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◇クラシック音楽CD◇エリアフ・インバル指揮ベルリン放送交響楽団のリスト:ファウスト交響曲

2018-05-15 09:36:47 | 交響曲

 

リスト:ファウスト交響曲

      第1楽章 ファウスト 
            第2楽章 グレートヒェン 
            第3楽章 メフィストフェレス

指揮:エリアフ・インバル

管弦楽:ベルリン放送交響楽団

テノール:ジャニー・ツァン

合唱指揮:ディートリヒ・クノーテ

合唱:ベルリン放送合唱団

CD:コロムビアミュージックエンタテインメント COCO-73007

 リストの名を聞くと直ぐに思い浮かべるのが、「前奏曲」を代表曲とする交響詩、ピアノ協奏曲第1番~第3番、「パガニーニによる大練習曲 」「巡礼の年」「ハンガリー狂詩曲」などのピアノ独奏曲であろう。これらのいずれもが、演奏効果の上がる外面的に華やかで名人芸的な要素を持った作品群であり、それによって知らず知らずのうちに我々の中にリスト像が形づくられることになる。このほか、リストは2曲の交響曲も遺している。この2曲の交響曲とは、3人の人物描写によるファウスト交響曲とダンテの神曲によるダンテ交響曲の2つの作品だ。今回のCDはファウスト交響曲であるが、この曲は、我々が常日頃抱いているリスト像からかなりかけ離れたところにある。構成力は堂々としており、いたずらに名人芸を追い求めるようなことはない。むしろ内面の精神世界を重視するような面が強い作品なのだ。そんなところから、このファウスト交響曲は、我々が抱いている既成のリスト像を根本から崩すことにもなりかねない、ある意味で厄介な曲とも言える。このことが原因なのかどうかは分からないが、現在、演奏会で「ファウスト交響曲」が取り上げられることはあまりなく、結果として知名度も高くない、という悪循環に陥ってしまっている。何とももったいない話ではある。

 このCDで指揮をしているのが、イスラエル、エルサレム出身のエリアフ・インバル(1936年生れ)である。地元の音楽アカデミーでヴァイオリンを学んだ後、レナード・バーンスタインの推薦によって奨学金を得て、パリ音楽院なので学ぶ。1963年「グイード・カンテルリ指揮者コンクール」で第1位を獲得し、一躍世界的な注目を浴び、以後各国の主要オーケストラと共演を行う。1974年~1989年フランクフルト放送交響楽団の音楽監督を務め、この間、同楽団を世界の一流レベルに押し上げ、黄金時代を築く。その後、ベルリン交響楽団(現ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団)の音楽監督(2001年~2006年)、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者(2009年~2012年)を歴任。1970年代から、日本においては東京都交響楽団と強い結びつきを保ち、1991年の初登壇以後、特別客演指揮者(1995年~2000年)、プリンシパル・コンダクター(2008年~2014年)を務めたのち、2014年から桂冠指揮者となり、現在に至っている。マーラーの交響曲を得意とし、全集も録音している。東京都交響楽団とは、ニ度のマーラーの全交響曲演奏会を開催。レパートリーは、古典から近現代に至るまで幅広い。

 リストのファウスト交響曲の「ファウスト」とは、ドイツを代表する文豪ゲーテの畢生の大作・戯曲「ファウスト」のことである。この「ファウスト」は、15世紀~16世紀に実在したといわれているファウスト博士の伝説が基となっている。全体はプロローグ、第一部、第二部からなり、一部の発表から二部の完成まで25年もの期間をかけた大作。<プロローグ>悪魔メフィストフェレスが神に「ファウストを誘惑しても良いか」と尋ねる。神は「人はまどいつつも正しい道を忘れはしないものだ」と言ってメフィストにファウストを誘惑する許可を与える。<第一部>老学者ファウストは、あらゆる学問を極めつくしていたが結局「我々は何も知ることができない」と失望する。自殺を企てるが、思いとどまる。悪魔メフィストフェレスが彼に近づき、この結果ファウストとメフィストは契約を結ぶ。メフィストによって20代の青年に若返ったファウストは、グレートヒェンに一目惚れする。彼女は身も心もファウストに捧げるが、逢い引きするために母に飲ませた睡眠薬の分量を誤り、母を死なせてしまう。<第二部>神聖ローマ皇帝の城。メフィストが新しい金融システムを帝国議会に吹き込み、破綻しかけていた財政問題は解決する。報酬として海岸沿いの土地を得る。そして、この土地の干拓事業に乗り出す。事業はほぼ成功したかに見えるが、老夫婦を立ち退かせるのに失敗して、殺してしまう。建築工事のつるはしの音に聞こえるのは実は彼の墓を掘る音であるが、彼は仲間のために働くという最高の幸福を予感して、「瞬間よ止まれ、汝は美しい」と言う。たちまちメフィストとの契約が遂行され、彼は死ぬ。そして、かつてグレートヒェンと呼ばれた少女の霊の取りなしによって、天高く上ってゆく。

 このようなストーリーを持つ「ファウスト」であるが、ストーリー自体が重要ではなく、悪魔メフィストとファウストのやり取り自体が重要なのである。つまり、悪魔メフィストの方がむしろ良識的であることがある、といった価値観の転倒が次々に起きることに、「ファウスト」の真の価値が存在すると言われている。リストのファウスト交響曲は、「ファウスト」に登場するファウスト、グレートヒェン、メフィストフェレスの3人の描写がそれぞれ第1楽章、第2楽章、第3楽章に割り当てられている。インバルの指揮は、これらの3人の性格をそれぞれ明確に表現し切った棒捌きで、58分の長大な曲でありながら、リスナーを全く飽きさせない見事なもの。第1楽章の「ファウスト」は、主人公であるファウストの前に次々に現れる難題に、ファウストが悩みながら立ち向かい、苦境を克服していく様が、インバルのメリハリのある指揮で詳細に語られる。堂々とした男性的な息づかいが聞えてくるような力強い演奏が印象的。第2楽章の「グレートヒェン」に入ると、一転して繊細で愛情あふれた女性的なメロディーが全体を通して美しく歌われる。グレートヒェンの優雅で慎ましい振る舞いが、自然にリスナーの目の前に現れてくるような演奏内容に納得させられる。そして最後の第3楽章の「メフィストフェレス」の演奏に入ると、如何にも悪魔らしい舞いをこれでもかとばかり表現して、オーケストラの持つ魅力を十二分に発散させる。そして最後は、ベートーヴェンの「第九」やマーラーの交響曲のように、合唱を伴ったテノールの独唱で締めくくられる。それにしても、このリストの大作、ファウスト交響曲が、現在演奏会であまり取り上げられないのは、全く納得がいかない話ではある。(蔵 志津久)


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