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一気読み「町おこしの賦」041-050

2018-03-18 | 一気読み「町おこしの賦」
一気読み「町おこしの賦」041-050 
041:標高新聞の編集会議
――第2部:痛いよ、詩織!

 夏休みを目前にして、新聞部部室はあわただしかった。壁に貼られた割りつけ用紙を前に、南川愛華は腕組みをしながらいった。
「一面トップは、これでいいわね。でもこの見出しはダメ。だいたい僻地小学校という言葉は、差別用語じゃないの。僻地ではなく、辺地としなさい」
 瀬口恭二はすかさず、見出しに朱を入れて変更する。
「写真は生徒会長がノートや鉛筆をプレゼントしている方がよくない? この写真よりも、ずっとインパクトがあると思うけど」
「ちょっと、入れ変えてみますね」
秋山可穂は、新たな写真と貼り変える。
「いいね、こっちにしましょう。では見出しと本文の検討をします。瀬口くん、見出しからゆっくりと朗読してください」

「大見出し。辺地に響く児童の歓声と笑顔」
「歓声は響くけど、笑顔は響かないよ」
 愛華の鋭い指摘に、恭二は考えこんでしまう。
「辺地に響く児童の歓声、だけでいいと思います」
 藤野詩織が助け船を出す。
「辺地ではなく、原野の方がいいと思います」
可穂が続ける。僻地が辺地となり、それを原野に改めようとの提案である。結局、大見出しは詩織の提案したものに収まる。

「小見出し。標高生徒会の第一回企画大成功」
 恭二は壁に貼ってある、割りつけ用紙を読み上げる。我ながらよくできた見出しだ、と思っていた。
「漢字ばかりで、ちょっと硬い感じがするけど」 
「虹別小学校に咲いた善意の輪、なんてどうですか?」
 愛華の投げかけに、詩織はすかさず新たな提案をする。
「どこへ、を入れるのは、大正解だと思います。でも善意というのは、上から目線でいただけないと思います」
「交流の輪、ではどうですか?」
 恭二の提案を無視して、愛華はすかさず新たな単語をつまみだす。
「さっき抹消した、笑顔をここに持ってくるのよ。虹別小学校に咲いた笑顔の輪。これならばっちりと決まっている。いいわね、これで決まり。では、本文。かなり手を入れておいたので、訂正されている原稿を読んでください」
 渡された原稿は、真っ赤に染まっていた。恭二が初めて手がけた記事は、まるで別物になっていたのである。

042:私たちにもいわせて
――第2部:痛いよ、詩織!

 新聞部編集会議は続いている。開け放された窓から、せわしないセミの声が聞こえている。風はまったく入らない。
「では二面の特集は、今回からシリーズをスタートさせる『私たちにもいわせて』です。今回は標茶町の二大プロジェクトの、現状を取り扱います。町長のインタビューは、私が行いました。時間がなくて、何も取材できませんでした。だから、インタビュー記事はなし。町長と面談、くらいに止めたいと思います。野口くんと田村さん、現地レポートの発表をお願いします」

「ぼくは、『会社の博物館』へ行ってきました。日曜日の昼どきだというのに、お客さんはゼロ。館長の宮瀬さんに、インタビューをしました。入館者は現在、月平均で百人ほどです。研修室の利用は、月に五件ほどあるくらいです。売店の売り上げも低調で、いわば閑古鳥が鳴いている状態です」

 野口猛の報告が終り、愛華は田村睦美へ報告を求めた。
「私は『日本三大がっかり名所』をめぐってきました。ちょうど釧路から、婦人会の団体十二人がきていました。一緒に歩きましたが、みんな爆笑の連続で、結構受けていました。
高知のはりまや橋で記念写真を撮り、長崎のオランダ坂で一休みして、札幌の時計台まで、だいたい一時間ほどで回れます。時計台の売店の、高知や長崎や札幌の名産品には、みなさん満足していました。
食堂ではビールで乾杯したり、撮った写真を見せ合ったりと、にぎやかでした。ただみなさん、二度とこなくていいね、とおっしゃっていました。つまり、リピーターは望めないということです」

