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デンマーク・ハーフキッズ

デンマークについての情報やニュースを紹介、またデンマーク人と日本人のハーフの子供たちの子育て日記。

ウサギと亀

2008-01-23 08:07:46 | 通信制大学・大学院
 ミクシィで私の通信制大学のコミュニティがあり参加しているのですが、トピックスで「これから入学しようとしているのでいろいろと教えてください」というのがありました。先輩にあたる在学生が細々とした質問に答えており、その中のひとつに「どのくらい勉強すればよいのでしょうか?」という問いがありました。

 何かを学ぶために「どのくらい」なんてあるのかなと思いながら在学生の回答を読むと、「私の場合は、月・火で課題を洗い出し、水・木・金で参考文献を探し、土日でリポートを書く。それを毎週行い、最大で月に4科目分リポートを提出しました」とあり、私はもうびっくり、ショック!というくらいの衝撃を受けたのでした。テキストを読まないんだ・・・と。

 私の場合は1教科200~400ページくらいのテキストを、一応すべてノートを取りながら読んでおり、だいたい読むのに1ヶ月余くらいかかります。それから課題に取り組み、リポートを作成するわけで、教科にもよりますが、1教科1ヶ月半のペースです。私って本当に亀だったようです。

 今さらながら、物ごとに取り組むときの人々の姿勢がいかに多様であることを思い知りました。そういう軽やかなウサギさんたちの中で、改めて自分がのろまな亀に見えますが、やっぱり私は自分のやりかたを変えられないとも思いました。ここまで試行錯誤で自分の学び方を手探りしてきており、また、こうして1ページ1ページ、1行1行学んでいくことの楽しさや喜びは何にも換えがたいからです。

 先日会ったある友人などは、若いのに自分の道をオリジナルに探ってきており、非常に努力している人です。私は彼女の内面のそういった自分を信じる強さがすごいなと内心尊敬し、そういう人が魅力のある人なのだと思っています。私もそういう自分を信じる気持ちを、今回の大学での学習を通して遅まきながら学んでいるところです。

 最後に勝つかどうかはどうでもよいのですが、亀は亀らしく、止まらないで歩き続けることが一番大切、と自分に言い聞かせた一件でした。

波・・・

2007-12-29 08:17:40 | 通信制大学・大学院
 通信教育で勉強するのは、何か波の間隔と近い気がします。波が来たらうまく乗り、波と波の間は一息つく、という感じです。でも波は次から次へと来るから、一息つきつつもすぐにまた次の波への体勢を整えなくてはなりません。気持ちの休まるときがないけれど、でも岸に上がって休んでしまうとそれだけ終わりが遅くなってしまいます。波にさらされ続けるか、あるいは岸に上がるかは自分の選択なのですが、一度岸に上がってしまうとまた波の中に入れるだろうかと思うと、なかなか抜け出すことはできません。

 そしてこれは普通の学生のように夏休みや春休みもないのです。冬休みはないけれど、しかしときはお正月、お正月くらいは心置きなく休んでもいいのではないか、とお正月以外は休まないスーパーマーケットの経営者のような気持ちの今日このごろ・・・。

 毎回テストが終わると1-2日、のんびりリラックスして心と身体のリセットを行いますが、今回は4月からの通信教育が始まって以来の初めての「お正月休み」です。ところが、ああ、でも労働経済学のテキストをちらりちらりと横目で見つつで、今ひとつ、心の負担は取り除かれず、そして妙なことに「ゆっくり休もう!」と思うのですが、休んで3日もたつと逆に落ち着かない気持ちに・・・。なんだか勉強をしているほうが気持ちが落ち着くみたいです。いやいや、いかん、休まねば、と思う自分がいて、そう思う自分が変にストレスになっているのでした。というわけで、家族優先のお正月ではありますが、暇な時間ができたら少し勉強しよう(!)と思います・・・。

怒涛の3日間 <スクーリング:国際政治学>

2007-11-08 11:08:37 | 通信制大学・大学院
 この週末は初めての週末3日間(土、日、月)のスクーリングでした。最初の2日間は9時半から18時半まで、最終日は16時までで、最後の1時間はテストというスケジュールです。科目は国際政治学だったのですが、私にとってさらにきついことに、最終日は週に1回の夜の授業、政治学原論(18時半から21時半)と重なっていたことでした。

