平御幸(Miyuki.Taira)の鳥瞰図

古代史において夥しい新事実を公開する平御幸(Miyuki.Taira)が、独自の視点を日常に向けたものを書いています。

天の狐

2014-11-05 20:32:13 | 古代史と聖書
 昨日の4日に書いた背中の気持ち悪さ。驚くことに、同じように気持ち悪さを訴えた人がSNSメンバーに2人もいました。明らかに何かが蠢(うごめ)いています。

 僕が古代史で引用している、斉藤国治著『飛鳥時代の天文学』に、古代中国の隋と唐で勉学して帰国した僧旻(そう・みん)の事が書かれています。僧旻は、もともとは朝鮮半島の倭国圏の出自で、新漢人(いまきのあやひと)日文として、推古天皇の時代に遣隋使に連なって大陸に渡っています。24年後の帰国後に、国博士(くにのはかせ)として任用され、天文現象についても博学を披露しています。

 舒明天皇9年(637年)2月23日に、次のような記述があります。

「大いなる音東より西へ流る。すなわち、音ありて、雷(いかづち)に似たり。時の人流れ星の音なりと言う。また地雷(つちいかづち)なりと言いき。ここに僧旻曰く、流れ星にあらず、こは天狗なり。その吠ゆる声、雷に似たるのみと」

 ここで出てくる天狗は、鼻の長い「てんぐ」ではなく「あまつきつね」と読みます。狗の字は「いぬ」とも読むので、昔は狐と犬はイヌで括っていたみたいです。『飛鳥時代の天文学』は続けて、僧旻の知識の源を紹介しています。『史記天官書』に天狗はこう書かれています。

「天狗はその状、大奔星の如く声あり。その下、地に止まれば狗に類す。堕つる所に及びこれを望めば、火光の如く炎々として天を衝く」

 また斉藤氏は、『晋書天文記』には妖星を18に分類し、彗星以下、蓬星まで、これが現れるときは「天子亡、大人凶、兵大いに起こる、大水、大旱、五穀不収、人相食(ひとあいは)む」という災いが起こると書いています。人相食とは人が人を食べることです。

 斉藤氏の執筆当時は、隕石が地球に与える衝撃が理解されていなかった時代で、『史記天官書』にある天狗は、都市や国を熱で滅ぼす巨大隕石の空中爆発なのだと思います。以前にも書きましたが、『地球ドラマチック ツタンカーメンのガラス』の中に、地表の砂や岩石が高熱でガラスになった大災害の痕跡が紹介されています。

 地表がガラスになる隕石落下は核兵器の熱量と同じで、当然のように天を焦がすキノコ雲が発生します。天狗とは核兵器クラスの隕石落下を指していたのです。隕石落下の衝撃音と爆発の時の音が、遠くでは狗(きつね)の声に聞こえた。

 ここまで書くとわかりますが、古代に隕石落下は凶星の一つで、それは聖書のサタンの記述と同じだと分かります。『イザヤ書』14-12にはこうあります。

「暁の子、明けの明星よ、あなたは天から落ちてしまった」

 また、『ルカによる福音書』10-18にはこうあります。

「わたしはサタンが雷光のように落ちるのを見た」

 西日本各地で火球が見られたのは3日の午後6時ころ。この後に僕の体調が悪くなり、次の日にはアドマイヤラクティが突然死。しかも、読者2人が背中に気持ち悪さを訴えています。一人は心臓が苦しいとまで。敏感な人は隕石落下の数日前から背中が痛かったとか。

 ここまで来ると、この火球は災いをもたらす徴(しるし)と見て良さそうです。サタンは既に地に落とされていますから、サタンの眷属の大物が地に落ちてきたのでしょう。『ヨハネの黙示録』に出てくる獣かもしれません。

 これからサタンが本格的に世界を滅ぼす徴なのだと思います。神社に参拝して自己満足しているようでは救われません。ただ雷が落ちるだけ。神社参拝して効果のある人は、日常的にサボらないで神の勤めを果たしている人だけですから。普段サボっていて、神社に参拝するときだけ特別だと思う人は神から見るとただの御都合主義者です。

 ブログのコメントをサボらない。SNSでの活動をサボらない。毎日何かしらミッションをこなす。ちゃんと毎月の十分の一を収め、収められない人は活動で穴埋めする。そういう人は、神社に参詣しても何も祈る必要はなく、ただ無心になれば良いのです。イエスも「あれこれ祈るな」と注意しています。今までに参詣して祈ってきた人は、ちゃんと聖書を読むように。

    エフライム工房 平御幸
コメント (23)
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