徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第七話 危険を招く男)

2005-10-02 23:20:00 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 城崎が眼を覚ました時、一瞬そこが何処なのか見当もつかなかった。
眠っている間中、遠くの方で声がしているような気がしたが、思ったよりすぐ近くに三人はいた。

 「もう…無茶だよ隆ちゃん。 喧嘩弱いくせに。 」

 「そうそう。 僕らがメールに気付かなかったらどうするつもりだったのさ?
ほらこっち向いて。 」

 声のする方へ顔を向けると、雅人が隆平の唇の傷を治療しているところだった。
片手で顎を支えながら、もう一方の手を当てている。

 「だって…ほっとけなかったんだ。 思わずバス降りちゃった。 
でも…ふたりとも強いね。 喧嘩してるとこ始めて見たけど。 」

 「だろ? 隆ちゃんが来る前は高等部でもよく喧嘩騒ぎがあったんだ。
僕ら負けたことないもんな。

 だけど修さんの高等部時代はもっと凄かったんだってさ。 
宇佐さんの話じゃ、ひとりで200人に向かってったとか言ってた。 」

 冗談だろうけど…と透が笑った時、隆平の傷が全部消えた。
雅人が隆平の顔から手を離した。

 「いいよ。 隆平。 ほか殴られたところは? 腹とか大丈夫? 」

 「大丈夫。 何処も痛くないから。 有難うね…雅人。」

 傍から見ていると隆平は大きいお兄さんふたりに挟まれた弟のように見えた。
城崎が起き上がったので、三人はいっせいに彼の方へ顔を向けた。

 「大丈夫か? 一応治療はしておいたけど…。 」

雅人が訊くと城崎は頷きながらいった。

 「有難う。 悪かったな…迷惑かけて。 こんなつもりじゃなかったんだ。 」

城崎は栗イガ頭を掻きながら、ふっと溜息をついた。

 「きみたちずっとここに? 俺についていてくれたとか…? 」

三人は意味ありげに顔を見合わせてにたっと笑った。

 「それもあるけど僕ら外で力を使っちゃったから閉じ込められてるわけ。
宗主のお小言待ちなんだ。 
宗主が仕事から戻ってくるまで晩飯もおあずけさ。 」

雅人がそう言った時、襖の外で西野の声がした。

 「宗主がご帰宅なさいました。 座敷でお待ちです。 」

 「そら来た。 覚悟しなよ。 怖いぞ。 」

透が城崎を脅かした。



 座敷の襖が開けられた時、城崎は今まで経験したことのない強大な力を感じて一瞬足が止まった。押しつぶされそうな圧迫感を覚えた。

 怖い宗主というからには鬼のようなお祖父さんを想像していたのだが、待っていたのは穏やかそうなお兄さんだった。
 透や雅人と同じく背の高い男で、さすが名家の宗主と思わせるような上品で端正な顔をしていた。
 とても怖そうには見えないのだが、透たちは慌てふためいて彼の前に正座した。
城崎もそれに従った。

