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喫茶 輪

コーヒーカップの耳

『海鳴り』28

2016-05-31 09:05:06 | 文学
ちょっと前に編集工房ノアさんからお贈り頂いていた。
『海鳴り』28号です。

巻頭詩は例によって杉山平一先生。
←クリック

右のページには三好達治の詩碑。

そしてページを繰ると、我が師匠、安水稔和氏の詩「あれは」
←クリック

ほかに随筆のいいのがたくさん載っている。
鈴木漠さんの「風の行方」。連句を通じての生前の多田智満子さんとの交流を書いておられる。多田さんの辞世の句「草の背を乗り継ぐ風の行方かな」は、わたしも多田さんのことを『KOBECCO』に書かせて頂いた時に使わせて頂いた。
渡辺信雄さんの「またとない時間」。これは昨年お亡くなりになった伊勢田史郎さんへの追悼文。情愛のこもったいい文章でした。

ほかに庄野至さんの「住吉さん」が懐かしげな文章で好感が持てます。
それから、山田稔さんの「「どくだみの花」のことなど」が、随想を書く上で大変勉強になりました。

他にもいっぱい中身の濃い随想が載っていて勉強になります。
涸沢さん、ありがとうございました。
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『六甲』2016年5月号

2016-05-17 15:16:57 | 文学
昨日少し触れた『六甲』5月号のこと。
新しく随想のページをいただいた最初の号です。


代表の田岡弘子さんの作品8首が載っています。
どの歌にも感心させられますが、3首紹介しましょう。

「今頬に触れてゆきしは春の風会ひたいひとを思ひ出させて」
  いい情感がありますねえ。

「蕾もうふくらみきたる沈丁の花よりもその香り待ちをり」
  あ、ホントだ!といった共感を誘います。多少のユーモアをも。

「どこにいつ迷子になつてしまひたる私の右の手袋やーい」
  童心あふれる歌ですね。作者のお人柄が伺えます。


気になる人、牧野秀子さんの歌も1首。

「草むらに紙ひかうきが濡れてをりも一度夢へ飛んでみないか」
  この人の歌にはオーソドックスなイメージがあるのだが、この歌はちょっといたずら心が…。やはり童心とユーモア。こんなの好きです。


今回も短歌については門外漢のわたしがちょっと偉そうなこと書きました。
的外れはお許しください。

他に、鈴木漠さんの「翻訳詩逍遥」が勉強になりました。
ありがとうございました。
コメント (2)
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「湯気の向こうから」

2016-05-16 18:39:46 | 文学
創刊以来、第953号の『六甲』です。

月刊の短歌誌です。
第82巻ということで、もう82年にもなる伝統的な歌誌。
そこにこの度、連載のページを持たせて頂けることになりました。
「湯気の向こうから」と題して随想を書かせて戴きます。

←二段クリック。一、二ヶ所、校正ミスがあります。「子弟」→「師弟」
文中にあるとおり、わたしが生涯尊敬する足立巻一先生も文章を載せておられた歌誌です。
ありがたいことです。
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『木想』第4号

2016-04-15 11:54:24 | 文学
高橋冨美子さんから、二人誌『木想』第4号をお贈り頂いた。

表紙の写真は、高橋さんのご子息、高橋俊仁さんの作品。
写実でありながらシュールですねえ。

冨美子さんは三篇の詩を載せておられるが、中の一篇、「春霞」。
←クリック。

何度書き直されただろうか。よ~く推敲された作品のような気がします。
ユーモラスであり、ファンタジックであり、そしてピリッとしていて、実は辛口。
彼女はやはり実力のある詩人だ。

