サマセット・モーム『読書案内・世界文学』(岩波文庫、西川正身・訳)
世界文学の厖大な宝庫を前にして途方にくれる読者のために,モームが書いたやさしい読書の手引き.「読書は楽しみのためでなければならぬ」また,「文学はどこまでも芸術である」といった自由な見方によって数々の世界の名作が案内される.イギリス文学,ヨーロッパ文学,アメリカ文学の3章.(解説=富山太佳夫)
◎いちばん役にたつ読書ナビ
こんなにご利益がある本は、ほかに知りません。私は大学で国文学を専攻しましたので、国産物ならすこしは自信があります。また長年、PHP研究所のメルマガ「ブックチェイス」で、日本文学のブックガイドを連載してきました(当時のペンネームは藤光・伸でした)。そんな関係で、日本の古典から若手の作家まで読みつらねてきました。
しかし世界文学にかんしては、まったくの音痴でした。安部公房を研究していたので、影響をうけているリルケやカフカをつまみぐいした程度のものでした。
そんな私に手をさしのべてくれたのが、W・S・モームの著書『読書案内・世界文学』(岩波文庫)と『世界の十大小説』(上下巻、岩波文庫)でした。後者については、しばしば書評のなかで引用させていただいています。したがって本稿では、『読書案内・世界文学』に限定して筆をすすめることにします。まずはモームが本書を書いた目的を、おさえておきたいと思います。
――わたくしの目的は、過去の文学者たちからうけついだ偉大な遺産を前にして、途方にくれている一般読者のために、精神の事柄に関心をもつ者であれば、だれにせよ、楽しく、かつ有益によむことができるような、書物のリストを提供するにあった。(本書「はしがき」より)
モームはくりかえし、「楽しい読書」と強調しています。楽しくないと思ったら、その部分をとばしたり、あるいは読むのをやめるべきだとも書いています。
『読書案内・世界文学』は、長文の「はしがき」と「あとがき」にはさまれて、「イギリス文学」「ヨーロッパ文学」「アメリカ文学」の3章の構成になっています。
少し引用が長くなりますが読者は、推薦作のあいだに挿入されるモームのうんちくに思わず笑ってしまうでしょう。こんな調子です。
――今日のようなめぐまれた時代に、読書くらい、わずかな元手で楽しめる娯楽はほかにない。読書の習慣を身につけることは、人生のほとんどすべての不幸からあなたを守る、避難所ができることである。(中略)書物をよめば、飢えの苦しみがいやされるとか、失恋の悲しみを忘れるとか、そこまでは主張しようと思わないからである。もっとも、よみごたえのある探偵小説5、6冊と、それに湯たんぽの用意がありさえすれば、どんな悪性の鼻かぜにかかっても、わたくしたちは、鼻かぜくらいなんだといって、平然としていることができるだろう。だが、もし退屈な書物までもよめというのであると、読書のための読書の習慣など、はたしてだれが身につけようとするであろうか。(本文P40より)
◎モームの推薦作
モームが「見出し」としてとりあげている、作家と作品をならべてみます。そのなかの一部をポイントだけ紹介させてもらいます。
【イギリス文学】
■デフォー:モル・フランダーズ
――デフォーをよんでいると、それが小説であることを、ほとんど忘れてしまう。むしろ、報道文学の傑作だ、といったほうがいいくらいである。(中略)『モル・フランダーズ』は、道徳的な書物ではない。あわただしく騒がしい、下品な書物である。
※山本藤光註:デフォーは『ロビンソン漂流記』(新潮文庫)を推薦作としましたが、『モル・フランダーズ』は岩波文庫(上下巻、伊澤達雄訳)で読むことができます。以下カッコ内は私の補足です。
■スウィフト:ガリバー旅行記(新潮文庫)
――『ガリヴァー旅行記』は、機智あり、皮肉あり、さらに巧みな思いつき、淫らなユーモア、痛烈な諷刺、溌剌とした生気をもつ作品である。その文体は感嘆のほかない。
■フィールディング:トム・ジョーンズ(全4巻、岩波文庫)
■スターン:トリストラム・シャンディー(全3巻、岩波文庫)
■ポズウェル:サミュエル・ジョンソン伝(みすず書房)/ヘプリディーズ諸島旅行記(邦訳みあたりません)
■サミュエル・ジョンソン:イギリス詩人伝(筑摩書房)
