徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

二番目の夢(第二十八話 さまよえる魂との問答)

2005-08-10 21:48:53 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 紫峰の『滅』、藤宮の『生』というようにそれぞれの一族に相伝として伝わっていく奥儀の特徴は、そのままその一族の能力の根底に流れるものであり、生まれつき身についている族間の相違点でもある。

 例えば、雅人のように何でもありの多彩な能力の持ち主でも、紫峰の特色を失うことはなく、鬼面川には珍しく自らが強い能力を持つ彰久でもその特質である武器や道具を操る力がないわけではない。

 逆に言えば、何々一族という根っこを持っている能力者が、別の一族の持つ特徴的な業を使いこなそうとするのはかなり難しいことで、孝太や隆平のように両方の血を引いていてさえもどちらの力をも完全に使えるという保証はないのである。
 むしろ、どこにも属さない能力者の方がいろいろな一族の業をものにできる可能性が高いだろう。

 修のように純粋な紫峰でありながら、他の一族の業も身につけてしまうような例はごく稀である。言うまでもなく、完全にというわけにはいかないし、すべての業を修得できるわけではない。
 とりわけ奥儀と呼ばれる業についてはさすがの修も手を出すことができないので、伝授を受けた当人にお任せするしかない。

 宗教色の濃い鬼面川には『導』という祭祀があって、この祭祀によって迷える魂を逝くべき所へ導くことができるという。
 紫峰や藤宮のように比較的宗教から離れて存在する一族にはない『救』という相伝奥儀があり、彰久も史朗も将平、閑平の時にそれを伝授されている。
『導』もその『救』の一部であり、長となる者は必ず修得しなければならない業である。

 ところが、長が二代に亘って急死した鬼面川では誰もこの業を知るものがなく、孝太も隆平も彰久と史朗から正確な所作と文言を教わった時に初めてそれが奥儀だと分かったくらいだった。

 孝太に所作や文言を指導した隆弘ならもしかしたらそのことを知っていたかもしれないし、すでに先代から奥儀を伝授されていたのかもわからない。
今となっては知る術もないが…。
 
  

 さて、形骸を破壊された魂たちを文字通り救済する『救』を執り行うにあたっては、本来なら長が仕切るべきところを、場合が場合だけに彰久が代理を務めることになった。勿論、史朗に補佐を務めさせてのことである。
 
 彰久は孝太に仕切らせてみようかとも思ったが、相手が手強そうなので万一を考えて見学させることにした。

 天と地と御大親へ彰久が代理を務める許しを得た後、儀式は厳かに始まった。

 修と隆平によって形を失い四散した魂は、いま、再び霊迎えによって再び社の中に集められた。

 鬼面川の儀式での霊迎え、霊送りという言葉は、仏教の盂蘭盆会の魂送り、魂迎えとは少し意味する所が異なるかもしれない。

 「畏くも御大親の御前にて、ここに迎えし諸々の御霊にお訊ね申す。

 そも人の死に際しては、いみじくも天の定めたるところにより、その魂はあるべき姿で逝くべき所へと導かれるのが順当なり。

 然るに、徒党を組み、あまつさえ異形の物と化し、現し世に生ける人を襲うはいかなる存念によるものかは…? 」

 彰久が魂に問いかけた。

 お経のような言い回しに、雅人たち若い衆が首をかしげた。

『修さん…何言ってるか分かんないよ。 彰久さんの言葉どうにかならない? 
魂にだって通じないよ。 あれじゃあ…。』

 雅人がそう耳打ちしたので、修はいまにも噴き出しそうになりながら口元を拳で隠すようにして堪えた。笙子も横を向いてくすっと笑った。

 「彰久さん。 現代口語でいけますか? 文言に響かなければですが…。」

 修が声をかけると彰久が頷いた。

 「今のでもずいぶん崩したと思ったのですが…いいでしょう。
やってみましょう。」

 彰久は一度咳払いをすると再び祭祀を始めた。
彰久の前の浄几の上あたりにぼうっと黒っぽい何かが蠢いた。

 「…ここに迷い集まった諸々の魂たちよ。
あなたたちは何故、化け物になって人を襲ったりするのだ? 」

 蠢くものは口々に叫んだ。

 『当代長の祭祀がいい加減だったために我等は現世での命をなくした。』

 『長の血を引く者は我等の恨みの声を聞け!』

 隆平ははっとして顔を上げた。化け物の正体は度重なる災害で亡くなった大勢の村人だった。彼らは祭祀がなされなかったために災害が起きたと思い込んでいる。
人々は罵倒の声を上げ、社の中は姿なき声の抗議で騒然となっていた。

 「静まれ! 畏くも御大親の御前で徒に騒いではならぬ。 」

 彰久の声が凛と響いた。あたりはしんと静まり返った。

 「さらば面川久松に聞く。 
 雨土による災害は通常なれば天地のなせる業である。
あなたは鬼面川方でありながら何ゆえ当代長が祭祀を怠ったせいだと言うのか?」

 彰久は久松を名指した。

 『祭祀もまともにできぬものが先代長を亡き者にし、自らを長に就けて権勢を欲しいままにした結果が災害となって現れたのだ。』

 久松は答えた。

 「さらに問う。 その災害は防げたということか? 」

 彰久のその問いかけには、久松は少し間を置いた。

 『防げたと考えている…。 村長と弁護士が当代長と組まなければ…。
いい加減な防災対策をして経費を削るなどしなければ…。
 防げたはずであった…。』

 彰久がチラッと修の方に顔を向けた。修が軽く頷いて見せた。

 「久松よ。 そのことを知りながら何もせずに妻子の後を追うたのか?
何ゆえ生きて悪者どもの企てを暴こうとはしなかった? 

 何故、化け物などに身を落とすようなまねをした? 
異形の物に身を落としては逝くべきところへ逝けぬのだぞ。 」

 久松は黙した。

 「…誰かがあなたの死を利用したのではないのか? 」

 彰久は鎌掛けるように訊ねた。

 『利用されたとは思わん…。 あれも妻子を失のうて苦しんだ。
すべては死を決意した俺が言い出したことだ。』

 久松が再び口を開いた。

 「胸のうちにある真情を吐露せよ。 
あなたと亡くなった村人の魂を救う方法があるやも知れぬ。 」

 彰久はそう促した。

 『…鬼面川にはすでにそのような力の持ち主はおらぬ。 
それ故、我等は当代長の血を絶やすという目的を成就させようとしたのだ。
恨みが晴れれば、皆安らかに眠れようものを…。』

 久松は半ば捨て鉢とも取れる口調で言った。

 「それは詭弁に過ぎぬ。
かようなことで、恨みを抱えさまよえる魂が救われるはずがない。

 ましてや、罪なき少年を血祭りにあげるなど言語道断。
御大親の御心に背き奉ることになる。 未来永劫安らぎは与えられぬ。 」

 彰久は強く反論した。
再び彰久は修の方を伺った。まるで許可を求めるような眼差しで…。

 過去に樹の忠告を聞き入れず痛い目を見た鬼将は、今ここで、孝太や隆平のいる前で、その本性を現してよいものかどうかを決めかねていた。

 修は軽く微笑んだ。
『彰久さん。 それはあなたと史朗くんの問題ですよ。
僕がどうこう言えることではありません。 あなたがお決めなさい。
 鬼面川の祖霊としてあなたが決断すべきことです。 』

彰久は史朗を見た。史朗は『父上の良きように…。』と一礼した。

 「久松よ…。 彰久、史朗は先代長の遺児の子である。
 鬼面川の力を引き継ぐ者として、いまここに奥儀である『救』を執り行わんとしているのだ。
 あなたにはその意味が分かると思うが…。」

 彰久がそう語ると久松は驚きの声を上げた。

 「ありえん事だ。 もはや奥儀を伝授された者はおらぬはず。 
先代が亡くなった時にはおまえたちはまだ生まれていなかった。
どうやって『救』を覚えた? 
おまえたちの父親でさえまだ知らなかったはずのことを…。」

 久松の言葉には隆平も孝太も驚いた。鬼面川の所作や文言、奥儀に至るまで何もかも知っていた彰久と史朗。
 二人は父親から作法として教えられたと言っていたが、知っているはずがないと久松は言う。
 
 「久松よ…。 我が名は鬼面川将平なり。
この現し世に甦り、いま、鬼面川の末裔どものありさまを深く嘆いておる…。 」

 いかにも口惜しげに彰久は言った。
しかし、久松はその言葉の中に強い怒りが込められていることを察した。
まさかとは思いつつもこの青年の文言の放つ不思議な力に引き寄せられた。

鬼面川将平…。
この村における鬼面川の祖。

それが真実であれば…救われる。

久松だけでなく、さまよえる魂たちがざわざわと騒ぎ始めた…。





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二番目の夢(第二十七話 鬼面川の中の紫峰の血)

2005-08-08 23:42:26 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 どうすると言われてもどうしようもないのが今の隆平。
分裂して三体に増えた化け物を前にしてに青息吐息だ。

 化け物はじりじりと迫って来る。
二匹が移動を始め、隆平を囲い込もうとしているようだ。
その動きを助長するかのように、本体である一匹が隆平に襲いかかった。

 隆平も今度は障壁ではなく攻撃に転じた。
身の内から溢れ出る何か分からないもの。これが気というものかもしれないが、それを一点に集中させて化け物の身体に叩きつける。

 本体が吹っ飛ぶと、間髪をいれず二匹目、三匹目が攻撃してくる。
これはかわすしかない。気を集中させるスピードが遅いためだ。
しかし、二匹目、三匹目をかわしているとすぐに本体が迫ってくる。
どうしよう…どうしたらいい?

 本体をかわしながら気を集中させてみる。
少しは早くなるが二匹目には攻撃できても、そのすぐ後の三匹目に反応できない。
三匹目の攻撃をかわし損ねて隆平は仰向けに倒れた。

 三匹目は倒れた隆平が身を護るために反射的に出した腕に齧り付いた。
激しい痛みが隆平に声を上げさせた。
化け物はそのまま腕を食いちぎろうとしている。

 隆平は噛み付かれた状態のまま破れかぶれで化け物の口へと気を放った。
隆平の傷から血飛沫が舞うのと同時に化け物は中ほどまで二つに裂けた。

 一瞬、隆平は相手を倒せたと思った。
だが、ぬか喜びに過ぎなかった。化け物の裂けた身体はあっという間にくっついてしまった。

 もし、いま隆平が完全に化け物を二つに引き裂いていたら、果たして化け物は消滅したか…?
隆平の脳裏に突然そんな疑問が浮かんだ。
 考えたくもないことだが、その時は四匹目が生まれてしまう可能性もある。
思わずぞっとした。

 身を裂かれた化け物は怒り狂って再び隆平に踊りかかった。
二匹目も、本体もほとんど同時に襲いかかった。
 隆平ひとりに三体同時はかえってお互いが邪魔をし合う形になり、幸運にも逃れることができたが、化け物の牙や触手によってかなりの痛手を受けた。

 隆平の着衣は見る影もなく無残に裂かれて身体中血にまみれていた。
疲れが全身に及んで体力も限界に近付いていた。
 隆平は肩で息をし、手で汗を拭いながらもしっかりと化け物を見据えていた。
そうしなければすぐにでも食い殺されそうだった。

 どうすれば勝てる…?