もうお一人の同人、山下寛さんも詩を二篇。
「残されて」は面白い作品だと思ったが、「木想Ⅳ」はわたしには難しい。
評論できません。

氏の短編小説、「おばさんの家」が面白かった。
リアル感がありながら、幻想的な不思議な世界。
作者の哲学の表現なのでしょうか。
「夕陽とは何か」というのが底流にある。
そこに作者の思い入れがあるが、これは読者の誰でもが感得できるものではなさそう。
読者が自分なりに感じて、共感するなり、違和感を持つなりするものであろう。
実はわたしにも「小さな火」というものを底流に秘めてものを書いているのだが、誰にもわからないだろうなと思いながらのことである。また、それでいいのでしょうね。

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連句「筆ペン」

2016-04-02 18:05:55 | 文学
連句の宗匠、鈴木漠様より「おたくさ」が届く。
この号の一巻きにわたし参加させて頂いています。
もとより門外漢のわたし、宗匠の手足まといになったことと思いますが、助け船を出して頂いたりしながらなんとか…。これには鬼持の号で宮崎翁も。

連句はわたしには難しいです。
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三者三様

2016-03-11 16:37:46 | 文学
短歌誌「六甲」3月号を頂いた。
これには鈴木漠さんの「翻訳詩逍遥」と、坂野訓子さんの「『兵庫讃歌』が生まれるまで」が載っている。その関連でわたしにお送り頂いているのだが、わたしは短歌には疎いもので全てを精読はできない。申しわけありません。
しかし、わたしに多少の縁のある人、三人さんの短歌は読ませて頂いている。
この誌をお贈り下さる、代表者の田岡弘子さん、この前素晴らしい歌集『水の言葉』をお贈り下さった牧野秀子さん、そして以前わたしの町内にお住みだった竹本美屋子さん。
今回、それぞれの短歌が面白かった。
三者三様とはこのことをいうのだろうか。
先ず竹本さんの作品。
←クリック
今は老人施設で暮らしておられるのだが、その情景が目に浮かぶ。
淋しさの中にも凛とした雰囲気を漂わせて。短歌をされてたことが人生の終盤にいい影響を与えておられるような。失礼かもしれませんが正直な感想です。

次に牧野さん。

いかにも模範的な短歌といった趣。景色が鮮やかに見えます。その後ろに作者の情感が流れていて…。

そして田岡さんの作品。

いいですねえ。流石といえばいいのでしょうか。短歌に軽妙という褒め言葉はあるのでしょうか?わたしは門外漢なのでもしかしたら失礼なことを言っていないでしょうか?
自由闊達というのでしょうか、言葉を見事に自分のものにして紡ぎ出しておられます。わたしはニンマリとしてしまいます。こんな短歌ならわたしも作ってみたい気がします。でもこの域に達するにはよほどの修錬が要るのでしょう。やはりわたしはあきらめておこう。

田岡さん、いつもありがとうございます。
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『連句茶話』

2016-03-11 11:48:29 | 文学
素晴らしい本が届きました。

鈴木漠さんの『連句茶話』(編集工房ノア)です。
これがなぜ素晴らしい本かというと、実はわたしはすでに読んで知っているからです。
いえ、古本ではありません。この4月1日発行予定の新刊本です。
というのも、この「連句茶話」は伝統ある短歌誌「六甲」に4年間にわたって連載されたものなんです。
それをわたし読ませて頂いていたのでした。
時にはこのブログでも取り上げさせて頂いたことがありました。
いい勉強をさせて頂きました。それも楽しく読ませて頂きながらの勉強でした。
それがこうして一冊になり、また改めて読ませていただけるなんて。
幸せな気持ちになります。
序文です。
←クリック。
宮崎翁への敬意が書かれています。

「あとがき」です。
←クリック。
やはり宮崎翁への言葉が。
ということで、わたしと鈴木漠さんとは宮崎翁の兄弟弟子というわけ(宮崎翁は「わたしに弟子なんていません!」と怒られるでしょうが…)。
しかしながら、漠さんは出来のいい文学者。
わたしは裾の方にうずくまっている文章かじりです。