「野口くん、田村さん、ありがとうございます。会社の博物館は行ったことがないんだけど、どんなふうになっているの?」
「玄関を入ると、タイムレコーダーがあります。これが入館の記録です。一階には売店しかありません。二階は展示室で、古い会社の備品が展示されています。壁面は社員旅行の写真や朝礼の写真などが、展示されています。三階は企業に使っていただく、研修室になっています」
「なんだか、つまらなそうだな」
 報告を聞いて、恭二が口をはさんだ。
「ねらいは企業の研修に、活用してもらうことにあるのね。でも、閑古鳥が鳴いている。瀬口くんも見たことがないのなら、今度の日曜日に見学しない? 記事は足で書け。百聞は一見にしかず。ほかに行って見たい人、いる?」
 詩織が手を上げた。

043:会社の博物館
――第2部:痛いよ、詩織!

瀬口恭二たちは、「会社の博物館」の看板を確認して中へと進む。玄関脇の売店は、シャッターが閉ざされている。正面には青銅の胸像があり、その横に「受付」と書かれたブースがある。南川愛華は、胸像を指差して笑い出した。
「町長だ。ビア樽みたいなお腹はみっともないので、胸から上だけにしたんだね」
 藤野詩織もインタビューのときに、顔を見て知っている。それにしても、なぜ会社の博物館に、町長の胸像が設置されているのだろう。詩織には、その必然性が思い浮かばない。

無人の受付には、トースターのような器械が置いてあった。「入場券を購入し、そのカードを表向きにして、この器械に挿入してください」と書かれたプレートがある。自動券売機で入館券を買い求め、指示どおりにする。カードには赤字で「2017・07・26・10:14」と刻印された。
「何ですか? この数字は?」
 詩織はカードを見ながら、首を傾げている。 
「これはタイムレコーダーといって、社員は出退社時にこれを押さなければならなかったのよ」
 愛華は笑いながら、解説する。まだ醜悪な胸像の残像から、抜け切っていないようだ。
 
二階への階段の前に、黒い電話が置いてある。「展示コーナーへ行く前に、この電話で三六番にご連絡ください」と書かれたプレートが添えられている。
「藤野さん、電話をしてみて」
 愛華にうなずいて見せた詩織は、たちまち電話の前で硬直してしまう。
「この電話、ボタンがありません」
「ダイヤルだよ、ダイヤル」
 受話器を受け取って、恭二が代わりにダイヤルを回す。テープレコーダーの声が聞こえた。
――会社の博物館にようこそ。それでは二階にご案内させていただきます。まずはエレベーターの方へお進みください。

「愛華部長、おかしな貼り紙があります」
詩織が指差したところに、一枚の紙片があった。
――このエレベーターは、荷物専用のものです。あなたは、会社のお荷物ですか? 違いますよね。それならば、年功序列という階段を、着実に上ってください。
「お荷物」と「年功序列」が、赤文字になっている。笑いながら、三人は階段へと向かう。そのとき玄関から、一人の男が入ってきた。

044:ヒラメの水槽
――第2部:痛いよ、詩織!

「きみたち、高校生かい? おじさん、ここの館長なんだ。勉強にきたとは、感心なことだね。ちょっとだけ、案内させてもらうよ」
受け取った名刺を見ると、標茶町観光協会長・宮瀬哲伸とあった。彼は宮瀬建設の経営者であり、会社の博物館の館長を務めている。宮瀬は三人の返事を待たずに、スタスタと階段を上りはじめる。
「長い階段ですね。何段あるのですか?」
二階にたどり着いて、詩織は質問をした。恭二の息は、すでに上がっている。野球を離れてからの、運動不足が響いているようだ。
「全部で三十六段だよ。それには、ちゃんとした意味があるんだけど、わかるかな?」
「三十六に意味があるのですか? 恭二、わかる?」
「わからない」恭二は詩織に、それを告げる。
「労働基準法の第三十六条だよ。現在の労働環境に異議はありません、と従業員の代表が署名捺印するものを意識しているわけさ」
「そのために、わざわざ螺旋(らせん)階段にしたのですか?」
額の汗を拭い、愛華は独りごとのようにいった。

