山本藤光の文庫で読む500+α

著書「仕事と日常を磨く人間力マネジメント」の読書ナビ

B.シュリンク『朗読者』(新潮文庫、松永美穂訳)

2018-03-04 | 書評「サ行」の海外著者
B.シュリンク『朗読者』(新潮文庫、松永美穂訳)

15歳のぼくは、母親といってもおかしくないほど年上の女性と恋に落ちた。「なにか朗読してよ、坊や!」―ハンナは、なぜかいつも本を朗読して聞かせて欲しいと求める。人知れず逢瀬を重ねる二人。だが、ハンナは突然失踪してしまう。彼女の隠していた秘密とは何か。二人の愛に、終わったはずの戦争が影を落していた。現代ドイツ文学の旗手による、世界中を感動させた大ベストセラー。(「BOOK」データベースより)

◎あんたが読むのを聞きたいわ

ベルンハルト・シュリンクは、ドイツで法学部教授をしています。これまでに3冊ほどの、ミステリー作品を発表しました。いずれも、彼を有名にするほどには売れていません。『朗読者』は2000年に、新潮クレスト・ブックの1冊として発売されています。しかし評判にはなりませんでした。

そんな作品が、2003年に新潮文庫に入りました。評判が評判を呼び、あっという間にベストセラーの階段を駆け上がりました。映画になるという話題性も、売上に影響があったかもしれません。新潮社の広報活動が、みごとに功を奏したのです。

新潮新書に、『関川夏央・新潮文庫20世紀の100冊』があります。2000年の代表作として、堂々と『朗読者』がリストアップされています。関川夏央は、私が信頼をよせている書評家です。話題にもなっているし、彼が太鼓判をおしているのだからと読んでみました。

読んでみて、前半でつまずきました。いまを語っているのか、過去を語っているのかがわかりにくかったのです。しかしものがたりの骨格は、私には馴染みやすいものでした。本書は3部構成になっています。わかりにくいのは第1章だけで、第2章以降はしっかりと舞台を読むことができました。

著者のシュリンクは、1944年にドイツ西部で生まれています。詳細はわかりませんが、シュリンクは戦争の陰の部分を知っている世代です。著者はものがたりの中心に、戦争の陰をすえました。ナチス時代、アウシュヴィッツ、収容所、戦後裁判……。

15歳の少年が道端で吐いて、屈みこんでいます。通りかかった女性・ハンナが介抱します。少年の名前はミヒャエル。父は教鞭をとる哲学者。母親は陰が薄く、兄と姉は口うるさい。少年にとって家庭は、あまり居心地のよいところではありません。

少年は母親ほどの年齢である、ハンナに恋をします。ハンナの小さいけれどよく整頓された部屋が、「ぼく」(ミヒャエル)の安住の場となってゆきます。いっしょにシャワーを浴び、セックスをし、いつしか「ぼく」はアンナに本の朗読をするようになっています。

「ぼく」は病気のために、学業に遅れをとっていました。ハンナはもっと勉強することを薦めます。「ぼく」の成績は、驚くほど上向いてきます。昨日読んだ本の話を、「ぼく」はハンナに聞かせるようになってゆきます。そんなある日の2人の会話で、印象的な箇所があります。引用してみたいと思います。

(引用はじめ)
「読んでみて!」
「自分で読んでみなよ。持ってきてあげるから」
「あんたはとってもいい声をしてるじゃないの、坊や、あたしは自分で読むよりあんたが読むのを聞きたいわ」(本文より)
(引用おわり)

ハンナは路面電車の車掌をしています。生活は質素で、得体の知れない陰があります。彼女の過去について、「ぼく」は一切知りません。ハンナも語ろうとはしません。種明かしになるので、詳細は書きません。引用した会話は、ものがたり全般を覆う頑強な伏線になっています。

やがてハンナは、忽然と「ぼく」の前から姿を消します。再会したのは、過去のできごとを裁く法廷でした。長い裁判を終え、ハンナは刑務所に収容されます。

淡い恋。悲惨な過去。過去を裁く現実。別離と再会。一人の少年が成長するはざまで、重くハンナの過去が覆いつくしはじめます。この作品は、ミステリーとは呼べません。過去はだれにも修復できません。それぞれが引きずる過去は、現実を侵食するものなのです。

私は迷うことなく、「山本藤光の文庫で読む500+α」の海外文学(125+α)の1冊に入れました。その代襲王として名作といわれる1作を、葬ってしまいましたが。

B.シュリンクの作品で、邦訳されている文庫は、『逃げてゆく愛』(新潮文庫)だけです。これは『朗読者』のあとから書かれていると思われます。7つの短編集ですが、私はまだ読んでいません。

◎ 山本藤光の動物園

ちょっと遊んでみたくなりました。読み終わった本をどの檻にいれるかを考えてみました。

亀(じっくりと作品の余韻を楽しんでみたい)
猪(話題になっているので読んでみた)
蟹(この著者の作品をもっと読んでみたい)
兎(似たような作品を読んでみたい)
モグラ(作品の背景など深く掘り下げてみたい)

『朗読者』は「亀」の檻にいれてあります。
(山本藤光:2009.05.24初稿、2018.03.04改稿)

最新の画像もっと見る

コメントを投稿