私がイギリスの児童文学の巨匠ウェストールを初めて意識したのは、2005年の劇団うりんこによる「弟の戦争 ─ GULF ─」(鐘下辰男脚本)を見たことから始まりました。鉄パイプを組んだシンプルな舞台が印象的で、「弟」の意識の世界の「戦争」がかえってリアルに迫ってきたものでした。
ウェストールにのめり込むようになったのはそれから暫くして、劇作家の篠原久美子さんと親しく話していただくようになってからでした。当時編集代表をしていた「演劇と教育」の拡大編集委員にお願いしたところ、お忙しいにもかかわらず、躊躇なく快諾していただいたのです。
篠原さんや岩川直樹さんなども参加される編集会議後の呑み会は実に楽しいものでした。そうした場で「弟の戦争」はすでに篠原さんが脚色し、青年劇場で上演されていることを知りました。無知でした。篠原さんからさらにウェストールの『海辺の王国』の素晴らしさが語られました。この時点で彼女はほとんどのウェストール作品を読んでいたようでした。
2回目の迂闊さは、篠原版「弟の戦争」がつい最近上演されたのでした。今回も見逃してしまったというわけです。
●劇団俳小第42回本公演『弟の戦争』
原作:ロバート・ウェストール
翻訳:原田勝「弟の戦争」(徳間書店刊)
脚色:篠原久美子(劇団劇作家)
演出:河田園子(演劇企画joko)
2016年12月7日(水)~2016年12月11日(日)
ネット検索しているとき、翻訳者の原田勝さんのブログを発見しました。「弟の戦争」はなんと4回目の上演ということになるというのです。
●原田勝氏のブログ「翻訳者の部屋から」より
(前略)
じつは、この作品の舞台化は4度目です。
2004年の青年劇場による『GULF ─ 弟の戦争』、2005年の劇団うりんこによる『弟の戦争 ─ GULF ─』、2008年の桜美林大学パフォーミングアーツプログラムによる『弟の戦争』、そして今回の劇団俳小による『弟の戦争』です。
(中略)
青年劇場の舞台は観ましたが、篠原久美子さんの脚本は、わたしの翻訳した文章をかなり忠実にせりふにとりいれているので、客席で聴いていると、とても不思議な、そして背筋がぞくぞくする気持ちになったのを覚えています。
うりんこの舞台(鐘下辰男さん脚本)はビデオで観ましたが、こちらは原作をデフォルメしてあり、舞台装置は終始鉄パイプで組んだ足場のようなものだけ、という、抽象性の強い舞台でした。
今回の脚本も、また、篠原さんなので、わりと原作に忠実な舞台になるのではないかと思います。いずれにしても、ウェストールの原作から、原田の翻訳、そこから、それぞれの脚本家の方の手をへて、活字の世界が舞台上の人間の動きや声に転化するというプロセスを思うと、感慨深いものがあります。
はてさて、ウェストールの話に戻しましょう。
あの編集会議後の呑み会を契機に私のウェストール詣でが始まりました。ブックオフなどで手に入れては1冊1冊読み進めました。そして翻訳本の半分以上は読んだことになります。
どんな作品があるのか並べてみます。
●ウェストール作品(徳間書店を中心に)
『海辺の王国』 1994年 ガーディアン賞受賞 坂崎麻子訳
1942年夏、空襲で家と家族を失った12歳の少年ハリーは、イギリスの北の海辺を犬と共に歩いていた。さまざまな出会いをくぐり抜けるうちに、ハリーが見出した心の王国とは…?「児童文学の古典となる本」と表された晩年の代表作。(The Kingdom of the Sea)
『クリスマスの猫』 1994年 ジョン・ロレンス絵/坂崎麻子訳
1934年のクリスマス。おじさんの家にあずけられた11歳のキャロラインの友だちは、身重の猫と、街の少年ボビーだけ。二人は力をあわせ、性悪な家政婦から猫を守ろうとするが…。気の強い女の子と貧しいけれど誇り高い男の子の、「本物」のクリスマス物語。(The Christmas Cat)
『弟の戦争』 1995年 原田 勝訳
