山本藤光の文庫で読む500+α

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ソポクレス『オイディプス王』(岩波文庫、藤沢令夫訳)

2018-02-27 | 書評「サ行」の海外著者
ソポクレス『オイディプス王』(岩波文庫、藤沢令夫訳)

オイディプスが先王殺害犯人の探索を烈しい呪いの言葉とともに命ずる発端から恐るべき真相発見の破局へとすべてを集中させてゆく緊密な劇的構成。発端の自信に満ちた誇り高い王オイディプスと運命の運転に打ちひしがれた弱い人間オイディプスとの鮮やかな対比。数多いギリシア悲劇のなかでも、古来傑作の誉れ高い作品である。(「BOOK」データベースより)

◎ギリシア悲劇の最高傑作

ソポクレスは、ギリシア悲劇の代表的な作家です。そしてソポクレス『オイディプス王』(岩波文庫、藤沢令夫訳)は、ギリシア悲劇の最高傑作といわれています。私の手元に14冊の『オイディプス王』にかんする評論があります。すべてを紹介できませんが、いくつかを選んでみたいと思います。

ソポクレス『オイディプス王』を読む前に世界地図を広げて、ぜひ物語の舞台となる「テーバイ」の市を確認していただきたいと思います。岩波文庫では、巻頭に地図が挿入されています。テーバイは、古代ギリシアにあった都市国家のひとつです。現在の中央ギリシャ地方ヴィオティア県の県都ティーヴァにあたります。

テーバイを支配しているのは、オイディプス王です。テーバイが疫病と飢饉に見舞われます。オイディプス王はその救済のため、アポロン神殿の神託を求めます。オイディプス王は王妃の弟クレオンを出向させます。神託を受けて戻ったクレオンは、オイディプス王に次のように告げます。

――王よ、あなたがこの国を導くようになる以前、かってこの地を支配していたのは、ライオスであった。(中略)そのライオスは殺害されました。そして神がいま命じたもうのは明らかに、その知られざる下手人どもを、罰せよとのこと。(本文P23)

いよいよ悲劇の幕開けです。ここからはまるで、ミステリー小説を読んでいるような展開となります。ライオスを殺害したのはだれなのか、オイディプス王はその謎に迫ります。

テーバイ王のオイディプスは、スフインクスの謎かけに答えて退治した人として『ギリシア神話』のなかに、たびたび登場しています。「山本藤光の文庫で読む500+α」では、串田孫一『ギリシア神話』(ちくま文庫)を紹介しています。

◎殺人者はあなただ

オイディプス王は、盲目の予言者・テイレシアスを呼んで、犯人はだれかとたずねます。テイレシアスはいいよどみますが、執拗に答えを求められ、ついに次のように答えます。

――あなたのたずね求める先王の殺害者はあなた自身だ(本文P38、本文ではすべての文字に傍点「、」がつけられています)

自分が殺害者? オイディプス王は当惑し、おおいに悩みます。しかし少しずつ自分の出生の秘密が明らかになっていきます。このあたりの展開については、読んでのお楽しみということにしておきます。

読者は驚くべき物語の展開に、ウームとうなり声をあげることになります。そしてもっと早くに、この物語を読んでおくべきだったと後悔することになります。みごとな悲劇は、とんでもないエンディングを迎えます。

清水義範は著作のなかで、エンディングについて次のように書いています。

――目が見えていた時には何も見えず、真実が見えた時には盲目になるというアイロニーだ。すべては神意のままにころがる、ということではあるが、その中でオイディプスは自分の意思で悲劇を身に受けるのだ。(清水義範『世界文学必勝法』筑摩書房P22) 

アイロニーについて、別の文献を紹介いたします。

――オイディプスは決して受動的に運命のなすがまに流されているのではない。かれは渾身の力をふるって運命に立ちむかいこれと闘うのだが、アイロニー作用によって、ついには運命に打ち倒されるのである。しかしそこには、運命にからめとられながらも、これに抗し苦悩する偉大さがあり、これが悲劇の眼目なのだ。(高橋康也編『世界文学101物語』新書館P19)

※アイロニー:文芸用語。表現技法として用いる、事実に反する言い方(三省堂『新明解国語辞典』)

◎著名人のメッセージ

『オイディプス王』に寄せられた、いくつかのメッセージを紹介させていただきます。

――『オイディプス王』は傑作! なにしろ、かのフロイトがこの物語になぞらえて、男児が無意識のうちに母を愛し父に敬意を抱く複雑な感情を「エディップス(=オイディプス)コンプレックス」と名づけて提唱したほどですから、古典的な価値が非常に高い作品と言えます。(斎藤孝『50歳からの名著入門』海竜社P142)

本書は屋外の円形劇場で、演じられることを意図して書かれています。そんな観点から劇作家の木下順二は、次のように書いています。

――ギリシア演劇の、ことに悲劇のあの堂々とした細緻なせりふの書かれかたは、野外劇場で朗々と誦せられることで初めて効果的である要素を多分に含んでいる。(中略)そのことを念頭に置いて、読者がこの戯曲を読まれることを願う。(木下順二『劇的とは』岩波新書)

ソポクレスの悲劇の偉大さに、言及している文章があります。

――ソポクレースの劇の示す、人間にはどうにもならない神の道が存在する。詩人は冷厳に、怖ろしいまでの明確な輪郭の中に、劇を展開してみせる。彼の劇は人に何かぞっとするものを感じさせる。これはホメーロスやアイスキュロスとは全く別種のものである。(大岡信ほか『世界文学のすすめ』岩波文庫別冊P67)

最後にオイディプス王の出生の秘密を、ちょっとだけ開示しておきたいと思います。

――テーベの王ライオスは、「将来生まれる自分の子に殺されるだろう」という託宣をアポロン神から受けていたので、日ごろから妃のイオカステと交わらないように謹んでいたのだが、ある夜、酒に酔って交わり、イオカステは懐妊、月満ちて男子が生まれると、赤子を山中でころすように家臣に命じた。(阿刀田高『私のギリシャ神話』集英社文庫P188)

その後のことは、読んでのお楽しみとします。『オイディプス王』は短い物語なので、簡単に読むことができます。ただし木下順二がいうように、せりふ回しを味わってください。
(山本藤光:2013.12.14初稿、2018.02.27改稿)

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