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しげる牧師のブログ

聖書のことばから、エッセイを書いています。
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朝の露 <信仰による祈り>

2025-03-15 | ヤコブ書
「信仰による祈りは、病んでいる人を救います。主はその人を立ち上がらせてくださいます。もしその人が罪を犯していたなら、その罪は赦されます。」(ヤコブ5:15新改訳)

信仰による祈りは無限の可能性を持つ、とヤコブは言う。しかもその祈りは、口から出すひとりごとのような小さな祈りでもよいのである。▼あの十二年、長血をわずらった気の毒な娘はふだんから口ぐせのようにつぶやいていた、と想像する(→マルコ五章)。「私もきっといつかイエス様に出会うときがある。そのとき、お衣の房にでもさわってみよう。そうすればきっと治るにちがいないから」と。▼彼女は知るかぎりの病院を訪れ、多くの医者に診察してもらったが、少しも良くならない。それどころか病状は悪化する一方で、治療費もそこを尽き、文無しになった。やせ衰え、粗末な服を着て歩く、あわれな女性の姿が目に浮かぶではないか。にもかかわらず、その心には信仰というロウソクが消えずにともっていた。そしてとうとう、その日が来たのであった。「あなたの信仰があなたを救った」のである。▼おおぜいの群衆でもみくちゃにされながら、彼女は必死で主に近づき、その衣の房に触れたが、その瞬間出血が止まり、病気が治ったことを感じたではないか。同時に主も自分から力が出て行くのをおぼえ、立ち止まって「誰が私にさわったのですか」とまわりの人々にたずねた。▼ここで光っているのは、絶望の中でもあきらめなかった女性のひとりごとだ。つまり、いつかは自分にも主にお会いする機会が来る、そのとき衣の端にでも触れればかならず救われる、との言葉である。そのとき主は「あなたの信仰があなたを救ったのです」と言われた。希望がなくなった状況下でも、信じ続けることがどんなに大切か。この奇蹟はそれを示している。