後期ゴシック彫刻・市民運動・演劇教育

小学校大学教師体験から演劇教育の実践と理論、憲法九条を活かす市民運動の現在、後期ゴシック彫刻の魅力について語る。

〔58〕NHKプレミアム「国宝・源氏物語絵巻」を見て考えました。

2015年11月29日 | テレビ・ラジオ・新聞
 NHKプレミアム 「国宝・源氏物語絵巻」を録画で見ました。
 そもそも源氏物語絵巻が、名古屋の徳川美術館と東京の五島美術館にあるということは知っていても、喜び勇んで見に行こうという気にはなれませんでした。五島美術館には足を運んだことはあるのですが、その時は源氏物語絵巻は見られませんでした。常設展示ではなかったように記憶しています。まして、はるばる徳川美術館までは行く気にもなれませんでした。正直に言って、美術に関して全くの素人の私から見れば、源氏物語絵巻が国宝に値するような作品とは思えないのです。「伴大納言絵詞」、「信貴山縁起絵巻」、「鳥獣人物戯画」(いずれも国宝)などの個性的で描写力が秀逸な作品群と同列に並ぶとは到底私には思えないからです。人物表現が類型化していることが気になるのです。でも専門家から見れば一般人には計り知れない価値があるのでしょうね。探求したくなりますね。
 ウイキィペデアで「源氏物語絵巻」を検索したら次のような記述が見つかりました。
「(「伴大納言絵詞」、「信貴山縁起絵巻」、「鳥獣人物戯画」「源氏物語絵巻」は)…日本四大絵巻と称される。なお、日本四大絵巻には「鳥獣人物戯画」の代わりに「粉河寺縁起絵巻」をあげる見解も存在する。」
 私なら、日本四大絵巻には「源氏物語絵巻」をはずして「粉河寺縁起絵巻」を入れますけどね。

 ただ今回の放送は、いろいろ考えさせられる番組であったことは事実です。
 まずは白石加代子さんの朗読が秀逸でした。少し気持ちを入れすぎる傾向にはあり、少々重い感じはするのですが、しかしながら彼女のことばがリアルに私の心に張り付いてくるのです。文章をしっかりイメージできる力を備えた女優さんならではの朗読の凄さでした。 
 さらに瀬戸内寂聴さんのコメントがいいですね。戦争には良い戦争と悪い戦争があるのではないということ、平安時代という平和な世の中だからこそ、源氏物語は男女の恋愛模様を描けたのではないかという指摘でした。まさに世界的文学の誕生と言っていいのでしょう。なるほど、源氏物語の翻訳者ならではの貴重な指摘でした。
 今回の公開に先立って、大修理が施され、下書きの存在など、新たな発見があったと言います。とりわけ「柏木」の修正箇所をクローズアップしていました。妻の女三の宮の不義により生まれた子を抱く光源氏は、他には見られない正面からのショットでした。光源氏の複雑な表情や、子を抱く腕の位置は修正されたもののほうが遙かに優れていると思うのですが、子どもが手を引っ込めてしまった図はあまりにも平穏で、静かすぎる感じがするのです。何も知らない赤ん坊が、本当の父親でない者に無意識に手が伸びるという悲劇性を感じさせる下絵のほうが私にはおもしろいと思うのですがどうでしょうか。
 見逃した人には再放送を見ることを勧めたいです。

●900年の秘めごと~国宝・源氏物語絵巻~(2015.11.26放送、NHKサイトより)
 いま名古屋市にある徳川美術館で、900年前に製作された国宝「源氏物語絵巻」が公開され話題を集めている。国宝絵巻は、絵の具の剥落や料紙の損傷が激しかったため、4年に及ぶ大修理が施された。その過程で下書きが見つかり、謎に満ちた絵巻の製作過程が浮かび上がってきた。作家の瀬戸内寂聴さんと画家の山口晃さんとともに修理を終えた絵巻を見つめ、平安絵師たちが絵筆に込めた情熱に思いをはせながらみやびな世界を堪能する。
【出演】瀬戸内寂聴,山口晃,黒崎めぐみ,【語り】白石加代子