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「六甲」2月号

2016-02-05 16:33:41 | 文学
「六甲」2月号をお贈り頂いた。



前号の一月号から表紙絵が代わっている。
今年一年はこの絵でいくのですね。
いい絵ですねえ。吉見敏治さんという人が描いておられる。

お送り下さった田岡弘子さんの作品が今号は巻頭に。

「一、二、三、続くこの道歩みゆかな私の足に今年もよろしく」
コミカルで明るい歌。お正月に作られたのでしょうね。

「今日どんな言葉発するやも知れず怖れつつ漱ぐ朝の口中」
「嬉しそうな淋しさうな恐さうな黙って座るバスの顔顔」
この二首、わたし好きでした。どちらも心が歌われている。

他に、牧野秀子さん。
「冬びよりの千本格子、虫籠窓京の町家は物音もなし」
など、やはりこの人の観照眼は静かで鋭い。

また門外漢がいっぱしの口を叩きました。
見当はずれはお許しください。

竹本美屋子さん。
「空気に馴れ空気の中の音に馴れ住みて二度目の正月迎ふ」
竹本さんは以前わたしの町内に住んでおられた人だと思う。
お会いして話したことはないが。
そうですか、もう二年になられますか。人づてにお聞きしたところでは施設に入っておられると。
どうかお元気で。

短歌以外のページも注目。
毎号地味なお仕事をなさっている坂野訓子さんの「兵庫讃歌が生まれるまで」。
そして鈴木漠さんの「翻訳詩逍遥」が面白い。
明治初年に翻訳された『文語訳聖書』と『古事記』の文体が似ているとの指摘。
双方の一節を上げて比べての論評がユニーク。
なるほどと思ってしまう。
しかし鈴木漠さんはよく勉強しておられる。

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歌集『水の言葉』

2016-01-23 09:07:48 | 文学
大分前にお贈り頂いていた。
歌集『水の言葉』 

作者の牧野秀子さんは、わたし未知の人です。
しかし、跋文を書いておられる田岡弘子さんはよく存じ上げている。
ただし田岡さんにもお会いしたことはない。
田岡さんは、伝統ある歌誌「六甲」の現代表者。
「六甲」を毎号お贈り下さる人である。
ということでこの歌集は、田岡さんのご配慮でお送り頂いたもの。
わたし、言うに及ばず短歌は門外漢です。
なんの批評も出来ません。
ただ読ませて頂いて感想を述べるのみ。

わたし、詩集はよくお贈り頂くのだが、先ず後ろから読みます。
「あとがき」や「跋文」から。
そうして本編に進むのですが、今回、この本を読み始める時には、そうしませんでした。
短歌のことをよく知らないわたしは、なんの先入観もなく読んだ方がいいかと思ったのです。

先ず、全篇を読ませて頂いて感じたのは、この牧野さんは詩人だと思ったことです。
もしこの人が詩を書いておられたら、いい詩を書かれただろうなと。
というのも、感性が素晴らしいと思えました。自分の思いを奥に置いて見事な造形をされている。いわゆる暗喩が多用されている。優れた詩人だと感じました。

清潔感がある。透明感がある。写生がきめ細か。視線が涼やか。目を細めて、視線を凝らして対象を見つめている風情。観察眼の素晴らしさ。視点のユニークさ。そして自己への反省心も見える。客観視。
さらに上品。あくまで言葉が上品。
やはり、歌人なのですね。

470首の中から選ぶのは難しいので、初めの方に置かれている4首だけを紹介します。
わたしが気になった歌です。

「我の名と同じ名を持つ幼子が呼ばるるを聞く日暮れの街に」
「寒に入る夕べ厨に掬ふ塩こぼれて水に華のごとしも」
「言葉なき祈りの如く男らは夕空高く鉄骨を組む」
「ひたすらに羽うちてゆく鳥の群れ翳をもたざるものの静けさ」


