gooブログはじめました!

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

一貫煎(いっかんせん)の方剤位置

2008-08-17 15:54:54 | アンチエイジング

柔肝疏鬱(じゅうがんそうつ)の概念

一貫煎は清代の王孟英による「柳州医話」に登場する方剤である。柳州といえば馴染みが無いが、広西チワン族自治区中部に位置し、桂林の近くの地方都市である。上海中医薬科大学の教授陣は「一貫煎は柔肝疏鬱の名方である」と口をそろえる。肝内科の老師連は「慢性肝炎の多くは肝陰不足になっており、直接に補陰する一貫煎のような方剤が治療効果がよい。日本では弁証しないために、小柴胡湯を乱用する。香附子 石斛 八月扎なども加えたほうがいい。」と口をそろえる。それでは大補陰丸(黄柏 知母 熟地黄 亀板)などはいかがですか?と尋ねたところ、亀板は使わないとのこと。亀板は至陰のために肝炎が悪化することがあるという。

小柴胡湯中の白芍甘草の組み合わせは白芍(酸)甘草(甘)の酸甘化陰によって柴胡の傷陰を予防すると捉えており、疏肝の意味で柴胡もあまり使われていない。それ以来、帰国後には小生は小柴胡湯を使わなくなった。上海時代の婦科(日本での婦人科)で一貫煎加減を目にしたのは月経前緊張症で特に乳房痛がひどい場合に、逍遥散に代えて一貫煎を使っている場合であった。

さて一貫煎の組成

生地黄 沙参 麦門冬 当帰 枸杞子 川楝子 である。涼薬~寒薬を薄いブルーから濃いブルーで、温薬を赤、平薬をグリーンで表記してみると、温薬は当帰のみで全体的に涼の性質を持つことが一目瞭然である。この中でもっとも量が多く主薬は生地黄であり、補肝腎と清熱に作用する。沙参 麦門冬 枸杞子は滋陰薬の代表である。当帰は枸杞子とともに養血補肝に働く。注目すべきは川楝子(せんれんし)である。

川楝子の特徴

気滞、気鬱を改善するのが理気薬である。中医理論では気滞は痰の原因となり、気欝は化火となる。気の昇降出入(一般的には理気薬の気とはおおよそ肝の気をさす。)肝の疏泄作用を補助、回復させる薬剤を指す。理気薬は香燥の性質を持ち、陰血を消耗しやすいので、養血柔肝薬白芍:養陰当帰:補血地黄:補肝腎枸杞子:滋陰などを陰血消耗防止目的に併用する。肝気鬱結の場合や脾胃気滞にも多用される。一部 肺気鬱滞による咳、喘息にも用いられる。およそ理気薬は厚朴を筆頭に温香燥の性質を持つが、理気薬の中で苦寒の性質を持つのは川楝子のみである。帰経は肝小腸膀胱で清熱理気に働く。殺虫効果もあり、中国では以前は回虫症に用いられた。鎮痛効果もあり、理気鎮痛の代表的な組み合わせに延胡索川楝子の組み合わせの「金鈴子散」がある。気鬱化火には傷陰しない組み合わせとして川楝子 瑰花(バラの蕾)緑萼梅(梅蕾とも書き、梅の花の蕾)が良い。川楝子は苦寒の性質から温香燥の他の理気薬と異なり傷陰しないが、量が多いと苦寒なるがゆえに胃腸障害が出る。中国人には5~8g程度は1日量として大丈夫であるが、日本人の場合には3g以下に抑えた方が無難である。

一貫煎は温香燥の理気薬を用いない疏肝理気 滋養肝腎剤である。

滋陰派として有名な朱丹渓(12811358金元四大家の一人)の言を借りれば、「陰は常に不足し、陽は常に有余す。よろしく常にその陰を養い、陰は陽とそろえば、すなわち水はよく火を制し、かくして病なし」であり、エイジングが常に陰虚と隣り合わせにあることから、一貫煎はアンチエイジングの方剤ともいえる。

肝鬱気滞は、肝腎陰虚による肝陰不足が元々の病機であるとする考えにのっとり、肝陰血を増やす生地黄 沙参 麦門冬 当帰 枸杞子傷陰しない理気薬の川楝子を組み合わせたものが一貫煎である。肝陰血を増やすということが「柔肝」の意味であり、温香燥の理気薬を使用せず苦寒の川楝子を組み合わせることにより、肝鬱を改善することが「疏欝」ということになる。

