幼稚園で私たち役員企画の最期のレクチャーが「子どもの性格」についてでした。その中で反抗期が実は3回あるとのことで、1回目は2―4歳、2回目は7-9歳、そして3回目が通常第二反抗期といわれる14-16歳だそうです。
反抗期は小さいうちは手に負えるとして、やはり14歳ごろの反抗期は親にとって恐怖。多少の反抗はあるにせよ、無視、家庭内暴力、家庭崩壊、部屋への引きこもり、非行、ドラッグや喧嘩などなど、想像するだけで途方に暮れてしまいます。
でも子どもによって、この反抗期がある子とない子がいるのも確か。昔から何が違うのかなと不思議に思っていました。きっとそれまでの育て方がそこでひどい反抗をする子になるか、しない子になるかが決まるのかなと考えていました。親がきちんと躾けていれば、常識を超えるような反抗はしないんじゃないかな、と。
夫は反抗期がなかったといいます。夫の周りでも、ひどい反抗をしているような子はいなかったようです。私と夫は同世代なので、どうしてデンマークの子どもは反抗する子が少なくて、日本の子は多いんだろうかということも、もうひとつ不思議に思っていました(現在のデンマークの子どもはどうかは分かりませんが)。
さて、このレクチャーの中で、講師の方が言っていたのが、反抗は成長の表れ、その子が自分というものを持ち、意見を持ったときに、「親のその考えはおかしいんじゃないか」と思い反抗するということでした。それを聞いて、まさにぴんと来たのが、デンマーク流の子育てでは反抗のしようがないのではないか、ということです。
以前も書きましたが、デンマークではごく小さいときから、親は子どもを一人の人格として扱い、頭ごなしではなくきちんと説明して何かを教えていきます。なぜそれがいけないのか、なぜ今そうしなくてはならないのか、そうしたことを言葉で懇々と説明していきます。そして子どもに「どう思うか」「どうしたいのか」というようなことも、きちんと言葉で説明させます。こうしたことの積み重ねで子どもが大きくなれば、反抗期などあるわけがないと思いました。
友人のデンマーク人も、ティーンエイジャーの自分の子どもと向き合うときには、一人の大人として扱っています。頭ごなしではなく、きちんと話し合い、ときには親のほうが譲歩する、子どものプライバシーには踏みこまないというような態度で接していました。
子どもがしたいことを最大限認め、自分より愚かな者としてではなく、対等に公平に渡り合おうとする子育てであれば、子どもは親に反抗する材料がなく、あるのは意見の違いなのだと思います。もちろんその違いから発展して、親子が衝突して子どもが反抗的になることはデンマークにだってないわけがないのですが、日本ほどの言葉の、あるいは身体の暴力的なものまでには至らないのだと思います。
日本はどうでしょう。親は根拠のない命令、自分と子どもの無意識のうちの同化、親が自分本位の子育てをしているのではないでしょうか?そういう親ならば、いつか子どもが論理的に自己主張したくてもできず、親に対して、過度な反抗という手に出るしかないのかもしれません。
とはいえ、14歳あたりが大人への入り口として微妙な年齢であることは、きっと世界共通で、デンマークだって他の国だって、それなりの問題はいっぱいあることでしょう。でも、私も一人の親として、子どもにフェアに向き合うこと、きちんと話し合うこと、自分の子どもであっても他者であることを忘れないことなど、これからの子育ての中で、こういうところは個人主義のデンマーク流子育てを見習っていきたいとレクチャーを聞いて思ったのでした。(そうしたら、うちの子ども達はひどい反抗期はないかな?・・・ああ、ほんとにありませんように!!)
反抗期は小さいうちは手に負えるとして、やはり14歳ごろの反抗期は親にとって恐怖。多少の反抗はあるにせよ、無視、家庭内暴力、家庭崩壊、部屋への引きこもり、非行、ドラッグや喧嘩などなど、想像するだけで途方に暮れてしまいます。
でも子どもによって、この反抗期がある子とない子がいるのも確か。昔から何が違うのかなと不思議に思っていました。きっとそれまでの育て方がそこでひどい反抗をする子になるか、しない子になるかが決まるのかなと考えていました。親がきちんと躾けていれば、常識を超えるような反抗はしないんじゃないかな、と。
夫は反抗期がなかったといいます。夫の周りでも、ひどい反抗をしているような子はいなかったようです。私と夫は同世代なので、どうしてデンマークの子どもは反抗する子が少なくて、日本の子は多いんだろうかということも、もうひとつ不思議に思っていました(現在のデンマークの子どもはどうかは分かりませんが)。
さて、このレクチャーの中で、講師の方が言っていたのが、反抗は成長の表れ、その子が自分というものを持ち、意見を持ったときに、「親のその考えはおかしいんじゃないか」と思い反抗するということでした。それを聞いて、まさにぴんと来たのが、デンマーク流の子育てでは反抗のしようがないのではないか、ということです。
以前も書きましたが、デンマークではごく小さいときから、親は子どもを一人の人格として扱い、頭ごなしではなくきちんと説明して何かを教えていきます。なぜそれがいけないのか、なぜ今そうしなくてはならないのか、そうしたことを言葉で懇々と説明していきます。そして子どもに「どう思うか」「どうしたいのか」というようなことも、きちんと言葉で説明させます。こうしたことの積み重ねで子どもが大きくなれば、反抗期などあるわけがないと思いました。
友人のデンマーク人も、ティーンエイジャーの自分の子どもと向き合うときには、一人の大人として扱っています。頭ごなしではなく、きちんと話し合い、ときには親のほうが譲歩する、子どものプライバシーには踏みこまないというような態度で接していました。
子どもがしたいことを最大限認め、自分より愚かな者としてではなく、対等に公平に渡り合おうとする子育てであれば、子どもは親に反抗する材料がなく、あるのは意見の違いなのだと思います。もちろんその違いから発展して、親子が衝突して子どもが反抗的になることはデンマークにだってないわけがないのですが、日本ほどの言葉の、あるいは身体の暴力的なものまでには至らないのだと思います。
日本はどうでしょう。親は根拠のない命令、自分と子どもの無意識のうちの同化、親が自分本位の子育てをしているのではないでしょうか?そういう親ならば、いつか子どもが論理的に自己主張したくてもできず、親に対して、過度な反抗という手に出るしかないのかもしれません。
とはいえ、14歳あたりが大人への入り口として微妙な年齢であることは、きっと世界共通で、デンマークだって他の国だって、それなりの問題はいっぱいあることでしょう。でも、私も一人の親として、子どもにフェアに向き合うこと、きちんと話し合うこと、自分の子どもであっても他者であることを忘れないことなど、これからの子育ての中で、こういうところは個人主義のデンマーク流子育てを見習っていきたいとレクチャーを聞いて思ったのでした。(そうしたら、うちの子ども達はひどい反抗期はないかな?・・・ああ、ほんとにありませんように!!)