徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

二番目の夢(第二十一話 本音)

2005-07-31 23:53:40 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 隆弘が死んだ時に、隆平は自分が殺したのではないかと心配していたが、孝太も多分。隆平を襲った道夫や隆弘を自分が殺したのではと思い込んでいるのだろう。

 彰久の感じた所ではもとは一族の女ではないが孝太に近い親族であることには間違いない。とすれば、先代の愛人か。

 「おまえは孝太の祖母だな? なぜ孝太に憑いて困らせるのだ?」 

彰久は訊ねた。

 「孝太を困らせるつもりはない。 ちょっと身体を借りているだけだ。
あたしは先代に可愛がってもらったけど、先代が殺されてからはごみ扱いだった。
末松が助けてくれなければ、数増は路頭に迷うとこだったんだ。
 恩返しのつもりで手を貸してやっているのさ…。」

女は当然だろと言わんばかりの態度で答えた。

 「おまえにそのつもりがなくても孝太は死ぬほど苦しんでいる。何年もの間だ。
 生ある者を苦しめてはならぬ。ここにはもはやおまえの存在すべき場所はない。
すでに儚くなった身であるならば往くべきところへ往くがいい。」

 彰久が鬼面川式に除霊と霊送りを始めた。
孝太に憑依した女は暴れ抗った。 

 「孝太! 孝太! お祖母ちゃんを助けておくれ! あたしはまだ往くわけにはいかないんだ! 先代の恨みを晴らしてやるまでは…。」

 「女よ…。 私は先代の嫡孫だ。 村から追放された者の末裔だ。
亡き祖父母の無念を思えば、おまえの気持ちも分からぬではない。

 だが当代はすでに罰を受け、すでにこの世の者ではないのだ。
悪しき者の甘言に乗せられて、これ以上罪を重ね、往く道を誤るな…。」

女は一瞬戸惑った。しかし、すぐに思い直した。

 「ああ…だめだ! あたしがいなくなったらこの子だって殺されてしまう。
あいつには愛情なんかありゃしないんだ! 利用しているだけなんだからね。
あたしが護ってやらなけりゃいけないんだよ! あたしの可愛い孫なんだ…。」

女は孝太を庇うように背後から抱きしめた。

 「それは私の仕事だ…。 見たことのない私の力では信じられないと言うのなら…おまえもこの人の力は先ほど目にしたはずだ。 」

 彰久は修の方へ手を指し伸べた。女はじっと修を見つめた。

 「先代の嫡孫であるあんたの話を疑うわけじゃないが…。
この男は紫峰だと言っていたね…。 樹という人の伝説があるよね…。」 

 彰久は思わず修を振り返った。修も驚いたように彰久を見た。
女はそれ以上は伝説には触れなかった。

 何度も繰り返し、彰久は女を諭した。女はまだしばらくは躊躇しているようだったが、やがて孝太から離れた。彰久はこの哀れな女が往くべき世界へ逝けるようにと心を込めて霊送りを行った。

 突如、まるで一瞬のうちに宇宙空間にでも移動したかのように周りのすべてが天空の闇と光の中にぽっかりと浮かびあがった。女の姿は徐々に淡く儚くなり、天空の光の中へと消えていった。



 孝太は全身から力が抜けたようにへなへなと崩れ落ちた。孝太の目からはらはらと涙がこぼれ、頬を伝った。

 「婆さま…ご免な。俺が弱いばっかりに婆さまに悪ささせてしまった。 
俺が強けりゃ、婆さまに殺しなんかさせなかったのにな…。」

 人のいい孝太は祖母を恨んだりはしなかった。

 「 長くは生きられないと言われていた婆さまは、それでも何とか俺が生まれる頃までは生き延びたんです。 よほど無念の気持ちがあったのか、俺の傍にずっといて…でも俺は良く助けてもらったんです。 決して悪い人ではなかった。」 

 「分かりますよ…。 隆弘を殺したのも道夫を殺したのも、隆平くんを護ることであなたを助けたかったんでしょうね。 
ですが…この世に未練を残しとどまることは決して幸せとは言えないのですよ。」

 彰久がそう話すと孝太は大きく頷いた。

 「俺は昔のことはよく知りません。 ただ、先代の血を引く親父にはあまり力がなかったようで、すぐに結婚させられて血を繋ぐようにと言われていたようです。
 俺とすぐ後に加代子が生まれたのですが、少しでも力を持っているのは俺だけでした。」