〔57〕11月19日(木)総がかり行動-主体的な国会包囲は途切れません。

2015年11月28日 | 市民運動
 毎月19日は戦争法反対の総がかり行動で国会に集まろうという提起がされていることは前にも書きました。10月19日(月)についてはブログ〔52〕を読んでください。
 11月19日(木)は、お昼に母親のご機嫌伺いに実家に行き、その足で脚本研究「森の会」に参加しました。辰嶋幸夫さんを弔いながらも、メンバーの提出する印刷物や話題に心躍りました。
*辰嶋さんの追悼文が「演劇と教育」2015.11月号に掲載されています。執筆は正嘉昭さん、横山淳子さん、後藤富美さんです。後藤さんは「森の会」のメンバー。

 夜の6時半の集会開始に少し遅れて地下鉄の桜田門駅を上がって地上に出ると、国会に向かう左右の道路は人また人という状態でした。コーンで仕切られた通路は人ひとりがようやく通れるくらいで、コーンの内側は3,4重の人垣でした。石垣の上にも幟を持った人がびっしり立っています。
 はてさて、先に行っているはずの清瀬の仲間をどう探せばいいのか、メインステージのある右側の道路を進むのは困難です。人の渋滞のなか、左側の道路をゆっくり進むと、幸運なことに、従来から使用のピンク色のと、仲間が新しく作った手書きの「清瀬・くらしと平和の会」の幟を見つけました。清瀬からはこの4人以外に、他のグループで参加していたようです。
 この日はスピーカーの近くにいたからでしょうか、弁護士や学者、政党などのステージでの訴えは良く響いてきました。寒いなかなのに、9000人が集まりました。誰かに動員されて来ているのでないので、運動はこれからも続くことでしょう。まったく戦争法廃止の熱気は冷めません。
 これだけの人びとの思いが国会に交差しているのに、マスコミはどうしてこんない冷たいのか。朝日新聞では、ほんの小さな記事と写真が1枚でした。今回は毎日新聞の記事を紹介しましょう。

●安保関連法:「今すぐ廃止」国会前9000人が抗議集会
  毎日新聞 2015年11月19日
 安全保障関連法の成立からちょうど2カ月となる19日、東京・永田町の国会前で同法に抗議する集会が開かれ、「戦争法は今すぐ廃止」「安倍政権は憲法守れ」などと訴えた。
 主催団体の発表で約9000人が参加。野党議員や弁護士、大学教員などが次々と壇上に上がり、安保法案の採決を強行し、臨時国会を開かない安倍政権を厳しく批判した。
 弁護士の伊藤真さんは「日本の憲法は自衛隊が海外に出かけて人の命を奪うことを許していない」、「戦争法によって憲法の根本の考えが踏みにじられようとしている」と非難。主催団体メンバーの高田健さんは「あの9月19日で絶対にあきらめない」、「何としても戦争法を廃止すると決意した」と話した。【佐藤賢二郎】

 清瀬の市民運動はますます元気です。超党派の「戦争法廃止きよせ市民の会」が6月から活動しています。あの憲法学者の小林節さんが今度清瀬に来ます。近隣の方いらっしゃいませんか。

□小林節後援会「戦争法は政権を変えて廃止に!」
・「戦争法廃止きよせ市民の会」主催
・2015年12月4日(金)、18:30開場、19:00開演
・けやきホール(西武池袋線、清瀬駅北口徒歩5分)
・無料

〔56〕『続 まど・みちお全詩集』(理論社)を手にして「人間とは何か」を考えさせられました。

2015年11月13日 | 図書案内
 ついに『続 まど・みちお全詩集』を手に入れました。税込み7020円の本を、アマゾンの「古本」として2000円もしないで買いました。嬉しかったですね、ほとんど新本でした。
 まずはどんな本なのか、理論社HPから紹介しましょう。

