7月9日晴天、例会も肌をさすような炎天下の散策となり、会員もいつもより少ない参加人員となりました。
途中、熱中症対策を考えて、休む回数を増やすとともに水分を補給しながらの歩行となりました。
名鉄美合駅から出発しR1を 縫うように東海道を27曲がりまで、そして岡崎宿では完全制覇コース(約80分約
4km)を散策しました。 八丁味噌においては、製造工場の見学(約30分)をさせていただきました。
☆☆東海道さんさくマップ (中部建設協会発行)及び岡崎城下二十七曲がりまちあるきマップ(岡崎市)を
参照させていただきました。
大平川神社:大平川水系の守護神として末永くいつまで つくて道の道標:男川小学校西「三差路の右に「東海道
も清流と水資源を守り続けていくことを祈念して建立。 つくて道」と刻まれた道標。 つくて道とは、現在の新城
市のことのようです。
西大平半陣屋跡:江戸町奉行として数々の業績をあげ 専光寺:大治2年(1127)大平の領主・本田治部少輔
た大岡越前守忠相が、寛延元年(1748)、1万石の大 吉信が先祖伝来の薬師如来を安置して建立。出家した
名となってから明治まで、代々大岡家が西大平藩主とし 第2子信順を住職にしたのが興りである。 当初は天台
て陣屋を置いたところ。 宗・長福寺であったが、その後12世専光が浄土宗に改宗、
大永元年(1521)寺院名も改称した。本尊は阿弥陀如来。
大平1里塚:南側の塚の榎は昭和28年の台風で倒れ 秋葉常夜燈
現在は若榎が植えられ、北側の塚跡には常夜燈や、馬
頭観音等を祀った堂がある。
大平八幡宮:この樹林地は「ふるさとの森」に指定されて 欠町・二十七曲がり碑:二十七曲がりの出発点にあたり
います。市街地に残された貴重な財産です。 碑を見ると曲がり角の多い当時の街道がわかります。
ここでしばらく小休憩をしました。
根石寺(旧根石観音堂):当寺本尊聖観世音菩薩像は 備前屋:天明2年伝馬町に菓子屋を創業。現在8代目
行基菩薩の作といわれる。和銅元年(708)天下に悪 です。 当舗での代表銘菓 「あわ雪」。
病が流行し人々の苦しみは一方でなかった。
時の天皇は行基法師を召され根絶してほしと念願され
そこで行基は聖観世音菩薩を掘り祈祷されたたところ
はやり病は治まったとの言い伝えがある。
岡崎伝馬歴史ブロムナード:東海道有数の宿場町で 伝馬町界隈:宿場町岡崎の中心となった伝馬町の町並
あった伝馬の歴史を語る20基の石像が並んでいます。 みは東海道五十三次の中で一番の長さでした。
西本陣前角:岡崎宿の旅籠屋の数は112軒。東海道 岡崎信用金庫資料館:赤レンガと地元産御影石を組み
53宿中、3番目に多く、伝馬町は旅籠屋町とも呼ば 合わせた特色ある建物は、本格的なルネッサンス様式
れていた。 本陣、脇本陣とも3件を有していた。 を取り入れた建築で大正6年に旧岡崎銀行本店として
建造された。 昭和57年からの資料館として開館し
国の有形登録文化財となっている。
唐弓弦:唐弓弦とは、綿を打つ道具のこと。 かっての 白山神社の大むくの木:高さ14M、太さ5.3M
三河木綿の産地の面影を伝えています。 樹勢はやや衰えているが板根が良く発達し貴重な巨樹
である。市街地に残っているものとしては珍しい。
八丁味噌白壁:八丁味噌本店の裏道からの白壁 工場内の味噌樽:一樽で約六トンの味噌を仕込み、約
3トンの石を山のようにつみあげて、二夏二冬をじっくり
寝かせる。
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