アーバンライフの愉しみ

北海道札幌近郊の暮らしの様子をお伝えしています。

この日に~天道荒太著「悼む人」

2015年03月11日 | この一冊
主人公の静人は、死を「悼む」旅を続ける。
交通事故で、災害で、いじめで、強盗殺人で、怨恨で、火災等々で図らずも命を落とした人々。それらをニュースや新聞で知ると、それを克明に記録し、現場に赴き、周囲の人々に尋ねる。

「その方は、愛されていましたか? 誰を愛していましたか? 誰から感謝されていましたか?」と。



そして、その答えを胸に刻みつつ、その場に佇み、独特のポーズを取りながらその死を「悼む」。そして次の死の現場に向かう。こうして静人は、いつしか「悼む人」と呼ばれるようになった。

第140回(08年後半期)直木賞を受賞した天道荒太氏の「悼む人」を深い感動とともに読みました。

人間誰もが避けて通れない「死」について、これほど真剣にみつめ物語に仕立てた例を知りません。それは、単に他人の死を胸に刻みつつさまよい歩く奇特な人の物語にとどまらず、読者に対して、人生とは何か、如何に生きるべきか、また、如何に死すべきかを問いかけています。一読をお勧めします。

やっと映画が出来て、目下、全国で上映されている。(写真は、映画の公式HPからお借りしました)


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静かな共感~黒井千次著「高く手を振る日」

2015年02月14日 | この一冊
随分前になるが、さわやかな印象とともに読んだ黒井千次氏の「高く手を振る日」。



物語~妻に先立たれた独居老人が、昔のゼミ仲間の葬儀で再会した女性は、昔、ふとしたことから、一度だけ唇を交わした相手だった。そして、彼女の勧めで携帯電話をはじめて手にした彼は、密やかな想いをメールに託するのだが・・・

作者の立ち位置がはっきりした構成、文学的香りのする文章とどこにでもある身近な物語に、静かな共感を覚えつつ読んだ。

物語の意外性やテンポの早さが持てはやされる昨今、得がたい魅力を持つ作品だ。ご一読をお勧めします。
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人生賛歌~宮本輝著「水のかたち」

2015年01月27日 | この一冊
直木賞作家の宮本さんが5年の歳月を費やして書き上げた人生賛歌、「水のかたち」。
「エクラ」07年10月~12年7月連載、上下巻700余頁の大作。



物語~主人公の志乃子は、50歳の誕生日に、昔は骨董も扱っていたという喫茶店「かささぎ堂」の女主人から、間もなく閉店するので「がらくた」をあげると言われ、古い茶碗と手文庫とを貰い受けるのだが・・・。

宮本作品の登場人物には、それぞれに仔細な人生がある。
ガンや糖尿病だったり、離婚や失踪だったりと忙しいのだが、ことの大小はともかく、小生ら庶民と等身大の人物が織りなす日常的な人生なのである。

それが同氏の世界~「宮本ワールド」の魅力になっている。
ご一読をお勧めします。(お勧め度:★★★)

蛇足:この本に次の記述があります。これこそ宮本ワールドです。

白糸の滝の水の滴りが150年の時をかけて、主人公の姿に似た「リンゴ牛」と名付けた握り拳大の石を造り出したのを知った主人公の~

"志乃子は、「リンゴ牛」と向き合うたびに、ほとんど反射的にロダンの言葉が浮かぶ。「石に一滴一滴と食い込む水の遅い静かな力を持たねばなりません」

そのたびに、志乃子は、自分という女が生まれて生きたというかたちは、どのようにして残っていくのであろうかと考えてしまう。

すると、このような考えに浸ることは、30代や40代にはなかったと気づき、自分がまぎれもなく50代に入ったのだと思い知るのだ。コーヒーを飲みながら、志乃子は、「リンゴ牛」に心のなかで話しかける。

人類がこの地球という星に登場して約4百万年という。
その間に、生まれて死んでいった人の数は、いったいどれほどなのであろうか。

この人類の歴史に確かな痕跡を刻んでいった人もあまたいるが、それはごく限られた人たちに過ぎない。残りの天文学的な数の人々は、何かを残すどころか、生まれてきて生きたという跡形すらないのだ。私も、そのひとりとして、やがては姿を消してしまうのだ。

そんな無名の平凡な一庶民の女が、石を穿つ遅い静かな力を持ったとして何になろう・・・"
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そろそろ覚悟しなければ~五木寛之氏著「人間の覚悟」

2015年01月21日 | この一冊
大寒初日の昨日。
当地(北海道ニセコ)は、終日雪が降り続き雪かきに追われた。

ちょっと古い本だが、気になって読み直し、改めて生きることの意味を噛みしめた。

「蒼ざめた馬をみよ」で直木賞を受賞後、「青春の門」、「風に吹かれて」、「戒厳令の夜」、「朱鷺の墓」、「大河の一滴」など、数々の話題作をおくり出してきた人気作家が説く人生訓。



少子高齢化と右肩下がりの経済等々、日本は今、明らかに「下山の時代」を迎えている。その中で、人生如何に生きるべきか。大変な難問であるが、同氏は、「いよいよ覚悟を決めるときだ」と説く。