 初めてのこの3日間集中講座である上に、その後また授業があるなんて堪えられるだろうか、とさすがに不安な気持ちでスクーリングを迎えました。そういえば遠い昔の学生時代、水曜日だけは18時まで授業があり、本当に堪えられなかったなぁと思い出し、ますます不安な気持ちになりましたが、反面、そんな長時間の授業を行う教授も相当疲れることでしょう、と今回はそういう見方をするだけ、大人になったようです。

 さて初日、登場した先生は自己紹介は名前だけで、授業のレジュメを渡されて早速授業に入られました。まさにどこまでも淀みなく、一定のテンションでハイペースで進められた授業は、何度かの休憩をはさみつつ、9時半から18時半まで完璧に行われたのでした。スクーリングのたびに強く思うのは、学問は読むことと同時に、こうして人を介して教えてもらうことがとても重要だということです。キューバ危機に関する逸話なども面白く、外交というものの本質などに触れさせてもらった授業でした。

 18時半となり、初日を終えて、まだ十分エネルギーのありそうなO先生をよそに、私は本当に疲労困憊、4階の教室から下まで階段を下りて行く足がおぼつかないほど・・・。その日、得た教訓としては一日のだいたいのエネルギー配分の見当がついたことでしょうか。食事のあとには眠くなるので、翌日からはランチは軽めにして、できれば昼休み中に少しでも眠って、午後のエネルギーが蓄えようということにしました。

 家に帰ると夫が「今日は定食やさんで食べよう」と言い、家族で外で食事をしました。本当に疲れきっているところに、外食して子どもをうるさくしないように制しなくてはいけないのは、非常に精神的に負担でした。大人同士だったらこういう日は外食でよいのですが、子どもがいると逆に疲れることなのだと初めて知ったのでした。

 翌日はすっかり淀んでいる私とは裏腹に、O先生はその日も朝から淀みなく、さわやかに授業が始まりました。なんだか昨夜家に帰ったのが夢だったのかと思うような、ずっとそこに座っていたような変な錯覚に陥ったのでした。かろうじて先生のネクタイが変わっているのに気づいて、ああ、一晩寝たんだった、と確認している自分がおかしかったです。そして2日目は半分は国際政治学の理論、半分はこれまでの歴史というものでした。若き日の学生時代と違い、先生の話をできる限り正しく理解したい、できる限り聞き漏らしたくないと必死になってノートを取り、その日も耳は楽しく、手は忙しく、心は高まるという約9時間でしたが、ランチのあとの昼寝で初日よりもすっきり最後まで授業に臨むことができたようです。

 昨日の外食の疲れに懲りて、その日は簡単に鍋物の夕食を作ることにし、途中まで夫に指示してやっておいてもらい、帰宅してからすぐに夕食の仕上げに取り掛かりました。専業学生であれば自分の面倒だけ見ればいいのでしょうが、大人の学生はそうはいかず、いくつものわらじを履きこなせるかどうかが大切です。ときどき学業に専念したいと思わないこともありませんが・・・。

 そして3日目、最終日です。授業の合間に質問し、デモクラシーの比較政治についてのアドバイスなどを先生にしていただきました。非常に丁寧に対応してくださり、本当にありがたく思いました。こういう気持ちには学生時代にはならなかったですね。今は、教えてもらうことを心底ありがたく思い、昔は先生に気軽に話しかけていたのに、今は緊張しすぎてうまく話せない感じです。

 最終日の15時から16時はテストです。予め先生が提示してくれた6つのテーマの中から2つ選択して、論述します。私はキューバ危機と理論のほうのリベラリズムを選択、前日の夜、家でかなり準備しておきました。そして当日の昼休みにもまたもっと整理し、テスト中には書き写せばいい(ノート持込可でした)くらいのところまで仕上げておきましたので、わりと落ち着いた気持ちでテストに臨みました。しかし、始まってみると書きなれないシャーペンで書くということで(普段はペンで書いている)、書くペースもやや遅く、そしてかなり量があり、途中で手が痛くなってきました。すでに3日間書き続けた後で、1時間にわたり、全く休みなく超スピードで書くというのは本当に過酷なもので、私は途中で書けなくなるのでは?と思いもかけないところで、本当に焦ることとなりました。キューバ危機について書きつつ、私が危機じゃない、と心の中で思い、ちょっと可笑しくなってしまいましたが。しかし、本当に手を大切にしないと勉強やテストに支障が出るので、気をつけなくてはいけません。こんなことをまじめに言うのも、自分でもなんだか変なのですが。

