『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』 ~カリフォルニア誕生にまつわるホラー映画

2008-05-25 23:59:10 | 映画&ドラマ


 久しぶりに歯ごたえのある映画を観た。ポール・トーマス・アンダーソン(以下PTA)の『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(07)だ。前作『パンチドランク・ラブ』(02)から待つこと5年、我らがPTAはひと回りもふた回りもたくましくなって、スクリーンに還ってきたぞ!

 アメリカ映画界には「エース」と呼びたい三人のアンダーソンがいる。覚えておいて決して損はないので、これを機に簡単に紹介させてもらうと、一人は、『天才マックスの世界』(97)『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(01)のウェス・アンダーソン。巧みに打者を打ち取るクレバーな投球術で人々を魅了する。今春、新作『ダージリン急行』(07)が公開された。
 もう一人は、『ワンダーランド駅で』(97)『マシニスト』(04)のブラッド・アンダーソン。七色の変化球を駆使する技巧派で、低予算映画を得意とし、いわゆる性格俳優と呼ばれる人々と良い仕事をする。
 そしてもう一人が、『ブギーナイツ』(97)『マグノリア』(99)のPTA。三人の中では最もスケールが大きい。ど真ん中の直球勝負で観客をねじ伏せる芸当もできれば、変化球で煙に巻くこともできる本格派だ。

 二作目の『ブギーナイツ』も素晴らしかったが、とことん惚れこんだのは、三作目の『マグノリア』だった。この映画は、幾つもの物語が交錯しながら語られる群像劇のスタイルをとっているが、真の主役は音楽(エイミー・マン)だ。音楽を映画化したといってもいい。
 『ブギーナイツ』と『マグノリア』の文体から、PTAは彼自身が尊敬しているロバート・アルトマンと比較されるようになるが、デビュー作の『ハードエイト』(96)を観ると、彼がアルトマンとは違うハリウッドの正統派の血を引いていることがわかる。『ハードエイト』は、生まれたときから映画を撮ってきたかの如く落ち着きはらっている作品で、端正な語り口は黄金時代のハリウッド映画のそれに似ていて気持ちが良い。ベテラン監督の「いぶし銀」的佳作とでもいうか・・・。
 四作目の『パンチドランク・ラブ』(02)では、新しい変化球を試した。スクリューボール・コメディの復活には至らなかったが、チェンジアップで凡打の山を築いた。エミリー・ワトソンをヒロインに起用した点で、キャサリン・ヘップバーンを意識したと思ったのだが、それでいて純情可憐なヒロインときたものだから、見事に裏の裏をかかれた。
 そして、満を持しての登場となった五作目の『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』で、彼は名実共に「巨匠」になった。

 副題の「カリフォルニア誕生にまつわるホラー映画」とはPTA自身の言葉だが、アメリカンドリームを体現した人々のもう一つの顔を描いたという点で、「オーソン・ウェルズの『市民ケーン』(41)に肩を並べる作品がついに出現した」と言っても良いかもしれない。新聞王ハーストがヒーローなら、石油王ドヒニーだってスターになれるはず。(実際に彼の邸宅が撮影に使用された)
 演じたダニエル・デイ・ルイスは本当に素晴らしかった。怪物オーソン・ウェルズには及ばなかったかもしれないが、この役を観客からそっぽを向かれずに演じることの出来る俳優は彼しかいなかったと思う。
 この映画を観ていると否応なしに思い出されるのが、砂金掘りにとりつかれた男たちが破滅してゆくジョン・ヒューストンの『黄金』(47)だ。実際の話、脚本執筆中に、PTAは何度も何度も『黄金』を見直して、ヒューストンから「物語を語れ!」と、叱咤激励されたらしい(もちろん本人は他界している)。そのとおり、ストレートに物語を語っている。かつてハンフリー・ボガートがひげ面で演じた強欲な主人公を、ダニエル・デイ・ルイスが熱演し、物語は彼だけを追ってゆく(『リトル・ミス・サンシャイン』のポール・ダノも素晴らしいが、マグノリアの登場人物のように対等ではない)。
 そして、ジョン・ヒューストンとカリフォルニアといえば、忘れてならないのが1920年代のカリフォルニアを舞台にした映画『チャイナタウン』(74)だ。ポーランド人のロマン・ポランスキーが撮ったアメリカ映画で、ヒューストンは『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』の主人公プレインビューに似た化け物的人物を演じていた。否、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』のプレインビューが『チャイナタウン』のヒューストンの焼き直しなのだ。

 変幻自在に見えるPTAだけれど、デビュー作の『ハードエイド』から一貫して、失われた家族にとって代わる家族を「再構築」させてきた。「家族ごっこ」が彼の作品だったとしてもよい。だが、今回はそんな自分をあざ笑うかのように、ウェルズ&ヒューストンに従って家族の糸をぶっつりと断ち切っている。もっとも、この作品はホラー映画なのだから、PTAの本音ではないかもしれない。それから、いつも感心するのが「音楽」。今回は、ジョニー・グリーンウッドに依頼しているけど、ちょっとすごいよ~♪
 撮影用の馬や荷馬車を見て、PTAは「今回、僕らは西部劇も作っていたんだ」と興奮したらしいが、もしかすると次作は本格的な西部劇になるかもしれない。いつかは見せてもらえるだろうが、その日が待ち遠しい!

 『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』の公式HPは、 → ここをクリック


最新の画像もっと見る

コメントを投稿