人の気持ちを読み取る不思議な力を持ち、弱いものを見ると助けずにはいられない、そんな心の優しい弟が、突然、「自分はイラク軍の少年兵だ」と言い出した。湾岸戦争が始まった夏のことだった…。人と人の心の絆の不思議さが胸に迫る話題作。(Gulf)
『猫の帰還』 1998年 スマーティー賞受賞 坂崎麻子訳
出征した主人を追って、戦禍のイギリスを旅してゆく黒猫。戦争によってゆがめられた人々の生活、絶望やくじけぬ勇気が、猫の旅によってあざやかに浮き彫りになる。厳しい現実を描きつつも人間性への信頼を失わない、感動的な物語。(Blitzcat)
『かかし』 2003年改訂版 カーネギー賞受賞 金原瑞人訳
継父の家で夏を過ごすことになった13歳のサイモンは、死んだパパを忘れられず、継父や母への憎悪をつのらせるうちに、かつて忌まわしい事件があった水車小屋に巣食う「邪悪なもの」を目覚めさせてしまい…?少年の孤独な心理と、心の危機を生き抜く姿を描く、迫力ある物語。(The Scarecrows)
『禁じられた約束』 2005年 野澤佳織訳
初めての恋に夢中になり、いつも太陽が輝いている気がした日々。「わたしが迷子になったら、必ず見つけてね」と、彼女が頼んだとき、もちろんぼくは、そうする、と約束した…でもそれは、決して、してはならない約束だった…。せつなく、恐ろしく、忘れがたい初恋の物語。(Promise)
『青春のオフサイド』 2005年 小野寺 健訳
ぼくは17歳の高校生、エマはぼくの先生だった。ぼくは勉強やラグビーに忙しく、ガールフレンドもでき、エマはエマで、ほかの先生と交際しているという噂だった。それなのに、ぼくたちは恋に落ちた。ほかに何も、目に入らなくなった…。深く心をゆさぶられる、青春小説の決定版。(Falling into Glory)
『クリスマスの幽霊』 2005年 坂崎麻子・光野多惠子訳
父さんが働く工場には、事故が起きる前に幽霊が現われる、といううわさがあった。クリスマス・イブに、父さんに弁当を届けに行ったぼくは、不思議なものを見たが…? クリスマスに起きた小さな「奇跡」の物語。作者ウェストールの、少年時代の回想記を併録。
(The Christmas Ghost)
『"機関銃要塞"の少年たち』1980年、越智道雄訳、評論社、(Machine Gunners)
『ブラッカムの爆撃機』1990年、金原瑞人訳、福武書店
『ブラッカムの爆撃機-チャス・マッギルの幽霊・ぼくを作ったもの』2006年、金原瑞人訳、岩波書店
『水深五尋』金原瑞人・野澤佳織訳、岩波書店、2009年
『ゴーストアビー』金原瑞人訳、あかね書房、2009年
つい最近手に入れたのがウェストール短編集『真夜中の電話』(もう1冊の短編集に『遠い日の呼び声』野沢佳織訳)です。大人の鑑賞にも十分堪えられる作品集です。彼は「短編の名手」に違いありません。
●ウェストール短編集『真夜中の電話』R・ウェストール、原田勝訳、徳間書店、2014年
〔扉〕
年に一度、真夜中に電話をかけてくる女の正体は…?(「真夜中の電話」)
恋人とともに、突然の吹雪に巻きこまれ、命の危険にさらされた少年は…?(「吹雪の夜」) 戦地にいるお父さんのことを心配していたマギーが、ある日、耳にした音とは…?(「屋根裏の音」)
「海辺の王国」「弟の戦争」などで知られる、イギリス児童文学を代表する作家、ロバート・ウェストール。短編の名手としても知られたウェストールの全短編の中から選びぬいた18編のうち、9編を収めた珠玉の短編集です。
この中で一番興味深かったのは「吹雪の夜」の次の一節です。私の前ブログのストロースの『サンタクロウスの秘密』と見事に符号しますね。
「クリスマスも、ぼくには裏が見えていた。あれはもともと、異教のユールという祭りでそれをキリスト教会が不運な異教徒たちからかすめとったのだ。クリスマスツリーはドイツの森の神のシンボルで、十九世紀にヴィクトリア女王の夫君アルバート殿下がイギリスにもちこんだものだ。クリスマスに飾るヤドリギだってドルイド教の魔法の植物だったのだし、そのほかのクリスマスのあれこれは、チャールズ・ディケンズが金もうけのために長々と書いた話がもとになっている。それ以来、人々はクリスマスを金もうけに利用してきた。すべて商業主義だ!…」(28,9頁)