 そうして、残り1分というところで準備していた論述形式の答案を書き終え、心からほっとして、先生にお渡しし、国政政治学のスクーリングが終わってしまったのでした。スクーリングはそこに至るまでにそれなりの自習やリポート提出を行い、その上でとても楽しみにして受講するので、終わるとなんだか少々さみしい気持ちがするものです。もっとその教科について学びたいと思いつつ、やはり次の単位習得に向かって進んでいかなくてはならず、その教科とのしばしのお別れに、後ろ髪を引かれるような、あるいは甘酸っぱい卒業のときの気持ちのような、おかしなことに私はそんな気分になるのでした。

 その日は夜はまた18時半から政治学原論があり、すべてを終わって帰宅するときには、無事にマラソンを走り終わったような気分で、私って今、なんだか青春しているなあなどと思いつつ、夜道を歩いたのでした。(青春の私の個人的な定義とは、年齢に関係なく、何かに夢中になって生きていること、かなー???)



早、半年経過!

2007-10-16 10:19:32 | 通信制大学・大学院
 9月の終わりにリポートを提出して以来、10月に入ってから少々燃え尽き感でのんびりしてしまいました。昨日、改めて学習の進展を見直し(通信教育の場合は月に一度は進展具合と刷り合わせて見直さなくてはいけません)、やや焦り、やっとエンジンがかかり始めました。

 ここまでに2教科、計8単位取れています。そして12月までにあと4教科16単位を取る予定でおり、今、そのためにリポート提出を重ねて準備を整えています。この秋にはスクーリングを2教科取るのですが、「国際政治学」「政治学原論」で、両方ともスリリングな教科でとても楽しみにしています。が、その前に「財政学」のリポートを終わらせなくてはならず、これが文献5-6冊をひたすらめくって下書きをしているのですが、なかなか進まず・・・。なんとか今週中に終わらせようとしているところです。

 この半年で感じたことは、本当に学問は深すぎるということです。こんなふうに単位を取ったからといって、ほんの入り口がどこにあるかがわかった程度で、何もまともなことを言えないし、何もわかっていないと思っています。先人達の研究は歴史が長すぎて深すぎて、そんなのはなかなか理解できるわけがないわけです。ふと、私は何をやっているんだろう?などと思いつつ、よくわからない文献の字面を追っているのですが、何度読んでも理解できず、ますます私は何をやっているんだろう?と思ってしまったりしています。

 もちろん学者や教授になるわけではないのですから、本の内容がすべて理解できなかったとしてもよいのですが、それでは、私はなぜ学んでいるのだろうかと改めて自分に問うことになっています。デンマークについて知りたい、というところがからスタートしたこの大学入学でしたが、はて、それではデンマークの何を自分なりに追求しよう(つまりは卒論)というところで、いまだ答えが出せずにいます。この答えが見つかると、私の勉強にももっと具体的な方向が見えて、だいぶ気分的に楽になるのですけど、なかなかたどりつけず相変わらずの暗中模索的学習です。私の学部は卒論が必修ではないので、誰一人書かないそうですが、やはり無謀な試みなのかと私の中の弱気な私がたまにぶつぶつつぶやいています。早くテーマだけでも決めたいものです。

 それでも、まるで海の中をダイビングしているようなわくわくした感覚はうれしく、蜘蛛の糸に絡め取られつつも学ぶことの楽しさを味わっています。そして、来週の月曜日から始まるスクーリングを、まるで小旅行に行くように本当に楽しみにしています。


