すでに前回に述べたことからも「日本文化のユニークさ」残りの4項目との関連がある程度見えてくると思う。ここではまず、関連がいちばんはっきりしている5項目目から考えていこう。
(5)西欧の近代文明を大幅に受け入れて、非西欧社会で例外的に早く近代国家として発展しながら、西欧文明の根底にあるキリスト教は、ほとんど流入しなかった。
ユダヤ民族と日本民族とは、キリスト教との関係においても地球上の他の民族に比べ、両極端に位置して好対照をなしているのである。ユダヤ教徒は、キリスト教を生み出す母胎となる一神教を形成し、信じながら、そのためもあってキリスト教徒にもっとも迫害され、一方日本人は、キリスト教徒に植民地化されなかった数少ない民族の一つである。そして一神教にもっとも無縁な民族である。
なぜユダヤ教徒はキリスト教徒に迫害されたのか。岸田秀は『一神教vs多神教』のなかで次のようにいう。一般に被害者は、自分を加害者と同一視して加害者に転じ、その被害をより弱い者に移譲しようとする(攻撃者との同一視のメカニズム)。そうすることで被害者であったことの劣等感、屈辱感を補償しようする。自分の不幸が我慢ならなくて、他人を同じように不幸にして自分を慰める。 多神教を信じていたヨーロッパ人もまた、ローマ帝国の圧力でキリスト教を押し付けられて、心の奥底で「不幸」を感じた。だから一神教を押し付けられた被害者のヨーロッパ人が、自分たちが味わっている不幸と同じ不幸に世界の諸民族を巻き込みたいというのが、近代ヨーロッパ人の基本的な行動パターンだったのではないか。その行動パターンは、新大陸での先住民へのすさまじい攻撃と迫害などに典型的に現われている。
西欧人がユダヤ人を差別するのは、西欧人がローマ帝国によってキリスト教を押し付けられ、元来の民族宗教を捨てさせられ、元来の神々を悪魔とされたところに起源がある。そこで本来ならローマ帝国とキリスト教に向くはずの恨みが、転移のメカニズムによって、強者とつながりのある弱者に向かう。強者に攻撃を向けることは危険だからである。ローマ帝国や、自分たちがどっぷりつかっているキリスト教を攻撃できず、キリスト教の母胎となってユダヤ教を攻撃するのである。つまり反ユダヤ主義は、深層においては反キリスト主義であるという。
『影の現象学 (講談社学術文庫)』において河合隼雄はいう、ナチスドイツは、すべてをユダヤ人の悪のせいであるとすることによって、自分たちの集団のまとまり、統一性を高めた。集団の影の面をすべて、いけにえの羊に押し付け、自分たちはあくまで正しい人間として行動する、と。ユングは、ナチスの動きをキリスト文明においてあまりに抑圧された北欧神話の神オーディンの顕現と見ていた。本能の抑制を徳とするキリスト教への、影の反逆であると理解したのである。
ルイス・スナイダーの『アドルフ・ヒトラー (角川文庫 白)』(角川文庫)では、ヒトラーの反キリスト教的な考え方について述べている。「彼はキリスト教を、ドイツ人の純粋な民族文化とは無縁な異質の思想として排斥した。『キリスト教と梅毒を知らなかった古代の方が、現代よりもよき時代だった』とヒトラーは述べている。」 一部のナチ党指導者たちは、キリスト教を完全に否認した。そのかわり、彼らは「血と民族と土地」を崇拝する異教的宗派の樹立を望んだ。新しい異教徒たちは、オーディン、トールをはじめとするキリスト以前の古代チュートン人の神々を復活させた。旧約聖書のかわりに北欧神話やおとぎ話を採用した。そして新しい三位一体――勇気、忠誠、体力を作り出した。
岸田は、「反ユダヤ主義は、深層においては反キリスト主義である」と述べたが、ヒトラーおよびナチにおいては、深層においてどころか声高に反キリスト主義が叫ばれていたのである。西欧の反ユダヤ主義の深層には、確かに自らの文化の中核をなすに到ったキリスト教への反感があり、それが、ナチズムのような「退行」的な現象においては、はっきりと表面に出てくると言えるのかもしれない。
ともあれキリスト教を基盤とした西欧文明は、近代以降の世界史の中心にあった。その西欧文明の軸の両極端にユダヤ人と日本人がいる。ユダヤ教なくしてキリスト教は生まれなかった。ユダヤ教の一神教の精神は、西欧文明の本質的な部分に影響を与えている。しかも、何度も繰り返された迫害にもかかわらず、西欧文明の発達に決定的な影響を与えたユダヤ人が多数いる。マルクス、フロイト、アインシュタイン、それ以前にも名前を挙げればきりがない。資本主義の誕生の一要素となった金融の発達も、ユダヤ人を抜きにしては語れない。ユダヤ教徒は、キリスト教徒に憎まれ、迫害されながらも、西欧キリスト教文明の発達に大きな役割を果たしたのである。