一貫煎の適応症は肝腎陰虚 肝鬱気滞 肝脾不和であり、胸脇部張痛 腹満 呑酸 口苦 嘔吐 咽干口燥 疏泄失調が対象となる。中医内科学で一貫煎が主方剤となる分野には、脇痛(きょうつう)、胃脘 痛(いかんつう)などである。以下に簡単に紹介する。

脇痛(きょうつう)と一貫煎

脇痛は片側、或いは両側脇の疼痛を主な症状とする病症であり、臨床現場で比較的よく見かける自覚症状である。肋間神経痛、胆嚢炎、急性肝炎、慢性肝炎、肝硬変などに脇痛が出現する。およそ脇痛は肝気鬱結、淤血停着肝胆湿熱肝陰不足に分類されるが一貫煎が主方となるのは肝陰不足の場合である。脇肋部隠痛、日久持続、口乾咽燥、心中煩熱、眩暈、舌が赤く苔は少なく脈は細弦数などの特徴がある。肝欝が強い場合には合歓皮、瑰花、白藜を加え、疏肝理気の効能を強化させる。

胃脘 痛と一貫煎

剣状突起から臍部までの部位を胃という。胃痛は胃部の疼痛を主症状とする病症を指す。したがって西洋医学的に言えば心窩部以下、臍以上部位の疼痛を主症とする病証を指す。

消化不良、急慢性胃炎、神経性胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃下垂、胃癌、または肝,胆、膵臓疾患に胃脘 痛が表れる。

およそ胃脘 痛は実証、虚証に大別され、一貫煎が主方となるのは胃陰不足(胃陰欠虚ともいう)の際で、芍薬甘草湯との合方が多い。症状としては、隠痛といい胃脘部にかすかに感じる痛み、口咽が乾燥、大便乾秘、舌質が紅、少津による裂紋など、脈は細数などである。証候を分析すれば肝欝化火あるいは慢性熱性疾患により、鬱熱により胃陰が損なわれ、胃の濡養が失われると、胃部の隠痛が生じる。陰虚、津液不足のため、口咽が乾燥する。同様に、腸も少津により便秘になる。陰虚のため、舌が赤、少津、脈が細数である。養陰益胃が治療法であり、一貫煎と芍薬甘草湯を代表処方とする。後方の芍薬、甘草は和営、緩急、止痛の作用がある。

前回のブログで胃陰不足による嘔気の際には麦門冬湯が主方であると述べたが、痛みを伴う胃陰不足は肝陰不足が必ず背景にあり、柔肝理気止痛が必要と中国医学は考えるのである。

最後に疏肝、疏泄の疏(そ)を疎(そ)と過去のブログで誤記したかも知れず、重ねてお詫びします。

アンチエイジング、ストレス外来 ガン外来

漢方治療のお問い合わせは下記URLより

http://okamotokojindou.com/ 

漢方専門医院 岡本康仁堂クリニック


麦門冬湯の臨床

2008-08-16 16:42:58 | COPD

肺陰を補うだけでなく、胃陰を補い、止嘔の効果がある

前のブログで滋陰至宝湯、滋陰降火湯について述べた。どちらも肺陰を補い、滋陰至宝湯は逍遥散加方、滋陰降火湯は逍遥散から離れた別個のものであり、ともに益気健脾作用、滋陰退虚熱の効果がある。同じく補肺陰の作用を持つ麦門冬湯の組成の最大の特徴は半夏の配合にある。

麦門冬湯金匱要略 肺痿肺?咳嗽上気病に記載)

麦門冬 半夏 党参 甘草 大棗 粳米が組成である。

現代日本ではエキス剤が市販されているが、ほとんどの医師は麦門冬湯=肺陰虚の漢方薬というやや視野狭窄的な方程式にのっとって使用しており、とくに半夏が温燥の性質を持ちながらも、何故、麦門冬湯に配合されているのかを知らない。

最初に、麦門冬湯を理解するためには「肺痿(はいい)」と「嘔吐」の中の「胃陰不足」の理解が必要だ。

金匱要略では

肺痿(はいい)という概念があり、慢性の肺の津液不足(肺陰不足)をさし、①咳嗽 ②気喘 ③咽干 ④ 紅舌燥少苔を麦門冬湯証としている。付記すれば肺痿には虚熱型と虚寒型があり、それぞれ麦門冬湯、甘草干姜湯が主方とされている。

