徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第二十三話 散々なクリスマスイブ)

2005-10-29 23:11:20 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 調度品の整えられた高級マンションの一室の真新しいベッドに腰を下ろして史朗は呆然とあたりを見回した。
これは夢かと思ってしまいそうな状況に置かれておおいに困惑していた。

 笙子と修が史朗を連れてマンションの下見に行ってからそんなに日も経っていないというのに、ここがもはや史朗の住いになってしまったのだ。
 笙子は前のマンションを惜しげもなく売りに出し、史朗も成り行きで前の賃貸マンションからここに引っ越す羽目になった。

 修と笙子が新しいマンションを購入しようがしまいがそんなことは自分にはいっさい関わりのないことだと思っていたのに、いつの間にか史朗も一緒に暮すと言う話が出来上がっていて、それを断りきれずに今に至ってしまった。

 だってもし史朗ちゃんがパパなら子どもと一緒に暮すのが当然でしょ…と笙子に言われたような…。

 引越しの仕度も段取りも何もかもが手配済みで他人任せで、何ひとつしないままに身ひとつでここに移動しただけで、未だに実感が湧いてこなかった。

 だけど本当は…これは史朗がもっとも避けたい状況だった。
笙子と一緒に暮せば、その分、離れて暮している修の嫉妬をかう虞があるし、どこか自由を束縛されてしまうような息苦しさがついてまわる。

 今となっては…笙子の御腹の子が修の子であることを願うしかなかった。
子どもが欲しいのは史朗も同じだが、それは二番目でも三番目でもかまわない。
最初の子どもさえ修の子であってくれれば…。

 まあ…子どものことは自分ではどうにもできないことだから、取り敢えずは木田史朗はふたりに囲われている身ではなく、ちゃんと独立して生計を立てている人間なのだということを忘れられないようにしないと、このままでは本当に周りから寄生虫扱いされかねない。

せめて生活費だけでも受け取ってもらおう…と史朗は考えた。



 クリスマスを目前に鈴が離れに帰ってきた。
調子は万全ではないが点滴をするほどではなくなったので一旦帰宅を許された。
 はるによって模様替えされた部屋は、以前のようなよそよそしい感じではなく、彼女もまた家族として受け入れられつつあるような温かい雰囲気で迎えてくれた。

 未だに宗主の顔を見れば胸の高鳴りを覚える鈴だが、雅人の子を宿した以上はもはや宗主との縁はないに等しく、今になっての宗主の優しさが恨めしくもあった。

 鈴は黒田の姉の子だが黒田の姉自身はすでに亡くなっており、実家には父親と後妻、後妻の連れ子が居て別に邪険に扱われるわけじゃないが何となく戻りづらい立場だった。

 それゆえ紫峰家が鈴をそのまま受け入れてくれたことにはどれほど感謝してもしたりないとは思ってはいたのだが、雅人も何年か先には真貴と一緒になるだろうし、そうなれば相手が宗主から雅人になったというだけで、ただの囲われ者であることには変わりない。
やっぱり自分はそういう運命からは逃れられないのだと鈴はふと侘しさを感じた。

 

 修練中の城崎を除いて、冬休みに入った子どもたちはみなクリスマス・年末のアルバイトに大忙しでほとんど夜まで働きに出ていた。

 別にアルバイトにせいを出さなくても彼らはお金には困らないのだが、修はできるだけ自分たちで働いて稼ぐという経験を積ませたいと考えていた。
 やがては進むべき道を選び、それぞれ社会へ旅立つ彼らの下地を今のうちに作っておいて欲しいと思っていた。

 修自身は財閥管轄圏の外へ働きに出たことはないが、まだ幼い時分から財閥内での仕事を貴彦の指導で段階的に受け持たされてきたし、この厳しい叔父の許で大学生の時にはすでに叔父の代理を務められるほどに鍛えられた。
その後の二年間の留学はいわば褒美のようなものだ。

 透たちは働くことを全く嫌がらなかったし、むしろ自分から進んで仕事を見つけてきた。
 雅人と隆平に関しては働くのが当たり前のような環境に育っていたから何の心配もしていなかったが、お坊ちゃん育ちの透については育てた修の方がやや不安視していた。それでもよくしたもので透も不満ひとつもらしたことはない。

 透も他の子供たちも修の方針に従っているというよりは、それが自分の為であることを十分に理解しているようだ。

 イブから正月にかけてバイトの人員も手薄になるため、透たちも眼のまわるような忙しさで、ともすると警戒を怠りがちになっていた。

 CD&ゲームショップで働いている雅人はイブだというのに今夜は閉店時間AM2:00まで勤務があり真貴とは会えそうになかったし、透は喫茶店で夜中まで熱いカレカノを眺めながら真面目にお仕事の悲しいイブで、隆平だけはスーパーのレジ打ちなので何とか9時過ぎには店を出られそうだった。

