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常盤文克『知と経営』(日経ビジネス人文庫)

2018-03-03 | 書評「て・と」の国内著者
常盤文克『知と経営』(日経ビジネス人文庫)

過去ではなく未来の消費者ニーズを探れ。知こそ最大の経営資産なり、学ぶべきは大自然に。「アタック」「健康エコナ」などユニークなヒット商品を連発し、増収増益を続ける花王の前会長が、豊富な経験談を織り交ぜながら、モノづくりの真髄を熱く語る。(「BOOK」データベースより)

◎大自然に学べ

常盤文克さん(以下敬称略)は元花王会長で、私が尊敬している経営者の一人です。最初に『知と経営』(ダイヤモンド社、初出1999年)を読んだときの衝撃は今も忘れません。本書には著者からいただいた、ハガキがはさみこんであります。共感の手紙にそえて拙著を送らせていただいたときの、謝礼のハガキです。

常盤文克は、ナレッジマネジメントの実践者です。私は企業人時代に野中郁次郎先生から、「きみたちがやっているSSTプロジェクトは暗黙知に特化した極めてマレなプロジェクトです」といわれました。それがナレッジマネジメントを知ったきっかけです。

著者には「大自然から学べ」という哲学があります。その背景には次のような信念があるのです。

――よく「知の創造」などと言うが、私たちに必要な知は、創らなくともすでに存在している。その代表的な例が、「大自然の知」(暗示知と黙示知)である。(本文P13)

「大自然の知」について、常盤文克は多くのページを費やしています。「大自然から学べ」といわれても、普通の人はなんのことかわからないと思います。常盤文克は晩年の夏目漱石の「則天去私」の境地で、それを説明してみせます。

――天(大自然)に則り、私を去る。まさに、大自然の広大な知(黙示知)の前に心を空しくしてただずむ、漱石の姿が浮かぶようだ。(本文P15)

「大自然から学べ」については、自らの体験も踏まえて、本書の第2部で詳しく説明されています。偉大なる経営者の原点にふれられる、素晴らしい文章に魅せられました。

◎知の創造

ナレッジマネジメントでは「知」を2つに区分します。文字や言葉に表せられたものを「形式知」といいます。テキスト、マニュアル、データベース、成功例の発表などのことです。もう一つは「暗黙知」といって、文字や言葉にあらわしにくい知のことです。こちらは名人芸やスキル、ノウハウなどが該当します。

常盤文克は「知」を3区分しています。

明示知:これは前記「形式知」と同じです。
暗示知:これは前記「暗黙知」と近い概念です。俗人的な知。
黙示知:

常盤文克は「形式知」と「暗黙知」を支えるものとして、「黙示知」を大切に考えています。「黙示知」は大自然のなかにあります。狭義の意味では、企業カルチャー、風土、組織知などとなると思います。

常盤文克は個人知を高めるためには、良質な組織知が大切と考えます。個人知を組織知にするのは、ナレッジマネジメントの大きな骨格です。組織知のなかに、大自然までとりこむ常盤文克の発想は目からウロコでした。

外部の知と積極的に交わりなさい。知を正当に評価しなさい。『知と経営』は、知を重視した企業カルチャー創造の指南書です。本書を経営者ではない読者が読む場合は、いかに知力あふれる自分自身を創造するか、という感性をもつことが大切です。

◎よい問い

本書のなかから、感銘した言葉をいくつか紹介させていただきます。

――よい<知>を得るためには、よい<問い>がなければならない。(本文P148)

これって簡単なことのようですが、マネジャーの力量で、大きなちがいが生まれます。常に問題意識を持ち合う組織風土がなけらば、せっかくのよい問いも活かされません。そのためにも知的な武装をした基盤を整えることが大切なのです。

――全体最適を達成するためには、対立しながらも、協力しなければならない。対立が起こった時、それを乗り越えて<協力>するのが若い企業であり、それを先送りして<協調>あるいは、<妥協>するのが老いた企業である。(本文P163)

花王の基本理念は、「よきモノづくりを通して、顧客の心を打つ満足を」です。花王は顧客の「知」にフォーカスをあてて、それを着実にモノづくりに役立てています。それゆえ不況のなかでも、好業績をあげることができるのです。

本書はわかりやすい文章で、「知」と「経営」を解き明かしています。知は変化とともに陳腐化します。常に新しいものにしなければなりません。

企業内には、限られた「知」しか存在しません。企業の垣根を超えた「知」の交換。大自然に学ぶと同時に、著者は他企業にも学びなさいといっているのです。

「問い」とは、自分自身のうちに向けられる場合と、暗黙知をもった第三者に向けられる場合とがあります。自分ひとりで考えられることには限界があります。著者は、外に目を向けなさいといっています。対象は自然界であり、優れた人なのです。
(山本藤光:2002.05.30初稿、2018.03.03改稿)

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