徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

二番目の夢(第二十話 憑依)

2005-07-30 20:06:23 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 急な仕事の入った修の代わりに子どもたちを旅館まで送っていくことになった西野は、この前封印してきた塚のことがひどく気になっていた。

 修の封印がよもや破られることはないだろうが、彰久の場合は相手が同族の可能性が高い為に解かれる虞は十分にあった。

 修は仕事が終わり次第出発すると言っていたが、村に到着するのは早くても夕方だろう。修のことだから下手をしたら夜中になってしまうかもしれない。
 
 封印の半分が解かれていた場合、魔物は最低4体…。中国の伝説などに見られるようにたとえもとは身体の一部に過ぎなくても、それぞれが独立して一体の魔物になることもあり、道具でさえも魔物化することがある。

 操っているものの力の大きさ如何だが、複数の魔物を相手にするとなると透や雅人はともかく、戦いの経験のない、まだ力も未知数な隆平をどう護るか…。
 また、千年もの間戦いから離れていた彰久や史朗がどこまで動けるか…。

 『史朗さんに魔物退治は無理だろうな…。もともと戦闘タイプではないし…。』
西野はそう感じていた。




 旅館に到着すると、鬼遣らいの準備で忙しいだろうに孝太が待っていてくれた。

 「孝太兄ちゃん…ただいま!」

孝太の姿を見つけると、隆平は小学生のように一目散に駆けて行った。

 「隆平…お帰り。 元気そうだな。 いい顔してるぞ。
皆さん…隆平がほんとにお世話になりまして…。 あの…修さんは…?」
 
 彰久たちの一団の中に修の姿を探すようにして孝太が訊ねた。

 「お仕事で少し遅れますが…あとから来られますよ。」

彰久が答えた。

 「そうですか…。 お会いしたかったのですが…。」

 孝太は残念そうに言った。
彰久に、鬼遣らいの観光用の予定ではなく、スタッフ側の予定表を手渡すと簡単に説明をし、この前と同じように木田と紫峰には衣冠姿で参加してもらいたいので早めに来て欲しいと言った。

 隆平をしばらく孝太と二人きりにさせてやろうと皆は先にそれぞれの部屋へ引き上げた。

 隆平は孝太に紫峰での新しい生活について手紙では言い尽くせないことをいろいろ話した。孝太は頷きながら隆平の一挙一動を見つめていた。

 発作を起こした時に修が毎晩のように添い寝してくれたこと。修がいない時は雅人と透が交代で傍にいてくれたこと。おかげでこの頃少し治まってきたことを話すと、孝太は深い感動を覚え、心の中で修たちに手を合わせた。

 「ところでなあ…隆平。 多分、大丈夫だとは思うんだが、俺は2~3日前からちょっと風邪気味でな。 明日、万が一熱でも出して動けなかったりしたら、おまえ代わりに鬼遣らいの祭祀を務めてくれるか?」

 孝太は突然そんなことを言い出した。隆平は特に疑う様子もなく頷いた。

 「いいけど…気分悪いの? 孝太兄ちゃん。 大丈夫? 」 

 「何の。 どうっちゅうことはありゃあせんが。 もしものことだが。」

 孝太は安心しろというように笑って見せた。

 「隆平…あのな…。 …いや…まあいいか。 これから寒くなるで…おまえも身体に気いつけてな。 俺はおまえのこといつも案じとるで…。 」

 そう言うとまだ準備があるからと孝太は帰っていった。隆平は後姿を見送った後、皆の待つ部屋へ引き上げていった。
 


 西野は着いた早々塚を巡り、封印が解かれていないかどうかを確かめた。
西野が確認した時点では、八つの塚の封印はしっかりしており、鬼面川の封印さえ手を付けられた様子はなかった。

 ところが不思議なことに封印の下で何かが蠢く気配が感じられ、それは以前よりもさらに成長しており、封印が解かれればあっという間に飛び出して襲いかかってくるだろうと思われた。それらを操る者が、まるでこんな封印など屁でもないと嘲笑っているかのようだった。
 
 今、手を出して封印を解いてしまうわけにもいかないので、西野は、修にはメールを送り、一先ず彰久たちだけでも警戒態勢を取らせておかなければと思い旅館に向かった。  

 