嵐が去ってみれば・・・

2007-09-28 11:10:36 | 通信制大学・大学院
 昨日「国際政治学」のリポートを2通提出しました。昨日が締切日でぎりぎりになってしまったので、郵送では間に合わず、直接大学に提出に行きました(東京に住んでいて、すごく助かってしまった!地方の人はそうはいかず大変です)。

 これでちょっと一区切りとなりました。今月は本当にきつかった・・・。リポートは1教科分しか提出していませんが、勉強は2教科分やっていて(もう1教科のリポート提出は期日に間に合わず来月の予定)、これは通常の1.5ヶ月で1教科というペースからするとかなりのハイペース、実際やってみて、ほんとに追われてしまいました。

 しかし、休日はついつい予定も入れてしまって、そう、私が入れてしまうのだけど、あまり勉強ができないので、平日はすべての合間を縫って、勉強している感じでした。というと少々大げさで、実際にはそこまでやっていないのだけど、気持ちの上ではいつも時間を見つけて勉強しなくてはと焦っていました。

 そして最後の何日かはリポートのために、まさに何もかもぶっちぎり状態。夫と子どもに最低限の奉仕、食事づくりのみ行い、あとはもう忘れることに・・・。そしてリポートを提出し、嵐が去ってみれば、まさに家の中も私の頭の中も、戦いの終わった戦場さながらの様子というわけです。

 いろんな小さなものがあちこちに散乱、置き去りにされていて、片付けられるのを待っています。洗面所の鏡や窓ガラスは見るたびにげっそりしてしまうように汚い。これは主婦としての私のプライドにかかわることであるため(私自身としての私には大して問題のないことなんだけど)、由々しき状態です。いろいろなペーパーワークが山積み、特に返信の必要な大切な書類は非常に気がかりになっています。新聞は4-5日分たまり、これを読むのもけっこう時間がかかるし・・・。ベッドルームは夫がたたんでくれた洗濯物がクローゼットにしまわれずにこれまた山積み。我が家の飲みものの基本の麦茶も切らしていて、子ども達は水を飲んでいる状態です(笑)。

 次に、現状のことと同時に、これからの学習計画も早く見直さないといけません。気持ちが落ち着かないし、また次の勉強に進まなくてはいけません。必要な資料の図書館へのリクエストもすっかり忘れていたことにも先ほど気づいたところだし、卒論のことを考える時間をどこで取れるかも検討しなくてはなりません。それから10月の休日のプランもいろいろ企画していきたいし、そこに今度は子ども達の空手道場めぐりの計画やら、10月は行事が多いので、それをめぐるあれこれやらもあります。

 今日は一日、こういったことにかかりきりになりたいところなのですが、金曜日はジジの遊ぶ日、ということで、まずはジジ優先です。こういうところが学生の学生とは違い、大人の学生に課せられた条件であり、言ってみれば大人としての裁量を求められるところなのでしょうか。というわけで、まずはブログに書いて、心の整理をしているところで時間切れ。まずはジジのお友達と遊びに行く時間です!




初めてのスクーリング参加

2007-08-07 09:53:53 | 通信制大学・大学院
 先週は、6日間の大学の夏期スクーリングに始めて参加しました。科目は西洋経済史で、担当の教授の専門研究分野である「19世紀アメリカ南部綿花プランテーションとイギリスの委託荷販売制度」についてでした。すでにリポートを2通提出してあり、このスクーリングの最後に行われるテストをパスすると単位がもらえるという仕組みになっています(他にも単位の取り方はいろいろあります)。

 学校は楽しいなあ、というのが率直な感想です。毎日4時間の授業ですが、これを行うほうはかなりのエネルギーが必要だと思います。にもかかわらず、先生は6日間、テンションを落とすこともなく、面白く講義をしてくれました。おかげで、最初は「興味を持てるだろうか」と少々疑問だったテーマだったのでしたが、現在の海外貿易の基礎形成期について、またアメリカ綿花プランテーションの詳細について知るところとなり、新しい世界が広がった思いです。

 考えてみれば、何十年も研究している教授が、まるでテレビでも見るように座っているだけで面白い話をしてくれる、しかも質問すれば答えてくれるし、わからないと言えばわかりやすく解説してくれるなんて、なんという贅沢なのでしょう。専門的な研究の話を聞けるのは、本当にエキサイティングな体験だと思います。またそういった教授が自分の考察を受け止めてくれるのは、こちら側の学ぶモチベーションを本当に高めてくれます。