■ギボン:自叙伝(岩波文庫)
■ディケンズとバトラー:『ディヴィッド・コパフィールド』(全4巻、新潮文庫)と『万人の道』(上下巻、旺文社絶版)
■オースティン:マンスフィールド・パーク(ちくま文庫)
■ハズリットとラム:(註:ハズリット『卓上閑話』とあるのみで作品名の記載はありません)
■サッカレー:虚栄の市(全4巻、岩波文庫)
■エミリー・ブロンテ:嵐が丘(新潮文庫)
以下3件は「本文中に紹介すべき分量がないので」との断りつきで「はしがき」に書かれています。
■トロロップ:ユースタス家のダイヤモンド(邦訳みあたりません)
■メンディス:我意の人(邦訳みあたりません)
■ジョージ・エリオット:ミドルマーチ(全4巻、講談社文芸文庫)
【ヨーロッパ文学】
■セルバンティス:ドン・キホーテ (全6冊、岩波文庫)
※山本藤光註:セルバンティスは貧乏だったので、原稿の分量を増やして書く傾向にあるので、「そこはとばしておよみになることをおすすめする」と書かれています。
■モンテーニュ:エセー(全6巻、岩波文庫)
■ゲーテ:ヴィルヘルム・マイスターの修業時代(全3巻、岩波文庫)
■ツルゲーネフ:父と子
■トルストイ:戦争と平和
■ドストエフスキー;カラマーゾフの兄弟
――おわりに近い数章をのぞいて、この作品(『カラマーゾフの兄弟』)は、読者の心をつよくとらえる。(補:ここまではドストエフスキーの章での記述。つぎの章「とばしてよむことも読書法のひとつ」ではさらにふみこんだ記載がなされています)
――『カラマーゾフの兄弟』のおわりの数章は、うむところを知らぬ読者でもなければ、とうてい完全にはよめるものではないのだから。わたくし自身のことを申せば、ドストエフスキーが、法廷の場面で、弁護士に述べさせている論告など、精読する気にはとうていなれず、ざっと目を通しただけであった。(本文P84)
■ラ・ファイエット(=ラファイエット夫人):クレーヴの奥方(岩波文庫)
■プレヴォー:マノン・レスコー (岩波文庫)
■ヴォルテール:カンディード (岩波文庫)
■ルソー:告白 (全3巻、中公文庫)
■バルザック:ゴリオ爺さん (新潮文庫)
■スタンダール:赤と黒(上下巻、光文社古典新訳文庫)
■フローベール:ボヴァリー夫人 (新潮文庫)
■コンスタン:アドルフ (岩波文庫)
■デュマ:三銃士(全3巻、角川文庫)
■アナトール・フランス:螺鈿の手箱(「アナトール・フランス小説集7」(白水社)
■ブルースト:失われた時を求めて(全3巻抄訳。集英社文庫)
【アメリカ文学】
■フランクリン:フランクリン自伝(岩波文庫)
■ホーソン:緋文字 (新潮文庫)
■ソーロー:森の生活(上下巻、岩波文庫)
■エマソン:英国の印象 (アメリカ文学選集)
■ポー:黄金虫(新潮文庫「ポー短篇集2」所収)
■ヘンリー・ジェイムズ:アメリカ人(荒地出版社「現代アメリカ文学選集」所収)
■メルヴィル:白鯨(上下巻、新潮文庫)
■マーク・トウェイン:ハックルベリ・フィンの冒険(新潮文庫)
■パークマン:オレゴン街道(「少年少女世界の歴史7・アメリカ史物語」に「オレゴンへの道」というタイトルで収載されています)
■ホイットマン:草の葉(岩波文庫)
ちなみに『世界の十大小説』(上下巻、岩波文庫)でとりあげられているのは、つぎの作品です。
【上巻】
フィールディング『トム・ジョーンズ』
オースティン『高慢と偏見』
スタンダール『赤と黒』
バルザック『ゴリオ爺さん』
ディケンズ『ディヴィッド・コパーフィールド』
【下巻】
フローベール『ボヴァリー夫人』
メルヴィル『モウビー・ディック』(=白鯨)
エミリー・ブロンテ『嵐が丘』
ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』
トルストイ『戦争と平和』
なにやら古書店のカタログのようになってしまいました。しかし本書を紹介するには、この方法しかありません。ご容赦ください。世界の文学を堪能したいと思っているなら、ぜひそばにおいておきたい本として、紹介させていただきました。
(山本藤光:2014.10.08初稿、2018.02.02改稿)