 孝太は隆弘に所作を教わったこと、隆弘が殺した嬰児のこと、隆弘が妻を殺し、最後には当代を殺したことなど知っている限りのことを話して聞かせた。

 「最初末松は、隆弘がすべてを片付けていってくれるので手間が省けると言って傍観していたのですが、隆弘は当代と自分の妻子を殺した後は、誰にも手を出そうとはしなかったのです。

 末松としては、村長や弁護士、本家の跡目を狙って先代殺しに加担した親族を皆片付けて欲しいところだったのですが…。
 そこで長選びに事寄せて関係の深い親族を呼び出し、仇連中を殺すことにしたわけです。 彰久さんや史朗さんを呼んでおけば誰も疑わない…。」

 「道夫さんが亡くなった時あなたは本当はこちらに帰ってきていたのですね?」 
修が訊いた。

 「そうです。 隆平のことが心配で…。 隆弘が護ってくれることは分かってはいたんですが…。」

その場の者は皆、怪訝そうな顔をした。

 「隆平くんにあんな酷いことをしていた人が…ですか…?」

彰久が驚いた声を出した。

 「隆弘は確かに隆平に冷たくあたりました。 隆平が当代の血を引いているということや、自分の子ではないということで怒りの矛先をむけてしまったわけです。  しかし、反面、俺の子だということは先代、つまり隆弘の師匠の血も引いているという証拠でもあったのです。

 隆弘は敬愛して止まない師匠の孫に対して、まったく愛情がなかったというわけではないのです。
 そうでなければ、きちんとした衣食や教育を与えるはずがありません。
普通に小遣いを与え、必要なら携帯も持たせ…。

 隆弘自身は機嫌が悪くなるとああして殴る蹴るの乱暴を…なんだかんだと理由をつけては頻繁に酷いことをしてはいたのですが…。 

 他から攻撃を受ければ、隆弘は隆平を庇ったに違いないのです。
他人には決して隆平の悪口を言わなかったし言わせませんでした。」

孝太はきっぱりと言い切った。

 修は隆弘の言葉を思い出していた。  

『大事な息子を馬鹿げた慣習に殺されるようなことだけは避けにゃならん。』

あれは半分は本音だったのか…。

 「彰久さんたちを呼んだのはいいのですが、誤算だったのは彰久さんたちに相当大きな力が…特に鬼面川の祭祀を操る力があったことです。
長になる気はないにせよ、その力は末松にとっては脅威でした。

 その上、伝説に残る紫峰の一族まで現れて、末松はこれはことを急がねばならぬと感じたようです。

 それで一気に片をつけるべく塚の魔物を甦らせようとしました。
ところが誰かに封印されていてすぐには使えず…ですが同族の封印なら必ず解けると…。もう解いている頃かも知れません。」

 彰久はふとさっき女が言っていた樹の伝説が気に掛かった。

 「孝太さん。 あなたが言う伝説とはどんなものですか? 将平が書き残した文書には紫峰の名はあっても樹の名は記されてないはずですが…?
閑平が書き残していたのですか…?」

 彰久は訊いた。

 「ああ。 それは口伝にある言い伝えなのです。 この村での三代目時平が亡くなる前に嫡男をよび、『鬼面川の疑いは晴れたのだから、恩人の名前だけは伝えておかねばならぬ。 しかし書き残せば証拠になり、何かの折に紫峰家に迷惑をかけてしまうといけない。 口伝として伝えよ。』と言い残したといわれています。
 以来…親から子へと伝わってきました。」

 ああそれで…と、彰久も修も納得した。その伝説の名が隆平の脳裏にインプットされていて鬼の声に混ざったものだろう。その呼び声がなければ修が実際ここまでやってきていたかどうか…。 
 
 ともあれ、封印が解かれたのなら魔物退治に出かけなければなるまいと彰久は思った。修も同意見のようだ。ただ、隆平と孝太をどうするか。
置いていけば魔物を退治している間に、闇に襲われる危険がある。

 修は連れて行くことを選んだ。
護りながら戦うのは手間だが、ちょっと試してみたいこともある。

未知数の隆平の力…。
さて…どんな戦いっぷりを見せてくれるかな…。

魔物退治には命の危険を伴うというのに修はなんとなくわくわくしていた。





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