壁にはセピア色の写真が、貼られている。朝の体操、朝礼、給料袋、社員旅行、腕抜きをした社員……。どれもこれも、愛華には興味のわかないものばかりである。足早に通り過ぎると、目の前に大きな水槽があった。
「魚がいる」
 のぞきこんだ詩織に、宮瀬館長は「ヒラメだよ」と教えた。詩織には、ヒラメの意味がわからない。「ヒラメって、上に目がついているだろう。だから上しか見えない。サラリーマンには、上しか見ていないヒラメがたくさんいる、というシャレだよ」
 恭二の説明に、愛華のあきれたような声が割りこむ。
「ここには、ゴマすり器がたくさんある。どこまでやるの、って感じだよね」

 三人はあ然として、会社の博物館を出る。通りに出た瞬間に、愛華は大声で笑い出した。そしてこれでは、お客さんを呼べないと思う。こんなものに五千万円も投じたのかと考えると、情けなくなってくる。目的は企業研修の受け皿としての、施設建設だったはずである。粗末な陳列物を思い出し、愛華の心は痛んだ。
 恭二は愛華の笑い声を耳にしながら、頭タオルの男の言葉を思い出していた。あんなものに五百円も払った。詐欺だよな。

045:右、ひだり、みぎ、左
――第2部:痛いよ、詩織!

 北海道にも、駆け足で通り過ぎる夏がきた。瀬口恭二、藤野詩織、猪熊勇太、南川理佐の四人は、塘路(とうろ)まで足を伸ばした。カヌーを体験しようとの約束だった。四人は申し合わせたように、ポロシャツとジーンズ姿で帽子をかぶっている。
 恭二は詩織から受け取った弁当をリュックに背負い、額には玉の汗を光らせている。真夏の太陽は、容赦なく照りつけている。
「詩織、弁当が重いよ」
「恭二のために、早起きして一生懸命作ったんだから、がまんしなさい」
 恭二の訴えを、詩織は笑ってたしなめた。

 カヌー乗り場で三十分の研修を受けて、四人は支給されたオレンジ色の救命ジャケットを身につけた。首にタオルを巻いた麦わら帽子の男が、四人をカヌーに案内してくれた。四人は二艘のカヌーに分乗した。アメンボのような船艇は、ゆっくりと釧路湿原へと滑り出た。川面を少しだけ冷たい風が、渡っている。
 教わったとおりに、オールを交互に水面にくぐらせる。右、ひだり、みぎ、左。オールはきしんだ音をたてて、動き続ける。岸辺の緑は、目の高さにあった。雑草の葉裏が陽光を受けて、真珠のように光っている。水面からは、釧路湿原の腐葉土の香りが立ち上っている。
「気持ちいいね、恭二」
詩織は少し声を弾ませて、大きな深呼吸をした。並んでいた勇太たちのカヌーが、先頭にたった。オールさばきはスムーズだった。
「勇太、さっきの係の人、穴吹健二くんだったよ」
 勇太には、その名前に心あたりがない。「穴吹って誰?」と質問をする。「通学バスでいつも一緒の、農業科だけど同級生よ」と理佐が答えた。「偉いな。アルバイトしているんだ」と勇太はいった。

