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佐々木邦『苦心の学友』(講談社文芸文庫)

2018-03-01 | 書評「さ」の国内著者
佐々木邦『苦心の学友』(講談社文芸文庫)

読書青年が熱狂し、数十万部を発行した雑誌『少年倶楽部』に昭和二年から連載され、絶大な人気を博した長篇小説。伯爵家の三男の学友に選ばれた普通の家の少年が、上流家庭の生活に面くらい、とまどい、苦労を重ねる日々をユーモラスに描く。当時の世相を自然主義やプロレタリア文学とは一線を画した視点から鮮やかに描いた「社会小説」の傑作であり、ユーモア文学の金字塔。(「BOOK」データベースより)

◎ユーモア小説のパイオニア

佐々木邦について、丸谷才一は「知らない人が多いだろうから」との前提で、次のように紹介しています。

――日本のユーモア小説の第一人者。探偵小説における江戸川乱歩のやうな存在。(丸谷才一『別れの挨拶』集英社P225)

今から十数年前、この文章に背中を押されて、神田の古本屋を探しました。佐々木邦の著作は、見つけられませんでした。そんなときに偶然、『苦心の学友・名著復活版』(ほるぷ出版)の存在を知りました。さっそく買い求めて、苦労して読みました。その著作が講談社文芸文庫として刊行されたのです。もちろん、飛びつきました。

未読の読者に、講談社文芸文庫の解説文を紹介します。80歳の佐々木邦が朝日新聞のインタビューに答えたものです。

――べつにユーモア作家になろうと思ったわけじゃない。英語の教師をやってたんだが、金がなくてね。翻訳のアルバイトに精を出して、いつの間にか自分でも書きたくなって……。しかし、きっかけといえば、やはりマーク・トウェーンを読んだことですね。(解説・松井和男、P479)

ちなみに解説の松井和男は、佐々木邦の孫にあたります。彼には『朗らかに笑え・ユーモア小説のパイオニア佐々木邦とその時代』(講談社)という著作があります。そのなかで松井和男は、池波正太郎の文章をひいて、次のように「ユーモア小説」の意味を説いています。

――池波は邦の小説によって養われた「ユーモア感覚」とは、黒と白の「中間の取りなし」だという。黒と白を失敗(負け組)と成功(勝ち組)に置き換えれば、両者は紙一重、価値観によって変わる相対的なもので、多様な生き方を認める寛容さこそ「ユーモア感覚」ということになるだろう。(同書P192)

ここにあるように佐々木邦の著作のなかでは、ゲラゲラ笑い出す類いのユーモアはありません。冬道をカイロを抱いて歩くときのような、ほのぼのとした暖かみ。これが佐々木邦のユーモアの原点です。

『現代日本のユーモア文学』(全6巻、立風書房)のなかでも。当然佐々木邦の作品は取り上げられています。この全集は、吉行淳之介、丸谷才一、開高健の編集によるもので、第一回配本の月報では日本のユーモア小説の代表作を夏目漱石『吾輩は猫である』だと語られています。(丸谷才一談)3人の編集者の対談を拾ってみます。

吉行:ぼくがはじめて読んだユーモア小説で、印象に残っているのは、佐々木邦の『苦心の学友』だね。
開高:私もやっぱり同じだな。
吉行:(丸谷氏に)あなたはどうですか。
丸谷:やはり佐々木邦とかサトウハチローとか。
(第2巻、月報より)

日本の著名な作家の幼少期に、大きな影響を与えた作家。それが佐々木邦なのです。

◎身分の異なる少年の成長物語

佐々木邦は1883年に生まれ、1964年に逝去しています。明治・大正・昭和を生きた作家です。佐々木邦の著作は主に、雑誌「少年倶楽部」に連載されました。テレビなどのない時代です。子どもたちの唯一の娯楽は、この雑誌でした。先に紹介したように、日本の著名な作家は、読書の出発点として佐々木邦の名をあげています。

『苦心の学友』(講談社文芸文庫)は、佐々木邦が47歳のときの作品です。この作品は子どもたちから圧倒的な支持を集めました。

『苦心の学友』は、2人の少年の成長物語です。内藤正三は成績優秀で品行方正。彼は大蔵省に勤める父から、花岡伯爵家の三男・照彦さまのご学友になることを命じられます。正三は花岡家に寄宿して、学校でも家でも照彦さまの面倒をみなければなりません。

ストーリーの紹介は避けておきます。かわりに、先に紹介した松井和男の文章を引いてみます。

――内藤君は優等生だが、照彦様は我儘な劣等生。照彦様によい感化を与えることを期待された内藤君の健気な奮闘と二人の間に育つ友情が、華族制度への批判を隠し味に描かれていく。(『朗らかに笑え・ユーモア小説のパイオニア佐々木邦とその時代』講談社P192)

佐々木邦は30歳から40歳にかけて、マーク・トウェインの『ハックルベリー物語』や『トム・ソウヤーの冒険』の翻訳者もしています。探したのですが、翻訳書は入手できていません。

佐々木邦の作品には、マーク・トウェインに通ずるものがあります。大きな冒険はありませんが、繊細な心理描写はマーク・トウェインには見られないものです。屋敷には照彦さまの両親や兄や鬼軍曹みたいな教官もいます。それらの人たちとの触れ合いを、佐々木邦はみごとに描き分けています。ぜひ一読を。
(山本藤光2017.04.05初稿、2018.03.01改稿)


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