 夜も更けてから雪が降り始め、イルミネーションの美しさと絶妙なコンビネーションで街はロマンチックなムードにあふれていた。

 1時過ぎに喫茶店を出た透は雅人の店の駐車場で車を降りようとしてふと時計を見た。
 今夜はふたりとも夜勤なので、閉店時間の早い透の方がCDショップに立ち寄って雅人を拾っていく約束になっていた。

 ちょっと早いけれど雅人の店で待っていればいいや…と思い車を降りた。
どこかで破裂音がしたと感じた瞬間、透の肩甲骨より少し上の辺りを何かが貫き、透はそのままその場に倒れ込んだ。

 何が起きたのか初めは分からなかったが、熱っ!という感覚の後から次第に痛みが襲ってきて自分が銃撃されたことに気付いた。

 『雅人…。』

 店から出てきたところでたまたま音を聞いた人が店へ飛び込み、従業員に警察へ連絡させた。

 雅人が急いでこちらに駆けて来るのが分かった。
雅人は全身の感覚をアンテナのように張り巡らせ、まだ敵が近くにいるかどうかを隈なく調べた。
 
 敵の気配は無かった。
おそらく他の人に気付かれたために早々に逃げ出したのだろう。

 「透! おい! 大丈夫か? 」

雅人が声をかけると透は頷いた。

 「肩…やられただけ。 痛いけど大丈夫。 」

 透は自分で起き上がった。
雅人は銃創にハンカチを当てるとその上から応急処置を施した。
撃たれるところを見られているので完全に治してしまうわけにはいかず、血を止め細胞の再生を促すにとどめた。

 救急車とパトカーが駐車場に到着した。
雅人は飛び出てきた店長に被害者が義理の兄弟であることを話して早引けさせてもらうことにした。
と言っても後は後片付けくらいしか仕事は残っていなかったのだが…。
そのまま雅人は透について救急車に乗った。



 電話が鳴り響いたとき史朗はすでに夢の世界にいたが、慌てて飛び起きて受話器をとった。
 新しいマンションも以前とあまり変わらない場所に建っているため、透が運ばれた病院に一番近いところにいる身内は笙子と史朗で、雅人は取り敢えず真っ先に史朗に連絡を入れたのだった。
史朗は笙子に急を伝えるとすぐに病院へ向かった。

 同じ頃、紫峰家でも警察と雅人から一度に連絡が入り、屋敷の中は俄かに騒然となった。
 警察から連絡が入ったとき修は何より透の怪我の状況を案じていたが、雅人がそこに一緒にいるのでひとまず安心した。

 笙子は倉吉に連絡を取り、透から事情を聞くなら倉吉か岬が担当するように手配させた。
予想に反して透が狙われたことは少なからず笙子を動揺させた。
 何故、もっとも弱い隆平ではなく、もっとも強い透を狙ったのか…透は相当に油断していたと思われるが、通常なら狙われていることに気付かない彼ではない。
 それに…また銃…? 
やはり能力者ではないのだろうか?
笙子の頭の中でいくつかの可能性がぐるぐると渦巻いていた。

 撃たれたのは透だが、狙われているのは依然として城崎であることに修は気付いていた。
 犯人は透を囮に城崎を誘き出す作戦に出たのだ。
このまま城崎が紫峰家に留まっている限り城崎を殺すことは不可能だ。
紫峰家の人が自分のために傷つくことを恐れるあまり、紫峰家から出てくるのではないかと考えたのだろう。

 城崎がまんまと罠にかかる虞があるために、修は透のことを雅人と史朗に任せることにした。

 これもまた異例のことで、我が子同然の可愛い育ての息子である透が怪我をしたというのにすべてを他人任せにするなど普段の修なら考えられない行動だった。

 それも城崎の身の安全のために仕方が無いと言えば無いのだが、車を用意しながら宗主の支度を待っていた西野は、平然と屋敷にいて子どもたちの帰りを待つという修の中に、どこか穏やかならざるものを感じていた。

 透を傷つけられて修がこのまま黙っているはずは絶対に無かった。
西野はその場に居合わせなかったが、冬樹を殺した相手に修がどう対処したかは長老衆も口を噤むほど…。

 まあ…その男はすでにこの世に存在しないはずの迷える魂で、悪霊とも思しき存在だったのだが…。

 いずれにせよ…ただでは済むまい…と西野は思った。




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