1945年、中学1年生の五木少年は、終戦直後の平城に居た。現在の北朝鮮の首都ピョンヤンである。戦争に敗れた後、旧植民地支配者が受ける苛烈な運命など知る由もなく、国が発する「治安は維持される、動くな」との指示を真に受けて、静かに帰国の順番を待っていた。

しかし、この時、高級軍人と官僚たちはその家族とともに、すでに南下を完了していた。そして帰国までの地獄の逃避行が始まる。その経験から「国は決して国民を守らない」ことを知る。

今、ブラック企業が横行し非正規雇用者が突然解雇されたり、年金や生活保護費が削減されたりと、会社や国に依存して生きていることが無意味になりつつある。つまり、自分の生きるすべを自ら見出すという「覚悟」をしなければならない。

そして今、大切なことは、いかに生きるべきかではなく、「生きることそれ自体」なのだという。それほど現代は、特に年寄りにとって生きるのが難しい時代になっているのだ。
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過酷な現実~山崎豊子著「運命の人」

2015年01月02日 | この一冊
昨年9月、惜しまれながら他界された山崎豊子さんの「運命の人(1-4)」をご紹介します。
沖縄返還交渉にまつわる「外務省機密漏洩事件」を圧倒的なスケールで描ききった労作に深い感動を覚えます。



著者は、この小説の執筆に9年間を要したといいます。
また、巻末にリストアップされた資料は160余点に及びます。これらの資料を読みこなしつつ、幾多の人々へのインタビューを通して、事件の真実に迫る作業は、書くこと以上に、地道で困難なものだったに違いありません。

また、例えそれが国民の利益に合致するものであっても、外交交渉における密約を暴露したからとして、それを告発した新聞記者を貶め、彼とその家族の人生を破壊した権力犯罪のすごさを見せ付けられました。

特に、特定秘密保護法が施行され、「何が秘密なのか秘密です」という笑うに笑えない事態が現実化した今日、この本の持つ値打ちは一層、輝きを増しています。

加えて、米軍基地の7割が置かれている沖縄で、今また、辺野古に巨大基地が建設されてようとしている厳しい現実を直視する意味でも貴重な一冊となるでしょう。ご一読をお勧めします。
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抜群の面白さ~「水神」と「天地明察」

2014年09月01日 | この一冊
過去に読んだ本の中から、印象に強く残っているものをご紹介しています。

今回は、帚木蓬生(ははきぎほうせい)著「水神(上下)」と冲方丁(うぶかたとう)著「天地明察」です。



前者は、寛文4年(1664年)徳川4代将軍家綱の時代、筑後国久留米有馬藩江南原(現在のうきは市・久留米市)で水不足に悩む5人の庄屋と農民が藩を動かし、筑後川に堰堤を築いて取水に成功するまでを農民の目線で克明に描きました。当時の庄屋や百姓の水にかける熱い思いが伝わってきます。



一方、後者は、同じ家綱の時代、将軍や老中相手の碁打ちだった渋川春海という天才青年が、数学や天文学、暦学を修めつつ、度重なる挫折にもめげず、日本独自の大和暦を創りあげ、改暦を成し遂げるまでの壮大な物語です。映画化もされたので、ご存知の方も多いことでしょう。

いずれも実在の人物を元に描かれた力作で、日本人のすぐれた資質と人間性を再認識させられます。また、このような偉業をなしとげた人々が、江戸時代初期に実在したことに快哉を叫びました。読書の楽しさを満喫させてくれる二冊です。

尚、「水神」は第29回(H22年度)新田次郎文学賞を、「天地明察」は2010年本屋大賞を受賞しています。ご一読をお勧めします。
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すぐれた作品~渡辺淳一著「無影燈」

2014年07月23日 | この一冊
本年4月30日、作家で医学者でもあった渡辺淳一氏がお亡くなりになった。満80歳。

同氏は、同衾中の青酸カリ自殺を扱った「失楽園」や、絶頂時の依願扼殺を描いた「愛の流刑地」など、シリアスなテーマと濃密な愛欲描写で話題となった作品で広く知られています。

しかし、これらの話題作は同氏の著作の一部であって、評価を決定付けるものではありません。つまり、これらの話題作より、むしろ伝記小説やデビュー初期にすぐれた作品を見ることができます。

例えば、小生の記憶にある伝記小説を上げて見ると、

・「光と影」総理大臣寺内正毅をモデルとした直木賞受賞作
・「花埋み」日本最初の女医、荻野吟子の生涯
・「遠き落日」野口英世の赤裸々な生涯を描いた作品
・「女優」新劇女優松井須磨子と演出家島村抱月との灼熱の恋
・「君も雛罌粟我も雛罌粟」情熱の歌人与謝野晶子と鉄幹夫妻の生涯
・「静寂の声」明治天皇に殉死した乃木希典夫妻の生涯