近代中医学の肺痿(はいい)の概念

肺痿は、肺葉の慢性虚損性器質性の病症を指し、各種の肺疾患:肺化膿症、肺結核、久咳を起こす肺疾患、喘、哮などが治癒されず久病となり長期に傷肺すると最終的に肺痿となる。肺痿に陥った状態では、肺と全身の津液不足を伴う場会が多く、初期には肺虚熱(麦門冬証:咳嗽、気喘、咽干、紅舌少苔)が目立ち、虚熱肺痿症とも言う。後期には虚寒証(甘草干姜湯証:濁唾涎沫、不口渇、尿失禁、頻尿、眩暈)が目立つことが多くなり、虚寒肺痿症として捉えることが可能である。肺痿は独立した疾患概念ではなく、肺葉の慢性虚損性器質性の病症である。

無気肺、肺繊維症、肺繊維症が高度進行したもの、ケイ肺症など肺の慢性虚損性疾患の治療には肺痿を参照すればいい。西洋医学でいうCOPDと一部オーバーラップしているが、COPDが基礎疾患を気管支喘息、肺気腫においている点が異なる。COPDは中医学では「肺張」の疾患分野に属する。

 

肺陰不足の症状と治療

(症状)乾咳、或は少痰、血痰、咯血、口乾咽燥、午後潮熱、顴部が赤く、五心煩熱、不眠、寝汗、痩せ、倦怠、舌質が赤く、少苔、脈が細数である。

証候を分析すると、肺陰不足で、肺の滋潤を失い、肺気上逆のため、乾咳少痰、口乾咽燥が見られ、肺絡損傷で血痰或は咯血が現われる。午後潮熱、顴部が赤く、五心煩熱、不眠、寝汗、痩せ、倦怠、舌質が赤く、少苔、脈が細数は陰虚火旺の症候である。

治療法は養陰潤肺、止咳化痰であり

方薬は麦門冬湯よりも沙参麦門冬湯(沙参 麦門冬 玉竹 生甘草 桑葉 白扁豆 天花粉 百合)加減が中国では用いられる。中医内科学には、沙参、麦門冬、天花粉、玉竹、百合は養陰生津、潤肺止咳し、扁豆、甘草は健脾和中する。化痰止咳を強化するに貝母、杏仁を加え、止血剤としては側柏葉、仙鶴草、田七、山梔子、藕節を加える。午後潮熱には銀柴胡、地骨皮を選用するとある。

嘔吐(おうと)

中医学では嘔吐は胃失和降、気機逆乱による病症を指す。ちなみに、物を吐き出す際にゲーっと音がするものを「嘔」、音がしないものを「吐」と称する。単に音のみで、吐物を伴わないものを「乾吐(乾嘔)」と称する。嘔吐には実証と虚証による嘔吐がある。

実証には(1)外邪犯胃(2)飲食停滞(3)痰飲内阻(4)肝気犯胃

虚証には(1)脾胃虚寒(2)胃陰不足がある。麦門冬湯が効果を示すのが胃陰不足である。

胃陰不足による嘔吐の特徴

反復性の嘔吐発作があり、喉は渇き、飢餓感はあっても食欲が無く、舌が赤い、脈が細数などの陰虚証を示す。

証候を分析すると、胃陰損傷、胃失濡養、気失和降のため、反復の嘔吐発作、或いは時々乾嘔があり、飢餓感はあるも食べたがらない。胃陰不足、津液上昇不能のため、口乾咽燥が生じる。舌が赤く、少津、脈が細数は津傷虚熱の症候である。

治療法は滋養胃陰、降逆止嘔である。

麦門冬湯(麦門冬 半夏 党参 甘草 大棗 粳米)を主方とする。人参(平性で、生津養血に作用する党参を使用する)麦門冬、粳米、甘草で滋養胃陰、半夏で降逆止嘔の効能を求める。過剰な津傷を見る者には、温燥の半夏を減量し、石斛、天花粉、知母、竹茹を加え、生津養胃の効能を期し、大便乾結の者に、白麻仁、蜂蜜を加え、潤腸通便をはかると中医内科学にはある。元方に従い、党参に代え、温薬である人参を使用する場合もある。大量の麦門冬が半夏の温燥の性質を消失させるといい、半夏の止嘔効果を残存させたまま、肺陰不足、胃陰不足を悪化させないと方剤学は述べている。

