今日4月1日は、わたしの恩人、宮崎修二朗先生のご命日です。
一昨年の今日、98歳での天寿を全うされて。
ということで、ご健在ならば、100歳になられるのですね。
ご自分では「今村さん、困ったもんです。ぼく、100歳まで生きそうです」とおっしゃっていたのだったが。

お元気なうちに『触媒のうた』を出せて良かったと思っている。

少しはご恩返しができたのかと。
その『触媒のうた』の中の「足立巻一先生」の項より、足立先生の言葉として。
《宮崎(修二朗)さんは俊敏なジャーナリストです。そんな顔つきをしていますし、じっさいにそれだけの実績を持ってます。しかし、根は無償の発掘者ではないかと思います。発掘者は山師ではありません。営々とガラクタを掘りつづけねばなりません。おそらく、わたしもたまたまそのガラクタの一片として愛情をあたえられたのでしょう。じっさい、わたしのように、宮崎さんの周囲にはそのふしぎな友情を得たガラクターー無名がじつに多いことをわたしは知っています。そんな宮崎さんだからこそ、地方文学史という無償の発掘作業を終生の仕事に選び、戦後一貫して推し進められたのだと思います。》
正にこの「ガラクタ」の一員がわたしだったのです。足立先生は決してガラクタではなく、まぎれもない一級品でしたが。
ああ、宮崎先生、もっともっとお元気でいてほしかったなあ。
一昨年の今日、98歳での天寿を全うされて。
ということで、ご健在ならば、100歳になられるのですね。
ご自分では「今村さん、困ったもんです。ぼく、100歳まで生きそうです」とおっしゃっていたのだったが。






お元気なうちに『触媒のうた』を出せて良かったと思っている。

少しはご恩返しができたのかと。
その『触媒のうた』の中の「足立巻一先生」の項より、足立先生の言葉として。
《宮崎(修二朗)さんは俊敏なジャーナリストです。そんな顔つきをしていますし、じっさいにそれだけの実績を持ってます。しかし、根は無償の発掘者ではないかと思います。発掘者は山師ではありません。営々とガラクタを掘りつづけねばなりません。おそらく、わたしもたまたまそのガラクタの一片として愛情をあたえられたのでしょう。じっさい、わたしのように、宮崎さんの周囲にはそのふしぎな友情を得たガラクターー無名がじつに多いことをわたしは知っています。そんな宮崎さんだからこそ、地方文学史という無償の発掘作業を終生の仕事に選び、戦後一貫して推し進められたのだと思います。》
正にこの「ガラクタ」の一員がわたしだったのです。足立先生は決してガラクタではなく、まぎれもない一級品でしたが。
ああ、宮崎先生、もっともっとお元気でいてほしかったなあ。