中村宏|図画事件/等身大の約束」 東京都現代美術館 ( - 4/1)
「桜さくらサクラ・2007」 山種美術館 (3/10 - 4/15)

コンサート
東京交響楽団名曲全集第25回」 ショスタコーヴィチ「交響曲第5番」他 (3日)
「地方都市オーケストラ・フェスティバル2007群馬交響楽団」 マーラー「交響曲第7番」 (11日)

 
2月の記録(リンク先は私の感想です。)

展覧会
「DOMANI・明日展 2007」 損保ジャパン東郷青児美術館 (3日)
「海を越えた出会い」 府中市美術館 (3日)
「オルセー美術館展」(その1/その2) 東京都美術館 (4日)
「銅版画の地平4 若手作家による銅版画展」 ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション (10日)
「都路華香展 後期展示」(その1/その2) 東京国立近代美術館 (10日)
竹久夢二展/鈴木鵞湖展」 千葉市美術館 (11日)
「コレクション・ハイライト」 川村記念美術館 (11日)
「土から生まれるもの」 東京オペラシティアートギャラリー (25日)

ギャラリー
「ヤン・ファーブル個展」 シュウゴアーツ (10日)
「日高理恵子展」 小山登美夫ギャラリー (10日)
「今村哲 『アリの巣』」 ケンジタキギャラリー東京 (10日)
「イェッペ・ハイン 『Inbetween』」 SCAI (17日)

コンサート
「フィンランド放送交響楽団 2007川崎公演」 シベリウス「交響曲第2番」他/オラモ (15日)
「新国立劇場2006/2007シーズン」 ワーグナー「さまよえるオランダ人」/ボーダー(24日)

「オランダ人」はまだ感想が書けていませんが、なかなか良い公演でした。なるべく早くにアップする予定です。また今月に挙げたコンサートは、指揮が偶然にも(?)二つとも高関です。新国立劇場の「運命の力」は、都合がつけば再演を拝見したいと思います。

大倉の花鳥画展は、大観の「夜桜」の展示期間を待っていました。未見の作品なので楽しみです。

3月20日からは、東博でいよいよ「ダ・ヴィンチ」展が始まります。今月の予定には入れませんでしたが、出来れば会期早々、平日の午前中にでも拝見したいと思います。

それでは今月も宜しくお願いします。
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「土からうまれるもの」 東京オペラシティアートギャラリー

東京オペラシティアートギャラリー新宿区西新宿3-20-2
「土からうまれるもの - コレクションがむすぶ生命と大地 - 」
1/13-3/25

全館規模で収蔵品展を開催するのは初めてのことです。感度の良いオペラシティアートギャラリーのコレクションより、「土」を切り口にした品々が集います。現代陶芸が目立っていました。約40名の作家による、計130点弱の展覧会です。



コレクション展というと、時に総花的にまとまってしまうこともあるようですが、今回は企画自体も優れているのか、各作品の魅力がそれぞれに増すような展示になっていました。また現代アートを手がける同ギャラリーの企画ということで、当然ながら展示品も最近のものが多く出ています。あたかも画廊巡りをするような感覚で楽しめました。



小川待子のこの展覧会のための新作、「Li2O・NaO・CaO・Al2O3・SiO2:水の破片」(2007)からして魅力的です。ガラスの釉薬の陶板がキラキラと瞬く上に揺らぐ無数の陶片からは、まるで湖に浮かぶ小舟か、はたまた水に揺らぐ木の葉や貝殻のような光景が目に浮かびました。それが、ゆうに10メートルは越えるほどの巨大なスケールにて展開されています。圧巻でした。

これまでの収蔵品展でもお馴染みの相笠昌義からは一点、ルソーの構図を想起させる「インドにて:デリーの春」(1975)が展示されています。彼の作品というと、どれもややくすんだ感触の、何やら暗鬱な心持ちの漂うものが多いのですが、これは色彩も鮮やかで、ある意味で健康的な雰囲気が感じられます。広大な芝生の上で、牛や人物たちが気持ちよさそうに休んだり寝ている姿が捉えられていました。哀愁の漂う都会のサラリーマンを描いた「銀座風景」などとは対照的です。

今回、一番惹かれた作品は、尹煕倉の抽象画「何か」(2000)でした。ベージュ地のキャンバスより滲み出す、まるで染みのような白がとても美しい作品ですが、最大の魅力はそのマチエールにあるようです。一見、何らかの顔料で描かれたと思われるそれは、陶を砕いて溶かし、膠でキャンバスへ固定させたものでした。独特のざらついた感触が、絵に不思議な奥行き感と広がりをもたらしています。色のないロスコを見るような気分です。



一つ上の階の展示室へあがると、秋山陽の手がけた、まるでその場の力を変化させるようなオブジェが数点並んでいました。中でも「尖底」(1990)は印象的です。まさに尖った底部が力強く渦を巻き、そのたくわえたエネルギーを上部へと解放しています。歪んで凝縮された先端部より、まるで炭化した巨木のようにのびる姿に魅入る作品でした。ちなみに素材は陶です。一見しただけでは分かりません。



鈴木治の赤茶けた陶のオブジェも美しい作品です。内部より明かりが照らされたような温もりが、作品全体を包み込んでいます。30センチ四方の素朴な佇まいも好印象でした。

二人の作家による、野菜をモチーフにした平面作品も必見です。小泉淳作のエッチング「白菜」(1992)と、村田茂樹の日本画「ねぎ」(1998)は、ともに甲乙つけ難い優品でした。後者では、何本ものネギが並列に描かれ、ひげもゆらゆらと揺れています。そのミニマルな構図感も魅力的です。

全体的に地味な印象があるかもしれません。日曜日だというのに、会場は驚くほど閑散としていました。ただその分、静かに「土」の温もりに接することの出来る展覧会かと思います。今月25日までの開催です。(2/25鑑賞)
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