●身近な生き物から宇宙まで、この世界の不思議を100歳まで詩に詠み続け、昨年104歳で亡くなった詩人まどさん。1990年代以降の詩500編余に、新たに見つかった若いころからの詩約200編を補遺として収録。詳しい年譜、著作目録、総索引も収録。
●編集者コメント
「ぞうさん」で知られる詩人 まど・みちお『全詩集』待望の続篇。1992年刊行の『まど・みちお全詩集』と今回の『続 まど・みちお全詩集』の2冊で、まどさんの約80年間にわたる詩業の全貌を伝えることを目指しました。
〔2015年9月発行、576ページ、 A5変型、定価6,500円(税込7,020円)〕

 600頁近い本を少しずつ紐解いていくと、いろんなことに気づかされます。「ぞうさん」「やぎさんゆうびん」「ふしぎなポケット」などの誰でも知っているような有名な詩は前著に収録されていて、本書では知っている詩はほとんどありませんでした。知っていたのは私のワークショップの定番のことば遊びの詩「じこしょうかい」くらいでしょうか。
 まどさんは詳細な「年譜」によれば、10歳の時に郷里の山口・周南市(現在)を離れ、台湾に渡りそこで二十数年間過ごしています。この間、詩を雑誌に投稿、同人誌を発行するのですが、それは未だ発見されていません。その後文芸誌に掲載された詩が今回の詩集に再録されています。その詩が、本当にまどさんの詩なのかと思うほどシュールなのです。
 朝日新聞(2015年9月29日)に白石明彦という記者が、「まど・みちお流20代のシュール 最初期の作品発見『続 全詩集』に収録」という記事を書いているので、紹介してみましょう。

 「風呂屋が風呂屋の 煙突で空にブラ下(さが)っている」(無題)。二十歳のときの詩「風景」(29年)はこんな短詩3編からなる。「矢守(やもり)は置(おき)時計の声に恋 しすぎて/天井裏で首をくくって死にました」(「プラトニックラヴ」)。「椿(つばき)の花は空へ落ちる/椿の花は静寂の尿道にブラ下っていたのだ」 (「椿の花は」)。平明な「ぞうさん」の詩人にこんな試みがあった。
 …当時、ダダイズムの詩人尾形亀之助(かめのすけ)に傾倒しており、影響を受けた可能性がある。

 『続 全詩集』でもう一つ注目すべきことは、戦争協力詩を新たに3編収録していることです。前著では2編掲載され、あとがきにまどさん自身が自己批判を綴っています。このあたりの事情を白石記者は次のように書いています。

 『全詩集』を出すとき、まどさんは戦時中の戦争協力詩2編を収め、自己批判した。その後、台湾文学研究者の中島利郎(としを)さんが「たたかいの春を迎えて」「てのひら頌歌(しょうか)」「妻」(42年)の3編を見つけ、2010年春に公表した。

 先日、NHK日曜美術館で放送された「まど・みちおの秘密の絵」を思い出してみたいと思います。
□NHK日曜美術館(2015年9月27日放送)
●まど・みちおの秘密の絵
 「ぞうさん」「やぎさんゆうびん」「ふしぎなポケット」。日本中で愛される童謡の産みの親、詩人まど・みちお(1909-2014)。今からおよそ50年前にひそかに描きためた100枚以上の絵がある。
 その絵は、短く、平易なことばでつくられるまどの詩とはまるで似つかない。画用紙一面を細い線で塗りつぶしている。紙の地肌は削れ、波を打っている。何を描いたのかさえわからない不思議な絵。そこには一体どのような思いがあったのか・・・。
 まどが絵に没頭し始めたのは50歳を迎えたころ。戦後、児童雑誌の編集者と童謡作家の二足のわらじの生活を続けながら、「ぞうさん」「やぎさんゆうびん」「ふしぎなポケット」などを生み出してきた。それは、童謡の創作に専念するため、退職してまもなくのことだった。「描いても描いても絵が描きたい。なんということだろう。」そんな言葉を残したほど、絵にのめり込んだ。しかし、それらの絵は完成した後、押し入れにしまわれた。長いあいだ誰にも見せないままだった。
 絵に没頭したのは3年半のあいだ。そののち、まどは童謡を離れ、自由詩に活動をうつした。そして、独自の宇宙観にあふれる詩の世界をつくりあげた。詩人は絵を描くことを通して何をつかみとり、そしてどこへたどり着いたのか。
 100枚におよぶ秘密の絵から、まど・みちおの知られざる姿を見つめていく。