なかなか理解しがたい「方意」と「半夏」の効用

上海時代に薬学の文教授から教えてもらったが、「胃気なくばヒトは死ぬ」といい、末期に近づくとヒトは胃気が無くなる前に、「一種独特の音声を伴う息を吐く」という。その息をみると「数日以内に亡くなる」と予測できるという。「へー、そうしたものかぁ」と感心したものである。

中国医学には「胃熱」「胃気」「胃陰」と胃のつく概念が多い。「胃気は肺気の母」という言葉もある。「およそ肺病みて胃気あらばすなわち生き、胃気なくばすなわち死す」とは医宗金鑑(90巻。1749年の成立。乾隆帝 高宗の勅により,医官が「傷寒論」「金匱要略」を中心として治療医学を編纂中の名言とされるが、「麦門冬湯は胃中の津液乾枯し、虚火上炎するを治し、治本の良方なり」と記載されている。「半夏は辛温であるが胃を開き、津液をめぐらせるをもって潤肺す」とも記載されているが、胃の虚火上炎といい、半夏の効用といい、現代のデジタル思考的な頭ではなかなか感得できないものである。漢方にはある種の「悟り」が必要であるとは、上海曙光病院の蒋副院長の言葉である。

アンチエイジング、ストレス外来 ガン外来

漢方治療のお問い合わせは下記URLより

http://okamotokojindou.com/ 

漢方専門医院 岡本康仁堂クリニック


滋陰至宝湯、滋陰降火湯の比較

2008-08-13 01:45:49 | アンチエイジング

名称がとても似ているが効能は随分と異なる。どちらも薬価収載されているが効能の違いについてはよく知られていない。

滋陰至宝湯は逍遥散加味方であり、疏肝健脾退虚熱滋陰(あるいは養肺陰)止咳湯とでもいうべき方剤である。一方、滋陰降火湯は逍遥散たる柴胡や疏肝理気作用の香附子も配合されておらず、逍遥散加方ではない。滋陰至宝湯に配合されている化痰止咳の効能を持つ貝母も配合されていない。青を涼~寒薬、赤を温薬、グリーンを平薬で表記すると、

滋陰降火湯

生地黄 熟地黄 白芍 天門冬 麦門冬 白朮 陳皮 黄柏 当帰 知母

炙甘草 生姜 大棗 が組成である。

効能:滋陰降火

肺腎陰虚 陰虚火旺による痰の切れが悪い乾咳 盗汗 潮熱などが適応症であるとされる。

滋陰とは清熱の意味を持つ

滋陰すなわち養陰あるいは補陰とは陰虚の陽に対して相対的に少なくなった陰を増してやることを意味する。育陰などという用語もあるが、陰を補うことにより相対的に過剰になった陽を抑え、虚熱が出にくい状態にさせるのであるから、滋陰は清熱作用を持つことになる。滋陰至宝湯中の麦門冬、滋陰降火湯中の天門冬の養陰剤はいずれも涼寒の薬性である。

滋陰とは時として養血、養陰の滋陰血の意味を持つ

中国漢方の診断方法を弁証という。その中での気血津液弁証では「血」と「津液」は別個に扱われているが「津血同源」という概念もあり、実際の診療での用語として生津と養血を区別しないで養陰血あるいは簡便に養陰と述べる医師もいる。なぜなら津液も血も人体の「陰」に属するからである。この立場からすれば、滋陰至宝湯中の狭義の養血斂陰の組み合わせである当帰 白芍と養陰剤の麦門冬をひっくるめて養陰と呼んでも誤謬はないようである。ただし、狭義の養血斂陰の当帰 白芍の組み合わせだけでは直接の清熱作用はない。なぜなら当帰は温薬であるからだ。飛躍して考えれば血は津液を生むという中医学の理論からすれば、やや遠回りの清熱作用はあるともいえる。それで虚熱をより清熱させる目的で、滋陰降火湯には養陰清熱剤の麦門冬に加え天門冬、清熱瀉火薬の知母、黄柏が加えられている。生地黄、知母には滋陰潤燥の働きがあり、養陰剤としての側面をもつ。