 隆平の中で何か別の感情が生まれ始めた。
怪我を怖れ、死を怖れ、逃れようともがいてひたすら戦ってきた隆平だが、いま初めて勝ちたいと思った。

 勿論、それが生き延びることに繋がることは分かっている。
けれどもそんなことよりも、こいつ等に負けるのは絶対に嫌だという気持ちになってきたのだ。

 『完全なる消滅…。』隆平はそう考えた。
その考えは紫峰相伝の奥儀『滅(完全なる死)』に繋がる。
紫峰ことは何も知らないはずの隆平の中に間違いなく受け継がれている紫峰の血。

 隆平を観察している修にも隆平の心の変化は読み取れた。
『確かに隆平は紫峰の子…。』修はそう確信した。

 化け物たちはだんだんじれてきた
隆平の如き小童ひとりに振り回されるなど考えられないことだ。
 ことに何度も失敗を重ねた三匹目の化け物はどうでも隆平を食い殺してやらなければ気が済まなくなった。 

 長い触手のような腕を伸ばし一匹が隆平の足を狙った。かわそうとしたがさすがに疲れが響いて足を取られた。隆平はもがいた。そのままずるずると引きずって、化け物は自分の目の前に隆平をさかさまにぶら下げ、ざまあ見ろとでも言うように醜い口に不気味な笑みを浮かべた。

 このまま地面に叩きつけられでもしたら、全身の骨が砕け散るだろう。
『殺られて堪るか!』そう思った瞬間、隆平の身体を再びあの怒りの焔が包んだ。
怒りの炎は瞬く間に化け物に燃え移り、化け物の全身を覆いつくした。
慌てた化け物は隆平の身体から手を離した。

 隆平は受身もできずに石畳の上に頭から墜落した…はずだったが、修が衝撃を軽減させたおかげでそれ以上の怪我を免れた。

 燃え尽きた化け物は塵となって砕け散った。
何とか一匹は消滅させたものの、まだ本体ともう一匹が残っている。
隆平は何とか起き上がって体勢を立て直そうとしたが、化け物に引きずられたときに足を痛めたことに気付いた。

 立ち上がろうとすると激しく痛む。
その様子は化け物たちにもはっきりと見て取れた。チャンスとばかりに化け物たちが攻撃を仕掛けてくる。
 動けない隆平は防御するしかない。おまけにさっきので力を使い果たしたのか、なかなか気を集中できずにいた。

 化け物たちは絶好の機会を逃そうとはしなかった。
今度こそ隆平を血祭りにあげるべく、倒れたままの隆平めがけて一気に襲い掛かった。

 『もうだめ!』隆平は目を閉じてしまった。
 
 はっと目を開けると化け物はあらぬ方向へと吹っ飛んでおり、目の前には修の姿があった。

 「そう簡単に諦めるもんじゃないよ。」

 修は隆平を振り返るとそう言って笑った。

 「まあ…一匹やっつけたんだから…合格点あげちゃおうかな。」

 修の背後に体勢を立て直した化け物が迫っていた。
隆平はこの状態で冗談が言える修の心境を量りかねた。

 「修さん。『完全なる死』はやめにしてくださいね!」

 少し離れたところから彰久が声をかけた。

 「大丈夫。こんなところで紫峰の奥儀なんか使いませんよ。」

 化け物が二匹同時に修に覆いかぶさるように飛び掛った。

その瞬間に修が何をしたのか隆平には感じ取ることすらできなかった。
ただ、瞬きする間に化け物の身体がガラスのように砕け散ったのは覚えている。

 隆平があれだけ苦労して一匹倒したのに…修が二匹片付けるのに要した時間はほんの一瞬。

がっくりだった。情けなかった。力が抜けてしまい、その場に大の字に転がった。

 「そう嘆くことないよ。 あの人は別格さ。」

雅人がそう言いながら隆平の手当てをしてくれた。

 「僕等が戦っても結果は似たようなもんだからね。 慣れてくればもっと楽に戦えるよ。」

透も元気づけるように言った。

 「隆平…大丈夫かい? 痛かったろうに…。」

 孝太の心配そうな声もいまはうつろに響いた。
自分を目いっぱい可愛がって愛してくれる人だけど、孝太兄ちゃんは…僕に優しすぎる。
僕を甘やかしてしまうだろう。 
 僕はもっと強くなりたい。鍛えなきゃいけない。

 「やれやれ…だ…。」

いつの間にか皆魔物を消し終えたらしく集まってきていた。
夜が白々と明け始めていた。

 「まだ終わったわけではないよ。 
形骸は確かに破壊したが、多くの魂が路頭に迷ったままだからね。 
ほっとけばまた同じことの繰り返しだ。 」

 修が言った。

 「今度は鬼面川の出番だわ。 彰久さん。史朗ちゃん。 『救』を…。」
 笙子が鬼面川祭祀を促した。

 「分かりました。 史朗くん。 同時に行きますよ。」 

彰久が史朗に声をかけた。史朗は黙って頷いた。

 「待ってください。 今、社を開けます。 その方が人目につきません。 」

夜も明けたことなので孝太の言う所に従って皆は社へ移動した。

 修が気になっているのは久松を取り巻いていたあの大勢の浮かばれぬ人々の正体。
久松はどうもあの人たちを満足させようとして身内殺しをしているように思えてならない。
あの人たちは何故、鬼面川をそれほど憎むのか?

 思い当たるのは、当代長のせいで災害が増えたことによって、亡くなったという被害者たちだが、災害はもともと自然のなせる業である。
 例えば公共の工事に手抜きがあったとか、公がちゃんとした対処をしなかったとかで災害が大きくなったとすれば、憎まれるのは役人だと思うのだが…。

 とにかくも彰久と史朗によって鬼面川の祭祀のひとつが始まった。
ここからはさまよえる魂と鬼面川との戦いになる。

 修は千年ぶりに見る鬼将と華翁の祭祀の力に大いに期待していた。
 


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二番目の夢(第二十六話 人身御供 )

2005-08-07 23:36:00 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 「隆平!」

 孝太は少し離れたところで笙子から魔物退治の特訓を受けていたが、何気なく視線を移した瞬間に隆平があの化け物のすぐ近くで立ちすくんでいるのを目にした。

 いてもたってもいられず、隆平の下へ向かおうとした孝太を笙子が叱責した。

 「自分さえ護れないのに他人を護れるはずがないでしょう。邪魔になるだけよ。我が子をを殺したいわけ? 助けたいなら一匹でも多く魔物を消すのよ。 」

孝太は唇を噛み締めた。

 「修はね。 あの子たちを護るために命削って戦ってきた人よ。
誰よりもあなたの気持ちが分かってるの。だから余計にあなたを鍛えたいのよ。」

 そう言っている間にも、笙子は次々と魔物を消滅させている。
どうすれば力を引き出せる…? 今まで鬼面川式しか知らなかったのにそれが間違いだったなんて…。 

 「所作も文言も関係ないわ。 史朗ちゃんのように純粋な鬼面川なら必要なことだけど、紫峰であるあなたには全く意味がないの。 
祭祀ではともかくも実践では何かに頼るのではなく自分自身に任せるのよ。

 まずは魔物一体一体に気を集中させ破壊しなさい。 
そうね。 目印が必要なら自分の手でも足でも使うといいわ。
慣れてくればまとめて倒せるようになるから。」

 孝太の目の前に牛ほどもある魔物が現れた。この魔物、他で追い立てられたのか異常に興奮している。
 孝太は踊りかかってくる魔物をかわし、その背後に手をかざした。
笙子の言うようにその手に意識を集中させると魔物に向かって気を放出した。

 魔物の動きが一瞬止まったかに見えた。魔物はそのまま砂で作った像のように崩れ落ちた。
 孝太は息を呑んだ。
確かめるように他の魔物に手を向けた。魔物が消滅した。

 「どうやら…目印があれば多少大物でもいけそうだわね。
但し、あなたの場合は魔物との距離が近いからその点だけは気をつけるのよ。
さあ…皆と一緒に戦って! 」

 笙子が満足げに言った。孝太は頷き、戦いの輪の中に入っていった。



 先代を殺したという当代の長の血を引くとはいえ、殺された先代の血をも引いている隆平にとって、復讐の対象にされることは不本意であるには違いない。

 何故?という疑問がいつもついてまわる。
何故、隆弘は自分に暴力をふるい続けたのか?
何故、誰も助けてはくれなかったのか?

 そして今、何故、こんなとんでもない化け物に狙われるのか?

 修は…今は黙って見ているだけだ。そこいらの魔物を消し飛ばしながら…。
『相当危なくなるまでは手を出さないから…。』という雅人の言葉を思い出した。
ということは…危ないけど相当って状態じゃない。

 やってみるしかないと隆平は思った。
化け物は立て続けに触手で攻撃してきた。防御をすることには慣れてきた。
戦いに身体が慣れてくると、かわすことも上手くなってきた。
 
 しかし、この化け物は巨体に似合わず俊敏で攻撃する隙を与えてくれなかった。
逃げ回っているだけでは余計に疲れが溜まってくる。
 
 いっそ仕掛けてみようかとも思うがなかなか勇気が出ない。

 「逃げ回るだけか…? 隆平…。 まるでネズミだな…。」

しわがれた不気味な声が化け物の口から搾り出された。
 
 「おまえのその穢れた血を面川の主流に遺してはならん…。
おまえはここで死ぬがいい…。 それですべてが収まる…。」

 何故?…がまた増えた。

 「おまえに言われる筋合いはない! 
当代長の血がどうのこうのって言うけど、一族は皆同じ血を受け継いでいるんだ。
 
 僕だけが特別な血だっていうわけじゃない。先代も当代も末松も皆同じ血を…」

 「だまれ!」

 化け物は動揺した。

隆平は考えた。
隆平を殺すことでこいつは何かにけりをつけようとしているのではないかと…。

 人身御供…?

そうしなければ収まらない何かがあるのだ。

 隆平に考える隙を与えまいとしてか、化け物はまた攻撃を開始した。
触手を振り回すだけではない。その牙を剥き喰らいつこうとさえする。
憎悪に満ちた唸り声を上げ、狂ったように襲い掛かる。 

 逃げ回るうち、隆平はうっかり化け物の触手に足を取られてひっくり返った。
あっと思った瞬間、化け物が覆いかぶさるように隆平の身体の上に飛び乗ってきた。隆弘の顔が一瞬目の前に浮かんで消えた。
もう嫌だ!殴られるのも…蹴られるのも!もうたくさんだ!消えてくれ!