 『続 全詩集』のシュールな初期作品、戦争協力詩、そして「秘密の絵」を見てみると、多面的な「人間、まど・みちお」が立ち現れてくるようです。

*参考「まど・みちおさん 未収録160編」読売新聞、文化部 待田晋哉(2015年10月6日)

〔55〕自由民権運動の歴史を辿ったり、伝統的な芝居小屋を訪ねたりの四国周遊でした。

2015年11月10日 | 旅行記
 戦争法案が戦争法になった2015年9月19日から1ヶ月後の10月19日、文京シビックホールは2000人近くの人たちで埋まっていました。(ブログ〔49〕参照)戦争法を廃止する決意を示した大集会でした。その集会後、池袋で偶然ルポライターの鎌田慧さんに会いました。電車の中で伊方原発反対集会に参加すること、そのあと四国各地をレンタカーで巡ることを話したら、訪ねる価値のある場所のさまざまな情報を頂きました。(鎌田さんも伊方にいらしていました)
 「四万十市には幸徳秋水の墓、足摺岬にはジョン万次郎の生家などがありますよね…。」田宮虎彦の『足摺岬』や高知の自由民権資料館などの話も出ました。なるほど、せっかく四国を廻るなら「自由民権運動」をテーマにしない手はないなと思ったものでした。
  まずは4日間の旅の行程を確認しておきましょう。

●11月2日(月)
松山市(前日、宿泊)→善通寺→旧金比羅大芝居(金丸座)→金刀比羅宮(表書院・円山応挙の障壁画鑑賞)→(泊)高松市
●11月3日(火)
小歩危・大歩危→豊楽寺(国宝)→高知市立自由民権記念館→雪蹊寺→竹林寺→(泊)高知市
●11月4日(水)
足摺岬(ジョン万次郎像)→金剛福寺→ジョン万次郎資料館→幸徳秋水資料室(四万十市役所)→幸徳秋水の生家→幸徳秋水の絶筆石碑→幸徳秋水の墓→(泊)四万十市
●11月5日(木)
岩間沈下橋→内子座、八日市・護国の町並み→砥部焼観光センター・炎の里→太山寺(国宝)→松山空港→羽田

 清瀬・憲法九条を守る会のメンバーと先日五日市憲法草案ツアーをしたことはブログに書きました。しかし、自由民権運動の先駆的な地域としては高知がすぐに頭に浮かびます。板垣退助、植木枝盛、中江兆民、幸徳秋水…、そして彼らに確実に影響を与えたジョン万次郎なども高知の人でした。できる限り彼らの足跡を追ってみようと思いました。
 高知市立自由民権記念館を訪ねたのは11月3日(火)のことです。3日と言えば、澤地久枝さんが昼の1時に「アベ政治を許さない」というポスターを一斉に掲げようと提案しています。我々もこのポスターを持参し、自由民権記念館の門の前で掲げました。10分程度でしたが、自転車が3台ぐらい通っただけでした。その一人に写真を撮ってほしいとお願いしたのですが、今急いでいるからと断られてしまいました。しょうがないので、写真を交替で撮り合いました。
 館内は自由民権運動の生成・高揚・衰退・再燃・終末などの展示や植木枝盛の書斎などが再現されてありました。植木枝盛といえば、「未来が其の胸中に在る者、之れを青年と云う」(遺稿「無天雑録」より)ということばを思い起こしました。私擬憲法「東洋大日本国国憲案」の起草者としても有名です。「民権かぞえ歌」なども作っているのですね。
 館内には板垣退助が刺された短刀があったり、女性参政権運動の先駆者、楠瀬喜多(民権ばあさん)のプリントがおいてありました。未亡人戸主として税金を納めているのに選挙権がないのはおかしいということで、納税を拒否したところ、4年の間ではあるが、女性参政権が認められたというのです。このほかにも見所いっぱいの自由民権記念館でした。
 ジョン万次郎資料館でもじっくり時間をとって展示物をながめました。
 幸徳秋水を訪ねる2人だけの「社会科見学」は、幸徳秋水資料室(四万十市役所)からスタートしました。そこでもらったパンフレットに沿って、幸徳秋水の生家、幸徳秋水の絶筆石碑、幸徳秋水の墓を巡りました。大逆事件に思いをはせ、横浜事件のことを思い出していました。