以上をまとめれば

滋陰至宝湯

柴胡 当帰 白芍 白朮 茯苓 甘草 薄荷 生姜 香附子 知母 地骨皮 貝母 麦門冬 陳皮

滋陰降火湯

生地黄 熟地黄 当帰 白芍 天門冬 麦門冬 白朮 陳皮 黄柏 知母

炙甘草 生姜 大棗 

疏肝解鬱作用

益気健脾作用

滋陰血作用

退虚熱作用

備考


滋陰至宝湯(じいんしほうとう)の臨床

2008-08-12 20:46:01 | ブログ

名前からではイメージできない効能 逍遥散加方としての理解

本邦で有名な漢方薬メーカーのツ●ラの製剤番号92番と93番に滋陰至宝湯(本朝経験方あるいは万病回春が元方)と、滋陰降火湯(万病回春が元方)がある。名は体を表すというが、滋陰至宝湯にいたっては名前だけではどのような効果があるのかピンとこない。補腎陰で有名な六味地黄丸に、虚熱をとる知母と黄柏を加えたものが知柏地黄丸である。これなどは名前から効能を類推することができる命名といえる。滋陰至宝湯は私流で命名すれば疏肝健脾退虚熱滋陰止咳湯である。

メーカーの備考によれば、

滋陰至宝湯は虚弱なものの慢性の咳、痰に用いるとある。滋陰降火湯は同じく虚症で、のどに潤いがなく痰が出なくて咳き込むものに用いるとある。これだけを見て即断すれば、痰があれば滋陰至宝湯、痰が出なければ滋陰降火湯ということになってしまうが、そんな1~2行の文章で、効能、適応が即断できるほど漢方は簡単なものではない。

滋陰至宝湯の組成と「滋陰」の意味

滋陰至宝湯の組成は

柴胡 当帰 白芍 白朮 茯苓 甘草 薄荷 生姜 香附子 知母 地骨皮 貝母 麦門冬 陳皮である。

逍遥散の組成は柴胡 当帰 白芍 白朮 茯苓 甘草 薄荷 生姜であり、滋陰至宝湯とまったく一致している部分がある。したがって、滋陰至宝湯は逍遥散の加方と考えられる。この組成の中で純粋に養陰剤といえるものは麦門冬だけである。したがって、ますます名称から効能を理解することは困難だ。処方中の当帰と白芍は養血に働き、白芍は斂陰(れんいん)といい陰を保つ働きがある。当帰と白芍は肝の陰血を増やすと考えられる。滋陰至宝湯の「滋陰」は麦門冬で肺陰を補い、当帰、白芍で肝陰血を増やし、肝陰を保つという意味になる。そもそも麦門冬は潤肺養陰、益胃生津 清心除煩に働き、肺陰虚、胃陰虚に効果がある。滋陰至宝湯は潤肺化痰止咳の貝母が配合されているから、胃よりも肺に重きを置いたと言える。胃陰不足を補うなら石斛(せっこく)の方が効果的だ。

逍遥散は「肝鬱血虚脾弱症」に用いられる。 肝鬱と血虚と脾弱の意味

肝鬱とは主としてストレスが原因により気の流れが滞ることを意味する。肝は気の流れをつかさどる臓であるゆえに、肝鬱気滞(がんうつきたい)ともいう。肝気が障害されるとどのような症状が出現するのかを理解するには中医基礎理論を覗く必要がある。

西洋医学での肝臓の機能は、胆汁を産生し十二指腸に排泄し脂肪を乳化させ吸収を助け、炭水化物、脂質、たんぱく質の代謝にかかわる。コレステロールを生合成する作用は重要な肝の工場としての機能である。アンモニアを尿素へ変換するなどの解毒作用は肝の処理機能の中で最も大切なものだ。たんぱく質、特にアルブミンを合成する作用は工場としての最大の機能である。ブドウ糖からグリコーゲンを合成して肝臓に蓄え、これを分解して血液中にブドウ糖として供給することにより、血糖値の調節に関与する重要な機能も見逃せない。

一方、中国伝統医学ではやや異なる肝の機能観がある。

肝は疏泄(そせつ)を司り、蔵血機能により血の量を調節し、血を収?(しゅうせつ)し、筋(すじ)を司り、目に開竅し、胆と表裏関係にあるという、中医基礎理論が説く肝の機能だ。

(1)疏泄(そせつ)とは?