 「僕に触れるな!」

そう叫んだ途端、化け物ははるか向こうに吹っ飛んでいた。

 何が起こったのか隆平にもよく分からなかった。
何かの力を使ったのだけは確かだった。

 化け物にそれほどのダメージを与えたわけではなかったが、それでも計り知れない力を隆平が持っていることだけは知らしめたわけで、化け物を警戒させるには十分だった。

 隆平の目に修の満足げな笑みが映った。

 化け物は隆平がそう簡単には倒せない存在であることに気付いた。
正面からやみくもに襲い掛かっても無駄だということが分かった。

 化け物にはどうしても隆平に死んでもらわなければならない事情があった。
それはこの身体…。
憎悪の塊とも言える、この醜い身体はたくさんの霊の集合体だ。
怨み、憎しみ、悲しみ…それぞれが背負うものを複雑に絡み合わせた闇の創造物。
 それらは皆、面川の当代の血への復讐に取り憑かれ、どうでもそれを果たさねば収まらない状態に陥っている。
 
 隆平はその最後のひとりとして是が非でも血祭りにあげなければならない。 

 面川が生き残るための人身御供として…。

 それは化け物自身の意志であるのか…はたまた別の者の意志であるのか…。
そんなことは今どうでもいい。
隆平を殺す。嬲り殺す。
そうすればすべては終わるのだ…。

 化け物がすばやく向き直って、隆平を睨みつけたとき、隆平は今までのように不安げな表情を浮かべてはいなかった。
 偶然だかなんだか分からないが、とにかく自分の中に紫峰の力を見い出せた。 
鬼面川と違って内面から溢れ出る力を。

 化け物は焦った。このまま、隆平が完全に目覚めてしまえば、生贄であるはずの隆平そのものが少々厄介な障害物となる。
 一息に殺してしまうに限る。
化け物はそう感じた。

 化け物が急に動きを止めたので隆平は戸惑った。
何か地の底を響いてくるような振動を感じた。
化け物の身体に亀裂が入り、見る間に三つの物体に分裂した。

 地の底から闇の穴から新たなる憎悪の塊が供給され、三つの物体は三体の化け物へと成長を遂げた。

 隆平は絶句した。
一体でもてこずっているのに…。

 その時修の声が聞こえたような気がした。

『さあ…どうする?』
 
 その楽しげな声が今はとても恨めしく感じられた。



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二番目の夢(第二十五話 憎悪の化け物)

2005-08-06 23:52:36 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 村中魔物だらけだったというのに、鬼遣らいの会場となる鬼の頭の塚の前には不思議と一匹の魔物さえ見当たらなかった。

 塚の封印もそのままで破られた形跡はなかった。

初めての戦いで緊張と恐怖を味わった孝太と隆平は、すでに心底疲れ切っていた。
魔物との戦いはこれからが本番だというのに、できることならもう全部終わったんだと思いたかった。

 「塚の封印を解きます。 ここはすべての塚の力が集まっている場所です。 
なにが起こるか分かりません。 心しておいてください。」

 修が孝太と隆平にそう言って封印を解こうとすると、背後から足音がして彰久たちが駆けつけて来た。 

 「ご無事で何よりです。修さん。実は今、本家に立ち寄ってきたのですが…。」

彰久は末松から聞いた久松のことを掻い摘んで修に話した。

 「やはりそうでしたか…。 ですが…彰久さん。 
末松さんがまるっきり何もしてないかと言うとそうではないのですよ。
むしろ積極的にに動いているのは末松さんの方なのです。」

 「と…申されますと? 」

彰久が怪訝そうな顔をした。

 「今に分かります。 」

修はそう言って微笑んだ。

 もう一度封印を解こうと塚の方に向き直ると笙子がいた。『う…やばい…。』
透と雅人が同時に修の顔を見た。『やっぱ忘れてたね…あの顔は。』『うん。』

じっと塚を見ていた笙子が何かを感じ取ったように振り返った。

 「修…油断しないで…とんでもない奴が居るわ。  
 
それにこの塚の下に蠢いている魔物の数もレベルも半端じゃないわよ。

 皆…少し離れていて。 一気に吹き出てくるから。」

修は頷くと塚の二重封印を解いた。

 ゴォーという風の唸るような音とともに塚の中から魔物の群れが噴き出した。
ダムの放水かと思われるような勢いだった。

 あっという間にあたりは魔物の海と化した。
塚のあたりにぽっかり開いた闇の空間から、いま、不気味なものが腕を伸ばし、この世界へと這い出ようとしていた。
 それは凄まじいばかりの憎悪の気を放ち、ひとたび世に出たら破壊と殺戮の限りを尽くさんとばかりに、鋭い牙を剥いて咆哮した。
 
 孝太も隆平も少しばかり前に鬼の一匹と戦った程度で死ぬかもしれないと思っていたことが恥ずかしくなった。あんな鬼はこの化け物に比べたら犬のようなもの。

 だが今、その犬のような鬼よりも強力な魔物ばかりであたりは埋め尽くされている。もはや逃れることもできない。戦うしか生き残る道はない。
 
 「隆平。 指示がなければ僕から離れるな。 あいつの狙いはおまえだ。 」

 隆平は驚きのあまり声を出せなかったが、分かったというように頷いた。
修は、我が子隆平を護ろうとして気を張っている孝太の存在が気になった。
気持ちは分かるがかえって危険だ。

 「笙子。 孝太さんを頼む。 まだひとりでは戦えない。 属性は紫峰だ。」

 「鬼面川じゃないのね? 孝太さん…行きましょう。ここにいては危ないわ。」

 孝太はいささか戸惑った。女性にエスコートされるとは…立場が逆のような。
その隙を突いて魔物が孝太に喰らいついた。孝太が逃れようともがくうち、笙子が一撃でそれを消した。

 「馬鹿やってんじゃないわよ! 命がかかってるの! 
あなたに力があろうとなかろうと手加減してくれるような相手じゃないのよ! 
ぼけっとしてないできっちり付いてらっしゃい! 」

 笙子に啖呵を切られて孝太は二の句が継げなかった。
迫力に気圧されて黙って笙子の後に従った。



 彰久は修が言ったことを考えていた。確かに長を選ぶと言い出したのは末松。
手紙を書いて送ってきたのも末松。先代の愛人を後妻に向かえ、数増を育てたのも末松。数増を隆弘の姉と結婚させたのも多分末松。

 思い返してみれば、久松がやったかもしれないのは朝子と秀夫の殺しだけだ。
この魔物たちにしてみても、本当に操っているのはどちらなのか…。

 彰久の目の前で史朗が見事な剣舞を披露している。心はすぐにタイムスリップし、千年前の華翁閑平と鬼将将平に戻ってしまう。
 華翁の剣が閃くたびに魔物が消し飛ぶ。相変わらず所作の美しさは天下一品だと父である鬼将は思う。

 華翁の動きに注目したのは彰久だけではなかった。雅人もまた複雑な思いでそれを見ていた。
 流れるように滑らかな剣と体の運び…凛として隙がない。
雅人は舞い散る桜の花びらを思い浮かべた。
 普段の史朗からは想像もできないような、優美で官能的でさえある剣での戦いっぷりに、やはり修が受け止めるだけのものが史朗にはあるのだと感じられた。

 「危ないですよ! 雅人さん! 」

 西野の声で我に返った雅人は、今まさに齧り付こうとしている魔物に一撃を加えた。 『やっば~。見とれてる場合じゃなかったね。』

 魔物の量から言えば一気に消滅させた方が楽かも知れないが、周りに仲間が沢山いる状態では共倒れの危険性もでてくる。せいぜい数匹ずつが関の山。
 
 紫峰の中では最も修に近い力を持つ透でも、この中から魔物だけを選別して消滅させるには経験が浅すぎる。
できるだけ魔物を引きつけておいて少しでも量を稼ぐしかない。
 しかし厄介なことにこの魔物たちはこちらが隙を見せない限り必要以上には近付いてくれない。先ほどまでの単純な連中とは大違いだ。 

 透はわざと身を伏せてみたり、他所に気を取られているふりをしてみせ、襲ってくる魔物を退治していったが、それもわりと骨の折れる仕事だった。
 
 雅人がぼけっと史朗の方を見ているのに気が付いて危ないなとは思ったが、史朗の戦いっぷりを見ていると確かに惹きつけられる要素がある。
 『なかなかやるね…史朗さん。 ちょっと見直したかも…。』てなことを考えていると、魔物がいっせいに襲い掛かってきてくれた。
 『よっしゃ! 11匹GET!』



 闇から産まれ出でた化け物は、今やその全貌を修たちの前に現した。
恨みと憎しみ、苦しみ、やり場のない悲しみが全身を形作っているようで、見ている方でさえ気が滅入るほど救いがたい雰囲気を漂わせている。

 久松ひとりではない…と修は感じた。確かに本家の座敷で遭遇した久松の魂もこの化け物の中から感じ取れる。
 と言うよりは久松の魂をベースに大勢の人の救われぬ魂を集め固めた集合体。
いったいな何故、そしてどこから、これほど大勢の人が…?

 「隆平…一回しか言わないよ。 鬼面川と紫峰との戦い方の違いだ。
あそこで魔物退治をしている彰久さんと史朗ちゃんの戦い方を良く見てみなさい。」

 悠長にも修は戦い方の講義を始めた。化け物はじりじりと迫ってくる。

 「特殊な力を持つ彰久さんは自分の中にあるその力を使って戦っている。
力を持たない史朗ちゃんはあの剣を武器として使うことによって、彰久さんと同じくらいの働きをすることができる。」

 化け物がその触手のような、固く長い爪のついた腕で隆平を掴み取ろうとする。
修は隆平を押しのけそれを防いだ。

 「彰久タイプが紫峰、史朗タイプが鬼面川の戦い方の特徴。
要は自分の中に生まれつき持っている武器を使って戦うか、そこにある武器を使いこなすかの違い。
 使いこなすにもそれなりの能力は必要だが…紫峰の持つ霊力や念力とは全く別のものだ。」

化け物が突然、すばやい動きを見せ隆平に飛び掛った。

 「防御!」

 修の声に反射的に隆平は障壁を張った。勿論、修がその壁をカバーした。
化け物の身体が弾かれた。

 「そう…イメージしている暇はない。 
相手が強ければ強いほど、ほとんど反射的、直感的に対処するしかない。 
武器を使うことも紫峰おいてはさして意味がない。

 紫峰祭祀にそれほど多くのの所作や文言がないのはそのためだ。」

 『聞こえてますかね? 雅人くん。透くん。 油断すると死ぬよ! 』
修は聞き耳を立てている二人に雷を落とした。『やべえ! 見つかった!』

 化け物はすぐに起き上がり、再び襲い掛かった。
今度は指示なしに隆平が障壁を張った。が、修が補強をしなかったので化け物を弾くことまではできなかった。

 目の前にグロテスクで巨大な化け物が立っている。
弾けなかった分、距離が近付いてしまったのだ。

化け物は舌舐め刷りをして隆平を見ている。
獲物は手にしたも同然のところにいる。
すぐにでも食い殺せるところに…。

緊急事態なのに、なぜか修は指示を出そうとはしない。

隆平はどうしていいか分からず、茫然と化け物を見上げていた。




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二番目の夢(第二十四話  闇の正体 )

2005-08-04 23:55:20 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 書斎の方でなにやら大きな音がして大塚は目が覚めた。
時計を見るとすでに鬼遣らいの当日ではあるがまだ外は真っ暗だった。

 書斎には鬼面川の相続に関する資料や文書が保管してある金庫がある。
夕べ本家に親族がふたり盗みに入って鬼に食われて死んだという連絡をもらった。
弁護士の大塚の所にもだれぞ相続に関するものを盗みに来たのか…?