一方日本人は、近代以前、キリスト教、いや一神教そのものの影響からもっとも遠いところにいた。一神教は、遊牧や牧畜と深く関係するが、遊牧・牧畜文化ともっとも無縁だったのが日本民族だった。宦官は家畜の去勢技術と深いかかわりがあり、宦官はユーラシア大陸の各地に存在するが、日本には存在しなかった。インドは、イスラム教の王朝(ムガル帝国)が存在したし、イスラム教は東南アジアのインドネシアにまで進出した。
日本にはもちろんイスラム教は侵入しなかったし、キリスト教国に植民地化された経験もない。にもかかわらず日本は、明治維新以降、西欧文明の、キリスト教という中核を抜きにした成果の部分だけをうまく取り入れ、いちはやく近代化に成功して、世界史の舞台に躍り出ていくのである。そして近代以降の西欧文明に対して脅威を与える、最初の非西欧文明(非キリスト教文明)になっていく。
このようにユダヤ民族と日本民族は、キリスト教文明を軸にすると、まさに正反対の場所に位置する。しかし、一方は迫害されながらもその内部に本質的な影響を与え、他方はそのもっとも遠い外縁にいながら、やがて大きな脅威と影響を与える存在になっていた。両極にありながら、西欧文明に与えたインパクトという面では、どこかに通じるものがあるのではないか。
《関連図書》
★『ユダヤ人 (講談社現代新書)』
★『驚くほど似ている日本人とユダヤ人 (中経の文庫 え 1-1)』
★『ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)』
★『一神教の誕生-ユダヤ教からキリスト教へ (講談社現代新書)』
★『旧約聖書の誕生 (ちくま学芸文庫)』
(5)西欧の近代文明を大幅に受け入れて、非西欧社会で例外的に早く近代国家として発展しながら、西欧文明の根底にあるキリスト教は、ほとんど流入しなかった。
ユダヤ民族と日本民族とは、キリスト教との関係においても地球上の他の民族に比べ、両極端に位置して好対照をなしているのである。ユダヤ教徒は、キリスト教を生み出す母胎となる一神教を形成し、信じながら、そのためもあってキリスト教徒にもっとも迫害され、一方日本人は、キリスト教徒に植民地化されなかった数少ない民族の一つである。そして一神教にもっとも無縁な民族である。
なぜユダヤ教徒はキリスト教徒に迫害されたのか。岸田秀は『一神教vs多神教』のなかで次のようにいう。一般に被害者は、自分を加害者と同一視して加害者に転じ、その被害をより弱い者に移譲しようとする(攻撃者との同一視のメカニズム)。そうすることで被害者であったことの劣等感、屈辱感を補償しようする。自分の不幸が我慢ならなくて、他人を同じように不幸にして自分を慰める。 多神教を信じていたヨーロッパ人もまた、ローマ帝国の圧力でキリスト教を押し付けられて、心の奥底で「不幸」を感じた。だから一神教を押し付けられた被害者のヨーロッパ人が、自分たちが味わっている不幸と同じ不幸に世界の諸民族を巻き込みたいというのが、近代ヨーロッパ人の基本的な行動パターンだったのではないか。その行動パターンは、新大陸での先住民へのすさまじい攻撃と迫害などに典型的に現われている。
西欧人がユダヤ人を差別するのは、西欧人がローマ帝国によってキリスト教を押し付けられ、元来の民族宗教を捨てさせられ、元来の神々を悪魔とされたところに起源がある。そこで本来ならローマ帝国とキリスト教に向くはずの恨みが、転移のメカニズムによって、強者とつながりのある弱者に向かう。強者に攻撃を向けることは危険だからである。ローマ帝国や、自分たちがどっぷりつかっているキリスト教を攻撃できず、キリスト教の母胎となってユダヤ教を攻撃するのである。つまり反ユダヤ主義は、深層においては反キリスト主義であるという。
『影の現象学 (講談社学術文庫)』において河合隼雄はいう、ナチスドイツは、すべてをユダヤ人の悪のせいであるとすることによって、自分たちの集団のまとまり、統一性を高めた。集団の影の面をすべて、いけにえの羊に押し付け、自分たちはあくまで正しい人間として行動する、と。ユングは、ナチスの動きをキリスト文明においてあまりに抑圧された北欧神話の神オーディンの顕現と見ていた。本能の抑制を徳とするキリスト教への、影の反逆であると理解したのである。