ウェストールにのめり込むようになったのはそれから暫くして、劇作家の篠原久美子さんと親しく話していただくようになってからでした。当時編集代表をしていた「演劇と教育」の拡大編集委員にお願いしたところ、お忙しいにもかかわらず、躊躇なく快諾していただいたのです。
篠原さんや岩川直樹さんなども参加される編集会議後の呑み会は実に楽しいものでした。そうした場で「弟の戦争」はすでに篠原さんが脚色し、青年劇場で上演されていることを知りました。無知でした。篠原さんからさらにウェストールの『海辺の王国』の素晴らしさが語られました。この時点で彼女はほとんどのウェストール作品を読んでいたようでした。
2回目の迂闊さは、篠原版「弟の戦争」がつい最近上演されたのでした。今回も見逃してしまったというわけです。
●劇団俳小第42回本公演『弟の戦争』
原作:ロバート・ウェストール
翻訳:原田勝「弟の戦争」(徳間書店刊)
脚色:篠原久美子(劇団劇作家)
演出:河田園子(演劇企画joko)
2016年12月7日(水)~2016年12月11日(日)
ネット検索しているとき、翻訳者の原田勝さんのブログを発見しました。「弟の戦争」はなんと4回目の上演ということになるというのです。
●原田勝氏のブログ「翻訳者の部屋から」より
(前略)
じつは、この作品の舞台化は4度目です。
2004年の青年劇場による『GULF ─ 弟の戦争』、2005年の劇団うりんこによる『弟の戦争 ─ GULF ─』、2008年の桜美林大学パフォーミングアーツプログラムによる『弟の戦争』、そして今回の劇団俳小による『弟の戦争』です。
(中略)
青年劇場の舞台は観ましたが、篠原久美子さんの脚本は、わたしの翻訳した文章をかなり忠実にせりふにとりいれているので、客席で聴いていると、とても不思議な、そして背筋がぞくぞくする気持ちになったのを覚えています。
うりんこの舞台(鐘下辰男さん脚本)はビデオで観ましたが、こちらは原作をデフォルメしてあり、舞台装置は終始鉄パイプで組んだ足場のようなものだけ、という、抽象性の強い舞台でした。
今回の脚本も、また、篠原さんなので、わりと原作に忠実な舞台になるのではないかと思います。いずれにしても、ウェストールの原作から、原田の翻訳、そこから、それぞれの脚本家の方の手をへて、活字の世界が舞台上の人間の動きや声に転化するというプロセスを思うと、感慨深いものがあります。
はてさて、ウェストールの話に戻しましょう。
あの編集会議後の呑み会を契機に私のウェストール詣でが始まりました。ブックオフなどで手に入れては1冊1冊読み進めました。そして翻訳本の半分以上は読んだことになります。
どんな作品があるのか並べてみます。
●ウェストール作品(徳間書店を中心に)
『海辺の王国』 1994年 ガーディアン賞受賞 坂崎麻子訳
1942年夏、空襲で家と家族を失った12歳の少年ハリーは、イギリスの北の海辺を犬と共に歩いていた。さまざまな出会いをくぐり抜けるうちに、ハリーが見出した心の王国とは…?「児童文学の古典となる本」と表された晩年の代表作。(The Kingdom of the Sea)
『クリスマスの猫』 1994年 ジョン・ロレンス絵/坂崎麻子訳
1934年のクリスマス。おじさんの家にあずけられた11歳のキャロラインの友だちは、身重の猫と、街の少年ボビーだけ。二人は力をあわせ、性悪な家政婦から猫を守ろうとするが…。気の強い女の子と貧しいけれど誇り高い男の子の、「本物」のクリスマス物語。(The Christmas Cat)
『弟の戦争』 1995年 原田 勝訳
人の気持ちを読み取る不思議な力を持ち、弱いものを見ると助けずにはいられない、そんな心の優しい弟が、突然、「自分はイラク軍の少年兵だ」と言い出した。湾岸戦争が始まった夏のことだった…。人と人の心の絆の不思議さが胸に迫る話題作。(Gulf)