 今回の旅でとても興味深かったのは2つの伝統的な芝居小屋を見ることができたことでした。1つは、「現存する日本最古の芝居小屋」という旧金比羅大芝居(金丸座)です。金刀比羅宮の登り口近くにありました。枡席や桟敷の客席、回り舞台など、江戸後期に造られたというから驚きです。これにとてもよく似た芝居小屋が、内子市にある内子座でした。こちらは100年前、大正時代の建造物で、金丸座より一回り小さいものでした。いずれにしても、四国が文化的にも芸術面でも先進的地域であったことが理解できました。

 今回もう1つの楽しみは、お寺回りでした。初めての善通寺、金刀比羅宮でしたが、円山応挙の障壁画が見られたのは嬉しかったです。
 一番興奮を覚えたのは、国宝の豊楽寺に事前予約して3体の素晴らしい仏像が拝観できたことです。とりわけ1番右端に鎮座している釈迦如来(本当は薬師如来だという)の独特の風貌に魅せられてしまったのです。「日本の美術」(226号)の表紙を飾ったこともある仏像で、地方仏師が手がけた仏像ではないかと勝手に推測しているのです。とても人間的で、親しみの持てる仏像です。
 このほかにも雪蹊寺(慶派の秀作があるのですが、事前連絡してなかったので拝観は適いませんでした)、竹林寺、金剛福寺、太山寺も廻りました。なぜかお寺は心が和みます。


〔54〕年金の正しい使い方-伊方原発再稼働反対行動に参加してきました。

2015年11月07日 | 市民運動
 原発はどう考えても人類とは共存できません。即刻再稼働作業を止めて、廃炉にしなければなりません。ところがアベ政治は、原発を次々と再稼働しようとしています。鹿児島の川内原発を皮切りに、愛媛の伊方原発まで再稼働しようとしています。それどころか原発をインドやトルコなどに輸出する構えなのです。 
 私たち夫婦は川内原発に続き、伊方原発反対集会に参加することにしました。交通費や滞在費はばかになりませんが、私たちの子や孫のためにも、そして世界中の人びとのためにも四国に出かけることにしました。
 羽田から松山空港まで飛び、バスで1時間半、伊方原発に近い八幡浜市で「再稼働阻止全国ネットワーク」の全国相談会・交流会に駆けつけました。八幡浜市松蔭公民館が会場です。机を四角く二重に向かい合わせるなかで、すでに共同代表の柳田真さんの話が始まっていました。机の前や後ろの壁はびっしりと色とりどりの、それぞれの団体のアピールコメントで覆い尽くされています。会場は参加者150人の熱気がむんむんでした。
 その時の様子を地元紙から引用してみましょう。

●愛媛新聞「伊方再稼働阻止へ抗議継続」 八幡浜で全国団体相談会2015年11月1日(日)