 「何か申し開くことがあるか? 」

宗主は静かに問うた。

 「ありません。 申しわけありませんでした。 」

 三人は手を突いて頭を下げた。城崎は呆気にとられた。
自分は生れてこのかた親兄弟にこんなふうに頭を下げたことなど一度もなかった。

 「城崎くん…怪我は大事無いかな? 」

平伏して謝罪する透たちの姿をぼけっと見ていた城崎に宗主は訊いた。

 「危ないところを助けて頂き有難うございました。
先ほど雅人くんに治療をしてもらいました。 」

城崎も出来るだけ丁寧に例を言った。

 「そうか。 ところで城崎くん。 きみはなぜ追われていたの? 
きみは人助けをしていたのではなかったのかい? 」

 宗主は不思議そうな顔をして訊ねた。
始まった…と透たちは思った。

 「…騙されたんです。 

 普通の家庭の主婦みたいな人から行方不明のご主人を探して欲しいと依頼されて、ご家族がすごく困っているようなので受けました。
 
 ところが2~3日したらその女性が殺されたらしいって記事がテレビや新聞に出てて…やばいって思ったから指定先に連絡せずに黙ってたんです。 
 
 そうしたら突然やつらが襲ってきて…。 」

 城崎は事情を説明した。
なるほど…と言うように宗主は頷いて見せた。

 「まあ連絡していたとしても結果は同じだったろうね。
きみは口封じのためにやつらに狙われることになっただろうよ。

 いくら力があってもきみは自分ひとり護ることが出来なかったわけだ。 」

宗主の言葉に城崎は項垂れた。

 「確かにきみは少しは周りにも気を使っているようだ。

 勧誘して断られた一族については口を閉ざし、マスコミにも一言も語ってはいない。 他の一族に迷惑をかけまいとするきみの配慮からだろうが…。

 残念ながらその配慮は役に立ってはいないね。

 現にきみが勧誘したためにきみを知ってしまったこの連中は、関わるなという宗主命令を無視してきみを助けに行ってしまった。 それだけでも大迷惑だ。 」

宗主が三人を一瞥すると三人は顔を伏せた。

 「きみの正義感を利用して悪巧みをする者がこれから先もどんどん現れてくる。
仕掛けもどんどん巧妙になってくる。 

 自分自身をさえ持て余しながら、仲間や関わってしまった人たちをどうやって護っていくつもりなの?

 きみには家族やそうした人々を護り通さなければならない責任があるんだよ。
それだけのことをしてしまったんだから。 」

 えっ?と城崎は思った。
自分はただ人助けをしようとみんなに呼びかけただけで、誰にも無理強いはしていないし、みんな自由意志で参加しているのに?

宗主は彼の心を読み取ったのか窘めるように言った。

 「何かを立ち上げてそのリーダーを務めるならそのくらいの覚悟が無くてはね。
 
 それができなければ、誰かを巻き込むことなく、きみはきみひとりだけで動くべきなんだよ。 

 それ以前に家を背負うものは家を危険に晒すようなまねは極力避けなくてはね。
きみの父上がどれほどの力をお持ちかは知らないが、ご実家も無事では済まなかったろうね。 
 やつらの手が及んでいると考えて間違いないよ。 」

 あっと城崎は思った。家のことなんて考えてなかったが、自分が襲われたということは城崎の家にも何らかの被害があったに相違ない。
城崎は初めて自分の行動が他の人に及ぼす影響の大きさを考えた。

 「まあ…相手が末端のチンピラ程度で幸いと言えば幸いだった。
これが大きな組織や国家相手となると、とてもじゃないが手の打ちようがない。

 特殊な力を世間に晒すということは常に命の危険と隣り合わせなのだということを念頭においておきなさい。 」

 宗主はそう言ってじっと城崎の目を見つめた。
城崎は目を逸らさずにはいられなかった。
骨の髄まで見通されているような気がしてどうしても視線を合わせられなかった。

 いつも父親から小言を言われてきたけれど反発して聞き入れもしなかった。
それは親子の間で遠慮がないからでもあったが、城崎はこの宗主に得体の知れない恐怖めいたものを感じて反発する気力さえ沸いてこなかった。

 畏怖と言うべきかも知れないが、やはり恐怖と言った方があっているような気がした。
 城崎の一族にはこれほど他を圧迫するような力を持った人はいない。
宗主はただのお兄さんではなかった。

 「慶太郎。 後始末は終わったのだろうな? 」

宗主は控えている西野に問うた。

 「勿論でございます。 透さんたちのことだけではなく、すべて白紙に戻してまいりました。 」

西野は手抜かりのないことを宗主に伝えた。  

 「ご苦労だった。 お前たち慶太郎に感謝しろよ。 
長老衆には通りすがりにやくざに絡まれて仕方なく…と言い訳しておけ。
二度は許さんぞ。

さてと…今回の罰。 今月残りと来月中デート禁止。 まっすぐ家に帰って来い。分かったな。 以上! 」

 三人は天を仰いだ。
誤魔化しの効かない彼女たちへの言い訳に苦慮するだろう三人を尻目に宗主は座敷を後にした。

 城崎は紫峰家で夕食も与えられ、西野の護衛で自宅のマンションまで送られた。
帰り際に西野からすべて片が付いているので安心するように言われた。

 マンションの自室へ戻ってやっと一息ついた城崎は紫峰での出来事を思い出そうとして愕然とした。

 マンションまで確かに送ってくれたはずの男の名前も顔も分からない。
世話になったはずの屋敷の内部の様子も覚えていない。

 宗主に会ったことは夢ではなく、宗主の話は覚えているものの、宗主の顔が全然思い出せなかった。 
 
城崎は紫峰の底知れない力にぞっとした。

 宗主の話はひょっとしたら警告の意味もあるのではないか?
これ以上紫峰に近づくなということなのか?

 若い城崎は宗主の言葉を必要以上に勘繰り始めた。
何としても紫峰に睨まれる事だけは避けたいと思った。

その勘繰りがよりいっそう危険を招く結果になることを知るよしもなかった…。 




次回へ














最新の画像もっと見る

コメントを投稿