疏泄(そせつ)とは、発散、昇発という意味で、疎通、発泄の意味である。

疏泄とはめぐりをよくすると単純にとらえられる。「気」と「血」と「情緒」のめぐりのことである。身体の各機能が傷害無く正常に活動するためには「気」の運動である「気の昇降出入」である気機(きき)が滑らかで滞り無く行われる必要がある。「気機」を正常に維持するのが肝の疏泄作用の一つだ。気の推動作用により脈管を流れる血の流れも肝の疏泄作用により、円滑に行われているとイメージすることが可能である。また臓の気の流れも良くするとともに、腑、特に胆の機能も円滑にして、胆汁の分泌、排泄を円滑にするのも肝の疏泄作用の一つである。肝の疏泄作用は、臓気としての肝気の働きであるゆえに、「肝の疏泄作用」の部分を「肝気の作用」と入れ替えてもいいと考えられる。

肝の疏泄作用が情緒を円滑にするという中医理論は、西洋医学だけを学習してきた人間にとっては受け入れがたいものかもしれない。中医学では脳の働きはそれぞれ五臓につながっており、神と心の関係は一番密接であり、肝もまた疏泄作用で情緒に関与すると考えている。古代中国人が、急性胆嚢炎(中医学でいう肝胆湿熱に相当する)の患者の情緒不安定を見て、肝気には精神活動を円滑にする何かが存在し、それが失われた結果の情緒不安定ではないかと疑ったのが最初であると推定される。現実の臨床で、慢性肝炎後期、肝硬変時に見られる情緒の不安定などは疏泄作用の低下として理解できる場合が多い。さらに、ストレスから来る右胸脇部(わき腹)の張った感じの痛みや、情緒不安定を古代中国人が観察し、肝気が十分に流れていなく、その結果、疏泄機能の低下が情緒にも関与するという「臨床的な経験に基づく理論付け」を行った可能性が高い。

肝の疏泄作用は脾胃の「気機」も円滑にする結果、消化吸収を円滑にする

肝の疏泄機能を整理すれば

①気の昇降出入の気機を通暢(つうちょう)し、気血の調和、正常な血行、経絡の通利、 臓腑の正常な働きに関与し、胆汁の生成と排泄を司る。

②脾の運化作用を円滑、促進する。

③情志を通暢する。   以上の3点になる。

(2)肝の臓血作用とは?

肝はダムのように血を蔵する臓であり、脾の統血作用とともに血の量を調節する。蔵血作用は血の貯蔵と血流量の調節を指す。

(3)肝は血を収?

(しゅうせつ)するとは?

これには2つの意味があり、蔵血の機能として、血流量を調節する働きと、現代医学的な肝臓で合成される血液凝固因子を介して、血を脈管内に保持し、出血を防止するの2つである。

中医学的な肝の機能の理解はデジタル思考ではなく、全体的なアナログ思考でしか理解できない

肝は常に陰が不足しやすいという臓の「特徴」がある。つまり、常に肝陰不足に陥る傾向がある。また、肝の疏泄が低下すれば脾の運化が低下する。つまり胃腸の機能が低下する。これを肝脾不和と称する。そうなると、栄養障害により血も不足することになる。これが、肝の陰血をさらに減少させることにつながる。つまり「悪循環」が形成される。以上が「肝鬱血虚脾弱症」の概念である。中医学には「肝病及脾になったら逍遥散」という言葉がある。また「鬱症(うつしょう)の乳房張痛には逍遥散」とも言われている。逍遥散の方意は疏肝(そがん)(肝気の鬱結を除く) 補気健脾利水 斂陰養血となる。気滞が起これば、結果として瘀血が生じる。その場合には丹参 益母草 川楝子 延胡索 蒲黄 莪朮などを加える。

肝脾不和を肝鬱犯脾ともいうが、食欲不振が高じれば、厚朴 陳皮などを加える。滋陰至宝湯には陳皮が加えられている。

あえて言うなら、滋陰至宝湯は気滞血淤に対する「活血剤」が欠如している。当帰には養血とともに活血作用があるが1種類の生薬では、「やや心もとない」。

滋陰至宝湯の狙いと臨床応用

「滋陰至宝湯」は逍遥散に、理気薬でかつ婦科の要薬とされる香附子を加え、逍遥散の疏肝作用を強めたものと理解できる。

また、滋陰潤燥の知母、養陰清肺の麦門冬、滋陰退虚熱の地骨皮、潤肺化痰止咳の貝母が加わっているので、陰虚火旺による虚熱を解熱させ、肺陰虚に対して肺陰を補い、止咳化痰に働く効果を狙ったものということになる。難しい漢方用語で恐縮であるが、適当な日本語が見出せない。