 スクーリングに参加してもうひとつよかったのが、同じ受講生と話ができることでした。まだはじめたばっかりの私に、先輩(中には10年やっているという方も!)の話は非常に参考になりました。単位の取り方、先生についての情報、苦手な科目をどうやって単位を取ればよいか、など教えてもらいました。クラスには若者から(ノートを貸してあげた・・・。若者はやっぱりいかにして簡単に単位を取るかということが大切なのかな?)、定年したおじいちゃんという年代の人まで(年が上になるほど質問をする)、いろいろでした。中には同じように小さな子どもを持ちながら勉強をしている人もおり、そういう人との出会いが楽しくもあります。

 これまではできるだけスクーリングではなく、自宅学習で単位を取っていこうと思っていましたが、こうなってみると、やはりなるべくスクーリングで取りたいなあと思うようになりました。

 今回担当していただいた教授の印象的な言葉がいくつかありました。学問はやればやるほどわからなくなる、学問は誰もやっていない隙間をねらってやるとよいなどでした。そして授業を通して伝わってきたのが、学問に対しての信念・信条(ご自分の学説)を熱く持ち続けている先生の姿勢でしょうか。そして、次世代の研究者(になるかもしれない私たち受講者)へ、先生の研究やその魂を伝えようとしているのが伝わってくる授業でした。

 海外映画ではしばしば、こうした大学においての先生の情熱みたいなものが描かれたりしていますが、映画ほど劇的ではないにせよ、それは「ここにもあり」とうれしくなった1週間でした。(これからもがんばろう!!)

勉強のない日

2007-06-16 06:43:47 | 通信制大学・大学院
 昨日、西洋経済史についてのリポートを2通作成し、ポストに入れてきました。たまたま空は東京とは思えないほどの快晴、白い雲が浮かび、私には本当に解放感あふれる気持ちのよい空に見えたのでした。そして、この後すぐにテストが控えてはいるものの、今日一日は「勉強のない日」です。

 大学が始まってそろそろ2月半となります。もちろん始める前からわかってはいましたが、母親業と学業の両立はなかなか難しいものがあり、実感する日々となりました。そして勉強って何だろう、どうやって学べばいいんだろう、どうやったら身になる勉強になるんだろう、ということもよく考えました。入学を決める前も私の道を見つけるためにいろいろと試行錯誤していましたが、大学が始まれば始まったで、今度は違う試行錯誤です。

 まず始めてみて一番感じたのが、学問の広さ、深さ、複雑さでした。一冊のテキストの中から無限に広がる疑問、ひとつの言葉を知るために本当は本を一冊読まなくてはならないほどの深さ、ひとつの事柄も学問の領域ごとに違う見方があるという複雑さ・・・。そういうこと自体に学生時代の私は気づいてなかったのです。まあ、気づいてはいたのですが、そんなことはどうでもいいことだったのですね。そうして現在、限られた時間の中で、どこまでその学問に身を浸せるかというところで、ジレンマを感じ、悩んできました。時間的な制約を優先し、テキストを斜め読みし、リポートに書くところだけを拾っていく、テストも山をかけてそこだけ覚えるという方式もあると思います。逆に1冊のテキストから参考文献まで読みあさって、研究していくというような勉強方法もあると思います。(ただしこの場合は1単位取るのに恐らく1年かかってしまうでしょう。)
 
 この2ヶ月半で私が見つけつつある私の勉強のしかたは、どうやら「テキスト1冊ずつをしっかり学ぶ」という方法のようです。時間の都合上、非常に残念ながら参考文献まではいけないし、自分で疑問を調べていくというような余裕もありません。かといって、学生時代のときのような「テストさえ受かればいい」、そして全く身にならなかったような学習方法ではちょっと情けなく思ってしまいます。ということで、1冊ずつノートを取りながら、自分の中で噛み砕いて読み進むことにしました。これでもけっこう時間がかかり、1冊読むのに1ヶ月はかかります。加えて私の右手にはとうとうペンだこまでできてしまいました!学生時代にはできたことがなかったペンだこ、です。

