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日本人は集団主義ではない?

2015年02月23日 | 相対主義の国・日本
日本人がどれほど集団主義的かを見るため、「同調行動」の度合いを調べた心理学の実験があるという。10名弱のグループの各人に二枚のカードを配る。Aのカードにはある長さの一本の線が描かれ、Bのカードには三本の違った長さの線が描かれている。BからAと同じ長さの線を当ててもらうのだが、一人以外はサクラで嘘の答えをいう。その場合、本物の被験者が周囲のサクラに合わせて、間違って答えてしまう割合を調べるのだ。サクラに同調して間違えてしまう人が多ければ集団主義的(同調的)だし、そうでなければ個人主義的というわけだ。

結果はどうだったか。日本と米国の「集団主義の強さ」を比較した研究19件のうち、13件の結果は、日本人もアメリカ人も「同程度に集団主義的」で、さらに5件は「アメリカ人の方が集団主義的」という結果で、「日本人の方が集団主義的」と判断できたのはわずか1件だったという。(『日本人はなぜ存在するか』)

この実験だけでどちらの国民がより集団主義的かと安易に結論することはもちろんできない。少なくとも「日本人は集団主義的だ」という思い込みや「常識」は、考えなおす必要がありそうだ。たとえ集団主義的だとしても、何がどのように集団主義的なのか検討する必要はあるだろう。

◆『間人主義の社会日本 (東経選書)

浜口恵俊氏は『間人主義の社会 日本』の中で、日本人を「集団主義」と特色づけるにしても、それは必ずしも「個人主義」の対立項としてのそれではないという。そこには組織への全面的没入や隷属とは言い切れない側面がある。各人が互いに仕事上の職分をこえて協力しあい、それを通じて組織目標の達成をはかり、同時に自分の欲求も充たして、集団としての充実をめざすのが「日本的集団主義」だ。127「日本的集団主義」では、個人が「全体」に全面的に隷属し主体性を失うわけではないとすれば、上に紹介した実験の結果もうなずけるだろう。

日本は従来、西洋型の近代文明を吸収することに必死なあまり、「近代的個人主義」という価値観もあまりに自明なものとして受け入れてきた。その価値観の中心は、自己依拠を貫くことだという。すべてを自己自身の力と責任によってはかろうとする姿勢である。自己を律する強い自我が、社会の近代化を担ってきた。だから日本人もそういう近代的自我を確立しなければならないと考えられた。しかし近代的自我は、自己を信頼する一方で他者不信に陥りやすい。「近代的自我」や「西洋的個人主義」の価値観を無条件に受け入れるのではなく、私たち日本人が現実に生きている人間関係に即した人間観や価値観が打ち出されるべきだろう。浜口氏は、日本人のそうした基本的価値観を、西欧の「個人主義」と対比し、「間人主義」と呼ぶ。

「個人主義」は、①自己中心主義、②自己依拠主義、③対人関係の手段視、によって特徴づけえられるという。一方、「個人」に対して「間人」は、人と人との間に位置づけて初めて"自分"という存在を意識する。「間人主義」の特徴は次のようなものである。

①相互依存主義――社会生活はひとりでは営めない以上、相互の扶助が人間の本態だ、とする理念。
②相互信頼主義――自分の行動に相手もきっとうまく応えてくれるはずだ、とする互いの信頼感。
③対人関係の本質視――相互信頼の上に成り立つ関係は、それ自体が値打ちあるものと見なされ、「間柄」の持続が無条件で望まれる。

西洋的な「個人主義」では、人に頼る以前にあくまでも自己に依拠して社会を生き抜くことに価値を置く。頼みとできるのは自己以外にないことを前提にするから、他人との関係も結局は、自己にとって少しでも有用な手段であり、人間関係自体が無条件に尊ばれるのではない。それは、互いに独立した個人間での互酬的な契約関係なのである。そうした契約関係のもとでは、職務を越えてまで個人的な対人関係が拡散することはない。

一方、日本人は、自己は完全に他から独立した「個人」ではなく「間人」としてとらえている。自分を、人と人との「間柄」に位置づけられた相対的な存在と理解し、社会生活を自分一人の力で営むのは不可能だと感じている。自己依拠ではなく、相互依存こそ人間の本態だという前提なのだ。この相互に信頼し助け合う価値観が「間人主義」と呼ばれる。これは、これは、自己保持のために対人関係を手段視する「個人主義」とは、対照的な価値観だろう。

とするなら、個が全体に隷属するという意味合いを含む「集団主義」を単純に日本人の人間関係に当てはめるのは必ずしも適切でないだろう。個人が全体に隷属するというよりも、人間はお互いに依存しあって生きざるを得ないのだから、その関係を前提にして、自他を生かしていこうというのが、日本人の基本的価値観であり、人間観だ。日本人は、「個人主義」でもなく、「集団主義」でもなく、「間人主義」の価値観に基づいて社会や組織にかかわっているのだ。日本人の人間関係の根底に流れる、こうした価値観なり人間観なりを、「個人主義」に対するものとして明晰に概念化し、そういう価値観を日本人の共有財産として自覚化することが、今この上なく大切なことだと思う。浜口氏の『間人主義の社会 日本』は、今から30年以上前になされた、そういう優れた試みの一つだ。


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