勉強もよくしておられるようで、本当に感心しました。
もう少し詳しい感想はご本人にお手紙しようと思います。
牧野さん、ありがとうございました。
 
あ、そうだ。田岡さんの跋文の一部を紹介しておきましょう。
 ←例によって二段階クリックでどうぞ。
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「むーさんの背中」

2016-01-18 09:16:15 | 文学
わたし、新聞小説を読む習慣はないが、この正月から始まった、ねじめ正一さんの「むーさんの背中」は楽しみに読んでいる。
一昔前の街のお米屋さんが登場する。昔のわたしに重ねて見る場面が出てくる。
特に大きな配達自転車のこと。
わたしも「運搬車」と呼んでいた大きなタイヤの自転車でお米の配達をしたものだった。この小説に出てくるように、100キロ以上のお米を積んで走ったものだ。
今日もそんな場面が描かれていた。

≪むーさんは弾みをつけてサドルに乗ると、ちょっと尻を浮かして大きくペダルを踏み、早稲田通りの方へ向かってゆっくり走り始めた。むーさんは自転車に乗っているというよりは、自転車を操っているようにみえる。鉄の塊みたいな重い自転車を、ピンと背筋を伸ばし、ハンドルをしっかり握って走らせるむーさんは本当にカッコいい。鎧兜を付けて旗を背負えば、戦に行く戦国武将みたいな迫力がある。≫

わたしにはなんとも懐かしい。

以前、『コーヒーカップの耳』を出した時に取材してくれた記者さんがある。
大きな紙面に2回にわたって書いて下さった。


自分の人生を取材されたのは初めて。いつもはわたしが人の人生を取材させてもらって書いているのに。
ちょっと恥ずかしいが、その一部分。


自転車の場面をわたし、しゃべってます。
懐かしさの意味が解って頂けるでしょうか?
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平松正子さんの文章「珊瑚忌」

2016-01-17 09:12:49 | 文学
今朝の神戸新聞のコラム「あ・ん」に平松正子記者が「珊瑚忌」と題して書いておられる文章がちょっと感動的。


平松さんは編集委員ですが、主に文芸部門を担当されている。
で、いつもは詩集などの文芸を紹介する記事が多い。そんな中でたまにこの「あ・ん」にはご自分の地の文で書かれているので、わたしは注意して読ませてもらっている。平松さんの人間が表に出ているのである。

因みに今回の主役、伊丹公子さんは、わたし一度だけお話ししたことがある。
三浦照子さんのなにかのお祝いのパーティーでテーブルがご一緒になった。ご主人の三樹彦さんもご一緒だった。人脈の広い三浦さんの大きなパーティーで、司会を、たしかNHKの宮田修アナウンサーが務められたと思う。
それで後日、三樹彦さんからは句集が、公子さんからは詩集をお贈り下さったことがある。
わたしも詩集『コーヒーカップの耳』をお送りしたのだった。
その時のことも色々と思い出すが…。
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石野伸子さん

2015-12-19 16:08:02 | 文学
夙川公民館での西宮文学案内「夙川ゆかりのヒロインたち」というのに行ってきた。

これの3回目の、石野伸子さんが講師をされる講演。
夙川公民館です。
 
彼女は産経新聞編集委員さんです。
石野さんには随分昔に取材を受けています。わたしが49歳の時だからもう23年も昔。
お互いに若かった。
2ページ見開きに記事を書いて下さったのだった。
その後も取材ではなく、個人で「喫茶・輪」にご来店下さったことがある。
しかし今日の石野さん、思っていたよりお若かった。まあ、ちょっと遠くからだったからかな(ゴメン)、変わっておられなかった。


