徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第六話 トラブル発生)

2005-10-01 23:24:30 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 西野の報告を聞いて、修が城崎の一族に対してどういう感情を抱いたかは分からないが好意でないことは確かだった。

 少なくとも修なら息子を野放しにするようなことはしない。
紫峰や藤宮にとってその力を世間に晒すことは、若いから経験が浅いからで済まされるような生易しい問題ではない。

 両一族の子どもは幼い頃から一族の存続に対する責任を嫌と言うほど叩き込まれて育つ。
 幼くして親を失った修でさえ紫峰の戒律に則って自らを律して生きてきたし、透たちに対してもその指導を怠らなかった。

 何をしても後から力を使って揉み消せば済むというような考え方では必ずどこかで不都合が生じる。
 先ずは徹底した予防に努める。揉み消すのは最後の最後。最善を尽くしてからの最終手段だ。

 修は城崎の父親の話を聞いても警戒を緩めるどころかますます徹底した監視と指導を呼びかけた。



 
 孝太がやって来たのは夏の暑い盛りだった。
隆平が世話になっている紫峰家のために、数増が作った米だの野菜だの漬物だのを車に詰め込み、隆平のためには孝太の手作りの菓子類を売るほど箱詰めにしてまるで季節はずれのサンタクロースのように大荷物担いで紫峰家に現れた。

 「いやあ本当にお久しぶりで…。 
隆平がお世話になりっぱなしで申し訳ないことです。 」

にこにこと機嫌よく笑いながら孝太は言った。

 「孝太兄ちゃん。 姉ちゃんと赤ちゃんは元気? 」

 隆平は先ずそのことを訊ねたかった。紫峰に引き取られた隆平に、いつでも遠慮せずに帰ってこいと言ってくれた孝太の嫁さんが去年の暮れ女の子を産んだのだ。

 「おお…元気だ。 俺よりおまえにそっくりだで見てみい。 ほれ。 」

 孝太は母親に抱かれた子どもの写真を見せた。隆平の齢の離れた妹は本当に隆平そっくりでみんな大笑いした。

 「ねえ孝太さん。 手紙に書いてあった用事は済ませたんですか? 
今夜はここに泊まって頂けるのでしょう? 」

修がそう訊くと孝太は恐縮して言った。

 「用事は済ませたんです。 だいぶ前にこっちに知り合いが店を出しましてね。いっぺん訪ねていこうと思ってたところへ女房が出産だったもんで。
ここんところやっと落ち着いたんで会いに行ってきたんですよ。 」

 「じゃあぜひ。 そのつもりで待ってたんですから。 
もうじき彰久さんや史朗ちゃんも会いに来ますよ。 」

 修が手招きするとはるが飛んできて用事を伺い奥へ合図をした。
母屋の給仕が家族だけの時はあまり使わない来客用の洋間を整え、テーブルをセッティングし、はるの号令下、あっという間にパーティの用意が整った。

 隆平は久しぶりの父親との再会がよほど嬉しいらしく笑顔が絶えなかった。
そうこうしているうちに彰久と史朗が到着し、従兄弟にあたる孝太との久々の再会を喜び合った。

 いつもは作って出すのが仕事の孝太も紫峰家で用意した料理に舌鼓を打ち、興味を持った料理について給仕に訊ねたりもした。
 和やかな雰囲気の中、みんな満足げにそれぞれの会話を楽しみ、歓迎会を企画した雅人も透も大満足でその輪の中に参加していた。



 母屋の賑やかさとは別世界のように離れは静かなままだった。
パーティに参加しないかと透たちから誘われていたのだが、このところ食欲がなく、なんだか気分がすぐれなくて身体が妙にだるかったりするので、せっかくだけれどもと丁寧に断った。

