山本藤光の文庫で読む500+α

著書「仕事と日常を磨く人間力マネジメント」の読書ナビ

ボブ・シャーウィン『ICHIROメジャーを震撼させた男』(朝日文庫清水由貴子・寺尾まち子訳)

2018-03-03 | 書評「サ行」の海外著者
ボブ・シャーウィン『ICHIROメジャーを震撼させた男』(朝日文庫清水由貴子・寺尾まち子訳)

アメリカ人を驚愕させ、熱狂させた驚異のルーキー、ICHIRO。衝撃のデビュー、オールスターゲーム、そして新人王、MVPの獲得。マリナーズ番記者歴16年、ベテラン米国人記者だからこそ知りえた証言で綴る大リーガーICHIROのインサイド・ストーリー。(「BOOK」データベースより)

◎これは番記者の懺悔録でもある

いまでこそ「イチロー」本は、珍しくなくなりました。イチローの言葉を列記した本は、数多く書店で見かけます。ボブ・シャーウィン『ICHIROメジャーを震撼させた男』(朝日文庫)は、『ICHIRO〈2〉ジョージ・シスラーを越えて』(朝日新聞社2005年)も発刊されています。

こちらは文庫化されていません。しかし内容が充実しているので、あわせて読んでいただければ、メジャーリーガー・イチローのすべてが理解できると思います。『ICHIRO・2』は、84年前のシスラーの記録を超えた2004年にフォーカスをあてた著作です。

本書のすべては、「はじめに」に網羅されています。少し長くなりますが、ポイントを紹介したいと思います。筆者はアメリカ人の番記者ボブ・シャーウィンです。
 
――メジャーリーグに挑戦した最初の1年で、イチローは不朽の名声を得た。この愛知県出身の27歳の青年、1年前には大半のアメリカ人がその存在すら知らなかった若者が、「ichiro」というファーストネームを偉大な野球選手としてアメリカ中に浸透させたのである。(「はじめに」P10より)

――日本人野球選手として、イチローは新しい次元への道標をつけた。その重圧は想像するにあまりあるが、イチローがおさめた成績は予想をはるかに超えるものだった。その独特の打撃スタイル、俊足、強肩、冷静沈着ぶりでアメリカ人を納得させ、味方に引き入れた。(「はじめに」P11より)

――「ICHIRO」というファーストネームをひっさげたこの青年は、日本球団からマリナーズに移籍し、メジャーリーグで初の日本人野手になれると考えているらしい。そりゃ無理な話だ。正直なところ、私はそう思った。(「はじめに」P12より)

――アメリカ人はパワーを好む。バリー・ボンズ、マーク・マグワイアといった特大ホームランをかっとばす選手が好きなのだ。アメリカ人にとっては、何をおいても、ホームラン、ホームランである。そこへ、安打と内野安打を得意とする青年が来るという。アメリカの野球ファンがイチローに慣れるには、だいぶ時間がかかると思われた。(「はじめに」P13より)

――この若者にマリナーズが総額2710万ドルもの契約金を支払ったのは、カネばかりかけた愚行であり、ただの無駄遣いにすぎないとも言われた。(「はじめに」P13より)

――そろそろ懺悔しなければならない。この日本から来た未知の選手、この「たたき打ち」タイプの細身の打者を信用していたアメリカ人が、いったいどれだけいただろう。そのうえ、これほどの短期間でアメリカの野球界に衝撃を与える選手になることを、いったい誰が予想しただろう。(「はじめに」P15より)

ボブ・シャーウィンは、常に間近でイチローを見てきました。アメリカのファンの驚愕を体感してきました。そんな人にしか書けないのが、『ICHIRO』(朝日文庫)です。ぜひ読んでいただきたいと思います。 

◎ヘミングウェイ『老人と海』にシスラーが登場

本書のサブタイトルには、「メジャーを震撼させた男」とあります。攻走守の3拍子がそろったイチローの活躍は、確かにメジャーに一石を投じました。本書はそんなイチローを、暖かい視点でみごとに描きあげています。

日本人野手として、はじめてのメジャー挑戦。当初イチローには、大きな期待を寄せられていませんでした。あのヤンキースが高い金を提示していないことからも、そのことは歴然としています。のちにヤンキースのオーナーが、地団太を踏むことになります。そしてやがてイチローはヤンキースに迎えられました。

著者はアメリカ人の目で、海を渡ってきたクールな野球選手を見つめています。本書には、日本人では書けないいくつもの視点があります。特にマリナーズの同僚へのインタビューは、番記者でなければ拾えないもので斬新です。

いとも簡単に、ヒットを量産するイチロー。風のように、つぎのベースを奪うイチロー。エリア51と呼ばれた広範囲な守り。そして矢のような球を投げて、走者を封殺する肩。本書にはさまざまなイチローが登場します。賞賛と驚愕の言葉が満ちあふれています。
 
興味深い記述がありました。

――ブーン(補:内野手)が言いたかったのは、3人のスター選手がいなくなり、かえってロッカールームの雰囲気が良くなったということではないだろうか。雰囲気は良くしようと思ってもそうはならない。自然と変わるものなのだ。(本文より)

3人のスター選手が移籍し、そこに言葉も通じないイチローがはいってきます。言葉は通じなくても、練習態度や試合での一挙手一投足をみれば、だれにでも情熱は伝わります。イチローはぽっかりとあいた3つの穴を、みごと埋めてみせたのです。

ヘミングウェイ『老人と海』(新潮文庫)に、メジャーリーガー・シスラーが登場しています。イチローが84年ぶりに記録を更新した、安打製造機として名高いのがシスラーです。漁に出た老人が孤独な船上でメジャーリーグ中継を聞いています。そんな場面に登場するシスラーの記録を塗り替えた男がイチローです。

その1年間については、ボブ・シャーウィン『ICHIRO・2』を読んでいただきたいと思います。こちらもお薦めです。朝日新聞社は、どうして文庫化してくれないのでしょうか
(山本藤光:2010.02.05初稿、2018.03.03改稿)

最新の画像もっと見る

コメントを投稿