夙川ゆかりのヒロインということでしたが、内容は多岐にわたり良かった。
わたしが特に良かったと思ったのは、帝塚山派のこと。
この11月に「帝塚山派文学学会」が発足したという情報。
昨年だったかな、大阪で行われた木津川計さんの講演で、作ってほしいとおっしゃっていたもの。ついに実現したのだ。
ただ今日の講演では、出てきた名前は庄野潤三さんと阪田寛夫さんだけ。
しかも、夙川に縁があるということで阪田さんが主。
杉山平一先生のことも話してほしかったなあ。杉山先生も西宮には縁が深いのだから。
一般にはそんなに有名ではないけれど、こんな機会に素晴らしさを伝えてほしかった。
庄野さんのことでは庄野至さんにも触れてほしかったし、すると足立巻一先生にも…。ああこれはわたしの個人的な要求か。

行く時は家内に車で送ってもらったが、帰りはさくら夙川駅まで歩いた。
さくら夙川駅で乗るのはわたし初めてです。




プラットホームから甲山が見えます。

西宮駅から徒歩で帰ったのですが、途中の東川に変なものが流れてました。



長い紐がついたこうもり傘です。
なんでやろ?
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「六甲」12月号

2015-12-17 15:57:09 | 文学
短歌誌「六甲」12月号を田岡弘子さまより早くにお送り頂いていた。

坂野訓子さんによる「『兵庫讃歌』が生まれるまで」は、兵庫県文化の父ともいえる富田砕花翁が長詩『兵庫讃歌』を完成させるまでの推敲のあとを辿る労作です。

恐ろしいほどの推敲の跡の記録。物書く者への警策のように、感じる者には真に厳しい。
わたしは万分の一も真似られないが、心すべきと。

鈴木漠さんによる「連句茶話」が最終回だと。

これまで楽しませてもらいながら勉強させてもらった。お恥ずかしくも身についていませんが。
田岡さんが書かれた「後記」では次の連載が始まるようなので、それをまた楽しみに。

田岡さんの短歌です。

真ん中の8首。
いつも言うように、わたし短歌は門外漢ですが、これ楽しいですねえ。
田岡さんほどのベテランになると、こうして肩の力が抜けた歌が作れるんですねえ。
といっても、手を抜いているというわけではありません。
ご自分を客観視(これ、簡単なようで難しい)しながら、ユーモアでくるんで。
「猫は日向に」なんてニンマリしてしまいます。
枯淡の趣がありながらもなお、ユーモアで彩られているのがうれしいです。それでいて“人間”の真実をついている。短歌は門外漢と言いましたが、これを「詩」として考えるとそのようなことを思ってしまいます。
田岡さんにはまだお会いしたことがありませんが、さぞ魅力的な女性なのでしょう。
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野坂昭如さんと宮崎翁

2015-12-10 15:54:25 | 文学
野坂昭如さんがお亡くなりになった。
宮崎翁と野坂さんのこと、昨年、『KOBECCO』10月号に書かせて頂きました。

野坂さんはもう一度復活してほしいお人でしたが。
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「六甲」11月号

2015-11-18 16:33:07 | 文学
毎月お贈り頂いている短歌誌「六甲」です。

戦前からの伝統をつなぐ短歌誌です。第81巻とありますから、81年目ということでしょうか?
若き足立巻一先生もこの誌に、のちの『やちまた』につながるものを連載されていたことがあったのでした。

お贈り下さった田岡弘子さんの作品が好きです。
←二段クリックで。
いずれも軽やかな作品。
しかしこのような作品は長年の修錬があればこそではないでしょうか。
次の一首。わたし特に好きです。
「一打よく飛んだボールを二打三打そこのホールになかなか入らぬ」
このとぼけた味はどうでしょうか!
凄腕の絵師がへたうまに描いた絵のような趣がありはしないでしょうか。
端正な佇まいの歌が並ぶ中でこのような作品に出会うとホッとしますね。

この誌には、坂野訓子さんが「『兵庫讃歌』が生まれるまで」を連載しておられて、これは地味ですが貴重な記録。
そして、詩人、鈴木漠さんが「連句茶話」を連載。
ここに載せておられるのが初出で、のちに「おたくさ」などに転載されています。聞くところによると、この連載、近々終るとのことですが…。
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