 秋の日は釣瓶落としなどと言われるように、夕刻になるとあたりも暗く、分家の庭から見える本家の輪郭は黒々として大きな影のようだった。

 孝太がぼんやり眺めていると影のそこ、ここで明かりのようなものが揺らめいた。本家にはいまは誰も住んでいないため、鬼遣らいに来た親戚は皆旅館の方に寝泊りしているはずで、こんな時間に誰もいようはずがなかった。

 「親父…本家がちょっと妙だで見てくるわ。 だれぞおるんかも知らん。」

孝太は家の奥にいる数増に声をかけた。

 「孝太。 危ないでおいといたほうがいいぞ。 泥棒かもわからん。」

 数増が注意した。しかし、孝太は本家の方へ向かって歩いていった。
仕方なく数増も懐中電灯を持って後を追った。

 本家の玄関の扉が少し開いていた。
今朝、家屋に風を入れた時には、きちんと鍵をかけたはずだった。

 孝太はそっと中に入った。
玄関の三和土の所から中を覗いてみると奥座敷の方に明かりが見えた。
すぐに動けるように、二人とも下履きのまま奥へ向かった。

 座敷の入り口のところに足が見えた。孝太が急いで近寄ってみると朝子が仰向けに倒れていた。周りに通帳や権利書が飛び散っていた。

 「朝子さん! 何があった?」

 孝太が呼びかけても反応はなかった。数増が思わず声を上げた。座敷の反対側にうつ伏せになった秀夫がいた。彼の周りにも貴金属製品などが散乱していた。

 「親父! 救急車! 救急車! 警察呼べ!」

 数増は急いで自宅へ戻っていった。




 数増の足音が消えてしまうと、孝太は闇のほうへ向かって叫んだ。

 「なぜだ…何の力もないこの二人をなぜ襲った?」

闇がくっくっと笑った。

 「見りゃ分かるだろが…。こいつら本家の財産を狙ってきたんだ。
当代の血を直接引く二人がいっぺんに来てくれて手間が省けた…。」

闇はしわがれた声で言った。

 「何人殺しゃ気が済む…。 もうやめてくれ!」

 「まだおる…。 村長…弁護士…皆同じ穴の狢だ。 隆平も…。」

孝太は頭に血が上った。

 「隆平に手え出すな! 先代が死んだときには生まれてもいなかったんだ。」

闇はまた笑った。

 「子どもなんぞ…またこさえたらええが。 おまえは若いで…。 」

 「とんでもない! 隆平はひとりだ! 何人子どもができたって…隆平はひとりなんだ! 誰にも殺させやしねえ!」

 孝太は闇に向かっていこうとした。手が触れようとした瞬間、闇は孝太を突き飛ばした。

 「おまえ如きの力で何ができる。 役にも立たない鬼封じが関の山だ。
おとなしく鬼面川を継いで観光用の儀式でもやってろ…。」

闇はまた声を上げて笑った。

 「俺が敵わずに死んでも隆平にゃ指一本触れさせやしねえ!」

闇は孝太を捕らえて締め上げた。孝太の全身に痛みが走った。

 「おまえを殺して加代子を動かした方がいいか…? 加代子もおまえの可愛い妹だろが…? 」

 「外道! くたばれ!」

 孝太は逃れようともがいたが闇の力は強く、動くこともできないままさらに締め上げられた。激しい苦痛の中で気が遠くなりそうな孝太の目の前に、突然誰かが飛び込んできた。
 転がった懐中電灯の明かりではそれが誰なのかは見定めることができなかった。闇の中でその身体は青みを帯びた紫の焔を纏い、その瞳が金沙、銀沙を散らしたように輝いた。孝太は巨大なエネルギーのようなものを感じた。
 その人が孝太に触れるとたちまち呪縛は解け、孝太は痛みから解放された。

 「闇の者よ。 この場で滅びたくなければ去れ! 一度だけは見逃してやろう。再びこの者や縁の者に仇なせば、ただではおかぬぞ! 」

 その声の強い響きは相手を圧倒した。闇はその人の放つ光を怖れたのか慌てて姿を消した。
 闇の気配が消えると、その人もただの人間の姿に戻った。
後には本物の闇だけが残った。