『猫の帰還』 1998年 スマーティー賞受賞 坂崎麻子訳
出征した主人を追って、戦禍のイギリスを旅してゆく黒猫。戦争によってゆがめられた人々の生活、絶望やくじけぬ勇気が、猫の旅によってあざやかに浮き彫りになる。厳しい現実を描きつつも人間性への信頼を失わない、感動的な物語。(Blitzcat)
『かかし』 2003年改訂版 カーネギー賞受賞 金原瑞人訳
継父の家で夏を過ごすことになった13歳のサイモンは、死んだパパを忘れられず、継父や母への憎悪をつのらせるうちに、かつて忌まわしい事件があった水車小屋に巣食う「邪悪なもの」を目覚めさせてしまい…?少年の孤独な心理と、心の危機を生き抜く姿を描く、迫力ある物語。(The Scarecrows)
『禁じられた約束』 2005年 野澤佳織訳
初めての恋に夢中になり、いつも太陽が輝いている気がした日々。「わたしが迷子になったら、必ず見つけてね」と、彼女が頼んだとき、もちろんぼくは、そうする、と約束した…でもそれは、決して、してはならない約束だった…。せつなく、恐ろしく、忘れがたい初恋の物語。(Promise)
『青春のオフサイド』 2005年 小野寺 健訳
ぼくは17歳の高校生、エマはぼくの先生だった。ぼくは勉強やラグビーに忙しく、ガールフレンドもでき、エマはエマで、ほかの先生と交際しているという噂だった。それなのに、ぼくたちは恋に落ちた。ほかに何も、目に入らなくなった…。深く心をゆさぶられる、青春小説の決定版。(Falling into Glory)
『クリスマスの幽霊』 2005年 坂崎麻子・光野多惠子訳
父さんが働く工場には、事故が起きる前に幽霊が現われる、といううわさがあった。クリスマス・イブに、父さんに弁当を届けに行ったぼくは、不思議なものを見たが…? クリスマスに起きた小さな「奇跡」の物語。作者ウェストールの、少年時代の回想記を併録。
(The Christmas Ghost)
『"機関銃要塞"の少年たち』1980年、越智道雄訳、評論社、(Machine Gunners)
『ブラッカムの爆撃機』1990年、金原瑞人訳、福武書店
『ブラッカムの爆撃機-チャス・マッギルの幽霊・ぼくを作ったもの』2006年、金原瑞人訳、岩波書店
『水深五尋』金原瑞人・野澤佳織訳、岩波書店、2009年
『ゴーストアビー』金原瑞人訳、あかね書房、2009年
つい最近手に入れたのがウェストール短編集『真夜中の電話』(もう1冊の短編集に『遠い日の呼び声』野沢佳織訳)です。大人の鑑賞にも十分堪えられる作品集です。彼は「短編の名手」に違いありません。
●ウェストール短編集『真夜中の電話』R・ウェストール、原田勝訳、徳間書店、2014年
〔扉〕
年に一度、真夜中に電話をかけてくる女の正体は…?(「真夜中の電話」)
恋人とともに、突然の吹雪に巻きこまれ、命の危険にさらされた少年は…?(「吹雪の夜」) 戦地にいるお父さんのことを心配していたマギーが、ある日、耳にした音とは…?(「屋根裏の音」)
「海辺の王国」「弟の戦争」などで知られる、イギリス児童文学を代表する作家、ロバート・ウェストール。短編の名手としても知られたウェストールの全短編の中から選びぬいた18編のうち、9編を収めた珠玉の短編集です。
この中で一番興味深かったのは「吹雪の夜」の次の一節です。私の前ブログのストロースの『サンタクロウスの秘密』と見事に符号しますね。
「クリスマスも、ぼくには裏が見えていた。あれはもともと、異教のユールという祭りでそれをキリスト教会が不運な異教徒たちからかすめとったのだ。クリスマスツリーはドイツの森の神のシンボルで、十九世紀にヴィクトリア女王の夫君アルバート殿下がイギリスにもちこんだものだ。クリスマスに飾るヤドリギだってドルイド教の魔法の植物だったのだし、そのほかのクリスマスのあれこれは、チャールズ・ディケンズが金もうけのために長々と書いた話がもとになっている。それ以来、人々はクリスマスを金もうけに利用してきた。すべて商業主義だ!…」(28,9頁)