 大塚は恐る恐る書斎の方へと向かった。
書斎の入り口のところに小さな男の子がいた。

 「どこの坊だ? こんな時間に…。」

 大塚は声をかけた。男の子はチラッと大塚を見ると、ばたばたと足音を響かせて庭の方へと走っていった。
 大塚も後を追った。
庭に出ると植え込みの陰から男の子はそっと覗いていた。

 「おい。 何をしとる? 子供がうろうろするような時間じゃないで。」

 そう声をかけた途端、男の子は手が伸び、足が伸び、急激に大きくなった。
怖ろしい形相を見て大塚は思わず叫んだ。

 「お…鬼じゃ! どでかい鬼じゃ!」

 大塚は腰を抜かした。迫ってくる鬼にめがけて、その辺にある物を手当たり次第投げたが鬼にはかすりもしない。

 鬼は大塚を捕まえ、びゅんびゅん振り回すと地面にたたきつけた。
その一撃で大塚はのびてしまった。

 「弁護士さん! 」

 修が駆け寄ったとき全く意識はなく、ほかっておけばあの世行きだった。

 「隆平! ちょっと時間を稼いで! 手当するから!」

 修に言われて隆平は鬼の前に立ったものの、その大きさと奇怪さに圧倒された。
鬼は隆平に向かって鋭い爪のついた腕を伸ばしてきた。捕まる寸前、隆平は逃れた。
 そんなことを繰り返すうち、鬼はいらいらしたのか身体ごと飛びついて来た。
それも外れた。

 「隆…平…。 」

押し殺したような声が鬼の口から漏れた。隆平は愕然とした。

 「父さん…?」

 「隆平…俺を…殺し…た…。 」

隆平の心臓の動きが激しくなった。金縛りにあったように動けなくなった。

 「違う…僕じゃない。 僕じゃない…。」

 鬼は牙を向いて襲い掛かってきた。隆平は必死で逃れようと向きを変えた。
鮫のような特大の口が隆平の胴を捕らえた。
 腹部に激しい痛みを覚えて隆平は思わず声を上げた。
鬼はぎりぎりと音を立てて隆平の胴を噛み砕こうとした。

 屋敷の外で魔物を消していた孝太がかけつけ、鬼に喰われそうになっている隆平を見つけた。孝太は鬼に突進した。
鬼は隆平を銜えたまま孝太をはたき飛ばした。
孝太は怯まず、鬼の目をめがけ霊波の矢を立て続けに飛ばした。

 威力こそないが無数の矢に顔を狙われたことで、鬼は反射的に口を開き隆平を落とした。
 動けない隆平を庇って孝太は鬼の前に飛び出した。
鬼の牙が孝太の肩口から腹にかけて突き刺さった。

 「逃げろ! 隆平! 早く!」

 隆平は何とか起き上がろうともがいた。

 「孝太兄ちゃん…! 誰か助けて!」
 
隆平が叫んだ。

 「いつまでも…他人に頼ってちゃ生き延びれないよ。 」

 背後から大塚の応急処置を終えた修が近付いてきた。

 「そろそろ自分の力に目覚めなきゃね…。」

修は隆平を通り越し、鬼の間近へ歩み寄った。

 鬼は怪訝な顔をして、近付いてきた修を見た。
修の手が軽く鬼の身体に触れた瞬間、孝太の身体が地面に投げ出された。

 修に掴みかかろうと鬼が両手を振り上げたその時、鬼の身体が一瞬点描の絵のように見えた。
 まるでダイヤモンドダストを見ているようにきらきらと鬼の身体は光の塵となって宙を舞った。

 孝太も隆平も修の桁違いの力を見せ付けられて言葉を失った。

 修は二人の方に目を向けると何事もなかったかのように微笑んだ。

 「ちょっと痛かったでしょう。 戦いに怪我はつきものですが、戦い慣れてくればそのうち怪我も少なくなりますよ。 」

そんなことを言いながら修は孝太と隆平の身体に触れ、鬼に噛まれた傷を癒した。
『いや痛いとかそういう問題じゃないんだが…。 へたすりゃ死んでるし…。』と二人は思った。

 「さあ…早くここを出ましょう。 大塚が正気に戻る前に…。

 どうやら 敵は大塚の家族を眠らせてから攻撃を開始したようです。
当人だけを狙うとはわりと紳士的じゃありませんか…。」



 最終地点、鬼の頭の塚に向かう途中で、透たちと彰久たちは合流し、途中、行き掛かり上朝子と秀夫の通夜をしている本家に立ち寄った。

 彰久には気がかりなことがあった。今までの証言ではすべて末松が裏で操っているように言われていた。あの先代の愛人の話も孝太も本気でそう考えているようだった。
 しかし、彰久にはあの末松という老人にそれほどの力があるとは思えない。
多分そのことには修も気が付いているだろう。もし末松にそんな力があるとすれば修は見過ごしたりはしない。真っ先に気付いて警戒するはずだ。

 数増と加代子が世話をしていたが、時間も時間だが、さすがに盗みに入った者の通夜では誰も見舞いになど来ていなかった。

 「ここまで来るとな…さすがの爺さまもがっくりだわ。 」

数増は忌々しげに言った。座敷で小さくなっている末松の姿が見えた。

 「大叔父さまに至急お話しを伺いたいんですが…大丈夫ですか?
もう夜も明けようという時間ですが…。」

彰久が訊ねた。

 「ええて。 どうせ寝られやせんし。 」

 数増は皆を座敷へ通した。その途中、こっそり透に訊ねた。
『えろう別嬪さんがござるがどちらさん? 』『ああ…修さんの嫁さんです。』
数増はまじまじと笙子を見た。笙子は艶っぽい笑みを浮かべた。
『へえ~。あの御仁はわりと粋なお方とみえる。この手の美女がお好みか…。』

彰久は末松の前に腰を下ろした。

 「お疲れのところ申し訳ないのですがお話しいただけますか?」
  
末松は彰久の方へ顔を向けた。

 「おまえが聞きたいのは…わしの兄弟のことだな…。 久松のことだろう?」

彰久は驚いたように末松の顔を見た。

 「何…そのくらいの小さな力はわしにもあるわ。 
久松はな…わしの双子の兄だ。 とうに亡くなったが…。 魂はここにおる。

 自殺したのでな。 逝くべきところへ逝けぬのよ。
最初の災害でわしは前の妻と娘を失った…。 久松もな…妻子を亡くした。

 わしはこういう性格だで立ち直ったが、久松は後を追ってしまったんだわ。
だが…自殺した者は妻子のもとへは逝けん。 

 その魂は救われることもなく、未だ恨みと憎しみの中におる。 」
 
 末松はふうっと溜息をついた。

 「久松の力は将平の再来と言われるほどだった。 
わしらは瓜二つだで…誤解されるが大きい力を持っていたのは久松の方だ。 
当代に長の地位を横取りされたのも…な…。 」

 彰久はなるほどと思った。すでに亡くなっている久松が何か仕出かせば、それはすべて末松がやったように見えてしまう。
先代の愛人や孝太が誤解したのも無理はない。

 魔物を生み出し鬼を操る闇の正体は自殺した男の恨みと憎しみ。
復讐にすべてをかけることでしか満たされない無念の思い…。

彰久はこの救われぬ魂に悲しいものを感じた。

急がなくては…夜が明けてしまう。

その男の魂を観光客でいっぱいの鬼遣らいで暴れさせるわけにはいかない。

彰久は皆を促してその場を後にした。




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二番目の夢(第二十三話  華翁の剣)

2005-08-04 00:04:18 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 「それほどの数じゃないといってた割にはうじゃうじゃといるじゃないの。」

透は呆れたように言った。まるで飴に集る蟻。稲に集るイナゴ。

 「また増えちゃったのね~って。こんなん増やして時間稼ぎかよ。」

 雅人はたいして力のない魔物が多いことに気付いていた。多分、村長や弁護士の所へ強力な奴を送ってるのだろう。この小物たちは足止めを食わせるための道具に過ぎない。

 透も雅人も一度に何匹もの魔物を消滅させながら進んでいった。

 「まあ村長ん家も、弁護士ん家もどこにあるのか分かんないからさ…。
取り敢えずはこいつら全部消しちゃえばいいんだろう。」

雅人は辺りの魔物をまとめて消そうと力のレベルを上げた。

 「待って! あそこに何か…子どもがいるような…。」

透が指差す方を見ると、本当に女の子のような白い影が見えた。

 「まさか…こんな時間に子どもがうろうろしているわけがないぜ。」

雅人は修の言葉を思い出していた。『嬰児の力は侮れない…。』

 「透。油断するな。あれは紫峰の鍵を破ったやつのひとりだと思う。」

透は頷いた。女の子はちょこちょこと二人の方へ駆けてきた。

 「人間だな…? 」

女の子は訊いた。獣のようにくんくんと鼻を鳴らし、匂いを嗅いでいるようだ。

 「鍵の匂いがする。 封印の匂いがする。 あたしを閉じ込めた奴だな! 」

女の子の姿は見る間に大きくなり、形相が変わり、鬼と化していった。
人間としては大きい方の雅人と比べてもゆうに2倍はあろうか。
長い牙と爪を持ち、丸太のような腕をぶんぶんと振り回して透たちに襲い掛かる。

 どでかい図体のわりに動きは俊敏で、少しでも油断したらあの腕でぶっ飛ばされそうだ。鬼はそこいらの魔物を掴みあげると、まるで石でも投げるかのように透や雅人をめがけ投げつける。

 鬼の動きに扇動されてか魔物がいっせいに二人に向かって飛び掛ってきた。
多勢に無勢、魔物たちを消すのに手間取ってなかなか鬼に攻撃できない。
鬼の投げつける魔物が時折、二人の身体をかすめ、受ける傷も増えてきた。