等があり、いずれも同氏独自の視点から、偉人たちの生涯に迫ったすぐれた作品となっています。



この「無影燈」も初期の作品です。
小生が手にした単行本は、1972年の発行となっていますから、42年前の作品です。

物語は、T大講師の経歴を持つイケメン外科医が、個人病院の勤務医として辣腕をふるいつつ、看護婦や病院長の娘やその愛人や、果ては奥さんから言い寄られつつ関係を持つ一方、患者の治療や末期医療に対する医者のスタンスはどうあるべきか、など現代にも通じる問題にも立ち向かって行きます。

また、ストーリー建ての巧みさ、語り口の軽快さなどで読者を引き付けエンターテイメントとしての小説の面白さを実感させてくれます。

文庫にあるようですから同氏を再発見する意味で一読をお勧めします。
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感動大作~浅田次郎著「終わらざる夏」

2014年03月20日 | この一冊
1945年8月18日未明。

ソ連軍8千が海峡を渡り、千島北端の占守島に来襲した。
戦争は、3日前の玉音放送で終わったはずであった。



2005年11月から4年間、「小説すばる」に連載された浅田次郎氏の大作、「終わらざる夏(上下巻925頁)」を深い感動とともに読みました。

物語~最北端の占守島を含む千島列島には、米軍を迎え撃つため日本軍の精鋭1個師団(2万3千人)が配置されていた。

しかし、一度も本格的な砲火を交えぬまま8月15日を迎え、故国の敗戦を知った。
そして、終戦処理のため訪れるであろう米軍使節を待ったのだが、来たのはソ連軍であった・・・

本来、日本の領土である千島の領有権問題は、決して風化させてはならない今日的課題です。その点で、この小説の持つ意味は極めて大きいと思います。

追記:一昨日、ロシアのプーチン大統領は、ウクライナのクリミアを編入する条約に署名。実質的に「自国管理下におく」として、国際社会を驚かせました。
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稀代の茶聖を描く~山本兼一氏著「利休にたずねよ」

2014年03月13日 | この一冊
2008年第140回直木賞を受賞した山本兼一さんの「利休にたずねよ」を読んだ。



「わしが額ずくのは、美しいものだけだ」と、天下人・秀吉への諂(へつら)いを拒否したため切腹を命じられて散った茶道界の巨人、千利休を時を遡(さかのぼ)りながら描いた意欲作。

先に読んだ「火天の城」と同様、詳細な下調べで得たものを十分租借した上で、茶聖、千利休の世界を大胆に、しかも精緻に描いてみせます。

著者は、利休の茶の世界を次のように説明します。

”「なぜ、人はかくまで茶に魅せられるか」と秀吉に問われ、利休は、次のように答えます。

「それは、茶が人を殺すからでございましょう。美しさは誤魔化しがききませぬ。道具にせよ、手前にせよ、茶人は、つねに命がけで絶妙の境地をもとめております。

茶杓の節の位置が一分ちがえば気に染まず、手前に置いた蓋置きの場所が、畳ひと目ちがえば、内心身悶えいたします。それこそ、茶の湯の底なし沼、美しさの蟻地獄。ひとたび捕らわれれば、命も縮めてしまいます」”

日本には、茶道、書道、柔道、剣道、武士道など、芸事やスポーツを生きがいにまで発展させ、究め、それらを「道」として尊ぶ独特の文化があることに気づかされます。(お勧め度:★★★)

追伸:山本氏は、先月(2月)13日急逝されました。ご冥福をお祈りいたします。
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藤沢周平全集を読む

2014年03月01日 | この一冊
2年半ほどかかりましたが、このほど、文芸春秋社創立80周年記念事業として編纂された「藤沢周平全集(23巻)」を読み終えました。各巻5~600頁、2段組ですので、単行本に換算すると60冊くらいになるでしょうか。



近年、同氏の作品は、その暖かい人間描写で多くの人々に愛され、また、山田洋次監督の時代劇三部作(「たそがれ清兵衛」など)や「蝉しぐれ」などの映画が制作され、幅広い人気を獲得しています。

藤沢作品の魅力を小生なりにまとめてみると、

1)登場する主人公が江戸庶民や下層武士など、我々読者と等身大で、その時代を精一杯生きた人間であり、また、それらに寄せる作者の人間的な視点の確かさに共感させられること。

2)登場する人物の描写とそれを取り巻く生活空間としての自然描写に優れていること。

3)作品の質にムラがなく、どれを読んでも等しく納得しうること。また、剣術に秀でた才能を持つスーパーマン的主人公が登場するなど、エンターテイメントとしての要素も備えていて、読み進む意欲にかられること。ただし、長塚節の評伝「白き瓶」や、小林一茶を書いた「一茶」などは例外的に忍耐を要します。

4)献身的で自制心に富み、躾の行き届いた古き良き時代の「日本女性」の魅力と美しさを堪能できること。(これは、特に小生ら、男性読者には格別の魅力です)

のようになりますが、よくぞここまで一人の作家の作品を読み込んだものと、我ながら感心しています。今、この全集を読み終えて、静かな興奮と満足感に浸っています。(お勧め度:★★★)

「全集」のHPは、こちらにあります。(2007.10.12掲載)
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