 宴もたけなわという頃に、誰かが襖の向こうに立っているような気がした。
その人は声をかけるべきかどうか迷っているようにも感じられた。

 「どなたさんです? 」
 
鈴は自分から声をかけた。

 「修だけど…。 」

 鈴は驚き慌てて襖を開けた。
小さな紙の手提げ袋を持った宗主が立っていた。

 「宗主…皆さんとご一緒じゃなかったんですか? 」

不思議そうな眼をして鈴は修を見た。

 「体調が悪くて来られないと聞いたので…これを…孝太さんの手作りの菓子だ。
食べられたら少しでも口にしたほうがいい。 」

 かなり体調が悪いのか鈴の顔色が優れないことに修は気が付いた。
それでも修に声をかけてもらったのがよほど嬉しかったのか満面の笑みを浮かべて袋を受け取った。

 「お心遣い有難うございます。 たいしたことはないのですけれど…。 」

 「顔色が悪いよ…。 ひどくならないうちに病院へ行っておいで。 
治療師のところでもいい。 」

それだけ言うと修は母屋の方へ戻っていった。

 鈴はその小さな紙の手提げ袋を覗いてみた。
鈴が一口でも食べられるような可愛らしい菓子ばかりが選んであった。

 これを修が選んだのだとしたら男なのに随分細かい心遣いをする人だと思った。
多分はるが詰めてくれたのだろうけど鈴は修が選んでくれたのだと思いたかった。




 史朗が紫峰家に呼ばれて先に帰っていったあと、ひとり会社に残って残業をしていた笙子は下から上がってきた何枚ものもの書類に目を通していた。

 史朗と一緒に紫峰家に帰っても良かったのだが、昼まで外を廻っていたためにチェックしておきたい書類が溜まっていた。
 後々を考えると出来るだけ今日中に済ませてしまいたかったので史朗に言付けだけしておいた。
 
 携帯の呼び出し音が、ひとりだけの部屋に響いていつもより大きく感じられた。
戸惑ったような修の声が聞こえた。

 「修? どうしたの? 歓迎会の途中でしょ? 」

 『鈴の様子が妙なんだ。調子が悪いと聞いたので様子を見に行ったんだが…。』

 慌てている様子はないものの、少々困惑気味のようで修にしては珍しいことだと笙子は思った。

 『僕の思い違いかも知れないけれど…病気ではないような気がして…。
本人もまだ気付いていないようなんだが…。』

 「それは…でもあなた覚えはないのでしょう? 」

 『覚えがあったら驚かないよ。 』

それはそうだわ…と笙子は頷いた。

 「いくらあなたでも男の口からは訊けないわねえ…。 分かったわ。
近いうちにそちらへ帰るわ。 私が訊き出して対処するから心配しないでね。 」

 携帯を切ってしまうと笙子は大きな溜息をついた。
修が良く気付いたものだわ…と感心した後で、それが藤宮の力でもあることに思いあたった。 

 修には紫峰の力の他に先祖の血によって藤宮の力が備わっている。
藤宮には女に関する業が多いため、藤宮の男は普通の男なら気が付きもしないような女性の些細な変化にもわりと敏感に反応する。

 修もいつもならまったく気付かなかったかも知れないが、半年くらい前まで、子を授かってから失うまでの過程をずっと見ていた経緯もあって藤宮の血が疼いたのだのだろう。 
 
 取り敢えず何とかしなきゃね…もうそんなに時間的な猶予はないかもしれないし…。笙子はそう呟くともう一度溜息をついた。




 孝太は翌日にはみんなに歓迎してもらった礼を何度も言いながら帰っていった。
もっとゆっくりしていくように修が勧めたのだが、何日も店を閉めてはおけないからと丁重に辞退した。

 今年の鬼遣らいにはまたみんなで村に来て、ぜひ祭祀に参加してくれるようにと頼んでいった。
 この頃では妹の加代子が祭祀を覚えて手伝っているらしいが、参列者が大勢いた方が観光効果があがると役場から言われたのだそうだ。
 
 隆平は名残惜しそうに孝太の嫁さんと赤ちゃんへのお土産を渡していた。
彰久や史朗からの土産や修が用意させたものなどをまた車に詰め込んで、孝太は機嫌よく紫峰家を後にした。




 帰宅途中のバスの窓から何気なく外を見ていた隆平は、一瞬目の前を通り過ぎた光景にあっと思った。
 
 通りすがりの公園の近くで城崎が何人かの男に追われていたように見えた。
次のバス停は透や雅人の大学があるところだから、あれは城崎に間違いはない。
どうしようかと迷ったがついバスを降りてしまった。

