都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「ディエゴ・リベラの時代」 埼玉県立近代美術館
埼玉県立近代美術館
「ディエゴ・リベラの時代 メキシコの夢とともに」
10/21~12/10

20世紀前半のメキシコを代表する画家、ディエゴ・リベラ(1886〜1957)。日本ではフリーダ・カーロの夫として良く知られているかもしれません。
そのリベラの画業を追いかけるのが、「ディエゴ・リベラの時代 メキシコの夢とともに」です。ただし「の時代」が重要です。というのも、出展作のうちリベラの作品は約30点ほどで、多数を同時代の画家の作品や資料が占めていました。よってリベラ単独の回顧展ではありません。
さらにメキシコの壁画運動や美術教育をはじめ、ヨーロッパ絵画の影響、前衛芸術の参照のほか、革命前後の社会状況から日本人画家の関係などを踏まえているのも特徴ではないでしょうか。大変に幅広い内容で、メキシコの一時代を横断して切り取ったような展覧会でした。
リベラは1886年、メキシコ中部のグアナファト市に生まれました。幼くして絵が得意で、10歳にして美術学校へ通います。そこで西洋画を学ぶだけでなく、同国の自然や風景なども積極的に描きました。

ディエゴ・リベラ「農地」 1904年 ディエゴ・リベラ生家美術館
まだ10代のリベラが制作したのが「農地」で、大きな山を背に、農夫が馬を引く様子を捉えています。空と山肌は水色に染まり、地平線を望むかのような大地も、明るい色彩で表現しました。これぞメキシコなのでしょうか。牧歌的でかつ雄大な景色が広がっていました。
1907年、20歳にてヨーロッパへと留学したリベラは、まずマドリードへと渡り、各地を旅しては、印象派から点描までの技法を一通り摂取しました。グレコ画にも倣い、キュビズムの画風も試みては、ピカソとも交流したそうです。

ディエゴ・リベラ「銃を持つ水兵(昼食をとる船乗り)」 1914年 ディエゴ・リベラ生家美術館
実際に渡欧期の作風は目まぐるしく変化していました。例えば「パリのノートルダム」ではモネを思わせるような筆触を見せる一方、「カタルーニャの灼熱の大地」の点描はスーラかシニャックのようでもあり、「銃を持つ水兵」では、人物が解体され、キュビズム的な表現で水兵を象っています。あらゆる技法に学ぼうとしたのでしょうか。ヴァイタリティのある画家だったのかもしれません。
1921年に帰国したリベラは、「メキシコ革命以降の社会や先住民に目を向け、思想や歴史を公共空間に描く、メキシコ壁画運動」(解説より)に関与するようになります。公教育省のための壁画では、革命の主題や労働者、それに貧しい人々を描きました。(壁画は写真や資料で紹介。)結果的に壁画を6年間で、計100面以上も制作したそうです。

ディエゴ・リベラ「とうもろこしをひく女」 1924年 メキシコ国立美術館
その時代の代表作とも呼べるのが、「とうもろこしをひく女」で、白い服を着た女性が、太い腕を前で動かしては、とうもろこしを引いています。腕も身体も量感が凄まじく、全ての体重を棒にかけては引く様子がひしひしと伝わって来ました。まさしく一心不乱で、脇目もふらずに、ただとうもろこしだけと対峙しています。なんと真剣な姿なのでしょうか。リベラの労働への共感の眼差しが感じられました。
リベラと同時代の画家では、ダビッド・アルファロ・シケイロスの「奴隷」が印象に残りました。スペイン植民地下の奴隷をモチーフとした作品で、皆、細い棒のような手を突き出しては、抵抗の意思を示すようなポーズをしています。画家自身も革命運動に参加し、兵士として国中を駆け回り、投獄されたこともあるそうです。そのリアルな体験を元にしたのかもしれません。
リベラと日本の画家との関係についても触れています。その1人が、メキシコに渡り、同地の美術学校を卒業後、壁画運動に加わった北川民次で、彼の描いた水彩や木炭画なども何点か展示されています。北川はリベラとも交流していました。
藤田嗣治も関わりがあります。藤田は、1932年から1年間ほどメキシコに滞在し、リベラの壁画を鑑賞しました。ただちょうどその時、リベラはアメリカで制作中のため、会うことは叶いませんでした。それでもリベラ邸を撮影した写真や、インクによる肖像画を残しています。

ディエゴ・リベラ「裸婦とひまわり」 1946年 ベラクルス州立美術館
チラシ表紙を飾る「裸婦とひまわり」が圧巻でした。モデルはアメリカのダンサーで、裸で大きな黄色いひまわりを抱くような仕草を見せています。手前に一輪のひまわりが横たわっているので、剪定の途中かもしれません。ともかく目を引くのが、肉感的な臀部で、褐色の肌と、太陽のように輝かしいひまわりは、生命感に満ち溢れています。むせ返るような熱気すら伝わってきました。
フリーダ・カーロの作品も1点のみ、「ディエゴとフリーダ1929-1944」が展示されていました。小さな肖像画で、植物の根か木の枝、あるいは貝殻を思わせるモチーフの中、人物が前を向く姿を捉えていますが、リベラとフリーダの顔が合体しています。フリーダは、1929年にリベラと結婚するも、約10年後に離婚し、その翌年に再婚しました。結婚15年の際にリベラに贈られた作品だそうです。