患者像

ピタリと当てはまる患者像は現代では見出しにくい。病気が慢性化する前に、どこかである程度の西洋医学的な治療を受けているからだ。治療しないで病が慢性化し、固定化した病状を類推することにする。

肝鬱血虚脾弱症としての症状は、女性の閉経前の場合では、少腹部の張ったような生理痛があり、一般に生理の量は少なく、イライラや怒りっぽいなどの情緒不安定の症状がある。脈は弦脈のことが多いが脾弱が進めば、血虚が強くなり、脈は細弱の傾向が出現する。閉経後の女性や、男性の老人で陰血不足が進めば、皮膚は乾燥気味になり、肺陰虚まで陰虚が及べば、切れにくい痰や咳が出現するようになる。脈はやや頻脈傾向となり、虚熱による午後の微熱や手のひら、足の裏などの火照りも生じる。一般に肝鬱血虚脾弱症の段階では軟便や下痢っぽい症状が主体になるが、陰血不足がさらに進めば腸燥便秘を起こし、便は硬くなり、便秘傾向が出現してくる。

そもそも

疏肝解鬱剤で有名な柴胡疏肝散(さいこそがんさん)が

柴胡 香附子 川 枳 陳皮 白芍 炙甘草 の組成であることから柴胡と香附子の組み合わせは多い。

白芍と炙甘草は緩急止痛作用に働くとともに、酸甘化陰(白芍の酸、甘草の甘)で柴胡の傷陰を間接的に防止すると説く中国漢方医もいる。

日本で加味逍遥散として知られている丹梔逍遥散(たんししょうようさん)は、逍遥散に牡丹皮(涼血) 山梔子(清熱)を加えたものであり、肝鬱は化熱して肝火になる肝鬱化火に用いられる。症状としては、いらいらして怒りっぽい、のぼせ、頻度は少ないものの眼球結膜の発赤(目赤と漢方用語ではいいます)口苦(口が苦い)生理周期が短くなったり(月経先期)生理の量が多くなる。肝火犯胃により酸水を嘔吐したり、咽が渇き、便秘傾向が出現します。食欲不振や疲れやすいなどの症状である。この場合は、慢性の肝鬱血虚脾弱症よりも、やや急性の「肝火」による脾虚が

問題になる。肝火が強くなりすぎると脾の作用、主として運化作用が傷害され原因不明の下痢などをおこす。情緒的な興奮などに伴い腹痛が生じ、下痢をするという「痛瀉(つうしゃ)」が起こる場合もあります。この場合の下痢だけに特記すれば、痛瀉要方(つうしゃようほう:白芍 白朮 陳皮 防風)が効果的である。胃の下降機能が損なわれ、(胃失和降という)胃気が上逆して生じる吐き気 嘔吐には半夏 香(かっこう) 砂仁 生姜などで和胃止?するのが一般的である。

わかりやすい別称はないものか?

疏肝健脾退虚熱滋陰(あるいは養肺陰)止咳湯では長すぎる。エスプリがなさ過ぎる。退虚熱滋陰(あるいは養肺陰)の部分を簡便に滋陰清熱として疏肝健脾滋陰清熱止咳湯としても長すぎるし、麦知地貝逍遥散ではゴロが悪すぎる。麦知逍遥散加地骨皮貝母でもいまいちゴロが悪い。

滋陰至宝湯とはかっこよい名前であるが効能を想起するものではない。何かいい名前がないだろうか? 中身をパクって表の名前を変えるのは邪道であるが、メーカーの備考と名前から漫然と漢方薬を処方している多くの医者にとって漢方薬を選択しやすくするためにも、何より患者のためにも工夫があってもいいと思う。ちなみに滋陰降火湯には柴胡も香附子も配合されていない。なればこそ、工夫が必要ではないだろうか?

アンチエイジング、ストレス外来 ガン外来

漢方治療のお問い合わせは下記URLより

http://okamotokojindou.com/ 

漢方専門医院 岡本康仁堂クリニック