世界文学の厖大な宝庫を前にして途方にくれる読者のために,モームが書いたやさしい読書の手引き.「読書は楽しみのためでなければならぬ」また,「文学はどこまでも芸術である」といった自由な見方によって数々の世界の名作が案内される.イギリス文学,ヨーロッパ文学,アメリカ文学の3章.(解説=富山太佳夫)
◎いちばん役にたつ読書ナビ
こんなにご利益がある本は、ほかに知りません。私は大学で国文学を専攻しましたので、国産物ならすこしは自信があります。また長年、PHP研究所のメルマガ「ブックチェイス」で、日本文学のブックガイドを連載してきました(当時のペンネームは藤光・伸でした)。そんな関係で、日本の古典から若手の作家まで読みつらねてきました。
しかし世界文学にかんしては、まったくの音痴でした。安部公房を研究していたので、影響をうけているリルケやカフカをつまみぐいした程度のものでした。
そんな私に手をさしのべてくれたのが、W・S・モームの著書『読書案内・世界文学』(岩波文庫)と『世界の十大小説』(上下巻、岩波文庫)でした。後者については、しばしば書評のなかで引用させていただいています。したがって本稿では、『読書案内・世界文学』に限定して筆をすすめることにします。まずはモームが本書を書いた目的を、おさえておきたいと思います。
――わたくしの目的は、過去の文学者たちからうけついだ偉大な遺産を前にして、途方にくれている一般読者のために、精神の事柄に関心をもつ者であれば、だれにせよ、楽しく、かつ有益によむことができるような、書物のリストを提供するにあった。(本書「はしがき」より)
モームはくりかえし、「楽しい読書」と強調しています。楽しくないと思ったら、その部分をとばしたり、あるいは読むのをやめるべきだとも書いています。
『読書案内・世界文学』は、長文の「はしがき」と「あとがき」にはさまれて、「イギリス文学」「ヨーロッパ文学」「アメリカ文学」の3章の構成になっています。
少し引用が長くなりますが読者は、推薦作のあいだに挿入されるモームのうんちくに思わず笑ってしまうでしょう。こんな調子です。
――今日のようなめぐまれた時代に、読書くらい、わずかな元手で楽しめる娯楽はほかにない。読書の習慣を身につけることは、人生のほとんどすべての不幸からあなたを守る、避難所ができることである。(中略)書物をよめば、飢えの苦しみがいやされるとか、失恋の悲しみを忘れるとか、そこまでは主張しようと思わないからである。もっとも、よみごたえのある探偵小説5、6冊と、それに湯たんぽの用意がありさえすれば、どんな悪性の鼻かぜにかかっても、わたくしたちは、鼻かぜくらいなんだといって、平然としていることができるだろう。だが、もし退屈な書物までもよめというのであると、読書のための読書の習慣など、はたしてだれが身につけようとするであろうか。(本文P40より)
◎モームの推薦作
モームが「見出し」としてとりあげている、作家と作品をならべてみます。そのなかの一部をポイントだけ紹介させてもらいます。
【イギリス文学】
■デフォー:モル・フランダーズ
――デフォーをよんでいると、それが小説であることを、ほとんど忘れてしまう。むしろ、報道文学の傑作だ、といったほうがいいくらいである。(中略)『モル・フランダーズ』は、道徳的な書物ではない。あわただしく騒がしい、下品な書物である。
※山本藤光註:デフォーは『ロビンソン漂流記』(新潮文庫)を推薦作としましたが、『モル・フランダーズ』は岩波文庫(上下巻、伊澤達雄訳)で読むことができます。以下カッコ内は私の補足です。
■スウィフト:ガリバー旅行記(新潮文庫)
――『ガリヴァー旅行記』は、機智あり、皮肉あり、さらに巧みな思いつき、淫らなユーモア、痛烈な諷刺、溌剌とした生気をもつ作品である。その文体は感嘆のほかない。
■フィールディング:トム・ジョーンズ(全4巻、岩波文庫)
■スターン:トリストラム・シャンディー(全3巻、岩波文庫)
■ポズウェル:サミュエル・ジョンソン伝(みすず書房)/ヘプリディーズ諸島旅行記(邦訳みあたりません)
■サミュエル・ジョンソン:イギリス詩人伝(筑摩書房)
■ギボン:自叙伝(岩波文庫)