 「くっそ~。 いっぺんに吹っ飛ばしてやるぜ! 」

透が気を集中し始めた。

 「きりがねえや! どんどん沸いて出て来る。 透。同時にいくぞ。」

雅人は透に気を合わせた。

 「よっしゃ! せえの!」

 二人の身体から周囲に放たれた霊波が魔物たちを砕いた。
辺りがきれいさっぱり片付いた。

 「やったね! 」

 透がそう言うか言わないかのうちに、突然、彼らの背後から鬼の丸太が二人の首を締めてきた。頑丈な丸太の腕は透や雅人がどうあがいてもはずせそうになかった。ぐいぐいと締め付けられて息ができず、気が遠くなりそうだった。

 「消えなさい! 」

 背後からどこかで聞いたような女の声がした。
鬼は断末魔の悲鳴を上げると一瞬膨れ上がり、粉々に砕け散って塵と化した。
同時に、透と雅人は地面に投げ出された。

 「油断大敵よ…。 坊やたち…。」

はっとして振り返ると笙子が嫣然と微笑んで立っていた。

 「笙子さん! いつ来たの? 」

 「何時って…修と一緒に来たわよ。 聞いてなかった? 」

二人はぶんぶんと首を横に振った。
笙子は肩をすくめた。

 「これだもの…。 
ずいぶん長いことほかりっぱなしにされてるなとは思ったのよね。 
忘れられてるのね。 」

 笙子はわざと嘆いて見せた。
見ている二人は思った。『ふ~ん…たまには逆もありなんだ…。』

 「ま…いいわ。 先を急ぎましょう…。」

笙子が二人を促した。



 塚という塚が破られているのを目の当たりにした時、西野はこれは厄介なことになったと感じた。
 足の踏み場もないとはこのことか。まるで鬼の髪の毛一本一本まで魔物に変えたのかと思えるほどの魔物の数である。

 「村長の屋敷がこの向こうにあるはずですが、こいつらを何とかしなければたどりつけませんね。」

 西野は彰久に言った。

 「まずは掃除をということでしょう。 では史朗くん。 いきますよ。」

 彰久はそう言って史朗に微笑みかけた。
史朗も微笑んで返した。

 西野の不安はこの史朗という青年。
戦いのたの字もしたことのなさそうな普通の営業マン。『大丈夫かなあ…。』
宗主は別に問題なしと見ているようだが…。

 何しろ、修という人は物凄く大人である反面、物凄く子供みたいなところがあってお仕えする身としては戸惑うこともしばしば…。
『ま…人を見る目はある人だから…。 』 
 
 西野は取り敢えず、様子を見ながら戦うことにした。

 一匹の魔物が宙を飛び彰久に向かってきた。彰久は事も無げに消し飛ばした。
それを合図にあちらからこちらから魔物たちが襲い掛かってきた。 

 史朗の方へ一群が向かった時、西野はまずいと思った。
慌てて史朗の方へ向かった西野の目の前で何か刃物のような物が閃いた。
魔物の一群はあっけなく粉砕された。

 『うそだろ。』西野は我が目を疑った。

 史朗の手にはいつの間にか剣が握られていた。
それは鬼面川に代々伝わる華翁の剣で、かなりの曲者であるため、よほどの手足れでなければ扱えない代物だった。
 鬼将のように特別な力を持たない華翁はこの剣を使いこなすことによって鬼将に勝るとも劣らない伝説の人となったのである。
  
 今の史朗にそれが扱えるのは不思議だがこれも生まれ変わりのなせる業なのか。
しかもこの剣は自らの意思で史朗の手の中に現れたとしか考えられない。

 史朗はさながら舞うように剣を閃かせ魔物を退治していく。
この動きの優雅さは修にも彰久にもない独特のものだ。
幼少期より、人々は閑平の剣を操るその姿を華と譬え、老成したその動きを翁と譬えた。華翁と呼ばれる所以である。

 西野の不安は消し飛んだ。

 雑魚の魔物はあっという間に片付いた。
三人は村長の屋敷へと向かった。すでに魔物が入り込んでいると見えて、村長の屋敷からは何かに驚いたような叫び声が聞こえてきた。

 急いで声のした方へ行くと、村長と妻はショックで気を失っており、その前に鬼が立っていた。
 彰久たちの姿を見ると、鬼はいきなり太い腕を振り回し襲い掛かって来た。
思ったよりすばやいその動きに一瞬身体を捉えられそうになったものの、辛うじて交わし彰久が鬼を消し飛ばした。


 「早く…村長が目を覚まさないうちに行きましょう。」

 西野は手招きした。村長が起きている時なら村長と妻の記憶を操作しなければならないが、のびてしまっているなら夢でも見たんでしょうって事で…。

 彰久も史朗も急ぎその場を後にした。





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二番目の夢(第二十二話 魔物退治開始)

2005-08-02 23:25:20 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 「そう言えば…口伝だけじゃなくて…樹という名前に直接関係している家があります。」

 修たちの部屋から西野と子どもたちを呼び、魔物退治にいざ出発という時になって、突然孝太が思い出したように言った。
修たちは思わず孝太を振り返った。

 「初代、二代の存命中に鬼面川への疑いが晴れたことを知らせるため、実際に村を訪ねて来てくれたのは樹の孫にあたる人で、しばらく村に滞在する間に二代目の娘と懇ろになりました。 

 樹の孫は、身ごもった時のためにと証拠の品をおいて帰りましたが、娘は祖父や父には言えぬままで、兄である時平が気付いて妹の子どもを引き取ったのです。

 その子どもが隆弘の一族の祖となりました。

 隆弘の実家には樹を祀る習慣があります。 今の今まで考えてもみなかった。
俺の母親は隆弘の姉ですから隆平には紫峰の血が入っています。」

 皆がいっせいに隆平を見た。隆平は視線を浴びて気恥ずかしそうな顔をした。

 「マジ~! 僕たち血繋がってたんだ!」

 透が嬉しそうな声を上げた。 隆平がちょっと照れたように笑った。

彰久が修の方を向いて何かを促した。修は分かったというように頷いた。

 「孝太さん。 紫峰の血を引く者は鬼面川式では巧く戦えません。
天地の力に頼るのではなく、自らの持つ力を引き出すのです。」
 
 「自らの力を…。 」

修は思わせぶりににやっと笑った。

 「やってみましょう…実践で…。 口で説明できるものじゃないし…。 」

西野が慌てた。宗主の悪い癖だ…。

 「宗主! 無茶です。 ここは紫峰の修練場じゃないんですよ。
 孝太さんも隆平さんも戦いの経験などないはずです。 史朗さんだって…。 
命いくつあっても足りませんよ!」

修はチラッと西野の方を見たが何も言わなかった。
彰久がくすっと笑った。

 「隆平。 こういう時の修さんは冷酷なくらい厳しいよ。 覚悟しときな。
相当危なくなるまでは絶対手をださないから。」

雅人がこっそり隆平に耳打ちした。隆平は頷いた。

その時、透が警鐘を感じた。

 「鍵が開いた! 信じらんない! 紫峰の鍵だぜぇ?」

 「隆弘の埋めた嬰児は紫峰の血を引いている。 この世に誕生できなかった者の持つ力は嬰児だからといって侮れないんだよ。 

 雅人…魔物の位置が分かるか? 塚の近くとは限らないぞ。」

修が訊くと、雅人は目を閉じて全身をソナーのように働かせた。

 「まだ…それほどの数ではないけれど村中に分散しているといっていいね。」

 「彰久さん。 僕等も手分けして戦うことにしましょう。
 狙われているのは村長と弁護士だが、魔物は出会った者に手当たり次第攻撃する可能性がある。

 この時間にこの村でそう出歩いている人もないだろうが…。

 透と雅人は二人で組んで…。 僕は隆平と孝太さんを連れて行く。
慶太郎…彰久さんと史朗ちゃんについていけ。 

集合場所は鬼の頭の塚。 それでいいですね?」

確認するように修が訊いた。

 「いいでしょう。 史朗くん…やれますか?」

彰久が史朗を振り返った。

 「多分…いけるでしょう。」

西野が『マジかよ。』と言うような顔をした。



 

 暗闇の中でひとつ、またひとつ異形の物が塚から産まれ出でた。鬼面川の封印はすでにすべてが破られ、餓鬼のような魔物があたりを這いまわっていた。

 鬼面川の封印が解かれたことで魔物化した嬰児が紫峰の封印をも食い破った。 
藤宮の封印を用いた鬼の頭の塚は今のところさすがに無事だった。

 真夜中の村はさながら魔物のテーマパークといった感じで、そこ、ここに妙な生き物たちがうろついていた。

 異形の者たちとの戦いの経験のない隆平と孝太はさすがにその様相を気味悪く感じていた。
 鬼遣らいの季節とはいえ、これほど多くの魔物が出現するとは思っても見なかった。

 誰かが隆平の足首を掴んだ。隆平は振りほどこうともがいたが振り解けない。
手は隆平をずるずると引きずって往こうとする。引かれていく先に魔物の大きな牙があった。どうしよう…。自分が知っているのは…。使える力は…。

 『砕けよ!』

 隆平の脳裏に魔物の粉砕されるイメージが浮かんだ。牙が隆平の足を食いちぎろうとするその瞬間、魔物の方が砕け散った。

 修の口元が少し緩んだ。『イメージ…ねえ…。 悪くはないが…。』

 孝太は襲い掛かってくる魔物に霊波のパンチを食らわしながら進んでいった。

 『こっちは格闘系か…。 力の入れ過ぎだ…。』

 どちらにせよ一体ずつ片付けていたんでは埒があかない。
などと思っている間に、修をめがけて魔物たちがいっせいに飛び掛ってきた。

 「うるさいよ!」

 修の身体に触れることもできず魔物はいっぺんに消し飛んだ。
隆平も孝太も目の前で起こったことが現実とは思えなかった。

 「ほら余所見をしない! …って言ってる傍から…。」

 隆平が魔物の集団に押さえ込まれた。助けに行った孝太も次々と飛び掛ってくる小猿のような魔物に行く手を阻まれた。

 修がちょっと微笑んだ。『さて…どうする? 今までのやり方じゃ、簡単には抜けられないぞ。』

 隆平を救いたい孝太は全身に力を籠め一気に霊波を放出した。周りの魔物が吹っ飛んだ。

 『一歩前進…。 いま少しセーブして欲しいな。 息切れするよ。』

 隆平は…隆平は魔物の中で隆弘の暴力に怯える自分を思い出してしまった。
隆平には隆弘を殺せるだけの力がある。それだけに歯止めが利かなくなることを怖れていた。絶え間ない暴力に抵抗できない自分…。

 なぜ僕を殴るの…? なぜ僕を苦しめる…? 僕が悪い子だから…?
僕が父さんの子じゃないから…?

