風子ばあさんのフーフーエッセイ集

ばあさんは先がないから忙しいのである。

7年ぶり

2018-11-03 11:09:28 | はらから集いてソウル

 案内役の遙ちゃん一家とは7年ぶりの再会である。

忘れもしない2011年3月11日、東日本大震災による福島第一原発の事故があった。

メルトダウンと東電が認めたのは二ヵ月ほどあとだが、

当初から大事故であることは外国勢がよく知っていた。

 本国からの指令でぞくぞくと日本脱出がはじまりすぐに航空機は満席になった。

当時日本支社の駐在員だった遙ちゃんのダンナにも

韓国本社から帰るように指示が出たが帰国便がとれない。

混乱のなか、無沙汰つづきの東京の弟からわたしのところに電話がかかった。

 遙たちがね、困ってるんだ、とりあえず新幹線は乗れそうなので

福岡まで行くからお姉ちゃんちに泊めてくれない?

 いいよ、というわけで、彼らは我が家に一泊して、

 翌日博多港から釜山へ向かう船で帰韓した。

あのとき五歳だったユウトくんはいまオーストラリアで中学三年生になった。

長身の父親をさらに越えて、いまクラスで一番背が高いという。

7年前、五歳だったユウトくんを、ユウトちゃんと呼んだら、ユウトちゃんと呼ばないでと

可愛い声で抗議された。ではなんと呼ぶの、と訊ねたら、ユウトって呼んでといわれた。

 博多港の出国口で手を振って別れた彼らと再会したのは仁川空港の到着口であった。