「恭二、ほら丹頂鶴だよ」
 もう一艘のカヌーで、詩織が叫んでいる。親子の丹頂鶴が、水辺で餌をついばんでいた。
「ラッキーだな。釧路湿原の主を拝めた」
 真夏の太陽に照らされ、つややかな白い身体が輝いている。頭頂の赤が神々(こうごう)しい。前方から、折り返してくるカヌーがきた。二人は「お早うございます」と声をそろえる。先方からも、あいさつが返ってくる。水にくぐったオールは、大量の水玉を作って跳ね上がる。先を行く勇太たちのカヌーからは、かなり離れてしまった。
「恭二、少しスピードを出そうよ」
 詩織がいった。
「いいんだよ、のんびりやるのがいちばん」
 恭二はペースを上げようとしない。二つのオールの速度が乱れて、船体が少し揺れた。
「詩織、おれのペースに合わせなさい」
 振り向いて、恭二は詩織をたしなめた。
「今朝、愛華部長から電話があって、今日は菅谷さんのお見舞いに行くんだって」
 詩織は、思い出したように告げた。
「生徒会長がどうしたんだ?」
「アルバイト先の建築現場で、怪我をしたようよ。重傷ではないみたいだけど」
「生徒会長は、夏休みにアルバイトをしていたんだ」
「菅谷さんはいつも、貧乏神と同居しているって、教室のみんなを笑わせている」
 
 勇太と理佐のカヌーが、折り返してきた。すれ違いざま、理佐が声をかけた。
「カヌー乗り場の係の人は標高(しべこう)の同級生だから、返却するときはていねいにやりなさいね」
「誰?」
「虹別の穴吹健二くん。農業科だよ」
「わかった」
 詩織は短く応じた。
「夏休みにアルバイトか」 
 そうつぶやいた恭二の胸のなかに、ひとつの言葉が浮かんできた。そうなんだよな、怪我をした菅谷や今聞いた穴吹にとって、アルバイトをすることが「普通なんだ」。恭二は南川校長がいっていた「ここの児童は働くことも麦だけの弁当も、普通のことなんだ」という言葉を思い出している。
 オールをこぐ手に力が入った。
「恭二、呼吸を合わせなきゃ危ないわ」 

046:失意のなか
――第2部:痛いよ、詩織!

 穴吹健二は、失意のなかにいた。密かに思いを寄せていた南川理佐の登場は、あまりにも残酷だった。遠ざかっていく理佐の背中を目で追い、健二は唾を吐き捨てる。
おれが働いているときに、男とたわむれやがって。こみあげてくる怒りが収まらない。早朝に牛舎の掃除をして、麦だけの飯を食い、アルバイト先へと駆けつける。夏休みは、学資を稼ぐために存在している。
 健二は、生まれ落ちた家のことを思う。育った環境のことを思う。
みじめな思いのなかで、魔がさした。健二は預かり荷物のなかの、理佐のピンクのリュックに手を伸ばす。震える手でチャックを開ける。
 化粧ポーチや菓子袋があった。化粧ポーチを開ける。手鏡や化粧品と混じって、生理ナプキンが二つある。健二は一つを抜き取り、ポケットに入れる。呼吸が乱れ、首筋に汗が噴き出す。

 釧路川のゆるやかな流れをさかのぼり、カヌーは岸辺へとたどりつく。穴吹健二が待ち構えていて、カヌーを引き寄せる。勇太が飛び降り、理佐に手を差し伸べる。よろけた理佐は、勇太の胸のなかに倒れこむ。
 健二は顔を上げない。
「ありがとう。楽しかったわ」
 理佐の快活な声が、汗のにじんだ健二の背中に向けられる。汗だらけで働いている姿を見られたことが、健二にはみじめに思えた。健二は無言で、預かった荷物を二人に手渡す。「ありがとう」と、また理佐がいった。

恭二と詩織のカヌーが、やってきた。二人は手を振り、それを迎えた。健二は足早に近寄り、カヌーを引き寄せた。
「ありがとう。楽しかったわ」
 詩織は目を輝かせて、カヌーを抑えている健二に告げた。
 二組の姿が消えるのを、健二はいらいらして待った。「楽しかったね」と、女の声が遠のいていく。健二はカヌーのとも綱を固定し、鋭い視線を二組の背中に向けた。
喉が渇いていた。水道の蛇口を大きくひねって、直接口をつけた。水はぬるかった。健二はそれをすくって、頭から降りかけた。小さくなった背中から、大きな笑い声が響いた。健二はポケットから、たばこを取り出し火をつけた。
足下に落ちていた小枝を拾う。くわえたばこのまま、健二は力任せに小枝を折る。バキッと乾いた音がした。