ルイス・スナイダーの『アドルフ・ヒトラー (角川文庫 白)』(角川文庫)では、ヒトラーの反キリスト教的な考え方について述べている。「彼はキリスト教を、ドイツ人の純粋な民族文化とは無縁な異質の思想として排斥した。『キリスト教と梅毒を知らなかった古代の方が、現代よりもよき時代だった』とヒトラーは述べている。」 一部のナチ党指導者たちは、キリスト教を完全に否認した。そのかわり、彼らは「血と民族と土地」を崇拝する異教的宗派の樹立を望んだ。新しい異教徒たちは、オーディン、トールをはじめとするキリスト以前の古代チュートン人の神々を復活させた。旧約聖書のかわりに北欧神話やおとぎ話を採用した。そして新しい三位一体――勇気、忠誠、体力を作り出した。
岸田は、「反ユダヤ主義は、深層においては反キリスト主義である」と述べたが、ヒトラーおよびナチにおいては、深層においてどころか声高に反キリスト主義が叫ばれていたのである。西欧の反ユダヤ主義の深層には、確かに自らの文化の中核をなすに到ったキリスト教への反感があり、それが、ナチズムのような「退行」的な現象においては、はっきりと表面に出てくると言えるのかもしれない。
ともあれキリスト教を基盤とした西欧文明は、近代以降の世界史の中心にあった。その西欧文明の軸の両極端にユダヤ人と日本人がいる。ユダヤ教なくしてキリスト教は生まれなかった。ユダヤ教の一神教の精神は、西欧文明の本質的な部分に影響を与えている。しかも、何度も繰り返された迫害にもかかわらず、西欧文明の発達に決定的な影響を与えたユダヤ人が多数いる。マルクス、フロイト、アインシュタイン、それ以前にも名前を挙げればきりがない。資本主義の誕生の一要素となった金融の発達も、ユダヤ人を抜きにしては語れない。ユダヤ教徒は、キリスト教徒に憎まれ、迫害されながらも、西欧キリスト教文明の発達に大きな役割を果たしたのである。
一方日本人は、近代以前、キリスト教、いや一神教そのものの影響からもっとも遠いところにいた。一神教は、遊牧や牧畜と深く関係するが、遊牧・牧畜文化ともっとも無縁だったのが日本民族だった。宦官は家畜の去勢技術と深いかかわりがあり、宦官はユーラシア大陸の各地に存在するが、日本には存在しなかった。インドは、イスラム教の王朝(ムガル帝国)が存在したし、イスラム教は東南アジアのインドネシアにまで進出した。
日本にはもちろんイスラム教は侵入しなかったし、キリスト教国に植民地化された経験もない。にもかかわらず日本は、明治維新以降、西欧文明の、キリスト教という中核を抜きにした成果の部分だけをうまく取り入れ、いちはやく近代化に成功して、世界史の舞台に躍り出ていくのである。そして近代以降の西欧文明に対して脅威を与える、最初の非西欧文明(非キリスト教文明)になっていく。
このようにユダヤ民族と日本民族は、キリスト教文明を軸にすると、まさに正反対の場所に位置する。しかし、一方は迫害されながらもその内部に本質的な影響を与え、他方はそのもっとも遠い外縁にいながら、やがて大きな脅威と影響を与える存在になっていた。両極にありながら、西欧文明に与えたインパクトという面では、どこかに通じるものがあるのではないか。
《関連図書》
★『ユダヤ人 (講談社現代新書)』
★『驚くほど似ている日本人とユダヤ人 (中経の文庫 え 1-1)』
★『ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)』
★『一神教の誕生-ユダヤ教からキリスト教へ (講談社現代新書)』
★『旧約聖書の誕生 (ちくま学芸文庫)』
直系家族の特徴は、親の権威が強く、相続においては長男を優遇するなど兄弟が不平等であることです。こういう家族形態だと文化的には一族の伝統を残そうとする意識が強くなり、子供の教育に熱心・自民族中心主義・変動の少ない長期政権などが社会的な特徴になります。
民族的特徴を決定するのは宗教ではなくて社会の最小単位である家族構成であるという話でした。
>を攻撃できず、キリスト教の母胎となって
>ユダヤ教を攻撃するのである。
キリスト教徒にとっては、キリストはユダヤ教徒であるけれど、キリストを有罪にして、処刑
させたのはユダヤ人であったわけで、その事に対する嫌悪感は自然な感情ではないでしょうか?
>両極にありながら、西欧文明に与えたインパ
>クトという面では、どこかに通じるものがある>のではないか。
日本が西欧世界に与えたインパクトは、彼らのキリスト教が失わせてしまった、彼らの文化に足りないものが(正確には教会文化)
、日本に在りそうだと気がつかせてくれたというあたりにあるようです、
だから、"どこかに通じるものがある"とは思えません。
影響を与える文化の中でも、性質が違うものではないでしょうか?