ディエゴ・リベラ「聖アントニウスの誘惑」 1947年 メキシコ国立美術館
最後に強烈な印象を与えられたのが、「聖アントニウスの誘惑」でした。有名な聖人の誘惑のテーマとしていますが、アントニウスはおろか、悪魔の姿も見られません。あるのは土中の赤い大根でした。しかし単にリアルな大根ではなく、奇妙な生き物の形のようでもあり、一部では性的なモチーフも隠れているように思えなくありません。リベラは、メキシコ南部の大根の人形祭りからヒントを得て制作したそうです。何とも奇抜な作品で、しばらく頭から離れませんでした。

マリア・イスキエルド「巡礼者たち」 1945年 名古屋市美術館
ほかにもホセ・マリア・ベラスコ、ホセ・クレンメテ・オロスコや、ラモン・アルバ・デ・ラ・カナル、フェルナンド・レアル、フェルミン・レブエルタスなど、リベラと接触のあった画家も参照し、リベラと同時代のメキシコの芸術の動向を大まかに捉えています。
メキシコ史に疎い私ではありますが、リベラを中心としたメキシコの画家の、時にエネルギッシュな作品群には心引かれるものがありました。
なおメキシコ州と埼玉県は姉妹都市でもあるそうです。これほど多角的にリベラの芸術を検証する展覧会は、しばらく望めないかもしれません。
12月10日まで開催されています。おすすめします。
「ディエゴ・リベラの時代 メキシコの夢とともに」 埼玉県立近代美術館(@momas_kouhou)
会期:10月21日 (土) ~ 12月10日 (日)
休館:月曜日。但し7月17日は開館。
時間:10:00~17:30
*入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1200(960)円 、大高生960(770)円、中学生以下は無料。
*( )内は20名以上の団体料金。
*MOMASコレクションも観覧可。
住所:さいたま市浦和区常盤9-30-1
交通:JR線北浦和駅西口より徒歩5分。北浦和公園内。
「ディエゴ・リベラの時代 メキシコの夢とともに」
10/21~12/10

20世紀前半のメキシコを代表する画家、ディエゴ・リベラ(1886〜1957)。日本ではフリーダ・カーロの夫として良く知られているかもしれません。
そのリベラの画業を追いかけるのが、「ディエゴ・リベラの時代 メキシコの夢とともに」です。ただし「の時代」が重要です。というのも、出展作のうちリベラの作品は約30点ほどで、多数を同時代の画家の作品や資料が占めていました。よってリベラ単独の回顧展ではありません。
さらにメキシコの壁画運動や美術教育をはじめ、ヨーロッパ絵画の影響、前衛芸術の参照のほか、革命前後の社会状況から日本人画家の関係などを踏まえているのも特徴ではないでしょうか。大変に幅広い内容で、メキシコの一時代を横断して切り取ったような展覧会でした。
リベラは1886年、メキシコ中部のグアナファト市に生まれました。幼くして絵が得意で、10歳にして美術学校へ通います。そこで西洋画を学ぶだけでなく、同国の自然や風景なども積極的に描きました。

ディエゴ・リベラ「農地」 1904年 ディエゴ・リベラ生家美術館
まだ10代のリベラが制作したのが「農地」で、大きな山を背に、農夫が馬を引く様子を捉えています。空と山肌は水色に染まり、地平線を望むかのような大地も、明るい色彩で表現しました。これぞメキシコなのでしょうか。牧歌的でかつ雄大な景色が広がっていました。
1907年、20歳にてヨーロッパへと留学したリベラは、まずマドリードへと渡り、各地を旅しては、印象派から点描までの技法を一通り摂取しました。グレコ画にも倣い、キュビズムの画風も試みては、ピカソとも交流したそうです。

ディエゴ・リベラ「銃を持つ水兵(昼食をとる船乗り)」 1914年 ディエゴ・リベラ生家美術館
実際に渡欧期の作風は目まぐるしく変化していました。例えば「パリのノートルダム」ではモネを思わせるような筆触を見せる一方、「カタルーニャの灼熱の大地」の点描はスーラかシニャックのようでもあり、「銃を持つ水兵」では、人物が解体され、キュビズム的な表現で水兵を象っています。あらゆる技法に学ぼうとしたのでしょうか。ヴァイタリティのある画家だったのかもしれません。
1921年に帰国したリベラは、「メキシコ革命以降の社会や先住民に目を向け、思想や歴史を公共空間に描く、メキシコ壁画運動」(解説より)に関与するようになります。公教育省のための壁画では、革命の主題や労働者、それに貧しい人々を描きました。(壁画は写真や資料で紹介。)結果的に壁画を6年間で、計100面以上も制作したそうです。