 とにかくこうして試行錯誤、悪戦苦闘して始まった私の勉強ですが、それでも新しく何かを知ることの喜びはやっぱり格別なものです。ダイビングをし、初めて海の中に潜って、新しい世界を発見したときの喜びと同じ気持ちです。そのわくわくする気持ちは、まあ、必ずしも勉強でなくていいわけですけど、いくつになってもいつも味わいたい、なくてはならない気持ちです。また「勉強しなくちゃ」という追い立てられるような気分はストレスにもなるのですが、このストレスが逆に生活によい緊張感を与えてくれたり、つまらないことで時間を取るようなことがなくなり、生活がより充実してきていると思います。(あまりにも切り捨てすぎちゃって、子どもの幼稚園の持ち物やお弁当が適当になるなどの弊害もありますが・・。)

 そして今日のように「勉強のない日」、今日は一日勉強のことは忘れて、違うことを考えたりやったりしようという日もまた何とも言えずいいものです。気持ちのいい天気や家族とのささやかなくつろぐ時間などが、妙にハッピーに感じてしまいます。今日はたまたま近所でフリーマーケットを見つけたので、それに出店することになっています。ショウミーとジジも「いらっしゃいませ~!」「しゃくえん(100円)です!」とはりきっているので、楽しいひとときとなることでしょう。終わったら、天気がいいのでビールがおいしそうです。いつもは勉強があるのであまり最近は飲めず、ビールを飲むのは私のこの夏の特別なお楽しみなのです。



 

学ぶとは?

2007-03-29 01:15:27 | 通信制大学・大学院
 大学からテキストが送られてきました。履修登録を済ませた8教科分、8冊が送られてきました。

 一教科あたり平均400ページくらいのテキストで、400ページ×8教科ということでおよそ3200ページを一年間で学ぶことになります。年間約300日勉強するとすると、一日あたりのページ数が10ページ・・・。これはただ読むだけなら可能な量だと思いますが、「学ぶ」となるとかなり時間のかかる量です。テキストによってはグラフばっかりのものもあって、文系の私はグラフを読みこなし、フォーミュラを覚えなくてはならないとなると、進みはかなり絶望的な感じです。これに本来ならば、たくさんの文献を読みこなさないとより理解が深まらないわけで・・・と考えているうちに、結局、要領よく学ぶことが必要になってくるのかもしれない、と思ってしまいました。私の今年度の目標は5教科、20単位分を取ることなのですが(7割でよしとしよう、というわけです)、それですら、じっくり学んでいたら無理そうです。

 来週あたりからそろそろ学習を始めるにあたって、ここではたと「学ぶとは何だろう?」と考え込んでしまいました。テキストの中にはたくさん文献が紹介されているけれど、こんなのを全部読んでいたら、一年で1教科すらおぼつかなくなりそうです。さっとテキストを読んで、リポートで求められている箇所だけ読み込んで、テストは山掛けなんていうのでは、全く学問としては邪道なのだけれど、自分の目標(ひとまずは大学を卒業する、卒業論文を書く)に近づくためには、いたしかたないのか・・・?と少々悩みぎみです。

 もし私が今18歳だったら、こんなことは考えなかったことでしょう。山掛けのどこが悪いの?だって私は遊びたいし、勉強なんてとりあえず単位さえ取れてればいいでしょう?と18歳の私なら言ったことでしょう。この年だから、こんなことで考えてしまったりするのでしょう。

 まあ、とにかくやってみるしかありません。対面式の大学とこういった通信制の大学の違いということもいろいろとあるでしょうし、教科によって進み具合もかなり違うでしょう。リポートや試験も少しずつコツがつかめてくるかもしれませんし、そういう中で、大学で学ぶことについて私なりの理解が見えてくるのではないかと思います。

 そしてテキストを読んで新しい世界が広がることに、今からわくわくしています。今まで私がわからなかったことが少しずつ、紐解けてくるかもしれません。理解することはなんと楽しい作業であることでしょう。が、ここは文系の私。先ほど書いたグラフの山のテキストを見ると、人には理解不能という分野もあるのだと思わずにいられない面もあったりしますが。それがなぜか必須科目であることは本当に恨めしい限りです。