047:標高新聞のゆくえ
――第2部:痛いよ、詩織!2

九月になった。学校は二学期を迎えている。越川常太郎町長の部屋に、弟の多衣良(たいら)が飛びこんできた。手には、「標高新聞」最新号が握られている。
「兄貴、これ見たか?」
 多衣良は町長室の机の上に、新聞を放り投げた。
「読んだ。新聞部の顧問と山際校長に、きてもらうことになっている」
「ガキどもが、とんでもないことをしでかしてくれた。許さん!」
 新聞には、大きな活字が躍っている。
――閑古鳥の鳴き声が聞こえる、会社の博物館
――日本三大がっかり名所で、さらにがっかり

「学校は検閲もなしに、こんな記事を許しているのか」
多衣良は、日本三大がっかり名所の施工責任者である。怒りは収まりそうにない。町長は受話器を取り、北村広報課長を呼ぶように秘書に伝えた。

町長室に入るなり、北村は「標高新聞」に目をやり、呼ばれた理由を察した。
「さっき、校長から連絡がありました。本日の緊急職員会議で、全数回収の方向で動くとのことです」
「当然だ。こんな悪質な新聞は回収させなければならない。そのうえで、新聞部は活動停止にさせる必要がある」
「新聞部の部長は、この前町長のインタビューにきた子です。あのとき、物騒な思想の持ち主だと思いました」
 北村は怒りの収まらない多衣良に向けて、同調するように話した。多衣良は大きな音をたてて、ソファに腰を下ろした。北村も向いの席に座った。そしてメモを膝のうえに広げて、説明をはじめた。
「越川翔くんと生徒会長を争ったやつは、町の活性化のために貢献すると公約しているそうです。こいつは四年間も、飯場暮らしをしています。アカに染まった貧乏人だとのことです。
おまけに新聞部長は、札幌からの転校生です。父親は虹別小学校の校長をしています。さらに、新聞部顧問の長島は、新任教師でアカです。この三人が結託して、生徒を扇動しはじめています」

町おこし048:緊急職員会議
――第2部:痛いよ、詩織!

そのころ、標茶高校の職員室も、大騒ぎだった。先ほどの緊急職員会議で、標高新聞最新号の全数回収が決められたのである。糾弾の急先鋒は、新聞部前任顧問の柳田だった。
「高校生は、勉学に励めばいい。事件記者のような糾弾記事を許した、長島先生の責任を問う」
 柳田は激しい口調で、長島に弁解の余地を与えなかった。全数回収は長島を除く、圧倒的多数で決議された。長島は部長になったばかりの、南川愛華の純粋な気持ちを考えた。あの記事のどこが、不適切なのか。事実をそのまま書いて、私たちも標茶町の活性化のために、力を注ぐべきだと結んである。
元々は議会のロートル石頭たちが、まいた火種である。愛華たちはそこに、若い息を吹きかけた。ダメだなんて、一行も書いていない。私たちも力を合わせて観光客が集まる場所にしたい、としか書いていないのだ。

 標高新聞の回収とともに、新聞部には無期限活動禁止処分が下された。長島顧問からの説明を聞いて、みんな泣いていた。
「私たちの記事のどこが、謹慎にあたるのか、理解できません」
二年生の田村睦美は目を真っ赤にして、みんなの気持ちを代弁した。長島は腕組みをしたまま、黙りこんでいる。
「おそらく、高校生は町政に口を出すな、というのが校長の見識だと思う。でも私たちには、それを考える自由がある。校則でビラ配りとか政治集会は駄目とあるけれど、標高新聞はビラじゃないし、編集会議は政治集会ではない」
二年生の野口猛は口をとんがらせ、テーブルを叩いていった。

