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バルザック『ゴリオ爺さん』(新潮文庫、平岡篤頼訳)

2018-02-04 | 書評「ハ行」の海外著者
バルザック『ゴリオ爺さん』(新潮文庫、平岡篤頼訳)

奢侈と虚栄、情欲とエゴイズムが錯綜するパリ社交界に暮す愛娘二人に全財産を注ぎ込んで、貧乏下宿の屋根裏部屋で窮死するゴリオ爺さん。その孤独な死を看取ったラスティニャックは、出世欲に駆られて、社交界に足を踏み入れたばかりの青年だった。破滅に向う激情を克明に追った本書は、作家の野心とエネルギーが頂点に達した時期に成り、小説群“人間喜劇”の要となる作品である。(「BOOK」データベースより)

◎結びがすばらしい作品

書き出しで有名な小説は数々あります。外国文学で代表的なのは、「きょう、ママンが死んだ。もしかすると、昨日かも知れないが、私にはわからない。」(カミュ『異邦人』新潮文庫、窪田啓作訳)でしょう。それとくらべて、結びが話題になる作品は多くはありません。バルザック『ゴリオ爺さん』(新潮文庫)は、おわったところからはじまる予感をさせてくれる、絶妙な結びになっています。

サマセット・モームに『世界の十大小説』(岩波文庫、上下巻)という著作があります。上巻では『ゴリオ爺さん』が取り上げられています。結びについて、モームが絶賛しているので引用してみたいと思います。

――『ゴリオ爺さん』は主人公の老人の死でおわる。ラスティニャックは葬式に出かけ、葬式がすむと、そのまま墓地にひとり残って、セーヌ河の両岸に沿って足もとに横たわっているパリの町を眺めわたす。彼の目は、ぜひともその一員になりたいと願っている。かの社交界の人々が住む町の一区画の上にとまる。そして叫ぶ、「さあ、これからいよいよお前とおれとの勝負だぞ」。(本文より)

私が読んだ新潮文庫では「さあ今度は、おれとお前の勝負だ!」となっています。ちなみにラスティニャックは、本書でのサブ主人公の役割を果たしています。夢と希望を抱いてパリへでてきた学生で、大成するためには学問よりも社交界を制することと信じるようになっています。サブの主人公が結末では、いつの間にか主役の座を占めています。『ゴリオ爺さん』のだいご味はそんなところにあると思います。

◎ゴリオ爺さんの2人の娘

『ゴリオ爺さん』の主役は、あくまでもゴリオ爺さんです。ラスティニャックとは、パリのみすぼらしい下宿屋の住人仲間です。ゴリオには2人の娘がいます。長女は名門貴族に、次女は名士の銀行家に嫁いでいます。ゴリオが裕福なときに、多額の持参金をそえて嫁がせたのです。

娘たちはゴリオから、資産をむしりとりつづけました。娘たちはゴリオを顧みようとはしません。貧相な下宿屋のゴリオと、豪邸に暮らす娘たち。腐敗し堕落したパリ。バルザックは光と影を巧みに描きわけます。

ゴリオはしだいに貧しくなり、娘たちが幸せになってくれることのみが生きる糧となります。幼く愛らしかった娘たちが、パリの毒素に染まってゆきます。娘たちは、死期が迫ったゴリオを見舞いにもきません。それでもゴリオは娘たちに、異常なまでの寛容さを示します。ブルジュアが台頭してくるパリの澱(おり)のなかに、ゴリオ爺さんの父性愛は埋没してしまうのです。すさまじい結末が待っています。

◎発信後の追加メモ

 最近ちくま文庫から「バルザック・コレクション」として、新たな作品が出版されています。『ソーの舞踏会』(2014年4月)、『オノリーヌ』(2014年5月)、『暗黒時代』(2014年6月)と、いずれも私の書棚にはなかった作品ばかりです。

大好きな作品『従妹ベッド』は、むかし新潮文庫(上下巻)ででていますが、古書価格はセットで1万円もします。しかたがないので、集英社世界文学全集デュエット版を文庫棚においています。ちくま文庫の「バルザック・コレクション」に、はいらないかと楽しみにしているのですが。

◎追記2015.03.03

朝日新聞(2015.03.03夕刊)に「資本に翻弄 悲劇を文学に」「ピケティも引用 バルザックとは」という記事がありました。ポイントを引用させてもらいます。

――労働所得よりも世襲財産で得られる暮しの質の方が、はるかに上回ってしまう19世紀の階級社会。ピケティ氏は、21世紀の社会が19世紀の格差社会に逆戻りしつつあると論じました。その19世紀を活写するにあたって引用したのが、バルザックの『ゴリオ爺さん』です。(「朝日新聞」2015.03.03夕刊より)

――バルザックが生きたのは、フランス革命とナポレオンの台頭、それに王政復古や市民革命が続く激動の時代。物語の中に、貴族だけでなくブルジョアや貧乏学生、犯罪者、娼婦など幅広い種の人間を登場させ、揺れ動く社会の全てを描こうとしました。(「朝日新聞」2015.03.03夕刊より)

(山本藤光:2012.02.22初稿、2018.02.04改稿)

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