 「おまえは悪くないよ…。 悪いのは相手のほうさ…。」

僕は悪くない…。 僕のせいじゃない…。悪いのは…悪いのは…悪いのは…。

 「おまえらだ!」

 その叫び声とともに隆平に纏わり憑いていた魔物が次々と消滅した。煽りを食った孝太が投げ技を喰らったように吹っ飛んだ。
 隆平の身体が焔を纏った。手当たり次第魔物を消していく。その力は歯止めが利かず、怒りに取り付かれた隆平は狂ったように攻撃を続ける。

 辺り一体の魔物を消し去ってなお怒りの炎は止まらない。
 
 「なぜだ! なぜ黙って見ているんだ! なぜ助けてくれないんだ!
誰も信じない! 誰も頼りにならない! 誰も…誰も…誰も。」

 孝太が隆平を止めようとした。

 「隆平…。 もう分かった…俺が悪かったんだ…。 俺のせいだ…。 」

 隆平は抑えようとする孝太を突き飛ばした。
完全に切れて自分のしていることが分かっていない。
孝太をさえ消してしまいそうだ。

 修は隆平と孝太の間に割って入ると隆平の額に触れた。焔が消えて隆平ははっと我に返った。 

 「隆平…。 怒りにまかせた攻撃は味方をも傷つけることになる。 
おまえには孝太さんよりはるかに大きな力があるのだから、気をつけないと大事な人を殺してしまうぞ。」

 修がそう窘めた。

 「ご…ごめんなさい…。 孝太兄ちゃん。 怪我しなかった? 」

 隆平は慌てて孝太を抱え起こした。

 「大丈夫だて…。 心配するな…。」

 隆平を見ていると否応なしに子どもの頃の自分を思い出してしまう。
最も修の場合はもっと感情のコントロールが巧かった。
だから、抑えに入った笙子を突き飛ばすようなことにはならなかったが…。

 心に受けた傷は一生消えることはない。巧く感情をセーブしてそういう自分と向き合い、折り合いをつけるしかないのだ。心に巣喰う鬼と戦いながら…。

 「さて…おふたりさん。 少し慣れてきたところで次へ往きますか…。」

 修はそう言って一歩踏み出した。
隆平と孝太は後に従った。二人とも緊張と不安でがちがちになっていた。
その気配を察してか、ふたりを振り返った修はにっこりと笑った。

 「先に魔物を退治しとけば、鬼遣らいも成功間違いなしですよ。
儀式の時間までに間に合わせないと…ね…。」

 命懸けの状況なのにまるでゲームを楽しんでいるかのようなその笑顔にふたりは唖然とした。

 いかに戦い慣れているとはいえ魔物も小物ばかりとは限らない。
どちらかと言えば肝の据わっている方だと自負していた孝太も修の肝の太さには脱帽だった。

 



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二番目の夢(第二十一話 本音)

2005-07-31 23:53:40 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 隆弘が死んだ時に、隆平は自分が殺したのではないかと心配していたが、孝太も多分。隆平を襲った道夫や隆弘を自分が殺したのではと思い込んでいるのだろう。

 彰久の感じた所ではもとは一族の女ではないが孝太に近い親族であることには間違いない。とすれば、先代の愛人か。

 「おまえは孝太の祖母だな? なぜ孝太に憑いて困らせるのだ?」 

彰久は訊ねた。

 「孝太を困らせるつもりはない。 ちょっと身体を借りているだけだ。
あたしは先代に可愛がってもらったけど、先代が殺されてからはごみ扱いだった。
末松が助けてくれなければ、数増は路頭に迷うとこだったんだ。
 恩返しのつもりで手を貸してやっているのさ…。」

女は当然だろと言わんばかりの態度で答えた。

 「おまえにそのつもりがなくても孝太は死ぬほど苦しんでいる。何年もの間だ。
 生ある者を苦しめてはならぬ。ここにはもはやおまえの存在すべき場所はない。
すでに儚くなった身であるならば往くべきところへ往くがいい。」

 彰久が鬼面川式に除霊と霊送りを始めた。
孝太に憑依した女は暴れ抗った。 

 「孝太! 孝太! お祖母ちゃんを助けておくれ! あたしはまだ往くわけにはいかないんだ! 先代の恨みを晴らしてやるまでは…。」

 「女よ…。 私は先代の嫡孫だ。 村から追放された者の末裔だ。
亡き祖父母の無念を思えば、おまえの気持ちも分からぬではない。

 だが当代はすでに罰を受け、すでにこの世の者ではないのだ。
悪しき者の甘言に乗せられて、これ以上罪を重ね、往く道を誤るな…。」

女は一瞬戸惑った。しかし、すぐに思い直した。

 「ああ…だめだ! あたしがいなくなったらこの子だって殺されてしまう。
あいつには愛情なんかありゃしないんだ! 利用しているだけなんだからね。
あたしが護ってやらなけりゃいけないんだよ! あたしの可愛い孫なんだ…。」

女は孝太を庇うように背後から抱きしめた。

 「それは私の仕事だ…。 見たことのない私の力では信じられないと言うのなら…おまえもこの人の力は先ほど目にしたはずだ。 」

 彰久は修の方へ手を指し伸べた。女はじっと修を見つめた。

 「先代の嫡孫であるあんたの話を疑うわけじゃないが…。
この男は紫峰だと言っていたね…。 樹という人の伝説があるよね…。」 

 彰久は思わず修を振り返った。修も驚いたように彰久を見た。
女はそれ以上は伝説には触れなかった。

 何度も繰り返し、彰久は女を諭した。女はまだしばらくは躊躇しているようだったが、やがて孝太から離れた。彰久はこの哀れな女が往くべき世界へ逝けるようにと心を込めて霊送りを行った。

 突如、まるで一瞬のうちに宇宙空間にでも移動したかのように周りのすべてが天空の闇と光の中にぽっかりと浮かびあがった。女の姿は徐々に淡く儚くなり、天空の光の中へと消えていった。



 孝太は全身から力が抜けたようにへなへなと崩れ落ちた。孝太の目からはらはらと涙がこぼれ、頬を伝った。

 「婆さま…ご免な。俺が弱いばっかりに婆さまに悪ささせてしまった。 
俺が強けりゃ、婆さまに殺しなんかさせなかったのにな…。」

 人のいい孝太は祖母を恨んだりはしなかった。

 「 長くは生きられないと言われていた婆さまは、それでも何とか俺が生まれる頃までは生き延びたんです。 よほど無念の気持ちがあったのか、俺の傍にずっといて…でも俺は良く助けてもらったんです。 決して悪い人ではなかった。」 

 「分かりますよ…。 隆弘を殺したのも道夫を殺したのも、隆平くんを護ることであなたを助けたかったんでしょうね。 
ですが…この世に未練を残しとどまることは決して幸せとは言えないのですよ。」

 彰久がそう話すと孝太は大きく頷いた。

 「俺は昔のことはよく知りません。 ただ、先代の血を引く親父にはあまり力がなかったようで、すぐに結婚させられて血を繋ぐようにと言われていたようです。
 俺とすぐ後に加代子が生まれたのですが、少しでも力を持っているのは俺だけでした。」

 孝太は隆弘に所作を教わったこと、隆弘が殺した嬰児のこと、隆弘が妻を殺し、最後には当代を殺したことなど知っている限りのことを話して聞かせた。

 「最初末松は、隆弘がすべてを片付けていってくれるので手間が省けると言って傍観していたのですが、隆弘は当代と自分の妻子を殺した後は、誰にも手を出そうとはしなかったのです。

 末松としては、村長や弁護士、本家の跡目を狙って先代殺しに加担した親族を皆片付けて欲しいところだったのですが…。
 そこで長選びに事寄せて関係の深い親族を呼び出し、仇連中を殺すことにしたわけです。 彰久さんや史朗さんを呼んでおけば誰も疑わない…。」

 「道夫さんが亡くなった時あなたは本当はこちらに帰ってきていたのですね?」 
修が訊いた。

 「そうです。 隆平のことが心配で…。 隆弘が護ってくれることは分かってはいたんですが…。」

その場の者は皆、怪訝そうな顔をした。

 「隆平くんにあんな酷いことをしていた人が…ですか…?」

彰久が驚いた声を出した。

 「隆弘は確かに隆平に冷たくあたりました。 隆平が当代の血を引いているということや、自分の子ではないということで怒りの矛先をむけてしまったわけです。  しかし、反面、俺の子だということは先代、つまり隆弘の師匠の血も引いているという証拠でもあったのです。

 隆弘は敬愛して止まない師匠の孫に対して、まったく愛情がなかったというわけではないのです。
 そうでなければ、きちんとした衣食や教育を与えるはずがありません。
普通に小遣いを与え、必要なら携帯も持たせ…。

 隆弘自身は機嫌が悪くなるとああして殴る蹴るの乱暴を…なんだかんだと理由をつけては頻繁に酷いことをしてはいたのですが…。 

 他から攻撃を受ければ、隆弘は隆平を庇ったに違いないのです。
他人には決して隆平の悪口を言わなかったし言わせませんでした。」

孝太はきっぱりと言い切った。

 修は隆弘の言葉を思い出していた。  

『大事な息子を馬鹿げた慣習に殺されるようなことだけは避けにゃならん。』

あれは半分は本音だったのか…。

 「彰久さんたちを呼んだのはいいのですが、誤算だったのは彰久さんたちに相当大きな力が…特に鬼面川の祭祀を操る力があったことです。
長になる気はないにせよ、その力は末松にとっては脅威でした。

 その上、伝説に残る紫峰の一族まで現れて、末松はこれはことを急がねばならぬと感じたようです。

 それで一気に片をつけるべく塚の魔物を甦らせようとしました。
ところが誰かに封印されていてすぐには使えず…ですが同族の封印なら必ず解けると…。もう解いている頃かも知れません。」

 彰久はふとさっき女が言っていた樹の伝説が気に掛かった。

 「孝太さん。 あなたが言う伝説とはどんなものですか? 将平が書き残した文書には紫峰の名はあっても樹の名は記されてないはずですが…?
閑平が書き残していたのですか…?」

 彰久は訊いた。

 「ああ。 それは口伝にある言い伝えなのです。 この村での三代目時平が亡くなる前に嫡男をよび、『鬼面川の疑いは晴れたのだから、恩人の名前だけは伝えておかねばならぬ。 しかし書き残せば証拠になり、何かの折に紫峰家に迷惑をかけてしまうといけない。 口伝として伝えよ。』と言い残したといわれています。
 以来…親から子へと伝わってきました。」

 ああそれで…と、彰久も修も納得した。その伝説の名が隆平の脳裏にインプットされていて鬼の声に混ざったものだろう。その呼び声がなければ修が実際ここまでやってきていたかどうか…。 
 
 ともあれ、封印が解かれたのなら魔物退治に出かけなければなるまいと彰久は思った。修も同意見のようだ。ただ、隆平と孝太をどうするか。
置いていけば魔物を退治している間に、闇に襲われる危険がある。

 修は連れて行くことを選んだ。
護りながら戦うのは手間だが、ちょっと試してみたいこともある。

未知数の隆平の力…。
さて…どんな戦いっぷりを見せてくれるかな…。

魔物退治には命の危険を伴うというのに修はなんとなくわくわくしていた。





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二番目の夢(第二十話 憑依)

