しげる牧師のブログ

聖書のことばから、エッセイを書いています。
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朝の露 <絶望の異邦人>

2022-01-22 | エペソ

「ですから、思い出してください。あなたがたはかつて、肉においては異邦人でした。人の手で肉に施された、いわゆる『割礼』を持つ人々からは、無割礼の者と呼ばれ、そのころは、キリストから遠く離れ、イスラエルの民から除外され、約束の契約については他国人で、この世にあって望みもなく、神もない者たちでした。」(エペソ2:11,12新改訳)

私たち異邦人が、福音により救われる以前はどんな悲惨な状態にあったかを示した箇所。この世にあって望みもなく、神もないとは、生きているあいだも死んで葬られたあとも絶望以外、何も存在しない状態をいう。誤解してはならない、パウロは選民意識から高飛車に述べているのではなく、霊的真実を率直に述べているのである。その証拠に、たとえイスラエルであっても、イエス・キリストを信じなければ、割礼を受けていたとしても全くの絶望状態にある。その点では異邦人とおなじなのだ。▼わが国には八百万(やおよろず)の神々が存在し、崇拝されているが、何の意味もなく、ただ空虚さだけがある。まさにソロモンが述べたごとく、「空の空なるかな、すべて空なり」である。しかしそのような暗黒の淵に沈んでいた私たちが、キリストによって救われ、人生が一変し、復活のいのちと永遠の希望に輝く者へ変えられたのだ。パウロが口切々と訴えている恵みの絶大さを心行くまで味わい、感激に身を震わせる者でありたい。

①あな嬉し我が身も 主のものとなりにけり うき世だに さながら 天津世の心地す

②残りなく御旨に 任せたる心にぞ 得も言わず妙なる まぼろしを見るかな

③御使いの降り来る 追い風に聞こゆなり み恵みの訪れ 喜びの調べは

④胸の波おさまり 心いと静かにて われもなく世もなく ただ主のみ居ませり

                                         <讃美歌529 Frances Jane(Crosby) Van Alstyne,1873>