柔肝疏鬱(じゅうがんそうつ)の概念
一貫煎は清代の王孟英による「柳州医話」に登場する方剤である。柳州といえば馴染みが無いが、広西チワン族自治区中部に位置し、桂林の近くの地方都市である。上海中医薬科大学の教授陣は「一貫煎は柔肝疏鬱の名方である」と口をそろえる。肝内科の老師連は「慢性肝炎の多くは肝陰不足になっており、直接に補陰する一貫煎のような方剤が治療効果がよい。日本では弁証しないために、小柴胡湯を乱用する。香附子 石斛 八月扎なども加えたほうがいい。」と口をそろえる。それでは大補陰丸(黄柏 知母 熟地黄 亀板)などはいかがですか?と尋ねたところ、亀板は使わないとのこと。亀板は至陰のために肝炎が悪化することがあるという。
小柴胡湯中の白芍甘草の組み合わせは白芍(酸)甘草(甘)の酸甘化陰によって柴胡の傷陰を予防すると捉えており、疏肝の意味で柴胡もあまり使われていない。それ以来、帰国後には小生は小柴胡湯を使わなくなった。上海時代の婦科(日本での婦人科)で一貫煎加減を目にしたのは月経前緊張症で特に乳房痛がひどい場合に、逍遥散に代えて一貫煎を使っている場合であった。
さて一貫煎の組成は
生地黄 沙参 麦門冬 当帰 枸杞子 川楝子 である。涼薬~寒薬を薄いブルーから濃いブルーで、温薬を赤、平薬をグリーンで表記してみると、温薬は当帰のみで全体的に涼の性質を持つことが一目瞭然である。この中でもっとも量が多く主薬は生地黄であり、補肝腎と清熱に作用する。沙参 麦門冬 枸杞子は滋陰薬の代表である。当帰は枸杞子とともに養血補肝に働く。注目すべきは川楝子(せんれんし)である。
川楝子の特徴
気滞、気鬱を改善するのが理気薬である。中医理論では気滞は痰の原因となり、気欝は化火となる。気の昇降出入(一般的には理気薬の気とはおおよそ肝の気をさす。)肝の疏泄作用を補助、回復させる薬剤を指す。理気薬は香燥の性質を持ち、陰血を消耗しやすいので、養血柔肝薬:白芍:養陰、当帰:補血、地黄:補肝腎、枸杞子:滋陰などを陰血消耗防止目的に併用する。肝気鬱結の場合や脾胃気滞にも多用される。一部 肺気鬱滞による咳、喘息にも用いられる。およそ理気薬は厚朴を筆頭に温香燥の性質を持つが、理気薬の中で苦寒の性質を持つのは川楝子のみである。帰経は肝小腸膀胱で清熱理気に働く。殺虫効果もあり、中国では以前は回虫症に用いられた。鎮痛効果もあり、理気鎮痛の代表的な組み合わせに延胡索と川楝子の組み合わせの「金鈴子散」がある。気鬱化火には傷陰しない組み合わせとして川楝子 玫瑰花(バラの蕾)緑萼梅(梅蕾とも書き、梅の花の蕾)が良い。川楝子は苦寒の性質から温香燥の他の理気薬と異なり傷陰しないが、量が多いと苦寒なるがゆえに胃腸障害が出る。中国人には5~8g程度は1日量として大丈夫であるが、日本人の場合には3g以下に抑えた方が無難である。
一貫煎は温香燥の理気薬を用いない疏肝理気 滋養肝腎剤である。
滋陰派として有名な朱丹渓(1281~1358金元四大家の一人)の言を借りれば、「陰は常に不足し、陽は常に有余す。よろしく常にその陰を養い、陰は陽とそろえば、すなわち水はよく火を制し、かくして病なし」であり、エイジングが常に陰虚と隣り合わせにあることから、一貫煎はアンチエイジングの方剤ともいえる。
肝鬱気滞は、肝腎陰虚による肝陰不足が元々の病機であるとする考えにのっとり、肝陰血を増やす生地黄 沙参 麦門冬 当帰 枸杞子と傷陰しない理気薬の川楝子を組み合わせたものが一貫煎である。肝陰血を増やすということが「柔肝」の意味であり、温香燥の理気薬を使用せず苦寒の川楝子を組み合わせることにより、肝鬱を改善することが「疏欝」ということになる。
一貫煎の適応症は肝腎陰虚 肝鬱気滞 肝脾不和であり、胸脇部張痛 腹満 呑酸 口苦 嘔吐 咽干口燥 疏泄失調が対象となる。中医内科学で一貫煎が主方剤となる分野には、脇痛(きょうつう)、胃脘 痛(いかんつう)などである。以下に簡単に紹介する。
脇痛(きょうつう)と一貫煎
脇痛は片側、或いは両側脇の疼痛を主な症状とする病症であり、臨床現場で比較的よく見かける自覚症状である。肋間神経痛、胆嚢炎、急性肝炎、慢性肝炎、肝硬変などに脇痛が出現する。およそ脇痛は肝気鬱結、淤血停着、肝胆湿熱、肝陰不足に分類されるが一貫煎が主方となるのは肝陰不足の場合である。脇肋部隠痛、日久持続、口乾咽燥、心中煩熱、眩暈、舌が赤く苔は少なく脈は細弦数などの特徴がある。肝欝が強い場合には合歓皮、玫瑰花、白蒺藜を加え、疏肝理気の効能を強化させる。
胃脘 痛と一貫煎
剣状突起から臍部までの部位を胃脘という。胃脘痛は胃脘部の疼痛を主症状とする病症を指す。したがって西洋医学的に言えば心窩部以下、臍以上部位の疼痛を主症とする病証を指す。
消化不良、急慢性胃炎、神経性胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃下垂、胃癌、または肝,胆、膵臓疾患に胃脘 痛が表れる。
およそ胃脘 痛は実証、虚証に大別され、一貫煎が主方となるのは胃陰不足(胃陰欠虚ともいう)の際で、芍薬甘草湯との合方が多い。症状としては、隠痛といい胃脘部にかすかに感じる痛み、口咽が乾燥、大便乾秘、舌質が紅、少津による裂紋など、脈は細数などである。証候を分析すれば肝欝化火あるいは慢性熱性疾患により、鬱熱により胃陰が損なわれ、胃の濡養が失われると、胃脘部の隠痛が生じる。陰虚、津液不足のため、口咽が乾燥する。同様に、腸も少津により便秘になる。陰虚のため、舌が赤、少津、脈が細数である。養陰益胃が治療法であり、一貫煎と芍薬甘草湯を代表処方とする。後方の芍薬、甘草は和営、緩急、止痛の作用がある。
前回のブログで胃陰不足による嘔気の際には麦門冬湯が主方であると述べたが、痛みを伴う胃陰不足は肝陰不足が必ず背景にあり、柔肝理気止痛が必要と中国医学は考えるのである。
最後に疏肝、疏泄の疏(そ)を疎(そ)と過去のブログで誤記したかも知れず、重ねてお詫びします。
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