2005-07-30 20:06:23 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 急な仕事の入った修の代わりに子どもたちを旅館まで送っていくことになった西野は、この前封印してきた塚のことがひどく気になっていた。

 修の封印がよもや破られることはないだろうが、彰久の場合は相手が同族の可能性が高い為に解かれる虞は十分にあった。

 修は仕事が終わり次第出発すると言っていたが、村に到着するのは早くても夕方だろう。修のことだから下手をしたら夜中になってしまうかもしれない。
 
 封印の半分が解かれていた場合、魔物は最低4体…。中国の伝説などに見られるようにたとえもとは身体の一部に過ぎなくても、それぞれが独立して一体の魔物になることもあり、道具でさえも魔物化することがある。

 操っているものの力の大きさ如何だが、複数の魔物を相手にするとなると透や雅人はともかく、戦いの経験のない、まだ力も未知数な隆平をどう護るか…。
 また、千年もの間戦いから離れていた彰久や史朗がどこまで動けるか…。

 『史朗さんに魔物退治は無理だろうな…。もともと戦闘タイプではないし…。』
西野はそう感じていた。




 旅館に到着すると、鬼遣らいの準備で忙しいだろうに孝太が待っていてくれた。

 「孝太兄ちゃん…ただいま!」

孝太の姿を見つけると、隆平は小学生のように一目散に駆けて行った。

 「隆平…お帰り。 元気そうだな。 いい顔してるぞ。
皆さん…隆平がほんとにお世話になりまして…。 あの…修さんは…?」
 
 彰久たちの一団の中に修の姿を探すようにして孝太が訊ねた。

 「お仕事で少し遅れますが…あとから来られますよ。」

彰久が答えた。

 「そうですか…。 お会いしたかったのですが…。」

 孝太は残念そうに言った。
彰久に、鬼遣らいの観光用の予定ではなく、スタッフ側の予定表を手渡すと簡単に説明をし、この前と同じように木田と紫峰には衣冠姿で参加してもらいたいので早めに来て欲しいと言った。

 隆平をしばらく孝太と二人きりにさせてやろうと皆は先にそれぞれの部屋へ引き上げた。

 隆平は孝太に紫峰での新しい生活について手紙では言い尽くせないことをいろいろ話した。孝太は頷きながら隆平の一挙一動を見つめていた。

 発作を起こした時に修が毎晩のように添い寝してくれたこと。修がいない時は雅人と透が交代で傍にいてくれたこと。おかげでこの頃少し治まってきたことを話すと、孝太は深い感動を覚え、心の中で修たちに手を合わせた。

 「ところでなあ…隆平。 多分、大丈夫だとは思うんだが、俺は2~3日前からちょっと風邪気味でな。 明日、万が一熱でも出して動けなかったりしたら、おまえ代わりに鬼遣らいの祭祀を務めてくれるか?」

 孝太は突然そんなことを言い出した。隆平は特に疑う様子もなく頷いた。

 「いいけど…気分悪いの? 孝太兄ちゃん。 大丈夫? 」 

 「何の。 どうっちゅうことはありゃあせんが。 もしものことだが。」

 孝太は安心しろというように笑って見せた。

 「隆平…あのな…。 …いや…まあいいか。 これから寒くなるで…おまえも身体に気いつけてな。 俺はおまえのこといつも案じとるで…。 」

 そう言うとまだ準備があるからと孝太は帰っていった。隆平は後姿を見送った後、皆の待つ部屋へ引き上げていった。
 


 西野は着いた早々塚を巡り、封印が解かれていないかどうかを確かめた。
西野が確認した時点では、八つの塚の封印はしっかりしており、鬼面川の封印さえ手を付けられた様子はなかった。

 ところが不思議なことに封印の下で何かが蠢く気配が感じられ、それは以前よりもさらに成長しており、封印が解かれればあっという間に飛び出して襲いかかってくるだろうと思われた。それらを操る者が、まるでこんな封印など屁でもないと嘲笑っているかのようだった。
 
 今、手を出して封印を解いてしまうわけにもいかないので、西野は、修にはメールを送り、一先ず彰久たちだけでも警戒態勢を取らせておかなければと思い旅館に向かった。  

 

 秋の日は釣瓶落としなどと言われるように、夕刻になるとあたりも暗く、分家の庭から見える本家の輪郭は黒々として大きな影のようだった。

 孝太がぼんやり眺めていると影のそこ、ここで明かりのようなものが揺らめいた。本家にはいまは誰も住んでいないため、鬼遣らいに来た親戚は皆旅館の方に寝泊りしているはずで、こんな時間に誰もいようはずがなかった。

 「親父…本家がちょっと妙だで見てくるわ。 だれぞおるんかも知らん。」

孝太は家の奥にいる数増に声をかけた。

 「孝太。 危ないでおいといたほうがいいぞ。 泥棒かもわからん。」

 数増が注意した。しかし、孝太は本家の方へ向かって歩いていった。
仕方なく数増も懐中電灯を持って後を追った。

 本家の玄関の扉が少し開いていた。
今朝、家屋に風を入れた時には、きちんと鍵をかけたはずだった。

 孝太はそっと中に入った。
玄関の三和土の所から中を覗いてみると奥座敷の方に明かりが見えた。
すぐに動けるように、二人とも下履きのまま奥へ向かった。

 座敷の入り口のところに足が見えた。孝太が急いで近寄ってみると朝子が仰向けに倒れていた。周りに通帳や権利書が飛び散っていた。

 「朝子さん! 何があった?」

 孝太が呼びかけても反応はなかった。数増が思わず声を上げた。座敷の反対側にうつ伏せになった秀夫がいた。彼の周りにも貴金属製品などが散乱していた。

 「親父! 救急車! 救急車! 警察呼べ!」

 数増は急いで自宅へ戻っていった。




 数増の足音が消えてしまうと、孝太は闇のほうへ向かって叫んだ。

 「なぜだ…何の力もないこの二人をなぜ襲った?」

闇がくっくっと笑った。

 「見りゃ分かるだろが…。こいつら本家の財産を狙ってきたんだ。
当代の血を直接引く二人がいっぺんに来てくれて手間が省けた…。」

闇はしわがれた声で言った。

 「何人殺しゃ気が済む…。 もうやめてくれ!」

 「まだおる…。 村長…弁護士…皆同じ穴の狢だ。 隆平も…。」

孝太は頭に血が上った。

 「隆平に手え出すな! 先代が死んだときには生まれてもいなかったんだ。」

闇はまた笑った。

 「子どもなんぞ…またこさえたらええが。 おまえは若いで…。 」

 「とんでもない! 隆平はひとりだ! 何人子どもができたって…隆平はひとりなんだ! 誰にも殺させやしねえ!」

 孝太は闇に向かっていこうとした。手が触れようとした瞬間、闇は孝太を突き飛ばした。

 「おまえ如きの力で何ができる。 役にも立たない鬼封じが関の山だ。
おとなしく鬼面川を継いで観光用の儀式でもやってろ…。」

闇はまた声を上げて笑った。

 「俺が敵わずに死んでも隆平にゃ指一本触れさせやしねえ!」

闇は孝太を捕らえて締め上げた。孝太の全身に痛みが走った。

 「おまえを殺して加代子を動かした方がいいか…? 加代子もおまえの可愛い妹だろが…? 」

 「外道! くたばれ!」

 孝太は逃れようともがいたが闇の力は強く、動くこともできないままさらに締め上げられた。激しい苦痛の中で気が遠くなりそうな孝太の目の前に、突然誰かが飛び込んできた。
 転がった懐中電灯の明かりではそれが誰なのかは見定めることができなかった。闇の中でその身体は青みを帯びた紫の焔を纏い、その瞳が金沙、銀沙を散らしたように輝いた。孝太は巨大なエネルギーのようなものを感じた。
 その人が孝太に触れるとたちまち呪縛は解け、孝太は痛みから解放された。

 「闇の者よ。 この場で滅びたくなければ去れ! 一度だけは見逃してやろう。再びこの者や縁の者に仇なせば、ただではおかぬぞ! 」

 その声の強い響きは相手を圧倒した。闇はその人の放つ光を怖れたのか慌てて姿を消した。
 闇の気配が消えると、その人もただの人間の姿に戻った。
後には本物の闇だけが残った。

 「孝太さん。 無茶をするなと言ったはずですよ…。 」

聞き覚えのある声が、孝太に語りかけた。

 「お…修さん?」

 その時、慌しく救急隊員と警察官が駆けつけてきた。
現場の状況から、最初は強盗にでも襲われたのかと思われたが、死因がまたまた心臓麻痺ということと、散らばった権利書や貴金属から死んだ二人の指紋が採取されたことで、逆に、本家の財産を盗みに入って何らかの原因でショック死したものと判断された。これでまた、鬼に喰われたといううわさが流れることだろう。

 本家で事件が起きたという情報はすでに旅館へも届いていた。隆平は気が気じゃなかったが孝太が無事だと聞いて安心した。

 修は孝太を連れて彰久の部屋に来ていた。

 「孝太さん。 話して頂けますね。 あれの正体を…。」
 
 孝太は俯いて黙っていたが、やがて決心したようにポツリポツリ話し始めた。

 「先代が亡くなったとき、力のあるなしから言えば、末松が跡取り候補の筆頭のはずでした。ところが、村長も弁護士も、まったく力を持たない次男の当代が継ぐべきだと言い出したのです。

 争いごとの嫌いな末松は何かあるとは思いながら黙って従いました。
しかし、その後の十数年は酷いもので、先代の妻と子どもが追い出され、鬼面川の祭祀はまったくいい加減な状態に追いやられ、当代のやりたい放題。
観光に使わない塚は手入れもされず、結果、災害が起きても知らん顔。

 最初の災害で末松は妻と娘を亡くし当代を恨みました。
その頃、先代の愛人だった女が病気でもう助からないと言われたらしくすでに高校生くらいになっていた数増を連れて末松を訪れたのです。
 数増は前に末松の子としてもらわれてきていたのですが、実の娘が生まれた時に末松の妻との折り合いが悪くなって、しばらく母親の所に戻っていました。

 その女から、先代が本当は殺されたこと、どうやら他の親戚や村長や弁護士がぐるになっているらしいこと、先代の家族が帰ってこられないように無理やり再婚させてしまったことなどを聞き、怒り心頭に発しました。

 末松は自分の妻子と長兄の復讐を誓いました。
長兄の息子、数増を自分の子どもとして偽りの認知をし、偽りの婚姻届を出し、世間的には自分と後妻の子という形をとり、数増にも復讐心を植えつけました。

 まあどんな形をとってもこういう小さな村のことですから、生まれてすぐに引き取った時点で、数増が何者かなんてことはすぐ知れ渡ってしまい、今更認知するのしないのなんて気休めみたいなものだったのですが…。