時間管理法

2007-03-17 07:10:08 | 通信制大学・大学院
 今週はシラバスのようなものを見て、どの授業を登録するかを検討しています。テキストの内容説明ではどれも専門用語がたくさん書かれ、500ページ前後あって、こんな量をそもそも学ぶ前に読みきれるだろうか、と怖気づいたところです。この500ページはだいたい1ヶ月で学ぶ量で、要綱によると「一日3時間の勉強が通信制の大学生の勉強時間の目安」だそうです。

 今の私の毎日の生活を改めて振り返ってみると、

 6:00ごろ 起床(春夏はもっと早く起きられる)、パソコンタイム、一日の計画タイム
 7:30 お弁当・朝食作り、8:00 子ども達を起こし着替えなど
 9:00 幼稚園送り、帰宅後家事
 10:30 勉強時間
 11:30 昼食の準備、昼食、夕食の下ごしらえ、新聞など読んだりして休憩
      (曜日によってはジジの外遊びの時間)
 14:00 幼稚園お迎え、ショウミーの友人宅への送り、または習い事への付き添い、
      夕食下ごしらえ、メールチェック、ショウミーの引き取り&幼稚園のママたちとお喋り など
 17:00 帰宅、家事、夕食準備、夕食、入浴、など
 20:00 子ども達の寝かせつけ(ずれこむと21:00近くになる)

 平均的な幼児を持つお母さんのスケジュールですが、14時までは本当に忙しく、15分単位でやることがあります。何とか1時間の勉強時間を確保するのがやっとです。そして14時以降は毎日ショウミーのスケジュールに振り回されます。幼稚園までが往復30分で、どうしても友達がそのあたりに住んでいるので友達宅との送り迎えに時間がかかり、一日のすべての送迎時間が1時間半ほどになってしまったりします。と、子どもの就寝後には疲れきってしまい、自分も寝てしまうか、起きていても何もしたくない状況です。

 しかしこの生活から3時間ひねり出すとすると、あと2時間早起きするか、体力を温存して(または体力をつけて)子どもの就寝後に2時間作るしかないようです。子ども達との時間も削りたくないし、夫との時間も削りたくないと思うと、やはり家族の寝ている朝のうちがいいのですよね・・・。今年は一番大変で、来年からはジジが幼稚園に入るので、日中3時間ほど確保することができるのでは?と思います。

 こういったことを考えていると、時間管理において大切なことは、まず家の中が整理されていること(整理されていると何でも早くできます)、決定や行動がすばやいこと、物事を集中して行うことなどが挙げられます。が、気づくのは何より体力が大切ということです。膨大なスケジュールをこなしている人は、やはり体力があり、疲れづらいのだと思います。朝から晩まで、ペースを落とさずに取り組めるのはかなり体力のいることです。

 どうやって体力ってつけるのでしょうね? しっかり食べて運動なのかな、やっぱり・・・? 

 それともうひとつの課題は家事でしょうか。家事は絶え間なく存在するもので、まるで海の次から次へと来る波のようなものです。コーナーを片付ける、書類を処理する、洗濯する、洗濯物をたたむ、縫い物をする、掃除をする、落ちているものを片付ける、食器を洗う、植木の水やり、あちこちの整理、汚れやすい洗面所やトイレをまめに掃除する、手垢のついたガラス窓や鏡の掃除、膨大なゴミの片付け、子ども達の服の入れ替え、週末の企画や準備、旅行の企画などなどを、上のスケジュールの合間合間でこなしていかなくてはなりません。しかもやったそばから子ども達がまた滅茶苦茶にしてくれます。これをいかに効率よくこなすか、ということなのですが、なかなか終わることはなく、「あれもやらなくちゃ、これもやらなくちゃ」と気持ちが落ち着かないことになってしまいます。最近試しているのが、時間で区切る方法です。15分と決めたらその時間集中して行い、15分たったら「おしまい」とすることです。この方法ですと家のきれいさがパーフェクトな状態になることはありませんが、他のことをする時間を持つことができるところが利点です。