 脱原発を訴える「再稼働阻止全国ネットワーク」(東京)の全国相談会・交流会が31日、愛媛県八幡浜市内であり、地元同意の手続きを終えた四国電力伊方原発3号機(伊方町)の再稼働をさせないよう抗議行動を継続する方針などを確認した。
 ネットワークは全国16カ所の市民団体などで構成。31日は北海道や鹿児島など各地から約150人が集まった。愛媛からは「伊方原発をとめる会」の草薙順一事務局長らが、中村時広知事の同意表明や伊方原発の運転差し止め訴訟などの状況を説明。八幡浜市で再稼働の是非を問う住民投票の実施を目指した署名活動が行われていることも紹介し、協力を呼び掛けた。
 ルポライターの鎌田慧さんもマイクを握り「原発の運動は全て負けたわけではなかった。計画があったが原発が建たなかったところは幾つもある。勝った記憶も呼び起こして頑張っていきたい」と訴えた。

 東京・清瀬から今回も鎌田慧さん、市議の布施由女さん、そして私たち2人と合計4人が参加しました。「相談会」のあとの「交流会」では川内原発再稼働阻止集会で出会った人たちとの再会を悦び合いました。
 翌11月1日(日)は、いよいよバスで伊方原発ゲートに向かいました。120人はいたでしょうか、ギターを持ったミュージシャンに合わせて反原発の歌を唱和しました。長年伊方原発反対闘争を担ってきた方の遺影を掲げ、その同志や広瀬隆さんの話、原発職員に対面しての抗議文の読み上げと手渡し、シュプレヒコールなどと続きます。
 原発ゲート前抗議行動のあとバスで松山市まで戻って、数千人の大集会です。そのときのようすを再び愛媛新聞に語ってもらいましょう。保守的な土地柄といわれることが多い愛媛にあって、愛媛新聞の革新性には目を見張りました。自由民権運動の歴史を抱える高知の高知新聞の物足りなさと比較すると面白いかもしれません。

●愛媛新聞「4000人再稼働ノー 伊方原発再稼働反対全国集会」2015年11月2日(月)

 四国電力伊方原発の再稼働に反対する全国集会が1日、愛媛県松山市堀之内の城山公園であった。10月26日に中村時広知事が伊方3号機の再稼働に同意したことを受け、参加者は「断固許さない」との決意を胸に、市内をデモ行進した。
 主催の市民団体「伊方原発をとめる会」(松山市)によると、北海道、福島、鹿児島など全国から約4千人が参加した。
 集会でとめる会の草薙順一事務局長は、中村知事の同意に対して「理性も倫理も投げ捨てた行為」と批判。再稼働の阻止に全力を挙げると宣言した。
 会場の参加者は「原発再稼働ゆるさん」と書かれたメッセージを一斉に掲げてアピール。市内のデモ行進では「命を守れ」「再稼働反対」とシュプレヒコールを上げて、買い物客らに訴えた。

 最後に、参加者である吉田照勝さんの優れたレポートを紹介します。

●たんぽぽ舎メルマガ2631号
┏┓
┗■1.伊方原発は危険な立地にある、誰もが疑問を持つ
 |  原発事故の責任を取るなら閣議決定したらどうか
 |  四国五十一番霊場、石手寺の仁王門には「集団的自衛権」不用の立看板
 └──── 吉田照勝(たんぽぽ舎会員)