ディエゴ・リベラ「とうもろこしをひく女」 1924年 メキシコ国立美術館
その時代の代表作とも呼べるのが、「とうもろこしをひく女」で、白い服を着た女性が、太い腕を前で動かしては、とうもろこしを引いています。腕も身体も量感が凄まじく、全ての体重を棒にかけては引く様子がひしひしと伝わって来ました。まさしく一心不乱で、脇目もふらずに、ただとうもろこしだけと対峙しています。なんと真剣な姿なのでしょうか。リベラの労働への共感の眼差しが感じられました。
リベラと同時代の画家では、ダビッド・アルファロ・シケイロスの「奴隷」が印象に残りました。スペイン植民地下の奴隷をモチーフとした作品で、皆、細い棒のような手を突き出しては、抵抗の意思を示すようなポーズをしています。画家自身も革命運動に参加し、兵士として国中を駆け回り、投獄されたこともあるそうです。そのリアルな体験を元にしたのかもしれません。
リベラと日本の画家との関係についても触れています。その1人が、メキシコに渡り、同地の美術学校を卒業後、壁画運動に加わった北川民次で、彼の描いた水彩や木炭画なども何点か展示されています。北川はリベラとも交流していました。
藤田嗣治も関わりがあります。藤田は、1932年から1年間ほどメキシコに滞在し、リベラの壁画を鑑賞しました。ただちょうどその時、リベラはアメリカで制作中のため、会うことは叶いませんでした。それでもリベラ邸を撮影した写真や、インクによる肖像画を残しています。

ディエゴ・リベラ「裸婦とひまわり」 1946年 ベラクルス州立美術館
チラシ表紙を飾る「裸婦とひまわり」が圧巻でした。モデルはアメリカのダンサーで、裸で大きな黄色いひまわりを抱くような仕草を見せています。手前に一輪のひまわりが横たわっているので、剪定の途中かもしれません。ともかく目を引くのが、肉感的な臀部で、褐色の肌と、太陽のように輝かしいひまわりは、生命感に満ち溢れています。むせ返るような熱気すら伝わってきました。
フリーダ・カーロの作品も1点のみ、「ディエゴとフリーダ1929-1944」が展示されていました。小さな肖像画で、植物の根か木の枝、あるいは貝殻を思わせるモチーフの中、人物が前を向く姿を捉えていますが、リベラとフリーダの顔が合体しています。フリーダは、1929年にリベラと結婚するも、約10年後に離婚し、その翌年に再婚しました。結婚15年の際にリベラに贈られた作品だそうです。

ディエゴ・リベラ「聖アントニウスの誘惑」 1947年 メキシコ国立美術館
最後に強烈な印象を与えられたのが、「聖アントニウスの誘惑」でした。有名な聖人の誘惑のテーマとしていますが、アントニウスはおろか、悪魔の姿も見られません。あるのは土中の赤い大根でした。しかし単にリアルな大根ではなく、奇妙な生き物の形のようでもあり、一部では性的なモチーフも隠れているように思えなくありません。リベラは、メキシコ南部の大根の人形祭りからヒントを得て制作したそうです。何とも奇抜な作品で、しばらく頭から離れませんでした。

マリア・イスキエルド「巡礼者たち」 1945年 名古屋市美術館
ほかにもホセ・マリア・ベラスコ、ホセ・クレンメテ・オロスコや、ラモン・アルバ・デ・ラ・カナル、フェルナンド・レアル、フェルミン・レブエルタスなど、リベラと接触のあった画家も参照し、リベラと同時代のメキシコの芸術の動向を大まかに捉えています。
メキシコ史に疎い私ではありますが、リベラを中心としたメキシコの画家の、時にエネルギッシュな作品群には心引かれるものがありました。
【担当学芸員から】本展では、人物を描いた≪裸婦とひまわり≫やシュルレアリスム風の≪聖アントニウスの誘惑≫など、リベラが晩年にさしかかる1940年代に制作した4点の絵画を展示しています。いずれもリベラの円熟した境地を味わえる素晴らしい作品。リベラの画家として幅と深みを堪能してください。 pic.twitter.com/BdRWz0s9uD
— 埼玉県立近代美術館 (@momas_kouhou) 2017年11月30日
なおメキシコ州と埼玉県は姉妹都市でもあるそうです。これほど多角的にリベラの芸術を検証する展覧会は、しばらく望めないかもしれません。
12月10日まで開催されています。おすすめします。
「ディエゴ・リベラの時代 メキシコの夢とともに」 埼玉県立近代美術館(@momas_kouhou)
会期:10月21日 (土) ~ 12月10日 (日)
休館:月曜日。但し7月17日は開館。
時間:10:00~17:30
*入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1200(960)円 、大高生960(770)円、中学生以下は無料。
*( )内は20名以上の団体料金。
*MOMASコレクションも観覧可。
住所:さいたま市浦和区常盤9-30-1
交通:JR線北浦和駅西口より徒歩5分。北浦和公園内。
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