■ディケンズとバトラー:『ディヴィッド・コパフィールド』(全4巻、新潮文庫)と『万人の道』(上下巻、旺文社絶版)
■オースティン:マンスフィールド・パーク(ちくま文庫)
■ハズリットとラム:(註:ハズリット『卓上閑話』とあるのみで作品名の記載はありません)
■サッカレー:虚栄の市(全4巻、岩波文庫)
■エミリー・ブロンテ:嵐が丘(新潮文庫)
以下3件は「本文中に紹介すべき分量がないので」との断りつきで「はしがき」に書かれています。
■トロロップ:ユースタス家のダイヤモンド(邦訳みあたりません)
■メンディス:我意の人(邦訳みあたりません)
■ジョージ・エリオット:ミドルマーチ(全4巻、講談社文芸文庫)
【ヨーロッパ文学】
■セルバンティス:ドン・キホーテ (全6冊、岩波文庫)
※山本藤光註:セルバンティスは貧乏だったので、原稿の分量を増やして書く傾向にあるので、「そこはとばしておよみになることをおすすめする」と書かれています。
■モンテーニュ:エセー(全6巻、岩波文庫)
■ゲーテ:ヴィルヘルム・マイスターの修業時代(全3巻、岩波文庫)
■ツルゲーネフ:父と子
■トルストイ:戦争と平和
■ドストエフスキー;カラマーゾフの兄弟
――おわりに近い数章をのぞいて、この作品(『カラマーゾフの兄弟』)は、読者の心をつよくとらえる。(補:ここまではドストエフスキーの章での記述。つぎの章「とばしてよむことも読書法のひとつ」ではさらにふみこんだ記載がなされています)
――『カラマーゾフの兄弟』のおわりの数章は、うむところを知らぬ読者でもなければ、とうてい完全にはよめるものではないのだから。わたくし自身のことを申せば、ドストエフスキーが、法廷の場面で、弁護士に述べさせている論告など、精読する気にはとうていなれず、ざっと目を通しただけであった。(本文P84)
■ラ・ファイエット(=ラファイエット夫人):クレーヴの奥方(岩波文庫)
■プレヴォー:マノン・レスコー (岩波文庫)
■ヴォルテール:カンディード (岩波文庫)
■ルソー:告白 (全3巻、中公文庫)
■バルザック:ゴリオ爺さん (新潮文庫)
■スタンダール:赤と黒(上下巻、光文社古典新訳文庫)
■フローベール:ボヴァリー夫人 (新潮文庫)
■コンスタン:アドルフ (岩波文庫)
■デュマ:三銃士(全3巻、角川文庫)
■アナトール・フランス:螺鈿の手箱(「アナトール・フランス小説集7」(白水社)
■ブルースト:失われた時を求めて(全3巻抄訳。集英社文庫)
【アメリカ文学】
■フランクリン:フランクリン自伝(岩波文庫)
■ホーソン:緋文字 (新潮文庫)
■ソーロー:森の生活(上下巻、岩波文庫)
■エマソン:英国の印象 (アメリカ文学選集)
■ポー:黄金虫(新潮文庫「ポー短篇集2」所収)
■ヘンリー・ジェイムズ:アメリカ人(荒地出版社「現代アメリカ文学選集」所収)
■メルヴィル:白鯨(上下巻、新潮文庫)
■マーク・トウェイン:ハックルベリ・フィンの冒険(新潮文庫)
■パークマン:オレゴン街道(「少年少女世界の歴史7・アメリカ史物語」に「オレゴンへの道」というタイトルで収載されています)
■ホイットマン:草の葉(岩波文庫)
ちなみに『世界の十大小説』(上下巻、岩波文庫)でとりあげられているのは、つぎの作品です。
【上巻】
フィールディング『トム・ジョーンズ』
オースティン『高慢と偏見』
スタンダール『赤と黒』
バルザック『ゴリオ爺さん』
ディケンズ『ディヴィッド・コパーフィールド』
【下巻】
フローベール『ボヴァリー夫人』
メルヴィル『モウビー・ディック』(=白鯨)
エミリー・ブロンテ『嵐が丘』
ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』
トルストイ『戦争と平和』
なにやら古書店のカタログのようになってしまいました。しかし本書を紹介するには、この方法しかありません。ご容赦ください。世界の文学を堪能したいと思っているなら、ぜひそばにおいておきたい本として、紹介させていただきました。
(山本藤光:2014.10.08初稿、2018.02.02改稿)
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