 数増が早めに結婚をしたので、俺と当代の末の娘、隆平の母親はそれほど年が離れていませんでした。無論彼女の方が年上でしたが…。

 最初、末松は俺と彼女を結婚させるつもりでした。そこに隆弘が現れたのです。
隆弘は彼女よりも十いくつも年上でしたが、先代の弟子であり、力を持っており、祭祀もできたので、当代としては利用価値があったのです。

末松の計画は挫折しました。…結果的には隆弘も同じ目的だったのですが。」

 孝太はまたしばらく沈黙した。孝太としてみれば身内のことだけに相当話し辛いに違いない。
 修は急がせなかった。彰久もじっと孝太が話す気になるのを待った。

 「隆弘が…自分の子を…ふたり殺してまで…当代の血を消し去ろうとしたのを知って…。 もう…奴を止められなくなりました。 俺の力ではどうにも…。」

 孝太は苦しげな表情を浮かべた。
孝太の中でいま相当な葛藤が起きているのが分かった。
部屋のなかに怪しげな空気が漂い始め、それは史朗にでさえ感知できた。

 突然、押し殺すような女性の笑い声が孝太の口から吐き出された。

 「おまえのために…殺してやったんじゃないか。 隆平助けたかったんだろ。」

孝太の表情が明らかに別人のように変わっていた。

 「あたしはあいつと違って、隆平まで殺そうとは思わないよ。 」

 修も彰久も孝太の中に別の存在を見ていた。
それは中年の女性の姿をしており、どこか数増や孝太に似た面影があった。

長きに亘って孝太を苦しめ続けていた何者かがいまここに姿を現そうとしていた。





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二番目の夢(第十九話 嬰児殺し)

2005-07-28 23:33:00 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 隆平のいなくなった本家の居間で孝太はぼんやり庭を眺めていた。
隆平からの手紙が手元に置かれてあった。
 驚いたこと、楽しげなことがいっぱい書かれてあって、少なくとも今までよりはずっといい環境にいることが察せられた。

 この二週間ほど仕事の合間を縫っては、数増とともに遺された本家の家財を整理し、財産的価値のあるものに関しては弁護士立会いの下で記録し、隆平にも分かりやすいようにしておいた。

 隆平個人が相続するものについてはすでに手続きも済ませたし、面川の一族が引き継ぐものについては長が決まり次第ということになっている。

 自分が今死ぬようなことがあっても隆平が困ることのないようにだけは手配したつもりだ。
 
 「隆平…可愛がってもらえてよかったな…。」
 
孝太はそう呟いて笑みを浮かべた。 

 『無茶はなさらないでくださいね。』

 修のあの言葉。孝太の覚悟を察してのことだったのか…?
鬼面川の一族には生まれつきの力の備わっている者が少ないという話は、彰久から話を聞く前に知っていた。
 その少ない中に隆平がいて、隆弘がいて、そして自分がいる。
修はそのことに気付いていたのか…?

 孝太ははるか昔のことに思いを馳せた。隆弘から所作を教えられている頃の自分はちょうど今の隆平と同じくらいか少し下だったか…。



 崩れた刀塚の土を掘り返して隆弘が何かを埋めていた。それは布に包まれた小さなものだったが異様な匂いを発していた。

 『死産した…赤ん坊だ。 これで二人目。 前に槍塚にもひとり埋めた。』 

孝太は息が詰まりそうになるくらい驚いたが、隆弘は事も無げだった。

 『あいつらの子孫など残させん。 たとえ俺の子であっても闇へ葬る。』

隆弘のその狂気とも思える復讐心に孝太は言いようのない恐怖を覚えた。

 隆弘が復讐しようとしている訳を孝太も知っていた。
世間では病死ということになっているが、隆弘を後継者候補として大事に育ててくれた先代が当代である父娘に殺されたこと。
その妻が子どもともども本家から追い出されるようにして無理やり再婚させられたこと。

 『よう覚えとけ。 あいつらは鬼だで。』

隆弘はまるで犬の死骸でも葬るように我が子を塚に埋めた。

 先代殺しに隆弘の妻である当代の娘も加担したと隆弘は言ったが、先代が亡くなったときその娘はまだ幼児で多分何をさせられているのかさえ解ってなかったことだろう。その娘さえも復讐の対象にしている…。狂っているとしか思えない。

 孝太にとってその娘というのは親戚の優しいお姉さんで、孝太とは小さい頃から仲が良かった。隆弘が養子にはいるまでは、孝太の嫁にと数増が他所でも話していたくらいだったのだ。

 三度目に妻が子を宿したとき、隆弘は今までのように死産はさせなかった。
産み月がちょうど鬼遣らいの時期で、妻がもし祭祀の途中で死んでも鬼に喰われたという恰好の口実ができたからだった。

 妻は医学的には早産のための出血が原因で死亡したことになった。
隆弘にも予測できなかったことだが奇跡的に隆平が生き残った。
 誤算には違いなかったが、赤ん坊のひとりくらい突然死にでも事故死にでもできるのに隆弘はなぜか隆平を殺さなかった。

 『こいつは当代の血を受け継いでいるが、先代の血も受け継いでいる。』

 そう言って隆平を育てたのだった。その育て方は酷いものだったが、衣食などはきちんと与え、教育も世間並みに受けさせていた。
隆弘は隆平に対して表と裏の両面で接していたと言えるのかもしれない。

 先代の血…彰久や史朗以外にその血を引くものはいないはずだが、先代には愛人がいて、その愛人の産んだ子が分家に引き取られていた。

 孝太の父数増である。末松には子どもがなかったため、誰にも内緒で生まれたばかりの数増を我が子として引き取った。勿論、世間的には末松と妻が実の親になっていた。孝太は自分が先代の孫であることを隆弘に教わった…。
隆弘は孝太にも復讐心を植え付けようとしたのだ。
 


 何度も取り返そうと思った。実際、何度も取り戻しに行った。
世間がどう言おうと構ったもんじゃない。何とでも騒ぐがいい。

 だが、隆平の戸籍上の父親は隆弘だ。隆弘は頑なに引き渡しを拒んだ。
力づくで取り返しても法律は味方してくれない。

 隆平が酷い目に遭わされていると聞くたびに胸が痛み、怒りがこみ上げ、何もしてやれない無力感に苛まれ…苦しんだ。

 「隆平…許せ…。」

 隆弘が死んだ時、これで一緒に暮らせる…おまえを取り戻せると思った。
だけどこの村ににいたらおまえも殺される…。
おまえに当代の血が半分でも入っている以上、奴はおまえを諦めない。
どこまでも追っていき目的を遂げるだろう。

 俺がおまえにしてやれるのはここでおまえの楯になってやること…。
 
 たとえ俺に勝ち目がなくても後は修さんや彰久さんが護ってくれる。
だから俺はもう迷うこともない。

 「隆平…。」

孝太はもう一度我が子の名を呼んだ。



 新生活を始めた隆平にとって毎日が驚きの連続だった。紫峰家のどでかい屋敷もさることながら、ひとつの町のような大きな学校、エリートだらけの同級生、大学で教鞭を執れそうないかめしい教授陣、雲のような奇妙な犬、ゲーム好きなお祖父さま、時代劇に出てきそうな使用人、所作の異なる紫峰の祭祀…数え上げたらきりがない。
 それでも若い隆平はすぐに慣れ、まだ時々は悪夢にうなされるものの、少しづつ
紫峰家での生活を楽しめるようになってきていた。
 
 「おお! 雅人また理数系科目トップ。 但し、文系科目で急降下!」

 「悟はすげえよな。三年間ずっとトップだもん。」

 「当然です。 僕は将来この藤宮学園の理事長ですからね。負けられません。」

 「透。文系科目で上昇! 理数系はなんとか平行線をたどる。 晃は…全科目平行線。」

 「悟兄さん。僕。すっごいハンディ負わされてると思わない? 
僕の学年にはこいつらがずっといるんだからね。」

 「隆平。 おお! 初めてのテストにしちゃ上出来。 晃。すぐ傍まで迫られてるぞ!」

 「きゃ~。やめて。こないで~ってか?」

 中間試験の結果が出て、紫峰、藤宮の面々が他愛のない成績談義に花を咲かせているのを楽しげに笑って見ていた。
 笙子の兄、務が、宗主の友人ならということで、彰久と玲子の結婚を認めたので隆平も自動的に藤宮の親族となった。当然悟や晃とも親戚である。
 学校では面川ではなく旧名鬼面川を名乗っている。紫峰や藤宮の間に挟まれるとその方がなんとなく臆さずにいられそうだった。

 図体のでかい雅人や透の傍にいると普通サイズの隆平でもなんとなく年下のように見え、雅人も透も冬樹が帰ってきたような妙な気持ちになることがあった。
修でさえ、時折、冬樹と言いそうになるのを堪えているようだった。

 孝太から返事が届いたのは鬼遣らいの少し前だった。皆が寝静まった頃を見計らって、隆平は孝太の手紙を読んだ。
 元気そうで何よりだとか、いい人たちに巡り会えてよかったとか、家財の整理をしておいたとか、そんな話ばかりが続いた。
 もう最後くらいのところで隆平…隆平…隆平…と何度も名前を書き連ねてあるのが、逢いたい…寂しいと言っているようで隆平は思わず涙ぐんだ。

 修からは発作が起きなくなっても突然怖くなったりしたら部屋へ来るようにと言われていた。怖くなったわけじゃないけどひとりで居たくなかった。 
修はまだベッドで本を読んでいた。
幽霊のように現れた隆平を見ると微笑んでおいでというように掛け布団の片側を開けてくれた。

隆平は修の隣で胎児のように丸くなった。

 「修さん…僕…孝太兄ちゃんの子どもなんだ…。」

隆平はポツリと呟いた。

 「誰かにそう言われたのかい?」

修は本を置いて隆平を見た。

 「…何度か僕を取り返しに来た。 僕はずっと前から知ってたけど…気付かない振りしていた。」

 「そう…。」

 それは予想していたこととはいえ、隆平の口から聞かされるとは思ってはいなかった。その事実を隆平はどう受け止めたのだろう。

 「孝太さんが村を出るように勧めたのは…きっと君のためを思ってのことだよ。
親としてそうしなければならない何かがあったんだ。」

修が言うと、隆平は首を振った。

 「一緒に暮らせないのを恨んでるわけじゃないんだ…。
ただ孝太兄ちゃんにばかり苦しい思いをさせているようで申し訳なくて…。
いま僕とても幸せだから…。」

 『本当に?』と訊きそうになって修は堪えた。訊くだけ野暮だ。
物質的な満足など一時しのぎに過ぎない。

 「もうじき鬼遣らいだ…孝太さんとも会えるよ。もう誰も邪魔はしないだろう。
好きなだけ甘えてくるといいよ。」

修はそう言って穏やかに笑った。
  



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