後期ゴシック彫刻・市民運動・演劇教育

小学校大学教師体験から演劇教育の実践と理論、憲法九条を活かす市民運動の現在、後期ゴシック彫刻の魅力について語る。

〔149〕ついに『伊丹万作「演技指導論草案」精読』(佐藤忠男)に辿り着きました。

2017年07月19日 | 図書案内
  私の講座「学級づくりに生かす表現」(荒川区立第九中学校、2011年8月24日)が荒川区教育研究会主催で開催されたことがありました。(ブログ〔2〕参照)このワークショップは私にとっては珍しく、中学校の教師が中心で、20名ほどはいらっしゃったでしょうか。
  講座開催の切っ掛けは、私のHPを見てくれた会の責任者の方が、メールで連絡を取ってくださったことからでした。会が始まる少し前に会場に着いた時、なぜかその方から、『伊丹万作全集』(全3冊、筑摩書房)を差し出されました。良かったら持っていってくださいというのです。
  伊丹万作は高名な戦前の映画監督で、やはり俳優で映画監督の伊丹十三の父親であることぐらいしか当時は知識がありませんでしたが、有り難くいただくことにしました。
  さて、ここで伊丹万作という人物についておさらいしておきましょう。

■伊丹 万作(いたみ まんさく、1900年1月2日 - 1946年9月21日)は、日本の脚本家、映画監督、俳優、エッセイスト、挿絵画家である。「日本のルネ・クレール」と呼ばれた。日本映画の基礎を作った監督の一人である。本名池内 義豊(いけうち よしとよ)。初期筆名池内 愚美(いけうち ぐみ)、俳優としての芸名青山 七造(あおやま しちぞう)。映画監督・俳優・エッセイストの伊丹十三は実子。小説家の大江健三郎は娘婿。(ウィキペディア「伊丹万作」より)

  しばらくして、この全集が貴重なものであることが徐々に分かってきました。戦争中によく書くことができたと話題になる「戦争中止ヲ望ム」「戦争責任者の問題」などは『伊丹万作全集1』に収録されています。雑誌「教育」(国土社、2011・2)には、山田洋次・田中孝彦対談「映画をつくる」(後半『伊丹万作「演技指導論草案」』を巡って)が掲載されていました。「演技指導論草案」は全集2で読めます。
  さっそく「演技指導論草案」に目を通しました。確かに教育論・教師論としても十分読めるものでした。84の断章のなかで記憶に残り、心の琴線に触れた項目の1部を抜き書きしておきましょう。


「演技指導論草案」伊丹万作(伊丹万作全集2,筑摩書房、1961)
○…仕事中我々は意識して俳優に何かをつけ加えることもあるが、この仕事の本質的な部分はつけ加えることではなく、抽き出すために費やされる手続きである。
○演技指導は行動である。理論ではない。
○どの俳優にでもあてはまるような演技指導の形式はない。
○俳優の一人一人について、おのおの異つた指導方法を考え出すことことが演技指導を生きたものたらしめるための必須条件である。
○俳優をしかつてはいけない。…どんなことがあつても俳優をしかつてはいけない、と。
○演出者が大きな椅子にふんぞりかえっているスナップ写真ほど不思議なものはない。病気でもない演出者がいつ椅子を用いるひまがあるのか、私には容易に理解ができない。
○俳優に信頼せられぬ場合、演出者はその力を十分に出せるものではない。また演出者を信頼せぬ場合、俳優はその力を十分出せるものではない。
 (初出『映画演出学読本』1940,12)

  そして最後に「演技指導論草案」に関して気になっていた本が次のものです。

●岩波現代文庫 『伊丹万作「演技指導論草案」精読』佐藤忠男、岩波書店(2002、1)

  おそらく本の品数日本1の池袋のジュンク堂でもこの本は見つけることができませんでした。そしてなんとか、アマゾンで購入できることが分かりました。安価であったけど、数十箇所の鉛筆書きがあることが公表されてなかったので、あまり良い感じはしませんでした。

■岩波現代文庫 『伊丹万作「演技指導論草案」精読』佐藤忠男、岩波書店(2002、1)
〔トビラ〕演技と演出に関する総合的な研究は少ない。伝説の巨匠伊丹万作の「演技指導草案要綱」は、1946年に発表されて以来、その分野の最も実用的な古典として愛読されてきた。この84の断章からなるエッセイを古今の映画の具体例をもとに考察し、人間行動の本来的な演技性と演出の問題をコミュニケーション理論として読み解く。
〔目次〕
1 演出というコミュニケーション
2 伊丹万作という演出家
3 「演技指導論草案」の成り立ち
4 演技指導者の成立
5 やってみせる指導
6 暗示と批評
7 俳優をしかってはいけない
8 愛嬌について
9 視線について
10 芸の可撓性について
11 偶然性について
12 素人俳優の場合
13 セリフの改変について
14 無理な場合
15 信頼について

 これはすごい本でした。
 単なる「演技指導論草案」精読ではなく、まさに「84の断章からなるエッセイを古今の映画の具体例をもとに考察し、人間行動の本来的な演技性と演出の問題をコミュニケーション理論として読み解く。」本でした。映画評論家としての満目躍如です。演出家や役者へのインタビューや、手記を丹念に調べ、実証的な「精読」に到達するものです。黒澤明、小津安二郎、溝口健二、木下恵介などの名監督や私も知らない歴史上の監督、俳優などが続々紙面に登場してきます。
  各監督との対比のなかで伊丹万作像が明らかになってきます。「チャンバラは殺人であり、殺人を面白がる趣味は自分にはない」という発言からもうかがえるように、伊丹は「微温的な自由主義の立場」にあり、「最も尖鋭な軍国主義批判者」であったようです。
  「俳優たちを人形芝居の人形のように操作した」という小津安二郎、スタニスラフスキー・システムを先取りした溝口健二、浦山桐郎と女優小林トシ江とのエピソード、撮影現場での黒澤明の逸話など興味津々の話が満載です。
  映画にも造詣が深かった脚本研究会「森の会」の故・辰嶋幸夫さんに届けたい本でした。

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