 さっき見た公園へ向かいながら隆平は透や雅人にメールした。
気が付いてくれればいいけど…と思いながら。

 公園に着くとそっと辺りを見回したが城崎の姿は無かった。
代わりに変な男たちがうろうろしていて、隆平の姿を見ると近づいてきた。

 「おい。 おまえ。 城崎の仲間か? 」

 隆平に近づいてきた男はこちらの返事も聞かずいきなり殴りかかってきた。
隆平は辛うじてかわしたが随分と気の短そうなそうなやつらだった。

 「何なんですか! 城崎って誰のことです? 」

隆平は大声で訊いた。

 「捜し物やってる奴だよ! テレビに出てる奴。 ほんとに知らねえのか? 」

 「知りませんよ。 僕…通りかかっただけだし。 」

 男はじっと隆平を見ていたが、他の男たちを手招きすると偉そうに言った。
手下らしき男たちが一斉に駆け寄ってきた。

 「おい。 俺たちのことをしゃべらねえようにこいつ締めとけ!
俺は城崎を捜す。 」

 命令された男たちは次々と隆平に襲い掛かってきた。
隆平は逃れようとしたが相手は喧嘩のプロ。簡単には逃げられそうもなかった。
 力を使って化け物と戦ったことはあっても、争いごとの苦手な隆平は人間とは口喧嘩もあまりしたことがない。
一方的に殴られたことはあっても殴り合いなんてしたことがなかった。

 命令した男は背後で手下が隆平を痛めつけようとしているのを見てにやっと笑い、意気揚々と公園を後にしようとした。

 が…目の前に突然どでかい男がふたり現れて怯んだ。

 「なんだぁ! てめら何か用か! 邪魔くせぇ! そこぉどきやがれ! 」

 男はいきなり拳を上げて殴りかかった。
男の拳が届く前に大きい方の男が蹴りをかました。
男は吹っ飛んで手下の前に惨めな姿を晒した。

 手下たちは隆平を締めるどころではなくなった。
親の面目を潰されて怒りいきり立った手下たちはでかい男たちに飛び掛った。
 しかしでかい男たちはそれをものともしなかった。
あっという間に親同様そこらに転がされることになった。

 「野郎! よくもやりゃがったな! ぶっ殺してやる! 」

男たちの手に刃物が光った。

 「怪我をしないうちに物騒なものは収めた方がいいぜ。 」

 ちょとだけ低めの大男が笑いながら言った。
最初に吹っ飛んだ男の手には銃があった。

 「馬鹿かてめえ! 銃に敵うか! あぁ~? 死ねや! 」

 引き金を引いた途端、銃が暴発し、刃物は持ち主の言うことをきかず仲間同士を切りつけた。やがて強面のお兄さんたちは自滅した。

 「隆平。 大丈夫? 」

透が隆平に駆け寄った。

 「大丈夫。 急所はずしてたから。 」

 隆平は唇を切っていたがたいしたことはないようだった。
最初から周辺には障壁が張っておいたが雅人は急いで男たちからも記憶を消した。

 「誰かが気付くと面倒だから早く退散しようぜ。 」

 「待って城崎が近くにいるはずなんだ。 怪我をしてるかも知れない。 」

 急かす雅人に隆平は言った。
三人は気配を追った。 公園から少し離れたところに城崎の気配を感じた。
周りに新しい障壁を張りながら、城崎の気配のする方へ急いだ。

 狭い路地の片隅に城崎は身を潜めていた。
かなり怪我を負っているようで顔色が真っ青だった。

 「大丈夫か…城崎くん? 」

透が声をかけた。

 「大丈夫…じゃねえよ。 俺…まあまあ力はあるけど…喧嘩は苦手で…。 」

 今にも気を失いそうだ。三人は戸惑った。
ほっておけば命に関わるが、連れて帰れば宗主の怒りをかうかも知れない。
それに第一動けない男をどうやって運ぶというのか…。

 家では運転もするが登下校には車は使ってなかった。
人ひとり屋敷まで運ぶには車が必要だ。

 「どうする? 」

 三人が立ち往生していると路地の中へ誰かが急ぎ近づいてきた。
西野が血相変えて飛んできたのだった。

 「何という無謀なことをするのですか? さあすぐにここを離れましょう。 」

 「あ。 やっぱりバレた。 ねえこいつ運びたいんだけど。 」

雅人が城崎を指差した。西野は一瞬引いたが分かったというように頷いた。

 「仕方ありません。 連れて行きましょう。 」

 西野がOKすると雅人が軽々と城崎を抱えあげた。
城崎の血の跡を隆平が消した。

 急いで城崎を車に押し込むと三人を乗せて西野は車を走らせた。
しばらく行った所で雅人は公園と路地の障壁を解いた。

それまで彼らがそこにいたという気配をもきれいさっぱり消した後で…。






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