 「孝太さん。 無茶をするなと言ったはずですよ…。 」

聞き覚えのある声が、孝太に語りかけた。

 「お…修さん?」

 その時、慌しく救急隊員と警察官が駆けつけてきた。
現場の状況から、最初は強盗にでも襲われたのかと思われたが、死因がまたまた心臓麻痺ということと、散らばった権利書や貴金属から死んだ二人の指紋が採取されたことで、逆に、本家の財産を盗みに入って何らかの原因でショック死したものと判断された。これでまた、鬼に喰われたといううわさが流れることだろう。

 本家で事件が起きたという情報はすでに旅館へも届いていた。隆平は気が気じゃなかったが孝太が無事だと聞いて安心した。

 修は孝太を連れて彰久の部屋に来ていた。

 「孝太さん。 話して頂けますね。 あれの正体を…。」
 
 孝太は俯いて黙っていたが、やがて決心したようにポツリポツリ話し始めた。

 「先代が亡くなったとき、力のあるなしから言えば、末松が跡取り候補の筆頭のはずでした。ところが、村長も弁護士も、まったく力を持たない次男の当代が継ぐべきだと言い出したのです。

 争いごとの嫌いな末松は何かあるとは思いながら黙って従いました。
しかし、その後の十数年は酷いもので、先代の妻と子どもが追い出され、鬼面川の祭祀はまったくいい加減な状態に追いやられ、当代のやりたい放題。
観光に使わない塚は手入れもされず、結果、災害が起きても知らん顔。

 最初の災害で末松は妻と娘を亡くし当代を恨みました。
その頃、先代の愛人だった女が病気でもう助からないと言われたらしくすでに高校生くらいになっていた数増を連れて末松を訪れたのです。
 数増は前に末松の子としてもらわれてきていたのですが、実の娘が生まれた時に末松の妻との折り合いが悪くなって、しばらく母親の所に戻っていました。

 その女から、先代が本当は殺されたこと、どうやら他の親戚や村長や弁護士がぐるになっているらしいこと、先代の家族が帰ってこられないように無理やり再婚させてしまったことなどを聞き、怒り心頭に発しました。

 末松は自分の妻子と長兄の復讐を誓いました。
長兄の息子、数増を自分の子どもとして偽りの認知をし、偽りの婚姻届を出し、世間的には自分と後妻の子という形をとり、数増にも復讐心を植えつけました。

 まあどんな形をとってもこういう小さな村のことですから、生まれてすぐに引き取った時点で、数増が何者かなんてことはすぐ知れ渡ってしまい、今更認知するのしないのなんて気休めみたいなものだったのですが…。

 数増が早めに結婚をしたので、俺と当代の末の娘、隆平の母親はそれほど年が離れていませんでした。無論彼女の方が年上でしたが…。

 最初、末松は俺と彼女を結婚させるつもりでした。そこに隆弘が現れたのです。
隆弘は彼女よりも十いくつも年上でしたが、先代の弟子であり、力を持っており、祭祀もできたので、当代としては利用価値があったのです。

末松の計画は挫折しました。…結果的には隆弘も同じ目的だったのですが。」

 孝太はまたしばらく沈黙した。孝太としてみれば身内のことだけに相当話し辛いに違いない。
 修は急がせなかった。彰久もじっと孝太が話す気になるのを待った。

 「隆弘が…自分の子を…ふたり殺してまで…当代の血を消し去ろうとしたのを知って…。 もう…奴を止められなくなりました。 俺の力ではどうにも…。」

 孝太は苦しげな表情を浮かべた。
孝太の中でいま相当な葛藤が起きているのが分かった。
部屋のなかに怪しげな空気が漂い始め、それは史朗にでさえ感知できた。

 突然、押し殺すような女性の笑い声が孝太の口から吐き出された。

 「おまえのために…殺してやったんじゃないか。 隆平助けたかったんだろ。」

孝太の表情が明らかに別人のように変わっていた。

 「あたしはあいつと違って、隆平まで殺そうとは思わないよ。 」

 修も彰久も孝太の中に別の存在を見ていた。
それは中年の女性の姿をしており、どこか数増や孝太に似た面影があった。

長きに亘って孝太を苦しめ続けていた何者かがいまここに姿を現そうとしていた。





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