「前の部長だった佐々木さんがよくいっていたけど、批判記事は書くなということが、今回の処分の原因だと思う」
「おれたちの記事の、どこが批判なんですか?」
 野口猛の言葉に、田村睦美はすばやい反応をみせる。
「たとえば私の記事の閑古鳥とか、野口くんのさらにがっかり、などの表現は、そう感じさせてしまうかもしれません」
 それまで黙っていた長島顧問が立ち上がった。
「きみたちには、これっぽっちの責任もない。私の検閲が、甘かったんだ。だからきみたちは、謹慎が解けたら、またいい記事を書くことだ」
「町の活性化のために、私たちは何ができるのか。そう問いかける新聞にしたかった。でも、もう終り」
 愛華はそういって、床に崩れ落ちてしまった。詩織は駆け寄り、抱き起こした。

「おれたちは、町を元気にしたい。そんな思いで新聞を作った。あの新聞のどこが、悪いんだ」
 恭二も、テーブルに突っ伏した。室内には嗚咽(おえつ)だけが響いた。恭二は長島先生がいっていた、「社会貢献」という言葉を思い出している。
「ぼくたちは、標茶を活気のある町にしたい。その思いを新聞で発信した。そのどこが、まずいのかがまったくわからない」
野口猛は目を真っ赤にして、天を仰いだ。
「悔しい!」
田村睦美は、絶叫して部室を出て行った。

 睦美と入れ替わるように、生徒会長の菅谷幸史郎が飛びこんできた。
「とんでもないことになった。絶対にこんな暴挙を、許してはいけない」
 幸史郎は怒りの形相で、口早に告げた。誰も反応しない。
「みんな、泣き寝入りをしてはダメだ。闘おう」
 誰も反応しない。
「菅谷さん、ありがとう。でも、私たちのこと、そっとしておいてくれない」
 愛華は涙顔で、幸史郎に懇願した。
「おれは許さない」
 幸史郎は、きっぱりとそう宣言した。

翌朝、菅谷幸史郎が率いる生徒会は、いち早く新聞回収反対の声明を発信した。校庭でビラ配りをしていた菅谷は、校則違反として自宅謹慎をいい渡された。

町おこし049-1:退部届け
――第2部:痛いよ、詩織!

 翌日の部室は、お通夜のような雰囲気だった。恭二と詩織と可穂は、テーブルに頬杖をついて、さっきからため息ばかり吐き出している。
「誰もいなくなっちったね。みんな退部届けを出したんだって」
 がらんとした部室を見渡し、詩織は恭二にいった。
「残ったのは、可穂とおれたちだけ」
「愛華部長まで、退部届けを出した」
 可穂は涙目になっていった。
「謹慎はいつ解けるのかな?」と詩織。
「謹慎が解けても、余計なことは書くなってことだ。やってられないよ」
 そう嘆いた恭二に、可穂は深刻な顔になって告げた。
「長島先生と校長は、町長に呼び出されたんだって」
「回収に、町もからんでいたのか?」
「町長の命令だって。お母さんがそういっていた」

 部室の引き戸が、乱暴に開いた。前新聞部顧問の柳田が腕組みをして、にらみつけている。
「きみたち新聞部は、謹慎処分中だぞ。部室への出入りはいかん」
 それだけをいって、柳田はきびすを返した。あ然として見送る恭二に、詩織が声をかけた。
「もし謹慎が解けても、私たち三人では新聞は作れない。ノウハウを持っている先輩なしでは、絶対にムリ」
「そうだよね。愛華部長に戻ってくれるように説得するしか方法はないわね」
 可穂はテーブルの上の原稿用紙に、「の」の字を書きながらまたため息をついた。

