「いやあ-、和服姿はいいですねェ」
突然後ろから声をかけられた。
振り返ると、70代半ばくらいの紳士である。
「あ-、ありがとうございます」
「私の母親が着物好きでしてねェ。そのせいか、私も好きでよく着るんですよ。」
「え-っ、そうですか。それは嬉しいですね。」
「その着物の色と道行の色がよく合っていますなァ。絶妙ですわ!」
「ありがとうございます」
*道行:着物の上に羽織る半コートのようなもの。
「和服は日本の文化ですよ」
「はい!そうですねェ!」
「では」…. そう言って紳士は去って行った。
この時は、某先生の名誉師範拝受祝賀茶会に賀客としておよばれされていたのだ。
賀客としては、精一杯の祝意を装いで表さねばならない。
しかし、張り切りすぎてはいけない。微妙な加減が必要なのだ。
主役を引き立たせつつ、自分もちょっとは光りたい。
そんな思いで選んだのが、この一揃いである。
一つ紋の色無地の着物に、牡丹唐草金襴の帯である。
当日は、この上に赤茶の道行を着用していた。色合わせが「絶妙」とお褒め
頂けたのは嬉しいことであった。
そう言えば、長女誕生の折だが、御年90のおばあちゃまが、お祝いに来て
下さった。その方は、私が生まれた時からのことを知っていて、「養女に」
とまで言って下さった方だ。
ご高齢にもかかわらず、すっきりと着物を召され、その上に黒紋付きの羽織を
重ねておられた。
その時には、気品のある素敵なお姿だなァと感じたのだが、今ならば、きちんと祝意を
装いに表して下さっていたのだと、よく理解できるのである。
そして、その方の年輪が感じられる装いは、そう簡単に出来たものではないだろうと、
想像がつくようになったのである。
「ロ-マは一日してならず」、「着物姿は一日にしてならず」である。