 伊方原発3基を現地で目前にすると、何故こんな危険地形に原発があるか誰もが疑問を持つ。
 写真や映像から、地形の危険性の全体像を把握することはできにくい「百聞は一見に如かず」である。
 原発は険しい山、急な岩場、尾根筋の地滑りしそうな国道から180mも海岸沿いに降りていかなければならない。原発の崖上の樹木を伐採していた、ヘリポートを建設しているらしい。原発周辺に平地はなく、福島原発のような広い汚染水タンクの設置場所は見当たらない。もしもの時、全て瀬戸内海に流すしかない。漁業・生活全て壊滅的な事態が予想できる。30キロ圏内の避難計画も具体化できていない。
 伊方原発ゲート前抗議集会は、山肌を背に、88年6月米軍ヘリ墜落で乗員7名が死亡した至近で行なわれた。中央構造線断層帯が敷地北側を走っているところでもある。
 STOP伊方原発再稼動11.1全国集会IN松山「福島をくり返さない」には4000名が集まった。
 菅直人元首相は、「安倍首相が原発事故の責任は政府が責任取ると言っているが、あくまで言葉の問題、本当に責任を取るならば閣議決定することだ」と、安倍首相の無責任の言動を厳しく問いた。
 広瀬隆さんは、「来年の電力自由化で、原発電気を買わない、原発電力会社を兵糧攻めにすること、電力会社と対抗すれば必ず勝てる」と力強く訴えた。
 四国は、お遍路八十八箇所霊場の地お寺が多い。五十一番霊場、道後石手寺の仁王門の仁王像の前には、大きな立看板に「集団的自衛権」不用、不殺生祈りの会、裏門に「人を殺させない・人の話を聞く」不殺生戒とある。
 石手寺住職加藤俊生は「釈迦の教えと平和憲法」を率先して発信し抗議行動をしている、イラク戦争のときは、石手寺に八十箇所寺が集まり、戦争反対を表明した。
 真言宗大谷派は新安保法案を認めないと反対声明を出している。「日本国憲法の立憲精神に反する行為を認めるわけにはいかない。積極的平和主義の言辞の下になんら躊躇もなく進められようとしている。先の大戦に国家体制に追従した人々を戦地に送り出した歴史への反省である。」(佛教タイムス2015,5,28)
 自称平和の党と称する、創価学会・公明党は、戦争法に積極的に賛成、原発再稼働賛成、不殺生の仏陀の理念は見る影もない。宗教家としての資格どころか、平気で嘘を言う、辺野古の人の話しを聞かない安倍首相と同列である。
 「不殺生」を否定し戦争法に積極加担した創価学会は、もはや宗教家のいない仏教宗教心のない集団である。

 今回のツアーのバスの中で、「さようなら原発」の黄色いシールを作って配っている若者、Kさんに会いました。すでに5万枚まで配り、あと5万枚印刷するということです。もちろん身銭をきってです。よく集会などに行くと、カバンに付けている人を見かけませんか。あれです。フクシマ以後に何かしなくてはということで始めたというのです。嬉しい出会いでした。

 伊方原発再稼働に対して、愛媛県知事や伊方町長はこれを認める発言をしているのですが、民意はけしてそうではありません。伊方原発50㎞圏内住民有志の会が伊方町住民に対して戸別訪問という手間と時間がかかる方法で調査した結果、賛成26.8%、反対52.7%、どちらとも言えない20.5%ということになっています。(2015.9.11現在、実施総数2834戸、回答数1028戸、はがきは一戸につき1枚ずつ配布)こうした大事な決定は住民投票をするのも必要かもしれませんね。

●たんぽぽ舎メルマガ2641号 柳田真さんの報告も読んでください!
◎八幡浜市は、伊方原発のある伊方町の隣の市、人口約36000人(約16600世帯)、もし東京電力福島第一原発事故のような原発事故が発生すれば、放射能がとんでくる市である。
◎この市で、今、「大事なことは住民みんなで決めよう」の目的で、原発の賛否を問える住民投票条例を作って…!という署名が始まった。期間は11月3日から12月2日までの1カ月間。
 八幡浜市議会議員の意見は8対8(議長が原発反対派なので「伊方原発3号機の早期再稼働を求める決議」の採決は、賛成8-反対の7人は退席-で可決。2015.9.17市議会)。
 市長は、独断で伊方原発3号機再稼働に賛成を表明していた(9月2日)ので、市民が怒って“大事なことは住民みんなで決めよう”と、この住民投票条例をつくるための署名が始まりました。
 
 次回のブログは、反原発集会後の四国巡りの旅の話です。