町おこし049-2:往生際が悪い二人
――第2部:痛いよ、詩織!
「喫茶むらさきの看板」が「居酒屋」にかわってすぐに、二人の男が入ってきた。二つのプロジェクトの責任者、宮瀬哲伸と越川多衣良だった。二人はカウンターに並んで座り、生ビールを注文した。
「高校生の分際で、大人の世界にしゃしゃり出てくるなんて、絶対に許さん」
 ビールを一口飲み、多衣良は泡を飛ばしながら吐き捨てた。
「閑古鳥が鳴いている、だと。バカにするな、てんだ」
「おれの方は、がっかりスポットと切り捨てられた」
「だいたい、あんないい加減な記事を素通ししてしまう高校の管理体制に問題がある」
「町長の話では、生徒会も会長はアカらしい」
 酒のせいではない。二人の顔は次第に紅潮してゆく。お通しのキンピラを運んできた秋山昭子は、そんな二人をたしなめる。
「うちの娘は、新聞部なんだよ。私も記事を読んだけど、町の活性化のために、私たちも力になりたいって書いてあった。あの記事の何が、問題なの」
「行政の失敗を、まるで鬼の首でもとったみたいに書きたてている。おれたちのプロジェクトはまだ発足して間もない。これからだべさ」
「多衣良さん、往生際が悪いわね。あんなものに、観光客がわんさと押しかけてくると、本気で思っているんですか」
「おい、おい、聞き捨てならない。これからだ、っていっているべさ」
「町民のみんなが思っていることを、代弁しただけだから、そんなに大声を出さないで」
 そこまでいうと、昭子は厨房に姿を消した。残された二人は、申し合わせたように深いため息をついた。


町おこし050:個人的にやろう
――第2部:痛いよ、詩織!

 標高新聞の全数回収から、一週間が経過した。放課後、恭二はいつものように部室に顔を出す。
謹慎は、新聞を発行する行為に向けてのものだ。部室への出入りは、構うものか。これが恭二の下した結論だった。部室には藤野詩織と秋山可穂がいた。
「新聞部を解散させるって、柳田先生は息巻いているらしい」
 詩織は窓外に目をやりながら、まるで独り言のようにつぶやく。壁には次号の、割りつけ用紙が貼られている。何も書かれていない。窓から吹きこむ風に、紙片の端が神経質そうに揺れている。

「標高新聞の使命は、町の活性化のために寄与することだ。不人気なスポットに焦点をあてて、自分たちで何ができるのかを考えてもらう。その問題提起のどこが悪い」
 詩織と並んで窓辺に立ち、恭二は外を向いたまま怒っている。校庭では野球部が、シートノック練習をしている。捕手の位置には、猪熊勇太の姿があった。
「標高新聞はもうダメかもしれない」
 詩織は白球を目で追いながら、ポツリといった。
野球を断念したときのことを思い出し、恭二は南川愛華の胸中を探ってみる。そしてふと浮かび上がった、ひらめきをつかまえる。

「詩織、おれたちで個人的なマガジンを発行しないか? 続けるんだよ。標茶町の未来について、発信しよう。個人的なレベルでやるなら、誰も文句はいえない」
「マガジンか、名案かもしれないね」
「明日にも、愛華部長に提案してみよう。標茶町の未来を考える、高校生の広場みたいなタイトルで、大人まで巻きこんだものにしたい」

 詩織の横に、いつの間にか可穂の姿があった。
「来週から、菅谷さん戻ってくるらしい」
「菅谷さんにも、参加してもらえるといいね」
 詩織は愛華と菅谷の顔を交互に思い浮かべ、うつろな目でつぶやいた。

新聞部という荷車は、今急な坂道に放置されている。このままでは、転げ落ちるしかない。荷車の先頭を引いていた上級生は、みんな抜けてしまった。
それを恭二は、引上げようとしている。いつも荷車の後ろにいて、手加減していた恭二は、渾身の力でそれを引きはじめたのだ。
 詩織は、そんな恭二を頼もしく思う。この騒動で恭二の本気モードに、火がついたのかもしれない。詩織はそんな恭二を愛おしく思う。


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